第二章 二十三話
「アア―――アァァアアアァアアァアア!!!!!!!」
総馬の考えを吹き飛ばすように謎の叫び声が総馬の耳に入り込んできた。実際は自身が出す予定のその声は自身の声では無いと総馬は瞬時に理解した。何より声音が女性だった。
恐る恐る目を開けると目の前にはクローバーの時よりも酷い怪物の断末魔を上げる先ほどまで余裕を垣間見せていた機械の化け物。先ほどと違い、左手があった場所に肩から先の左腕が喪失していた。総馬は次に下に目線をやると赤い液体に塗れた固形物が砂漠に無残な形で散らばっていた。
「――――――え?」
自身の口から出たのは断末魔でも痛みを訴える声ではなく、純然たる素の声だった。この光景がまるで現実離れしすぎており、脳が理解をしようとしていない。
そして一番の懸念だった自身の左手がどうなったのか確認しようと目線を配る。先ほどから重いと感じていた左腕にはある物が付いていた。
「籠手……?」
総馬の左手を覆うように付けられた金色の籠手。総馬の手にピッタリフィットしたその籠手の指には金色に混ざって赤色が混じっていた。
「いだい!! 痛いよぉ!!! わ、私の腕があああ!!」
総馬はその叫び声を一時、シャットダウンし、現実とは思えないその光景を分析していたのだが、不意に断末魔は再び耳に入ってくる。悲痛な女性の声。
「お、俺がやったのか……?」
女性の腕を破壊した。その事実が冷静になっていく総馬にじわじわと叩きつけられる。
総馬は――――――――吐き気を覚えた。
だが、幸いなことに地面の左腕の残骸を目に映し、総馬は吐きかけはしたが腹の中の物は全てアビキダスを騙すために吐いたのを思い出し、良かったと安堵し、裂傷した腕の血も止まっていることに気づいた。
吐くものが無く、ただ茫然と目下にある女性の腕を見つめ、混乱し、これは現実なのかと自身の脳を疑っているとすぐに現実に引き戻された。小さい力が腕を引っ張ってきたからだ。微弱な力のせいか総馬の身体は揺れ動くのみだったが現実に引き戻されるきっかけとなるには十分だった。
「ダークアナライザーさん! 早く逃げないと! 女の人がやられて周りの兵が殺気を出してきました!」
腕を引っ張っていたのはレイリ―だった。レイリ―の言葉通り、確かに兵士の何人かは剣を鞘から抜いていたり、弓矢を放つ準備をしていた。ラフィールは相変わらず自身の消えた腕を見て絶望しているのか先ほどまでの叫び声は鳴りを潜めていたが体が痙攣しているかのように震えていた。
「まだです……」
「え?」
「まだ終わりじゃないです!!」
その声に絶望も悲痛さも無かった。ただ必死のようだった。強がって言っているのかもしれない。ダークアナライザーはレイリ―の腕を優しく離させるとラフィールを見つめた。
ラフィールの機械に包まれた身体はまるで痛みを紛らわすかのように揺れ、吐息も荒く、早く右腕をクローバーの様に治療しないといけないのでないのかと心配になるくらい左腕から量は減ったが血が垂れている。
「無理はやめようぜ、余裕ぶって言うわけじゃないが俺が何かしなくても出血多量で死ぬぞ?」
「ダメなんです! 神様から授かったこの贈り物をこんなにして! 引けません!」
必死の叫びだった。まるで壊れたおもちゃに泣きながら親に縋りつく子どものようだ。そんな可愛らしいものでもないが、総馬は少し悲しくなったが、ふとラフィールの背後にアビキダスが走ってきているのが見えた。
「ラフィール様! そのケガでは無理です! 一度引きましょう!」
「離しなさい!」
ラフィールのそばにまで近づいたアビキダスはこれ以上無理をさせまいと身体に両腕で勢いよく抱き着いた。
「こんな失敗をして帰れません!」
「神様は許してくれます!」
「ダメです! 許してくれても見放されたらどうするのです! もう私には神様しか居ないのです!」
叫ぶラフィールの言葉にアビキダスは言葉に詰まったがそれでも手を緩めることはしなかった。これ以上、戦わせると死んでしまう。アビキダスはそれが分かっていたからだ。
「お前たちも手伝え!」
「はっ!」
号令を掛けたアビキダスの元に兵士たちは集まり、アビキダス含め五人の兵士に身動きを封じられたがラフィールは身じろぎを何度も勢いよくすると機械の力も手伝ってか封じていた五人は砂漠の大地に吹き飛ばされてしまう。だが、アビキダスはすぐさま立ち上がるとまたも拘束した。
「アビキダス! いい加減にしてください!!」
「それはあなたに言うセリフです!」
「分かってください! ここであなたに死なれたら私たちは路頭に迷います! 私たちのためにお願いします!」
そんなアビキダスの懇願に何かを思ったのか、ラフィールは動きを止め、その場に膝から崩れ落ちた。ラフィールの機械の装備は煙の様に消えていく。だが片腕は無くなったままだった。傷跡は元から装備していた黒の鎧で見えなかったのが救いだ。




