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第二章 二十五話

 アビキダスはそんな状態のラフィールがやっと諦めたと安堵の表情を浮かべたがすぐに総馬を真っすぐ見据えた。


 「この間に攻撃をしてこなかったのには感謝する、だが、貴様たちが犯した罪もまた重い」


 「感謝はするが罰を与えるってことか?」


 総馬はアビキダスの言葉の意味を考え、金色の籠手を嵌めた腕に力を込める。だが、アビキダスは攻撃を加えるのではなく、目を伏せ首を振った。


 「私たちの中にラフィール様の神の腕を壊したその装備に命を懸けて立ち向かうものが居ても勝てるものは居ない、そこで貴様たちが争いを望まぬのならここは痛み分けで終わらせたい、攫った町人も解放しよう」


 その条件に総馬は面食らった。こちらにとっては万々歳な条件だからだ。すぐさま総馬は首を縦に振るった。総馬はゲームだろうがなんだろうが人を傷つけても良心の呵責が責め立ててくるだけだと分かったからだ。それに総馬の目的は戦争じゃない。成り行きで救出を手伝ったが戦争に片足突っ込んでどうのをしたいわけではない。ただ現実に帰りたいのだ。


 「じゃあ俺たちは町人を引き取るからお前たちは国にかえ――――」


 「そういうわけにもいかんよ」


 「あんた誰だよ」


 アビキダスと総馬の一時的な停戦協定に異を唱えるかのように老人の声が総馬の言葉を遮った。総馬は水を差されたことに少しイラついたのか強い口調で尋ねる。だが、総馬はクローバーの話に出てきた老人だと半ば確信していた。


 「この攫われていた町人たちの代表みたいなもんだ」


 「木で荷台の出入口は塞いでいた! 老人、どう出てきたのかね?」


 アビキダスが焦ったように叫ぶ。だが、老人はアビキダスの方を一瞥もせずに総馬をその目で観察するかのように見ていた。アビキダスは自身の質問を無視されたことに気づくと苛立ったかのように顔を歪ませた。

 一方、見られている総馬は悪寒がした。だが、そんな思いを抱いたのも束の間老人は口をにんまりと曲げ表情に笑みを浮かべた。


 「いやいや、大したもんだよ、お前さん勇者様の仲間かい?」


 「……今だけ協力してるだけだ、それよりじいさん、あなたはどうやってあそこの男が言ったように拘束を逃れてきたんだ? 話に聞いていた砂魔法か?」


 「答えが出てるじゃないか、随分優秀だな、そう、砂を使ったのさ、後は荷馬車の町人に騒がないようお願いするだけで穏便に脱出したのさ、では、町人も返してもらおう」


 そう言うと全ての馬車が勝手に動き出し、兵たちが置いていた馬の上に町の人が乗馬していた。彼らは何も言わずに打ち合わせ通りといった風に町の方へと後退していった。兵士たちは慌てて追いかけようとしたが突然の砂が入った突風が襲い、彼らの進行方向を遮った。


 「この砂嵐は! バカな! スタッフは全て取り上げたはずだ! 砂を操ることなど! まさかお前! 獣心共和国の者か!?」


 「獣心共和国……? クローバーが言っていたもう一つの国か」


 総馬がクローバーの話を思い出し、おじいさんを見た。確かにタダモノでは無いと言った感じだがまさか今、現在三つの国の三つ巴状態になっていることを理解した。クローバーは気絶していたが実質クローバーの味方である総馬やレイリーもイントラル王国の者にカウントされるだろう。


 「目の前の現実が見えない小うるさい男が居るな、よし、お前に見せてやろう」


 老人はアビキダスの方を向き笑いつつ、種明かしをするマジシャンの様に腕を上に振るった。その動きに呼応するように砂漠の地面が盛り上がっていき、アビキダスとラフィールが居る場所に向かって行っていた。


 「なんだこの砂は!? ラフィール様!」


 「アビキダス!?」


 アビキダスは庇うようにラフィールの身体を押しのけた。ラフィールはその砂中の何かが向かってくるポイントから離れた場所に倒れこんだ。


 「アビキダス! あなたも逃げなさい!」


 ラフィールは片腕でなんとか起き上がろうとしながらアビキダスに心配の声を上げる。だが、アビキダスは動かない。覚悟を決めた様に剣の柄に手をやった。


 「私はここから動けない! 兵士たちよ、彼女を連れ、撤退してくれ、しんがりは私が引き受けよう」


 「な、なにを言うんです!」


 「アビキダス様! 私たちも残ります!」


 「ダメです! 行きなさい!」


 「そんな……アビキダス、なぜ……」


 兵士たちの助力の声も断固として断るアビキダスにラフィールは困惑した。アビキダスには自身の様な能力は無い。だが、その目には絶対、退かないという意思が見えた。だからこそ、ラフィールには分からなかった。

 アビキダスの真意を考えているうちに兵士たちに支えられ退いていくラフィールをアビキダスは自身の視界から離れるまで目で追った。


 「……最後にあなたを救えたことは我が人生の誇りだ」


 呟きは誰にも届かなかったがアビキダスの覚悟を決めさせるには充分な辞世の句だった。

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