(13)
美優は怖くて手腕をちぢ込めてしまって、腕で寄せられた胸が、水着の胸元を押し広げてしまう。まるで、意思を持って進んでいるかのように、ヤドカリは、その隙間へ進み入る。
「いやぁ! どこはいるのよ、奈々、取って取って」
『ぶぅぅぅぅぅっ!』
「?」
奈々は何者かの声を聴いた気がして、美優にまたがったままあちこちを見回す。
「奈々、早く早く!」
「今誰かの声というか、視線というか……」
「ヤドカリが、痛いから、取って」
奈々は見えない気配を無視して、美優の水着に手を入れる。
「やっ……」
『おおっ』
「あれ?」
「あん……」
『おおおおっ!』
「これ?」
「違う!!」
『ああっ!』
「いたいた…… ちょっと待って」
奈々はヤドカリを捕まえて、慎重に水着の中から取り出す。
そして、何を思ったのか、ヤドカリをしげしげと眺めた後、大声を浴びせかけた。
「こら! ノゾキをするな!」
『!』
そして寄せる波に、そっとヤドカリを戻した。
立ち上がって美優は水着を整えながら言う。
「奈々、急にどうしたの? ヤドカリにそんなこと言ったって無駄でしょ」
「いや、なんとなく……」
奈々はヤドカリを返した海を見つめている。
『なかなか勘の鋭い子じゃの』
金髪のハツエが振り返って言った。
亜夢の目尻は下がりきっていた。
『ええ、堪能しました……』
そう言っている口元がだらしなくなっている。
『何をいっておるのじゃ? あの奈々という子の話をしておるんじゃ』
亜夢は緩んでいる顔を手で押さえて戻そうとしている。
『ヤドカリを通して見ているのに気づかれたってことですか?』
ハツエは顎に手を当てた。
『そうじゃ。おぬしのヤドカリの視覚を借りる技が未熟だったとは言え、二人ともうっすら気づいておった。非科学的潜在力を使う素質は十分にあるの』
『美優も、ですか』
『ああ、奈々のようにではなく、ほんのすこし疑った程度じゃったが』
『……』
『おぬしもげんきがでたようじゃから、ちょっとここから出ようかの』
大きくてツルツルした岩に腰掛けている亜夢。その正面に金髪のハツエが立っていて、ハツエが亜夢の両頬を手でなでていた。
「気がついた? おねえちゃん」
目の前にいるハツエに驚き、体を少し引いてしまう。
亜夢はハツエの手をどけると言った。
「今のは、夢?」
『さっきいったろう。おぬしの思考のなかじゃと』
「そうでした」
『三キロ程先のヤドカリの視覚を借りたのも真実のおぬしのちからじゃ』
「わたし、今までこんなことしたことなかったのに……」
『おぬしが自分自身のこころの中にリミッターを設けているだけじゃ。元々あれくらいのことはできたのじゃぞ』
「リミッター?」
『限界、というべきだったかな。ここまでしかできない、とか、もうダメだ、とかすぐに思わんようにせんと』
亜夢は目の前で腰に手を当て、胸を張ってそう言い切る少女に頭を下げた。
「わかりました。頑張ります」
亜夢とハツエは山を降りる訓練を再開する。
転びそうになったり、幹や岩にぶつかる、と強い恐怖を持った時こそ、持てる非科学的潜在力を出し切るべきだ、と何度も心に呼びかけた。
亜夢は次第にハツエのスピードに食らいつけるようになってきた。
激しく呼吸をしながら、亜夢が言う。
「早くなったでしょうか?」
「はやくなったよ」
ハツエが声に出してそう言った。
『転んだり、危険な場面できっちり超能力がつかえている。亜夢にとってはそこが進歩じゃな』
「はい」
金髪少女が、後ろで手を合わせ、亜夢に近づいてくる。
「なに? ハツエちゃん」
「おねえちゃん、それじゃあ、もっとこわいところに行ってみる?」
その言葉を聞くと、とたんに亜夢は体中に鳥肌がたった。
「い…… え……」
ハツエがまっすぐ腕を上げ、一直線に指を伸ばした。
その先には、岩がいくつかあって、穴が開いていた。周囲の木々は枯れていて、草も生えていない。何か、周囲に悪い空気が漂っているようにも見える。
「行ってみてきて」
「あの、怖いからいきません」
「ね。行ってきてみてよ」
ハツエの青い瞳を見ていると、精神制御されたかように、足が勝手に動き出した。
『みてみるがよい。これはテストじゃ』
ハツエを振り返り、亜夢はゆっくりうなずく。
そして岩の間を抜け、その穴へと入っていく。
空気が悪いというか、何かよどんでいて、生臭かった。黒く霧がかかったようにモノがまともに見えない。
亜夢は気持ちを広げて、目だけではなく、耳や体に伝わる感覚を使いながら、周囲全体を感じることで、見えない部分を補った。
歩み入っていくと、虫も生き物もいない、と思われた洞窟内に殺気を感じる。
「誰?」
声が響く、と思われたが意に反して声は吸い込まれるようにかき消されていく。
亜夢はもっと大きい声で言った。
「誰かいるの?」
ゴウゴウ、と風の吹くような音だけが穴の奥から聞こえてくる。
正面の闇の濃淡が、ゆらっと動いた。
「!」
一瞬、指先が見え、そこから雷が放たれた。
都心で見たビデオの映像と同じ……
亜夢は手で払うようにして、雷を地面に誘導する。
雷の光で、相手の顔が一瞬見えた。
「美優?」
再び白い指先だけが見えると、雷が放たれた。
素早くその雷をいなしながら、間合いを詰める。
手首を取って、雷を頭上へ向かわせる。
パッと洞窟全体が明るくなって、亜夢は雷を放つ相手の顔をはっきりと見た。
「私?」
鏡でみる自分の顔が、ニヤリ、と笑った。
「うわぁぁぁぁ!」
亜夢が拳を突き出すと、避けることもなく顔面に当たる。雷を放つ偽物の亜夢は、まるで砂で作った城のように砕け散った。




