第二章 十四話
砂漠の道中、夜が更け始めたころ、ラフィールは帰りが遅い副隊長、アビキダスの帰りを待たずに動き出していた。理由としては帰ってきているなら途中で出くわす可能性が高いためだ。ここで帰ってくるまで道草を食っていてはいつグローバルにたどりつけるか分からない。そう、ラフィールは思ったのだ。アビキダスには悪いがもしすれ違いになった時のために羊皮紙を残しておいたから大丈夫なはずだ。ラフィールはアビキダスの無事を祈りながら輸送を続けた。
「森が見えてきましたね」
一人呟くラフィールの言葉に兵士たちは感嘆の声を上げた。森に入り、三日も歩けばグローバルだ。ラフィールは安堵したせいか少し疲れが出たのか馬に揺られたまま意識を空に向けた。綺麗な夕暮れにラフィールは心を奪われた。
「綺麗な空です、いつか、あの綺麗な空から神様が迎えに来てくれるのでしょう」
彼女は夕日に照らされ、まるで一枚の絵画から抜け出したような美しさと逞しさを伺えた。兵士たちも馬に乗るそのラフィールの姿に固唾を飲んだ。黒い鎧に包まれていながらもまるで天使の様な美しさを兼ね備えた人物。そして、戦になれば一騎当千のこの女性を戦乙女と兵士の間ではそう噂されていた。
「お! あ、あの!」
するとそんな雰囲気を壊すような軽薄な声が響いた。兵士たちはその人物を睨みつけるがやはりラフィールだけは穏やかな顔でその人物を見た。
「きゃっ!?」
だが、ラフィールはその人物の顔を見てそれまで穏やかな口調と声色を変え、まるで町娘のような叫び声をあげた。だが、それを意外と思うものは出なかった。それよりも急に現れた人物の様相のインパクトが強すぎたためだ。
男は鎧や顔に泥が被っており、更には夕暮れということもあり、人相がはっきりとは分からない。髪色さえ泥色と形容できる色になっており、まるでコーティングされたようだった。だが、さらに不自然なのが片手に縄を持っており、その先には繋がれた人が二人居り、一人は男くらいで一人は子どものような身長で顔には麻袋が被せてあった。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「え? ああ、ちょっと肥溜めにハマりまして……」
「来たときは肥溜めなんて無かったような」
「出来たんですよ、たぶん、農家の親父がここで農業始めようと勝手に作ったんですよ」
「この辺に農家なんて……」
「勝手に出来たんです」
「農家が?」
「いえ、肥溜めが勝手に出来ました」
「でもさっきは農家の人が作ったと……」
「農家の親父が自分のうんこで作った肥溜めです」
「だからまず農家がこの辺には……」
「うるせえなぁ、つべこべいてっ!?」
男が何かを言い切ろうとした瞬間、後ろの二人の内の大きい方の一人が男の膝裏を蹴り飛ばした。男は膝を曲げながら痛がるとすぐに態勢を整え、ラフィールの方を見つめた。
「まぁ、とにかくそういうことです」
「どういうことですか……そういえばあなたお名前は?」
「え? 俺ですよ俺! 俺!」
「いえ、存じません」
ラフィールは男の謎のテンションに引き気味になるが、男は泥の付いた頭を掻きながらあれ? おかしいな? などと呟きながらラフィールに近づいていく。すると兵たちがラフィールへの道を防ぐため、剣を男に向ける。
「おい、お前、止まれ!」
「え? え? いや、俺の事知ってるでしょ?」
「知るわけないだろ!!」
「あなた、本当に私の知人ですか?」
不意にラフィールはそう呟いた。この必死さにもしかしたら失礼なことをしているかもしれないとラフィールは思い、つい呟いてしまった。男はその呟きを聞き逃さず、泥に濡れた顔をゆがませ、ニコッと笑った。ラフィールは彼の笑顔にきまずくなり、彼の姿を見た。するとラフィールは気づいた。
「その鎧、アビキダスの物ですね」
「私がアビキダスです」
「え!?」
「嘘を付け!」
「いや、俺、アビキダスだって」
ラフィールは考えた。これまでのアビキダスを想像した。厳格な男でいつも自身に注意や意見をくれる優秀な人だ。部下に居て良かったと思うことも多々ある。今回の侵略作戦もアビキダスの意見も取り入れた。
そして目の前の人物、喋り方や声などが違うが喉に泥が入って変わったのかもしれない。それに彼の鎧が彼がアビキダスだと主張している。ラフィールは悩みに悩んだ。彼をアビキダスと認めて良いものか。
「アビキダス?」
「はい、アビキダスです」
「顔の輪郭や背が違うような?」
「泥のせいですね」
「泥……ですか?」
「泥が付いて色々隠れてしまっていますからね」
「声も違うような?」
「喉に泥が入ったかもしれません……ゴホッゴホッ」
わざとらしい咳を起こすアビキダス? に気づいていないのか、ラフィールは困ったような表情を浮かべだす。するとラフィールはアビキダスの愛馬が居ないことに気づいた。
「馬はどうしましたか?」
「肥溜めに落ち……うっ」
「肥溜めに落ちて亡くなったのですか!?」
「はい……」
「今すぐ、その肥溜めで祈りましょう、馬は覚悟など出来ません、私たちの身勝手で戦場に連れていかれるんです、なのに肥溜めで……どこですか? 祈りにいきましょう」
「あ、いや、あの大丈夫です」
ラフィールの考えにアビキダス? は首を振って否定をした。ラフィールはいつものアビキダスを思い出す。きっと何か考えがあるのだろう、そう思いなぜですか? と問うとアビキダス? は少し微笑んだ。
「食べました」
「食べたんですか!?」
「供養のために美味しくいただきました」
「確かに食物連鎖の上で食材として殺生した生物を食べなければならないという言葉はありますが!」
「はい、なので食べました、美味しかったです」
「そ、そうですか……」
ラフィールは完全に引いていた自分に気が付いた。




