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第二章 二十六話

 

 「なぜあの方は逃げないんでしょうか……」


 「あの人が残らずに全員が逃げ出せば彼らを狙う砂中の化け物に一網打尽のチャンスを与える可能性があるからだと思う、でもあのままじゃ殺される」


 動かない理由をなんとなく想像できたのは普段から深読みで誰かの行動の理由を考えてしまう総馬の癖のせいだったが、今回は確かにそういうことだと確信した。レイリ―の質問に返答しつつ、爺さんの方を睨んだ。


 「爺さん! あんたがすごいのは十分わかった! だから攻撃をやめろ!」


 「ダメだ、こちらはあの化け物が片腕を失って弱っている好機なのだ、今、後顧の憂いを断つため彼らにはここでアリジゴクの餌になってもらう! それに先ほどまで敵対していたはずだ、なぜ邪魔をする」


 「こっちはあっちの女一人の腕一本で済む話になりかけてたんだ! 邪魔をしたのはそっちだろ!」


 「強い割には甘いな」


 訴えを鼻で笑う老人に総馬は老人への憤りを感じたが、総馬に老人を問いただす時間は無かった。すでにアビキダスの目と鼻の先に盛り上がった砂の塊が地面を伝って迫ってきていたのだ。話を聞いちゃくれないと判断するとアビキダスの方へ走った。

 だが、走り出したのが遅かった。総馬がもう少しでたどり着くという距離で砂中から現れた丸々とした巨大虫がアビキダスに襲い掛かった。瞬間、目を大きく開けたアビキダスの行動に総馬は息を飲んだ。


 「がぁあああああ!! 化け物がぁあああ!」


 「――――――――――――――――!!!」


 化け物の奇声が響く。アビキダスの振るった剣が巨大な虫の頭をかち割ったのだ。虫は体液をかち割られた頭から血液の様な物を噴き出し、アビキダスの身体を体液に染めた。

 アビキダスの雄姿に離れていた兵士たちが歓喜の声を上げた。まさかの勝利。総馬もラフィールでさえ、勝てると確信できなかった戦いにアビキダスは勝利した。アビキダスは後方に居るラフィールに振り返ったがその瞬間、アビキダスの身体は崩れた。

 総馬はその光景を見ると、ある人物に目をやった。その目に映ったのはあの虫をけしかけた老人が口角を上げ、笑っていた。邪悪な笑みだった。


 「ラフィ――――――――あ、あぁ、うっ、ラフィ……様」


 そう消え入るような声で呟いたアビキダスの身体は砂の大地に崩れ去り、そのまま動かなくなってしまった。歓喜の声は消え、総馬やラフィール、兵士たちは何が起きたのか分からず、最後の雄姿を見せた男に視線を注いだまま硬直した。


 アビキダスの動かなくなった体を見つめ、長い沈黙と時が経ったように思えた。だが、その沈黙は今現在、恐れられている人物の言葉により破られた。


 「一人しか殺せなかったのは残念だが、着実にだな」


 「もういいだろ、やめてくれ」


 「ダークアナライザーさん!?」


 そんな悲痛な声を自身が出すとは思わなかった総馬は口に手をやるがすぐに老人の方を見ながら老人と真正面に立った。


 「なんのつもりかな?」


 「もう逃がしてあげませんか? 腕一本と一人の命だけでは不満足ですか?」


 「悪いが、この村を守らないといけないんでね、あの化けものが弱っている今、全滅させねばまた襲われる可能性がある」


 「あなたの正義があるのは分かったが、あんたが居れば襲われても大丈夫そうに思えますけどね」


 「それは買いかぶりだな」


 自嘲気味に笑う老人は手を振るった。するとまたもや地中から地面を押し上げたような膨らみが生まれた。総馬は慌ててラフィールの方を振り向き、叫んだ。


 「逃げろ! また来るぞ!」


 ラフィールたちは森の中へ撤退しようと砂漠と森の境界線の辺りまで逃げていたのだがアビキダスの死で彼らは硬直したままだ。それを見た総馬は前方に方向転換し、膨らんだ地面が突き進んでくるのを見るとその地面の膨らみが自身の足場を通る瞬間、金色の籠手を振り下ろした。

 地面に大きな衝撃音と共に窪みを作った攻撃だったが虫は仕留められなかった。


 「クソっ!」


 地中の虫は素早く、拳が地面に振り下ろされた時には既に総馬の後方まで進んでいたのだ。だが、そのままラフィールたちの元へと進むと思った矢先、突如、虫は地面に頭部を突き出した。


 「この虫やろう!」


 今その頭部目掛けて、金色の籠手を打ち込もうと振り下ろそうとした瞬間、自身の左手を見て驚愕した。先ほどまで手に付けていた金色の籠手が無くなっており、左手が素のままで露出していたのだ。


 「あの金色のは!?」


 「――――――――――――――――!!!」


 「がぁあ!?」


 左手にあった武器を失った事で出来た隙を突かれ、巨大な虫が総馬の右足に噛みついた。総馬は右足を大きく揺らして巨大な虫から逃れようとするが揺らせば揺らすだけ総馬の血液が砂漠の地面に流れ落ちていく。噛まれていない方の左足で何度も蹴りつけるがやはり、この虫は離さない。総馬は目を瞑り、力を振り絞って蹴り続けるがやはり離さない。

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