第二章 五話
従者に全てを奪われた勇者アイン・クローバーは砂漠の街を見つけた。その街は壁に囲われており、中に入ると人で賑わっている商店街が並んでいた。
だが、アイン・クローバーは危機的状況に陥っていた。金銭が無いのだ。というか、盗られたのだ。あのツルツルは絶対殺す。クローバーはそう決めつつもどうするかを考える。強盗でもするか、いや、それは勇者的には論外。クローバーは周りを見渡して考える。ここに来るまでの間、自身の水魔法の水だけで食を満たしてきたクローバーは食事を恵んでくれそうな人物が居ないか探し始める。
「そこのお嬢さん」
「はい?」
食料や雑貨などを売る商店街をうろついていると声を掛けられる。後ろを振り向くと白い布のような物をかぶったおじいさんが口角を上げながら話しかけていた。
「すいません、今、お金なくて」
「いや、乞食とかではない」
「じゃあなんですか? 身体を売るほどは困ってないです」
「お嬢さん、少し話を聞きたまえ」
老人は彼女の勘違いに呆れたのか、不意にクローバーの腕を引っ張ると、家屋が並ぶ場所に入り、一番奥の家に連れ込まれた。その際、抵抗をしようとも考えたクローバーだったがこんな爺さん、後でどうにでもなると高を括り、黙ってその家に入った。床は藁で敷き詰められており、ふかふかとしていた。
「適当に座っても構わんし、立ってても構わん」
「お言葉に甘えて座らせてもらうわ」
クローバーは藁の上に正座をして座り、老人と顔を合わせた。老人も藁に座り込むと白いローブを外し、クローバーを見つめる。そのおじいさんは白髪に髭を蓄えた七十後半位の高齢に見えた。その顔は穏やかな表情をしているのか悲しみを帯びている表情なのか分かりにくい事を除けば標準的なおじいさんだった。
おじいさんは部屋の隅に置いてあった丸い入れ物をクローバーに差し出した。
「これは?」
「持ってくれ」
「はぁ」
言われた通りにその入れ物を持つクローバー。入れ物は漆が塗ってある土を固めた何の変哲もないお椀だった。するとおじいさんは立ち上がるとクローバーに背を向け、お椀よりも大きい鍋を両手で持つと自身とクローバーの間に置いた。鍋の中には緑色のスープが入っていた。
「腹が空いてるんだろ? 食べたまえ」
「ど、どうも」
クローバーは先ほど預けられたお椀にその緑色のスープを入れられ困惑した。見たこともない料理だし、毒が入っているかもしれない。だが空腹に耐えかねたクローバーは恐る恐るそのスープを飲んだ。
「あ、美味しい」
意外にもそのスープは暖かく塩の味が効いており、疲れが溜まっているクローバーにはとても良い塩梅だった。
「それは俺が昔から食ってるムカデのスープだ」
「ム、ムカデ!?」
クローバーの口から食べたものが吹き出そうになるが、なんとかギリギリで保ち、老人を見る。すると老人ははっはっはと笑っていた。
「冗談だよ」
「は?」
「砂漠の中、しかめっ面で歩いてきた君に私からの贈り物だよ」
老人の言葉にクローバーはムッとするが冗談ならこれは何のスープなんだという疑問もわくがもう突っ込むのも疲れ、本題に入ろうと老人の方を見た。
「それで? 私に何か御用ですか? それとも私をご存知でしょうか?」
「君が誰でどこから来たのか、更には今現在、おなかがいっぱいで眠くなったことなら分かる」
ニヤッとした老人の言葉に図星を突かれた様に動揺し、クローバーは赤面する。この老人はまるで自分には全て分かっていると言いたげな雰囲気を醸し出しており、クローバーは少し間を空けて言葉を紡ぐ。
「……申し訳ありませんが私はあなたを知りません」
「そりゃそうとも、何せ初対面だ」
「ならなぜ私を?」
「まず、君に頼みがある、勇者には持ってこいの依頼だと思うがね」
「分かりました」
「ずいぶん、物分かりが良い勇者様だな」
「勇者とはそういうものでは?」
代々、イントラル王国には勇者職に就くものは一人は存在している。彼らは節度を重んじ、義に厚く、誰よりも気高い。正直、クローバーは自分が選ばれたのは何かの間違いではないかと思う日も当然あった。だが、今やクローバーの誇り高い使命とも信じていた。
「君は勇者に何らかの偶像があるようだが、前任の勇者を知っているかね?」
「ええ、トワイライト・ロングソート、誇り高き勇者の一人で彼は一年前くらいに共和国と王国との戦に巻き込まれ死んだわ、ほとんどイントラル王国の山奥に居て王都に居なかったらしいから私は見たことが無いけどね」
「そうか、君の国ではそういうことになっているのか」
「え? どういうこと?」
「話してやっても良いが、とにかく依頼を聞いてくれ、今はな」
「分かった」
クローバーはこの老人が何を言いたいのか、何を知っているのか、それを教えてほしかった。トワイライトがどうなったのか、自身の前任者であり、勇者である彼は本当は戦争に巻き込まれて死んだのではないとしたら。クローバーは老人の依頼を聞き、それを済ませて早く真相を聞きたいと思い、老人の話に耳を傾けた。




