(2)
放課後、学校と寮の間にある空き地に、亜夢たち四人が立っていた。
「アキナ、今日は私達だけ?」
「……まあ、いいじゃない。ごちゃごちゃいたって面倒なだけだし」
「……」
辺りを見て、亜夢は何か考えているようだった。
アキナは髪を後ろでゴムで止め、鍛錬の準備をした。
「亜夢。ほら、はじめよっか?」
「うん……」
アキナが右の拳を後ろに引き、左足を踏み込む。
美優はビックリして叫ぶ。
「亜夢! 危ない!」
「!」
亜夢は左の拳をアキナに合わせる。
バン、と派手な音とともに、閃光が走り、二人の姿が見えなくなる。
「亜夢!」
美優はその光の方へ走り出していた。
光がおさまると、アキナは突き出した右手をゆっくりと戻す。そして亜夢の姿がないことに気がつき、左右を見回す。
美優はアキナの前で訴える。
「アキナ、何したの? 亜夢はどこに行ったの?」
美優がうつむいて泣きかけた時、アキナは何かを感じて空を見上げた。
「!」
「美優」
背後から目隠しをされ、ビクッと反応する美優。
「亜夢? 亜夢でしょ? どこにいたの?」
そっと手を離すと美優は後ろを振り返って亜夢に抱きつく。
亜夢は指を突き立てて空を見上げる。
「空?」
「アキナの力を利用して自分の体を跳ね上げてみたんだ」
「びっくりしたよ…… もう、倒れたのかと思っちゃった」
アキナが美優の背中を叩いて、奈々の方を見る。
「あっちに戻ってな。ここにいたら危険だから」
美優は慌てて奈々の方へ走り去る。
「ちゃんと力比べを見せようよ」
「不意打ちしようとしたのは誰よ」
「……」
二人は間合いを整えると、右こぶしを引き、左足を踏み込んだ。
「それっ!」
「行けぇ!」
拳がぶつかったか、と思う瞬間、バチン、と大きな音がして付近の空気が陽炎のように歪んだ。
「なに?」
「これ、超能力比べなのよ」
「押し合いをしているの?」
「実際のところはわからないんだけど、そんなようなものらしいわね」
奈々も美優と同様に自らの潜在力を使う術を知らない。
亜夢とアキナがお互い振り込んだ拳同士は、触れ合うことはなかった。
拳と拳の間に、何か斥力のようなものが働いているようだった。
亜夢が少し押し込むと、腕を包むようなドーナツ状の空気のゆがみが大きくなった。
「すごい汗……」
アキナは額に玉の汗をかいている。お互い、足にも力が入っている。本当に拳を中心に、押し合っているのだ。
「それっ!」
一気にアキナの側の地面からホコリが舞いあがり、落ちていたゴミが竜巻のように巻きながら上昇する。
そして拳を押し込まれ、アキナがしりもちをついた。
「亜夢が勝った?」
「うん」
「アキナ、大丈夫?」
亜夢が手を差し伸べる。
小さく咳をしながら、アキナは差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。
「平気平気。ちょっと油断した」
「この前のあれやろうか?」
亜夢は空き地の端にある土の小山といくつかの土管を指さした。
一つの土管は小山を突き通すトンネルのようになっていて、もう一つの土管は穴を縦にし、煙突のようにそびえたっていた。
美優は奈々の袖の先を引っ張った。
「何を始めるのかしら?」
奈々は何をやるのか知っていたが、答えなかった。
「見てればわかるわ。私、これ好き」
「?」
アキナが小山に向かって走り始めた。
ポンと跳ねるように両足でジャンプすると、くるっと一回転し、二メートルほどの高さの土管の端にたった。
小山を超えて、反対の土管の先に行くと、アキナは手をついて逆立ちし、そして倒れていった。
「えっ?」
美優は驚いたように口元に手をやった。
しゅーという音とともに、土管の中を滑空してアキナが飛び出して、着地した。
「わっ」
「あれ、土管があるから体を浮かせられるみたいよ」
アキナが息を切らせて、小山を離れる。
すると、亜夢もさっきのアキナと同じように小山に向かって走り出す。
そして、そのまま、足から吸い込まれるように土管に入る。
反対側から飛び出てくると、土管の縁に立ち、跳ねるように飛び上がる。
オリンピック選手が床で跳躍する高さを軽く超えている。
そして、いつの間にか半回転して、足を空に向けている。
「あっ……」
奈々がつぶやくようにそう言った。
アキナが学校で見せた跳躍と同じ……
亜夢は飛び上がった頂点でひねりながら、ゆっくりと半回転して、足を下に向けておりてくる。
「スカートはめくれないのね」
奈々にその声は届かなかった。
ただうっとりとその跳躍をみていた。
すぽっ、という擬音がピッタリくるような感覚で、亜夢は縦に向いている土管に収まった。
「えっ? 何、大丈夫?」
そう言って美優が奈々をつついた。奈々はまだうっとりとした表情のままだった。
「ねぇ、奈々?」
言った瞬間、亜夢が縦の土管からロケットのように発射された。
高く高く舞い上がり、何度かひねりこみながら、着地した。
体操選手のように両手を広げてから、上に掲げた。
奈々は一人で拍手していた。
美優はどうしていいかわからず、その光景をみつめていた。
「すごい…… ね」
「綺麗よね」
アキナが二人のそばに来て、言った。
「説明するけど、私達だって、空を飛べるわけじゃないの」
「えっ、ほぼほぼ飛んでたけど」
「空気の粗密を作って、高く、落ちずに長く、ジャンプしているだけなのよ」