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第一章 四話

 

 「す、すいません、俺、そろそろ行かないと……」


 「え? 君、ここがどこだかも知らないんだろ?」


 不味い。あまりの激臭のあまり、現実でめんどうくさい人種を巻く際に使う方法を咄嗟に取ってしまった。総馬は慌てて彼らがやってきた方向を見つめる。


 「あっちの方向に何かありそうな気がしないでもないなーって思いまして」


 ちょっと無理矢理すぎるか? 総馬は恐る恐る彼女の反応を見る。だが、彼女は納得したような顔をして、困ったように口を開く。


 「あー、もう無いよ」


 「え? 無いとは?」


 「いやぁ、私としたことが間に合わなくてさ、実は―――」


 「遅い! いつまで私を待たせる気だ!」


 何か恐ろしい事実を聞かされかけた瞬間、蟻の上から心底イラついているのが分かる少女の声が響く。上を見上げれば、褐色の少女がドレスのスカートを揺らしながら巨大蟻のお尻で地団駄を踏んでいた。


 「早く帰っておいしいパイが食べたいの! もう待てない! まだ私を待たせるならあんたを置いていくわよ!」


 外見通りの子どもの様な性格の様で、怒りの矛先をぶつけられた女性は困り顔と呆れ顔が混ざったような顔をすると、総馬に目を向ける。


 「悪いけど、うちのお嬢さんがカンカンになってしまったよ、砂漠の町に住んでいた記憶がうっすらあるなら、残っている町はあっちを真っ直ぐ行けばすぐ着くよ」


 女性は巨大蟻が居る方向よりも少し斜めの方向に指を指す。


 「ありがとうございます! 親切にしてくださって!」


 どんなに激臭でも性格がこんなに良い人はなかなか居ないからな。ある意味、匂いで人は判断出来ないってやつだな。総馬は謎の感動をしていると、女性は満足そうに笑みを浮かべながら巨大蟻の方に戻っていった。

 それを見送った総馬も自然と笑顔になる。


 「さて、俺も行くか」


 「ちょっと!」


 颯爽と案内された方角へ、歩き出そうとした瞬間、蟻の上の女の子が総馬を静止させる。静止した総馬の額に冷や汗が浮かぶ。


 「あんたどこ行くのよ! 私の軍勢が通り過ぎるまで畏まってなさいって言った―――ってお前! 逃げるな!」


 総馬は少女に振り返りも声を返すこともしなかった。あの炎天下で土下座をまたする気にはなれない総馬はその言葉を無視し、走り出したのだ。


 「お前! 本当に許さないわよ!」


 「まぁまぁ、アイリス、もう行こうよ、結構時間経っちゃったし」


 「はぁ!? 元はといえば、あんたがあんなのに構ってたからじゃない!」


 「アイリス、嫉妬?」


 「……嫉妬なんかしないの知ってるでしょ」


 褐色の少女―――アイリスはまるで先ほどの怒りが嘘のように、どうでもいいかのような声色で自分より年上女性に吐き捨てる。


 「怒ってるほうがかわいかったよ」


 「テスうるさい、わかった、もう行くわよ、でも今度会ったらあいつは蟻地獄の刑よ」


 「蟻地獄にかかるのは本当ならアイリスだけどね」


 「だからじゃない、私が嫌いなことを相手にするのはとても楽しいんだもの」


 少しムキになりながらアイリスは目を細めてあの無礼者をどう殺そうかを画策しだす。そんなアイリスをテスと呼ばれた下着姿の女性は呆れたような表情を浮かべつつも少し微笑む。


 「アイリス、あの人間のこと気に入った?」


 「は? ただほかの人間種とは違ったから興味が惹かれただけよ」


 「なら次会ったときはみんなで食事でもするかい?」


 「なんであいつを食事に呼ばなきゃいけないのよ、あいつが餌よ」


 ツンとした態度でそう言い放ちながら、アイリスは蟻の頭上に戻っていく。そんなアイリスにテスは興奮のあまり抱き着いた。


 「もう照れてかわいいなぁ! 人間にあんなに敬われた事ないから喜んでるくせに!」


 「うっとうしい! そんなんじゃないから!」


 「あぁ! もう! 鬱陶しい女ね!」


 二人はじゃれあうのをやめず、巨大蟻はそんな二人を乗せたまま、蟻たちを引き連れ、砂漠を進行していった。


――――――――――――――――――――――


 「なんて疲れるゲームなんだ、しかもいきなり出会った女性のセミヌードを見ることになるなんて……」


 総馬は彼女たちから逃避し、彼の視界は黒々とした光景から何も見えない砂漠に逆戻りを果たしていた。だが、それでも総馬がいったん落ち着くには十分な景色だ。


 「とは言ったものの人と話しただけで結構落ち着くもんだな、なんでバラとか食べたんだろ」


 砂漠に突然、一人取り残された総馬にとって、さきほどのコミュニケーションのおかげか大分、落ち着きを取り戻していた。もうバラを食べたりなんかしない。

 その後、総馬は教えられた通り、真っすぐ、突き進んでいき、街につくことだけを目的に歩き続けた。そして、二日が経過した。

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