序章 二話
総馬は授業が終了すると、足早に校門を後にする。明人も置いてきた。まぁ元から授業数が明人とは違うため、置いていくのは必然だが普段は急いで帰らず、明人とちょっとした雑談を交わした後に帰っていた。だが、それをしないのは総馬がこの日を楽しみにしていたからだ。
校門を出た後、十分ほど歩き続けた先にある喫茶店に総馬の待ち望んだ人物が居た。それは冬にしては薄いカーディガンを身に着け、長い綺麗な黒髪をなびかせた女性だった。女性は喫茶店の屋内の窓際の四人席に一人、紅茶のカップを飲みながら小さい文庫本を見つめていた。総馬は急いで喫茶店に入ると、女性の元に駆け寄る。
「ごめん、少し遅れた」
「大丈夫ですよ、総馬さん、私もちょっと前に来たので」
総馬の謝罪に対し、穏やかな表情で迎えたその女性は文庫本にしおりを差し込み、喫茶店のテーブルに置き、総馬の動向を一つでも見逃さないような目で総馬を見つめる。
「相変わらず綺麗だな、光」
「ありがとう、でもあなたはそれ以上に恰好が良いわ」
どちらもお互いを褒めあう。事実、彼らは大学で人気がある人物たちだ。その二人が揃うと、何の変哲も無いこの喫茶店もまるでオシャレな都会の一流カフェだ。
「そうだわ、クリスマスの話をしようと思っていたの」
「クリスマス? クリスマスは親と海外に行くんじゃ?」
光の親は金持ちな家柄だった。それが分かったのは付き合った後だったが、それもそのはず、彼女は高慢になるどころか優しく真面目、まるで聖人の様な女性だった。そんな彼女が総馬に告白したのだ。総馬は二つ返事で了承し、この付き合いも一か月になろうとしている。
「ううん、なんとか説得して私は残ることにしたの、総馬くんとクリスマスを過ごしたいなって思って」
「え!? う、嬉しいけど親御さん怒ってなかった?」
「え? あぁ、最初は父が不機嫌になりそうだったけど、母がなんとかしてくれたの」
総馬は嬉しさが溢れそうだった。自分の為に家族の予定を削ってくれるなんて、しかも堅そうな家だ。説得も苦労しただろう。総馬は光に対し爽やかな笑みを浮かべる。本心からの笑顔だ。それに釣られて光も上品な笑顔を浮かべた。
「喜んでくれて嬉しいわ、ねえ、私、クリスマスにやりたい事があるの」
「ん?なにがしたいの?」
「あのね―――」
総馬は彼女の言葉を聞いた後、少し呆けるが総馬はもう一度問い直す。
「え? ごめん、なんだって?」
「うん? 私、このゲームがしたいって言ったのよ」
すると、今度は光のカバンから一本のゲームパッケージが喫茶店の机にゆっくり置かれる。総馬は目をぱちくりさせながら、そのゲームパッケージを持ち上げ眺める。
「RPG?」
「いいえ、リアルダイブ型MMORPGよ」
「ああ、ゲームの中に実際に入ったかのような体験が出来るってやつ?」
明人の受け売りだが、総馬はなんとか興味がありそうな風体をする。今日、明人が説明してた事まんまだが、まさか、明人の知識が役に立つことがあるとはと、総馬は少し明人を心の中で褒めたたえる。
「そう! 私、このゲームを総馬くんとクリスマスしたいの!」
光の声に熱意が籠る。そのパッケージに書かれていたのは、『フリーダム』というタイトル。そして、そのタイトルの下地には綺麗な森の前に人間じゃない生物と人間が何十体も並んでいるという光景で、例えるなら卒業式の写真だ。
「これをやるのは構わないけどさ……」
総馬は渋る。クリスマスに彼女と過ごせるのは嬉しかったが、わざわざゲームをするなんて少しムードや、一般大衆の考えに近い総馬の考えるカップルの過ごし方としてはかけ離れている。それにそもそもこのゲーム機を持っていない。それを理由に断ろうと口を開こうとしたが、光はそれを遮るように退路を塞ぐ。
「あ、そのパッケージは総馬君にあげるわ、後、必要な設備は総馬君の家に全部買って送っといたから明日には届くはずよ」
「あ、うん」
目をキラキラさせながらまくし立てる彼女に総馬は断る気力を失くし、ただただ頷いた。彼女と過ごせなくなるよりはマシかと自分を納得させ、顔を無理矢理笑顔にさせる。だが、総馬は思った。もしかしたら彼女の家は厳しいので、両親が居ない状況じゃないとゲームなど出来ないのではないか、いや、それを踏まえて俺の家にゲーム機を送ることで、俺の家でなら昔我慢し続けてきたゲームが出来るのではないかと彼女はそんな可哀想可愛い事を策略しているのではと。勝手な妄想だが無きにしもあらずという言葉がある。
「あ、ありがとう、でもタダで貰うのは悪いからお金は今度返すね?」
「あら、良いのに、でも心遣いはありがたく受け取るわね」
彼女はそう言ってニコッと笑う。少し気がかりだが総馬はもうそれだけで満足だった。
光からそのフリーダムと言うゲームの話はその後、一切出ず、いつもの様に学校や近況報告をし合い、門限のある光がそろそろ時間だから帰りますと言うので、彼女を家の近くまで送り、自身も一人暮らしのアパートに帰宅した。