第二章 十五話
遅れたのは肥溜めに突っ込んだのと自身の愛馬を食べてきたせいということだ。なぜだろう数時間前のアビキダスとギャップがありすぎる。ラフィールはそう思いつつ、聞きたかった事を聞いた。
「そこのお二人は?」
「あ、そうだった、聞いてください、ある勇者崩れの女とクソガキを捕らえまっ!?」
今度は両ひざ裏をその捕らえたはずの二人に蹴られ、足をプルプルと揺らしながら内股になりつつも頑張って立っているアビキダス? は涙目になっていた。
「大丈夫ですか……?」
「はい、ぜぜぜ全然大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか?」
「はい、こいつら、油断するとすぐに攻撃してくるんです、もう獣ですよ、友達にはなりたくなああ!?」
今度は二人の蹴りはアビキダス? の腰まで上がり、彼の腰を砕くように蹴りを浴びせていた。ついに倒れ伏したアビキダス? に兵士たちは困惑しながらも肩を貸し、ようやくアビキダス? は立ち上がると、二人の麻袋を外していく。
「おや、あなたは」
ラフィールは驚くような事は無く、その人物に冷ややかな目を当て、ふふっと笑った。そして、馬から降り、近づいてくる。
「お久しぶりです、無名の勇者様?」
「ええ、お久しぶり、神の使いさん?」
その人物は街で出会った勇者だった。そういえば名前を聞いていなかったとラフィールは思い、聞こうと思ったがその前に勇者が言った言葉を訂正せねばならない。
「神の使いではありませんよ? 私はただ神を信じているだけです」
「信じているなら街を侵略して街人を連れ去っても良いのかしら?」
「それは申し訳ないと思っています、なので誰も殺さずにこちらの兵のみの犠牲を払って制圧しました」
「そんなの屁理屈よ、そんな理不尽な死で兵たちは本当に悔いは無いのかしらね」
「はい、何の信仰もなく、わざわざ北の大地から来たお暇な人よりは充実した人生を過ごしたはずですよ」
勇者とラフィールの言い合いはまるで棘の飛ばしあいだ。アビキダス? はこんな光景を見たことがあるなと懐かしくなり、少し微笑ましく感じていたが本人たちは真剣そのものでさすがに表情は隠せなかったようでアビキダス? はラフィールに睨まれてしまった。
「何を笑っているのですか? アビキダス」
「い、いえ、この後、その性悪女がどうなるのか考えたら笑みも零れてしまい……」
「は、はぁ?」
ラフィールは納得しつつも、アビキダス? の言っている意味が理解できなかった。ラフィールはいがみ合ったりはしたものの勇者にどうこうしようなどは考えていなかったのである。アビキダスと出会って半月だが彼も捕虜をどうこうしようなど考えはしなかったはずだ。ラフィールは目の前のアビキダス? をいぶかしげな眼で見つめる。
アビキダス? もラフィールの反応でマズイことをしたと内心焦ったが、少し咳ばらいをし、頭の中で必死に考えた答えを口から吐き出した。
「いやぁ、俺たちのように神を信じて意味ある人生になんちゃって勇者様はなるのですから!」
かなりの早口でかなり無茶苦茶だが、筋は通るはずだ。そう確信して放った言葉にラフィールはなんと少し満足気だった。顔を紅潮させていた。興奮しているのだろう。
「それはうれしいです! トワイライトにはガッカリしましたが勇者様が本来こちらの教えに理解を示してくれたのはイントラル王国の民も理解を示してくれる可能性を証明しているも同然です! これは神父様も喜びます! トワイライトはこの際クビにしてほしいです! ね! アビキダス!」
「……ああ、はい、そうですね、とても素晴らしい事ですね」
「どうかしましたか? もっと喜びましょう!」
アビキダス? はその言葉に反応する事が出来なかった。その恍惚な顔を見て綺麗だなとか可愛いなとか思えていれば可愛いものだ。だが、アビキダス? が彼女から感じたのは寂しさだった。仲間が出来る事への異常な期待感や嬉々とした思いを感じたが根底にあるのは寂しさなのではとアビキダス? は思った。そう思ったのは別にアビキダス? が人間観察や精神医学に詳しいわけではない。友人の反応と似ていたからだ。
「勝手に喜んでるんじゃないわよ! 私があんたたちの宗教を信じると本気で言ってるのかしら?」
「今は無理でも私たちの教えを聞けば絶対になります、良いでしょう、グローバルに着くまでの間、私が特別にあなたを私の馬のお尻に乗せて教えを説いてあげます」
「ほんとに勘弁してちょうだい」
「いいえ! そこのお嬢さん、あなたもどうですか?」
話しかけられたのは勇者の隣で黙っていた少女だった。少女は少し驚いたような表情をすると目をキョロキョロとさせつつ口を開いた。
「……アイアムアキバオタク」
「は!?」
驚いた声を上げたのはアビキダス? だった。突然発せられたその言葉の意味が分かったのはアビキダス? だけだったらしく勇者やラフィールは頭の上にはてなを浮かべているだろう。
「今なんとお嬢さんは言ったのですか? 聞き覚えのない言語だったので」
「え!?」
そう言われたものの、説明していいのか悩むアビキダス? だったがすぐに良いことを思いついた。確かこはある地方で、世界はこの地域以外にもあるという話を聞いていたアビキダス? は悪知恵を働かせつつ、ラフィールに説明を始めた。
「あれは東の国にあるという言語ですね」
「東の国!? まさか噂の大国の!?」
「え? ええ、そこです」
口から出まかせだが、ラフィールの反応は存外悪くないなと思ったアビキダス? は畳みかけるように語りだした。この言語はその大国の一部の地域でしか使われておらず、大国でも知らぬ者も居るということや、さっきの言葉の意味は私は迷子ですという意味ということを。全て戯言であり、虚言だが、迷子という部分でこの聖女のような乙女の心を動かしてしまったらしい。




