(4)
「シッ」
踏み込むと同時に左が飛んでくる。
しかし、亜夢は何も超能力を使わないでそれを避けた。
「超能力者ってのは」
ロン毛は亜夢の右手側に回り込んでくる。
そしてジャブ。
今度は手のひらで受け止めるようにするが、手には当たらない。
「こっちの考えを読むのかよ」
言っている途中で左を打ち込んでくる。
「けどよ」
左、左、そして右。
「考えが回らないほど、手数を出したらどうなるんだろうな」
左ジャブ、左、右。そして左。今度は右右。
亜夢の右手側に回り込みながら、何度も何度も鋭いパンチを繰り出す。
回りながら下がってそれを避けるが、最後に繰り出してくる右を避ける時間がない。
亜夢は両手で受け止めるように構える。
バチッ! と大きな音がなる。
手の平との間に、厚い空気の層を作って、直撃はまぬかれていたが、それでも亜夢の手は弾かれていた。
「チッ」
言ってから、ロン毛は少し息を吐いた。
「!」
亜夢は突然、羽交い絞めにされて、体が動かせなくなった。
「なに?」
「なんだ、手伝ってくれるのか」
「はやくしろ」
「えっ、誰? 美優なの?」
亜夢を捉えているのは、西園寺美優だった。
「亜夢、美優の目がなんか変」
奈々が言う。
亜夢は、コントロールされていた美優とホテルで対峙した時の状況を思い出していた。
「精神制御なの?」
「なんでもいいや、もらった」
ロン毛は顔面に打ち込むフェイントをして、腰をいれた強いフックを亜夢のボディに入れた。
「ぐふぅっ」
顔を警戒した亜夢は、何も超能力防御がないまま成人男子、それも素人とはいえボクサーのパンチをまともに食らってしまった。
体がくの字に折れるだけでなく、呼吸が止まっていた。
「んはぁ……」
息をつくと、ロン毛は亜夢の髪を引っ張って顔を持ち上げた。そしてまた顔にパンチを打ち込むフリをして、右手をボディに打ち込んだ。
「グッ……」
苦痛に歪む唇が震え、体液が漏れて地面を汚す。
「美優、亜夢がやられてんだよ」
アキナが近づこうとすると、バットをもった男が両手を広げてそれを阻止する。
「いいところじゃねぇか」
「俺にもやらせろ」
小林がロン毛の男の横に立った。
「俺の仇なんだから」
ロン毛が退き、小林が大きく振りかぶって亜夢の顔をめがけて拳を振り込む。
顔面を滑ったかのように拳はすり抜けてしまう。
亜夢が至近距離に来た小林の股間を膝蹴りする。
「うぉっ!」
小林は亜夢の足元に転がり、のたうち回る。
そもそもロン毛のダメージが効いていていて、まともに足を上げれないのだが、カウンターで入ったせいか、思ったよりダメージは大きかったようだ。
「なにしやがんだ……」
「無警戒すぎるんだよなぁ…… 相手は超能力者なんだぜ」
ロン毛は頭に手をあててそう言って、今度は亜夢を睨みつけた。
「けど、仇はとってやるよ」
亜夢の動きが止められている状態では、このロン毛に勝つ術はなかった。
今度こそフィニッシュブローを打ってくるだろう。
「美優、亜夢を放して!」
アキナが叫んで美優に近づこうとすると、バットを振り込んでくる。アキナは寸前で立ち止まり、それを避ける。
「なんでこんな時に超能力を上手く使えないんだろう」
とアキナはつぶやく。
次の瞬間、アキナの視界の端を人影が走った。
「奈々!」
「行かせねぇ」
と、奈々をバットの男が追う。
一方、ロン毛が踏み込んで左をボディに打ち込むように構えた。
絶対にフェイントと思われたが、亜夢は二回受けたボディの恐怖を克服できない。
超能力を使ってボディへの防御を集中させた時、顔にロン毛の右ストレートが見える。
「捕まえたぞ!」
バット男の腕が、走る奈々の腕を捉えた。
腕をとられバランスを崩した奈々は頭から倒れていく。
「美優…… 気づいて……」
奈々の伸ばした指が、かすかに美優に触れる。
「!」
鈍い音がした。
ロン毛の腕は一直線に亜夢の頭へ伸びていた。
ひざから崩れ落ちるように後ろに倒れる。
しかし、それは亜夢ではない。奈々に触れられた、美優だった。アキナは何があったか分からなかった。
「奈々、美優になにしたの」
亜夢の腕は、顔の目の前で十字に交差しロン毛の拳を止めていた。
「反撃させてもらうわ」
ロン毛の口元が引きつったようにみえた。
そのまま亜夢が腕を伸ばしてロン毛の頭を押さえると、飛び上がって、膝で顔を捉える。
膝が直接触れないよう、超能力で空気の層を入れて。
右、続けて、左。
亜夢はつかまえていたロン毛の頭を放して着地する。
ロン毛は足がもつれたようになり、ぐるり、と後ろを向いてから、倒れる。
「おい。こいつがどうなってもいいのか」
バットの男は、奈々の腕をねじりあげ、片手のバットを振りかざしていた。
「どうする気」
「俺の方に来い。こいつでぶん殴ってやる。超能力を使うようなら、この女の腕をこのまま……」
亜夢の視界にアキナが入ってきた。
高くジャンプして、ひねりながら回転しそのまま踵を男の頭に落とした。
「……」
バットが手から落ち、頭を抱えた。奈々は走って亜夢のところにやってくる。
「アキナ、ありがとう」
亜夢がそう言うと、アキナは手のひらをバットの男の背中に、ドン、と押し付けた。
男はそのまま突っ伏すように倒れてしまった。
「これでよし」
「く、くらぇ!」
ぱぁっ、と土埃が舞う。
亜夢も奈々もその埃の中に立っていた。
「やっと引っかかったか!」
しかし、埃は静止している。二人は目を見開いたまま、さらしを巻いた男を睨みつけていた。
「なんどやっても分からないのね」






