第二章 三話
これは彼女が二人の男女と砂漠の町で会う一週間前の話。
彼女の名前はアイン・クローバー。イントラル王国の勇者だ。
クローバーの住むこの国は全世界の一部の地域に存在しており、地域の特徴としては北のほとんどを支配する恒常的に気温が低い雪国だ。その地域の南では神聖王国と獣心共和国が南を二分し争っており、実質この地域では三国に分かれて争いが起きている。
と言っても実際争っているのは、神聖王国と獣心共和国の二国であり、イントラル王国を特にどちらに肩入れをすることもなく、事なきを得ている。
イントラル王国に生まれたクローバーはイントラル王国では指で数える程しか居ない有名武門のお嬢様であったが、男勝りの良い性格と女性の身でありながらも父や他兄弟を凌ぐ武力と強大な水魔法を操るとして国民から尊敬されていた。
そのため、一年前、王から貰った役職は勇者。人望も厚く、代々、魔法、武力に優れた者に与えられる称号だ。一年前に前任勇者が死んで空いた席だった。最初は勇者様と呼ばれるのに恥ずかしい思いをしたクローバーだったが現在では自身の誇りとなっている。
勇者の仕事とは基本、王都や国の街々を回り、民の生活を観察し、困っていることがあれば助ける事と外敵が出た際、それを退治する仕事だ。
彼女は、この勇者の仕事を貰う際、銀色のロングソードと銀の胸当てと銀のスカート状の鎧、さらには三人の従者を連れる事を許可されていた。彼女はその従者三人を連れ、日々国のため、民のため、誠心誠意働いた。
そんなある日、国王から呼び出しを貰い、クローバーは神妙な面持ちを浮かべつつも、誇らしいという気持ちで国の中央にある王城に向かった。
「アイン・クローバーよ! 王として命じる! 獣心共和国と神聖王国の調査をせよ! そしてどちらが不義かを見極めるのだ!」
王座の間の赤い絨毯が乗った階段上の王座に座る偉そうな男はそう叫んだ。
入り口からその王座まで続く赤い絨毯の横に並び、王に向けてかしづく兵士たち。その絨毯の上で膝まづくクローバー。クローバーの背後には三人の男二人と女一人の従者が同じように身を屈め、王に頭を下げている。
そう、その偉そうな男、彼こそこの国の現国王、シルノ・イントラル国王その人だ。
王の年齢はまだ若いが、体系はでっぷりとしており、外見だけなら愚王のようだ。だが、外見で人を判断出来ないとはこの人の事で、かなりの努力をしており、今、この国でできるだけの善政を敷いている。
ただ、たまに突発的なことを言い出すのがたまに傷だ。
そして、それは始まった。先ほどの王の言葉を聞き、彼女は思ったのだ。確かに王勅命の仕事を頂けることは光栄だし、素晴らしい物だ、だが、その調査を勇者がするのは少し違うのでは無いかと。
「あ、あの王よ、発言の許可を」
「ああ、良いぞ」
でっぷりと太った若き王は右手を上げ、発言を許可する。仕草は正しく偉そうな王様そのものだった。もしかしたら機嫌を損ねてしまうかもしれない。だが、クローバーはどうしても聞きたかった。
「その任は受けますが、どうして勇者が調査を? 普通なら調査をした後、どうしても兵だけでは厳しいと判断した場合のみ、勇者を向かわせ討伐などを命じると考えますが……」
失礼にも値せず、なおかつ聞きたいことが聞けている良い言葉だったとクローバーは自身を称賛するが、王は少し眉をぴくりと動かし、顔を俯かせる。
まずいことをしたのかもしれない。そう、クローバーは察したが、なるべく動揺しているのを気取られないよう黙って次の言葉を待つ。
「わが地方の南に位置する神聖王国と獣心共和国が本当は一つの国だった事は知っているな?」
「知っております」
「そして、今、この地方勢力分布はこのイントラル王国、神聖王国、獣心共和国なわけだが、昔はここと神聖王国の二つだった、つまり、二つに分かれた神聖王国がこのイントラル王国の国力を下回っているということだ」
「はい、そうですね、今、この地域ではこの国の国力が一番です」
「なのに……ふう」
「……はい」
「なのに……」
「……はい」
なぜか本題を言わずに溜める国王に少しイラッとしたクローバーだったが、早く話を進めてほしい一心で返事をする。すると国王は突然王座から立ち上がり、腕を大きく振りあげ、叫んだ。それは王の息吹だった。地面を震わすその大声は内容以外の全てが臣下の心を打ちぬいた。
「なのにやつらは二国で争ってばかり! 少しこっちにも攻めて来たり外交に来いよ!」
「は?」
そう、内容以外は響いた。内容は子どもの様な発言である。クローバーは呆れたような声をついつい発してしまうが、周りの兵士も内容が上手く呑み込めないのか、咎めに来るものは居なかった。




