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第二章 九話


 目の前の兵たちが左右バラバラに移動し始め、一本の道が出来るとその道を先ほど吹き飛ばしたラフィールが悠々と歩いてきているのが見えた。


 「痛かったですが私は神の子、あなた方を許します」


 「うそでしょ、あんな衝撃を受けて鎧さえ、潰れてないなんて……!」


 その指摘をしたクローバーの表情に恐怖が浮かんだ。指摘通り、彼女はもちろん鎧にも傷一つついていなかったのだ。ラフィールが恐怖に飲まれかけているとラフィールが動き出した。クローバーは咄嗟に手を開き、先ほどのような水の塊を作り出した。

 だが、理解が出来ないことが起きた。先ほどの手合わせをした以上の速さでこちらに迫ってきていたのだ。その動きは鎧を着ていない人よりも遥かに速い動きだった。先ほど、手合いをした時とは違う動き。クローバーは悟った。手加減されていたんだと。だが、そう思ったのも束の間、すぐ目の前にラフィールが迫っていた。


 「おじいさん、離れ―――なっ!!」


 ラフィールを視線で捉えながらおじいさんを逃がそうと声を上げた瞬間、目の前のラフィールにクローバーは押し倒され腹部に馬乗りされてしまう。早く逃げなければと思い、拳を振るい、ラフィールの冷たい仮面のような顔に攻撃したがびくともしない。


 「この! どけ!」


 クローバーは腕が自由な事を幸いと思い、水の塊を上半身にぶつけておじいさんがやったようにこいつを吹き飛ばそうと考えた。だが、手に水をためようと地面に一度下ろした瞬間、ラフィールは馬乗りをやめ、立ち上がった。そして。


 「ここらで幕引きです」


 「何を言っ―――がぁっ!?」


 ラフィールはクローバーが腕を下した瞬間に立ち上がると脇腹を蹴り上げたのだ。ラフィールはその衝撃で宙に一度浮くと商店街にある屋台に叩きつけられた。屋台は損壊し、クローバーは屋台にあった台を真っ二つにして二つに分かれた場所でうめき声を上げながら脇腹を押さえ、必死に痛みを堪えた。


 「勇者様!」


 クローバーは朦朧とする意識の中、おじいさんが慌ててこちらに駆け寄ってくるのを感じ、心の中で謝罪する。この後、この街の人は行動によって最悪な事態に陥る。それを防げなかったクローバーは自身を責めた。


 「安心してください、死んではいません、さて、おじいさん、あなたはどうしますか? 戦いますか?」


 おじいさんは目を慌ただしく周りにやるとすでに敵兵によって義勇兵たちは殺されているものは奇跡的に居なかったが制圧されたようだった。彼らが百人だけとしてもこの街の義勇兵は非戦闘員を含めなければ三十人ほどだ。話にはならない。おじいさんは諦めように目を瞑ると膝を付いた。


 「いや、投降じゃ、降参する」


 「そうですか、では、兵士の諸君、ここに私たちが勝利したと宣言します、この勝利も全て神の御導きです」


 淡々とした言葉でそう言い、兵士たちは喝さいを行うものや祈りを捧げるものまで出始めた。街の義勇兵たちは弓や剣を放り捨て、項垂れるように膝を付き、負けを認めた。


 「安心してください、捕虜になったとしてもみなさんに窮屈な思いはさせません、私たちの拠点に来ればみなさんはこれまで以上の生活が出来るでしょう」


 胡散臭い。クローバーは薄れゆく意識をはっきりさせようとあの神が神がとうるさい女を睨んだ。あいつを倒す。倒せば一気に逆転できる。そう思い、足に力を入れようとした瞬間、体にある違和感を覚えた。身体が沈んでいく感覚を覚えた。砂に沈んでいく自分。


 「なっ、なにこれ」


 クローバーが段々と砂に埋まっていく。助けを求めようと手を伸ばすが、目の前をおじいさんがラフィールから隠すようにそこに立った。おじいさんは自身のローブを広げるとクローバーに被せる。クローバーはどういうことかわからないまま、砂に落ちていくのを感じながらローブを少し上げ、おじいさんの足の間から周りを見渡すと、その不自然さに気づいたラフィールがこちらに近づいてくる。


 「そこの勇者に話があるのですが、退いてくださいませ、おじいさん」


 「老骨が久々に動いたせいでなかなか動くのが厳しいんだよ」


 皮肉の様にそう言うおじいさんにラフィールは不意に背を向けると屈んだ。まるで老人を背中に乗せようと言わんばかりの素振りだった。おじいさんは警戒したのか身を緊張させたのが分かると同時にクローバーは目を見張った。おじいさんの足に黒い斑点が浮かび上がりだしたのだ。


 「なんだい? 騎士様」


 「いえ、動けないならば手を貸そうかと、いえ、この場合は背中を貸すですね」


 「優しいな、けど、まぁ大丈夫だよ、勇者様ならほらこの通り、暑い中、倒れてはいけないと思い、ローブで熱遮断したんだよ」


 「なるほど、それはお優しいですね、ですがこんな真夜中では意味はないのでは?」


 「おお、そうだった、ボケてたよ」


 クローバーはそんな会話を耳にしながら異変に気付く。自身の口に砂が入ってきたのだ。これはまずいと立ち上がろうとしたが、急に上から圧力で押されだしたのだ。その勢いで顔のほとんどが砂で埋まり、身体は完全に埋まってしまい、死を覚悟したクローバーだったがなんと不思議なことに砂がどんどん減っていき、最終的には口に空気が入ってきたのだ。息が出来る。埋まった地中には人一人が横になれる空間とどこかに繋がっているトンネルが存在していた。


 「ふんっ! んっ!」


 クローバーは必死にトンネルを這って進んでいき、空気が上から来る場所を見つけるとその部分を叩いて崩していく。徐々に砂が無くなり、現れたのは見たことがある天井だった。這い上がるとそこはおじいさんの家だった。

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