第二章 六話
「依頼というのは、この村に今宵、魔王の軍勢がやってくるのでやっつけてほしいということだ」
「魔王?」
「神聖王国と呼んだ方が良いかね?」
老人の皮肉交じりの言葉だった事を理解したクローバーは笑みが零れる。魔王退治なんて数百年前に一度、たった一人の勇者がそれを成し遂げたのが最後で、魔王退治を今、自身がやるのかと思って驚いたのが拍子抜けしたためだ。
「それなら共和国に助けてもらった方が良いのでは?」
「共和国からの防人なら、昨日死んださ」
「死んだ?」
「ああ、神聖王国と共和国が戦争したのさ、一昨日くらいか、ある町が一つ消えたよ、あそこには酒飲み友達のじじいが居たが、お陀仏になってるかもな」
「つまり共和国が負けたっていうの?」
「ああ、いや、負けたというのは語弊かもな」
「というと?」
「戦争に勝って、作戦に負けた、つまり、その町は救えなかったが神聖王国の部隊は壊滅、やつらは爆破魔法の様なものを使って街を吹き飛ばしたのさ、それを行った実行部隊は共和国の兵により駆逐されたがね、その際、ここから援軍に行ってしまった防人が帰ってこないのだよ、死んだのか、逃げたのか、共和国から連絡は無いからな、分からん」
「酷い話だけど、神聖王国にそんな爆破魔法を得意とする組織が出来てるなんてね」
「話を聞いていなかったのか? 爆破魔法の様なものだ、説明は出来んが、あれは爆破魔法ではない」
「新しい兵器、もしくは新しい魔法」
「神聖王国が今更何をしようが驚かんがね」
神聖王国の評判がクローバーの中でどんどん落ちていく。昔の神聖王国とは違う。彼らはどんな力を手に入れ、なぜ町を平気で消滅させるのだろうか。神聖王国の調査を早めないといけないのかもしれない。クローバーは自身の国が狙われるのを恐れた。
「それでだな、今日の晩にもやつらはここを占拠しにやってくる、一昨日の壊滅した部隊よりも厄介なやつをリーダーにしてな」
「それは誰です?」
「トワイライト・ロングソート、知っているだろ?」
「そんな!?」
先ほど話していた前任勇者、その名前がなぜ今、出てくるのか、クローバーは耳を疑ったが、その反応を老人は楽しむかのように乾いた笑いを起こした。そして、一度間を置くと真剣な目で低い声を上げた。
「君たちの国の英雄は今じゃ平気で砂漠の町一つを平気で破壊するだ悪魔だ」
「そんなバカな……」
「ショックなのも分かるがそれが現実なんだよ、勇者様」
クローバーはショックの余り、考え込んだりする素振りが増えた。そんなクローバーに特に気を悪くしなかった老人は今度は街の商人から買う食材で作ったスープをクローバーに振舞った。
そんな内に夜は更け、街の中から警鐘の様な悲鳴が沸き立つ。やって来たのだ。魔王軍―――神聖王国の軍隊が。
「では、頼みます、勇者様」
老人のその一言で勇者アイン・クローバーはロングソードを抜き去り、老人の家を後にすると街の出入り口である門の前に立った。門から五百メートル離れた場所にその軍勢は見えた。
その軍勢は松明を照らしながら向かって来ていたため、装備やどんな兵種が居るのかは確認できた。銅の鎧で身を包み、槍を持った部隊を先頭に弓兵部隊が後方に配置され、その後ろからは馬や荷馬車がゆっくりと後を追っていた。
謎の馬と荷馬車、装備した兵士たちと一緒に顔を覆い隠すほどの仮面を被った人物が黒の鎧で身を包み、馬に乗馬しながらこちらに進んでいた。軍勢は松明を持っている兵士たちだけなら二百ほどだった。もしかしたら松明を持たずに後ろに控えて人数を誤魔化す作戦かもしれないが、クローバーがいくら目をひん剥いてもやはり松明をを持った兵士しか分からない。
「門を閉めろ! 壁に梯子を立てろ!」
先ほどまでクローバーと共にしていた老人が叫ぶと、街の門は封鎖され、壁に梯子が掛かる。そこにこの街の私兵なのだろう弓兵がその梯子を上り弓を構えた。壁には一定間隔で火が灯った松明が点々と壁に点在していた。
「引き付けてから撃つのだ!」
「おじいさんがここの村長だったの?」
「いや、ただ経験が長いだけだ」
この街では街人全員が義勇兵という事だろう。弓兵に参加していない男たちは女子どもをまとめ上げ、逃がそうと指示をしていた。すると、おじいさんは門に梯子を掛け、軽快に登っていき、敵軍に向けて叫んだ。その声はとても大きく、敵軍にもと届くであろう声だった。クローバーもすぐさま梯子を立てると自身も門の上から敵を眺めた。
「久しぶりだな! トワイライト!」
「あれが元勇者トワイライト」
問いかけに敵軍は返事をせず、沈黙を貫いたまま街に近づいて来ていた。クローバーは初めて見る死んだと思われていたその元勇者の姿に固唾を飲んだ。すると、百メートルほどの距離になったであろう時に街の弓兵が矢を放った。
「誰だ! 撃つのが速いぞ!」
おじいさんは突然放った兵士を怒鳴った。この暗闇であちらが場所を火で灯してくれているとはいえ、矢が当たる可能性は低い。どうやら恐怖に耐えかねた兵士が勝手に撃ち込んだ様だ。だがそれ以上に困った事にそれに続いて兵たちは次々と矢を放っていく。恐怖で怯えた兵士たちは早く敵を眼前から消したいという気持ちだけで矢を打ち放っていた。
矢は曲射され、軍勢に浴びせられていく。狙って撃っているわけではないので十発に一発当たれば良い方だ。だが、今回はこちらの兵士の調子が良かったのか次々と敵兵を射抜いていく。




