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断章 八話


 サイファーはバーの前で船見がやったように船見の胸倉を掴んで引っ張った。船見はガラスの破片が残る窓ガラスがあった場所に体の右側面から何度も叩きつけられた。

 右腕が切れたのか、体の内ドアに血が付着しだす。


 「ぐえぁあ! あっ!? がぁ!?」


 「船見さん!」


 「未市くん! 早く! アクセルを!」


 「押していますが動かないんです!」


 船見の悲痛な声が社内に響く。大八木の催促を受けながらも光は何度もブレーキを踏んでいるが車はアクセルの掛かる音さえ出さずに動かない。


 「船見さんをはな……せ……!?」


 隣に居た明人が船見から手を離させようとサイファーの手に触れるが、その瞬間、明人の身体が動かなくなり、声が震えだした。


 「くそ!」


 そんな明人の様子と未だに叩きつけられる船見を見て焦った大八木が車から出ようとしたが、一発の乾いた大きい音が大八木の動きを止めた。

 船見の左手に強く握られていたものは煙を吐き出して窓が無くなった場所に送り出していた。


 車内から苦痛の声は聞こえなくなり、車はまるで重りが取れたかのように動き出した。そして車内に静寂が訪れた。


 「はぁ……はぁ……」


 船見の荒い呼吸と運動会などで嗅いだことのある硝煙の匂いがするのみだ。運転席にいる光は運転の片手間に大八木の座る助手席の前にあるグローブボックスという小物入れを開けた。そこから光は包帯と消毒液、医療用テープなどを取り出し、明人の方に渡した。


 「それで治療できませんか?」


 「は、はい、分かりました、船見さん、こっち向けますか?」


 すっかり先ほどの謎のしびれのような感覚が消えた明人は道具を受け取り、船見に頼んだ。


 「あ、ああ」


 船見は了承し、態勢を変え、明人の方に体を向けた。右肩と右の顔に傷があり、血が少量だが流れていた。明人は不器用な手つきだが丁寧に治療を施した。治療が終わって船見は右肩と頭に包帯を巻いた身体を楽にさせるために席の後ろに寄り掛からせた。


 「大丈夫か? 船見君?」


 「ああ、心配すんなよ、大八木、大丈夫だ、大島くん、ありがとうな」


 「い、いえ、それより喋らずに楽にしてください」


 「そうしたいが、未市さん、悪いな、勝手なことしたせいで追いつかれたんだよな」


 「いえ、私も不用意にああいうことを言ってしまい、申し訳ありません」


 「それは良いんだ、理由も聞かずに飛び出そうとした俺が悪い、ただの言い訳だけど昔から感情をコントロールするのが苦手でな、最近はなんとかコントロール出来るようになったんだが、こう立て続けに色々あったせいかコントロールが効かなくて……本当にすまない」


 「本当に大丈夫です、皆さんが無事で良かったです」


 光がにっこりとそう言うとある場所に車を止めた。はずれもはずれの場所だった。家がぽつぽつとあるだけの田舎道で急に止まった車から光、大八木、明人、船見は降りていく。


 「こちらです」


 光に案内され、付いていく三人は田んぼ道の細い道になり、縦に並んで歩いた。歩いていくと光が田んぼ道が終わり、竹が多く茂った場所に付いた。その竹を避けながら竹林の中を歩いていくと小さな小屋があった。


 「私はここを出てすぐに警察に捕まり、自衛隊に送られました、その後、なんとか脱出した私はこの世界を見て回りました」


 急に話始めた光に三人は固唾を飲んだ。それを話す光はとても楽しそうだった。


 「ここで察していただけると思いますが、私はここの世界の人では無いんです、人類でもないです、そして私がここに来た理由は―――」


 「俺たちを裏切るため、だろ?」


 四人は後方から聞こえた低い声に驚き、振り向いた。そこにはサイファーが首を鳴らしながら歩いて来ていた。


 「なぁ、シャネル?」


 「いいえ、サイファー、それはちが――――――」


 「シャネル、シャネル、もう良いんだよ、シャネル、俺はお前らを殺す気なんか無いんだよ」


 優しい口調でそう言いながら近づくサイファー。足跡が近づいてくる最中、船見は左手で握っていた拳銃をサイファーに向けた。拳銃のトンファーを下す音がゆっくり聞こえた。


 ――――――――――――――――――車内で流れた乾いた音が再度、竹林の中で響く。今度は三度。


 肩に一発。腹部に一発。極めつけに最後の一発はまぐれの眉間に一発。サイファーは膝を崩して倒れこむ。だが、眉間を撃たれてもサイファーは生きていた。その事実が三人の男たちに絶望を与えた。


 「その小屋に入れば別の世界に行けるのか?」


 「はい、行けます」


 「行くのかい? 船見くん?」


 「ああ、風見の事が心配だがあの女は悪運が強いから大丈夫だろ」


 「そうだね、よし、行こう、大島君は?」


 「行きます……未市嬢よ、総馬はそこにおるのだな?」


 明人の口調が変わる。覚悟を決めたという事だ。それに気づいた光は微笑んだ。


 「総馬さんの言う通り、明人さんはそっちの方が良いですよ、総馬さんはその世界に居ます、今は一人で頑張っています」


 「あいわかった! この大島明人! 盟友道下総馬を救ってみせる! どやぁ! うおおおおお!」


 明人はそれだけ叫ぶと小屋の中に一人入っていく。続けて船見と大八木も顔を合わせ、頷きあうと走って小屋に入っていた。小屋は彼らを受け入れると霧の様にどこかへと消えていった。


 「お前はどうするのだ? シャネ――――――――」


 「消えろ、サイファー」


 サイファーが彼女の名前を呼びかけ、途中、代わりに男の名前を呼んだ彼女。それを聞いたサイファーは黙り、そして消えた。

 その光景は異様だった。

 ガタイが良くまとめたオールバックが厳つさを際立てた強面の男。銃弾を受けても死ななかった男。そんな男が彼女の言葉一つでその身体が塵に代わり、風に乗って竹林に流れた。

 そして彼女は笑う。嘲笑う。消えた小屋の前で陽気に愉快に笑った。だがそれは決してサイファーが消えたからではない。それだけは確かだ。

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