(1)
さして高くない山々に丘、何を作っているのか分からない、雑草だらけのぼんやりとした田畑。たまに通る車は、軽のトラックか、農業用のトラクターだった。のんびりした田舎町、と言えば印象がいいが、それは刺激がない、変化がないということを意味していた。
そんな閑散とした街、いや村の風景に、突然、大勢の女子高校生の流れがあった。
制服を着た女子の行列は、学校と、その近くにある同じぐらいの大きさの寮の間に発生する。
おそらく、男はこれに奇妙な興奮を覚えたのだろう。
二人で並んで歩いている女子高校生の後ろをつけはじめた。
男に気が付いた女生徒が「気持ち悪いね」と言ったのが聞こえたかどうかはわからないが、急に女生徒を追い越し、前に回ると、いきなり立ち止まって灰色の服のチャックを下げ、ごそごそと何かを取り出した。
「キャー」
男はその声にひるまず、そのままズカズカと歩み寄り、女生徒の手を取ると、自分の股間へ引き寄せた。
「いゃぁ!」
声に反応して、もう一人の女生徒が男性を突き飛ばした。
いや、それは正確な表現ではない。
手を触れずに男を吹き飛ばした。
「美優、大丈夫だった?」
「き、キモかった…… あの、あれが、ピンって感じに、急に跳ね上がってきたし」
亜夢は飛び込んでくる美優を抱きしめた。
「お、お前……」
灰色の服の男は、亜夢を知っているようだった。
亜夢も、男の顔をみて言った。
「あっ、あんた、もしかして、小林じゃないの?」
亜夢の後ろから、ひょい、と顔をだした奈々が確認する。
「ほんとだ」
「アキナ、小林って捕まったんじゃなかったの?」
前方を歩いていたウエーブの髪の女生徒が、振り返る。
「えっ?」
亜夢と奈々が小林を指さす。
「あれ? こいつなら、ちゃんと警察に引き渡したよ」
アキナがゆっくりと道を戻ってくる。
「あっ、お前……」
逃げ場を失った小林は車道側に下りた。
そして、パパッと走って道の反対側にわたる。
「覚えてろよ」
亜夢たちに背中を向けて、出していたものをしまうと、学校と反対側へ走って逃げて行ってしまった。
「……なんなの?」
美優が言うと、
「変態ね」
「チカンよ」
「露出狂」
全員が顔を見合わせ、一瞬の間があってから笑顔を見せた。
「つーか警察はなにやってるのよ」
「学校でナイフ使って人質とったりしたんだから、刑務所いきじゃないの?」
「そうだよね」
「ああいう変態が野放しなのは怖いね」
美優が震えるように言った。
「ほんと怖い」
「大丈夫」
亜夢が美優の体を引き寄せてそう言った。
「私達が守るから。ね?」
「まかしといて」
とアキナが言った。奈々は口元に人差し指を当てて言った。
「えっと…… 私は潜在力ないけど、応援する」
「えっ?」
美優は、興味を持ったように奈々を見つめた。
「あっ、いや、ない訳じゃないんだとおもうんだけど」
「私と同じだ」
奈々の両手を包み込むように握って、美優は続ける。
「私も潜在力がわからないの。自分では使えないし」
「マジ?」
似たような境遇に、奈々も興味が湧いたようだった。
「けど、干渉波の中じゃ眠れなくて」
「それは皆同じだよ。非科学的潜在力女子学園に来る生徒はみんなそうだよ」
この国では非科学的潜在力は危険なものとみなされていた。公共交通機関や都市部には、超能力者が能力を発揮できないように、超能力者だけに効果がある干渉波を出力していた。
人権問題になるため、その事実は公にされていない。だが、能力を持つものは都市部で生きていけないため、自然と干渉波の密度の低いこういった田舎町に移り住むようになっていた。
「不眠症で医者に行くと、検査されて。検査の結果、この学校に転校することを勧められた」
「そうだね。みんなそう」
「だって、学校の名前が『非科学的潜在力女子』って言ってるんだから、みんな非科学的潜在力があるんだよ」
四人は顔を見合わせて笑った。
亜夢、美優、奈々、アキナの四人は同じクラスだった。
森明菜はウエーブした髪が肩まであって、体つきは華奢な感じがするが、目つきは鋭く、一見、不良少女のようだった。念動力や思念波が使える。
八重洲奈々は髪型はボブだったが首の後ろは少し刈り上げているくらいのショートボブだった。まだ、自分の潜在力が何なのか、分かっていなかった。
西園寺美優は髪は長いが、たいていの場合、ポニーテールにしていた。都心の警察署長の娘で、都心に暮らしていたが、家族が美優の能力に気付かない時、テロリストの仲間と思われる超能力者に精神制御されてしまい、事件を起こした。自ら超能力を使ったことはないが、空間を歪めて銃弾を弾いたり、電撃を放ったりする潜在力があるようだ。
乱橋亜夢肩のあたりで切りそろえてあり、大きい瞳は言葉がいらないほど気持ちを伝えている。空気を扱うことに長けているが、体を硬化させたり、思念波も使える。
学校はそういう非科学的潜在力を持った生徒を集めて教育していた。
この国では超能力者にだけ影響のある超能力干渉波を使って、都心から超能力者を排除していた。学園長がその事態を憂い、その子らに救いの手を差し伸べるとともに、教育の場を与えることが目的だった。
学園に、潜在力を伸ばすような授業はなかった。
卒業して、歳をとるに従い、潜在力がなくなっていくのが一般的だった。潜在力がなくなると、干渉波の影響を受けずに生活できるようになる。つまり、潜在力を伸ばすことは彼女達に有利にならないのだ。
干渉波の下では生活できない生徒を助け、教育をする。
卒業後もしばらくはこの田舎でくらし、やがて潜在力を失うにつれ様々な街へと散らばっていく。
亜夢は言った。
「みんな、そうやって超能力が使えたことを忘れていくんだ」
美優は不思議そうに亜夢の顔を見ていた。
「それは幸せなことじゃないの? 私、年齢が上がれば潜在力がなくなる、なんて初めて知った」
「そうかも知れないけど。私はイヤ」
アキナがうなずいた。
「クラスの中でも一部の娘は私と同じ考えを持っているの。そういう娘達で放課後、潜在力を強くするために自主練してるのよ」
「美優もくる?」
「……」
美優は奈々を振り返った。
奈々はとまどったような表情を見せた。
「奈々も見学はしているのよ」
「じゃ、見学してみる」