第二章 十三話
アビキダスを昏倒させ、人を倒したのが初体験の貴族風の男は自身の腕をひねったり、前屈を繰り返した。
「このゲームの身体、本物の身体より動きやすいし、鍛えられてるからなんか別人になった気分だな」
ぼそりとそう呟いた貴族風の男はアビキダスを倒した高揚感でニヤニヤが止まらなくなった。そこに女の子が駆け寄ってきて不意にそのにやけ面を見られてしまう。
「人殴って、その顔は気持ち悪いですよ、そう……ダークアナライザーさん」
「レイリ―だって病人の俺、蹴飛ばして嬉しそうだったじゃないか」
そう愚痴る貴族風の男―――道下総馬改めダークアナライザー。そんな愚痴に対して少女、レイリ―はジト目を総馬に向けつつ、文句を言う。
「あれはダークアナライザーさんが変なことを言おうとしたので止めたんです」
「もっといいやり方あったろ、この騎士が薬くれなかったら本当に死んでたぞ」
「ていうか、なんで本当にキノコ食ってんのよ、ここに先回りした時、言ったわよね? 振りだけで良いって」
そう苦言を呈したのはロングソードを腰の鞘にしまうクローバーだった。そんなクローバーの問いかけに総馬は少し冷や汗を掻き、ばつが悪そうな顔で答える。
「いや、実はのたうち回る振りしている間にあのキノコが生えてるとこに顔が突っ込んで間違って食べちゃってさ……」
「あなた、アホなの?」
「あそこにキノコが生えてたのが悪い、俺はそう言いたい」
「勝手に言ってなさい」
クローバーに冷たくあしらわれ、総馬は落ち込んでしまうがクローバーはお構いなしに倒れた騎士から鎧や武器をひん剥いていき、アビキダスを茂みの中に隠すように引きずるとひん剥いた武器と防具を総馬に差しだした。
「こんな重そうなの着るのか、ちょっと汗臭そうだし、嫌だな」
「贅沢言わない、あいつの馬の足跡を辿っていけばあの似非神の使い女に辿り着けるはずだけどそこで辿り着いてはい、終わりじゃないのよ?」
「本当かね、あいつらがどこ向かったのか分からなくて適当に横断してたらたまたま森の中に入っていく兵士見つけて襲っただけでその女に辿り着くとは到底思えん」
「いいえ、勇者の勘がそう言っているわ」
大した自信だなと心の中で思った総馬はこのゲーム世界での自分の役割がよくわからず困惑していた。勇者をこのクローバーとかいう女だとしてなら俺は何の役割でここに来たんだ? その疑問はこの勇者が現れてからずっと付きまとっていた。
だが、この勇者が現れてから展開は確かにゲームの様な展開が次々と起きる。総馬はゲームなのだから楽しもう。そう決め、盗んだ装備を着こんでいく。
「さてと、ほい、似合う?」
「なんか、顔がきれいすぎるわ、もっとさっきの男は荒々しい感じだったのだから少しは似せないとね」
「随分な言い草だな」
「なら、ダークアナライザーさんの顔をクローバーさんの水魔法と砂でぐちゃぐちゃにコーティングするのはどうでしょう?」
「いや、よくないだろ、なんでそんな気持ち悪い事しなきゃいけないんだよ」
「いえ、仮面なんかあれば良いけど無い以上、それしかないわ!」
クローバーとレイリ―はそんな提案で盛り上がっていき、最終的に総馬は反対したもののその案を多数決で押し切られてしまい、総馬の顔にたっぷりと水分を含んで固まった砂が押し付けられた。泥パックといえば聞こえは良いが、男の総馬はやったことがないためこの行為は完全に拷問だ。
「く、口に入ってうぼおぼ!?」
塗りたくれられる内に口に侵入してきた泥に総馬は涙目でやめろと訴えかけるが女性陣二人は盛り上がりを失わず、好き勝手に泥を塗りたくっていく。総馬は神の使いよりもこの性根が腐った悪魔二人をどうにかした方が良いと心の中からそう思った。




