7話 悪の野望と黄金への攻撃
さて、まずは昨日の情報収集の成果でもまとめるとしようか。
昨日は寝床を壊された余り、傷心のまま眠りに就ついちゃったからな。風の吹き荒ぶ中での眠りは体よりも心が冷えるってことが分かってしまった。
夜の星の光は美しいけれど、それを見上げたまま眠りに就こうとすると、その光は何故かとても寂しいものに感じられた。
……何故かも何も、寝床無しの外で寝てるからだよっ!
……とりあえず、得られた情報のまとめだ。
まず、仕事探しは全滅。とりあえずこの村で営業している全ての店を訪ね仕事を求めたが、誰も彼もが話が通じなかった。
同じことしか繰り返さない。こちらの話の返答を全くしようとしない。
本当に何なんだ、この村は。実は呪いにでもかかっているんじゃないだろうか。
しかし、話が通じる人もたくさんいた。
店で商売をしている人は全て同じ言葉しか話さない奇妙な人間だったのだが、それ以外の、例えば酒場での客とかは話が通じる人が結構多かった。
その事実に、少しほっとした。
でも、どこか話は噛み合わなかった。
なんだろう、何か話にずれを感じるのだ。
「何か仕事の当てとかありませんか?」と聞くと、「外に出ろ」とか「部屋に引き籠るな」とか「ゲームの中で仕事を求めるなよ」とか訳の分からない返答ばかりが来る。
意味が分からない……。ここが外だよ……。
こっちは遊びじゃないんだよ! もう少しで金が尽きそうなんだよ!
……ま、まぁ、いい。
でもその人達からこの国の名前と地図を見せてもらった。
収穫だ。
この国の名前はバドローン王国、ここはその辺境の村バルディンの村というらしい。いや、バルディンの名前は門番さんが連呼していたから知っているんだけど。
バドローン王国か……。聞いたことないなぁ……。
そして、地図も見せてもらった。そこには知らない形の大陸が描かれており、僕の知っているフィルディル帝国は載っていなかった。
どうやら世界にはまだ僕の知らない大陸があったらしい。世界の果てまで冒険をしたと思っていたが、まだまだ僕も甘かったという事だ。
とりあえず、フィルディル帝国に帰るためには海を渡る必要がありそうだ。
奇妙なことに地図の大半は薄い黒色で塗りつぶされていた。どういうことだろう? 未開の地なのだろうか? その事を聞いてみると。
「あぁ、そこはまだアップロードされてないんだ」
「……あっぷろーど?」
「まだ存在しないってことさ」
……また訳の分からないことを言い出した。存在しない大地ってなんだ。
ただ単に開拓、測量の済んでいない土地ってだけだろう。『存在しない大地』とか、子供の格好つけのような感じがする。そっとしておいてあげよう。
とりあえず、フィルディル帝国のことを知っていますか、と聞くと、村の人は一瞬きょとんとして、何か別のと間違えてないか? と答えた。
別の何か……。ふぅむ、やっぱりフィルディル帝国は別の大陸にあるらしい。存在すら知ら無さそうだ。
この大陸は世界との交易があまり無い土地なのだろう。
さて、今日は村を出て、僕が初めに居た森の方に来ている。
村での情報収集は続けていかなきゃいけないが、今日は少し視点を変えて森の様子を見てみることにした。少し別の場所で調査することで、新しい情報を集める。
僕が初めにいた森なので、テレポートに関係する情報が得られればいいんだけど……。
というか、僕は何でここに飛ばされたんだろう。魔王セーヴェルの胸から出た光は空間魔法の力を持っていたのかな。
確かに魔王セーヴェルは時空間魔法の素質があったようだけど……。
そんなわけで僕は初めの森に来ているのだが……。
「ん? なんだろう、あれ?」
森の中の探索の途中、そこに一軒だけぽつんと建っている教会を発見した。
深い森の中、人知れず悠々とその存在を顕わにしている一軒の教会。
手入れは殆どされておらず、苔が生し、蔦が這っている。俗世から離れた、少し幻想的な教会だった。
「ん……? これ結界かな……?」
教会の周囲の空気に、何か違和感を覚える。他を拒む結界。その独特の空間の粘り気に、僕は魔物を拒む結界の存在を感じ取った。
魔物を拒む結界。それは村にかけられている結界と同質のものだった。
初め、魔物が村に近づかないのは魔物がそこを危険だと学習しているからと思ったが、その後の調べで村全体に結界がかけられてあることを理解した。
それと同質の結界がこの教会にもかけられている。
この教会の周囲には、魔物は近寄れないのだ。
「……あれ?」
教会の扉には鍵がかかっていた。押しても引いても開かない。
扉をたたいて中の人を呼ぶが、返事はかえってこない。中は無人のようだった。
うーむ、おしい。
教会と言ったら、慈善活動として恵まれない人に寝床を貸し与えてくれるところも少なくない。魔物が溢れているこんな森に結界を張ってまで建てている教会なのだから、宿泊設備が整っていてもおかしくなかったのだが……。
言っても詮無きことだけど、この教会に誰かがいたら屋根のある豊かな寝床が確保できたのになぁ……。
「……いや、待てよ?」
鍵のかかったボロボロの教会。
ここは安全地帯だ。人が来ることはあまりなさそうだし、結界によって魔物も近づいて来られない。
絶好の簡易寝床設営場所なんじゃないか?
教会の中で暖を取ることが出来ないのは残念だが、それでも木の枝と落葉の寝床が設置できれば十分だ。
もし結界が機能しなくて魔物が近づいてきたとしても、すぐに起きて逃げ出せばいいだけだ。安全じゃない場所で寝なければいけなかった経験なんて腐るほどある。
うん、そうしよう。寝床をさっさと完成させて、ここを拠点に森の中を探索しよう。そうと決まれば善は急げ。木の枝と木の葉を集め、寝床を作る。
せっせと落ち葉を集めては、せっせと木の枝を組み上げる。みるみるうちに木の枝と落ち葉で出来た、これ以上ないほどよく自然に馴染んだ僕の寝床が出来上がる。
驚くほど低コストの、というかタダの、泥にまみれた素晴らしい僕の自宅が教会の横に組みあがった。
さて、寝床も出来上がったので、もう少し森の中の探索を続けようかな。
* * * * *
「クククク……ハハハハハ……!」
『ティルズウィルアドヴェンチャー』の森の中で私――渋川一徹は笑っていた。
私はこのゲームを開発する『株式会社アナザー・ワン』の社員であり、延いてはこのゲーム『ティルズウィルアドヴェンチャー』の開発責任者でもある。
このゲームのことを全て知っており、逆に言うと、私しか知らず他の者には伝えていないこのゲームの仕掛けもある。
私には野望があった。
あるVR技術の独占である。
それはVR空間内での感覚の支配という技術だ。
現在、あらゆるVR空間で過大な刺激情報が規制されている。強い痛み、強い光、大き過ぎる音……そう言った情報は規制対象となる。
強すぎる刺激は人にとって害を与える。強い刺激は心臓の弱い人には大きな負担を与えるし、VR空間への依存性も高める。
だからVR技術を扱うあらゆる技術者は、人にかかる刺激を低減させるよう注意を払い技術開発を進めている。
だが、それは果たして儲けに繋がるのだろうか。
人は誰だって強い刺激を求めていくものである。より強いスリル、より激しい興奮、より強い快感。人はありとあらゆる刺激を求めている。
例え、麻薬のように体や心がボロボロになろうとも、刺激を追い求め続けるのである。
ならば私が作れないか。
VR空間内で刺激を抑えるように制御するのでなく、より強い刺激を与えられるように研究していく。
刺激を抑えることはもう既に一般的な技術として広がっているのだ。なら逆の、極限まで刺激を高めるという事も可能だろう。
それが出来てしまったら、幾人もの人が心を壊すことになるだろう。
強すぎるVRの刺激に依存し、全うな現実生活を送れなくなる。VRの体験は麻薬のように心を縛り、人を捉えて離さなくなるだろう。
そうなっても構わない。いや、むしろそうなって欲しいのだ。
私は人の支配がしたいのだ。
かつてVR技術を悪用した大事件があった。沢山の人を仮想現実に依存させ、人の自由を奪った新興宗教のような団体が世に現れた。『虚構教団』と名乗っていたその集団は次々と人を『仮想中毒者』に作り上げ、被害を拡大していった。
どうやってその教団の教祖は人を仮想現実の中毒者に仕立て上げられたのか。
私は強い刺激だと思う。
VR空間の中で人に強い刺激を与え、中毒にして心を縛る。後は麻薬と同じでそれが無くては生きていけない、教祖を頼らないと生活できない体にしてしまう。
あっという間に大量の『仮想中毒者』を生産していったのだ。
私もそのようになりたい。
私はこんなゲームを作って一生を終える人間では無いのだ。
より大きく、沢山の人を支配し、人の上に立つ人間になるべき存在なのだ。
その研究施設はゲームの中にある。隠れ蓑のためだ。
この研究は真っ当な研究施設では出来やしない。
森の中にある一軒の古びた教会。鍵も開かぬ用途不明の施設。部下には、『森の中に古びた教会のオブジェクトがあれば、神秘的な雰囲気が出る』と説明し、半ば強引に設置させたオブジェクトである。
この鍵が開いて、その中に隠された地下室があることを誰も知らない。
そこで私が刺激の研究をしていることは社内の人間全員を含め、誰も知らないのだ。
さぁ、私はこの研究施設を足掛かりに強大な人間になってやる。
たくさんの人を支配し、心を壊し、私に抗えなくしてやるのだ。
森の教会に辿り着く。
……ん? なんだ、この木の葉の山は?
教会の横に、何故か知らないが大きく膨れ上がった木の葉の山があった。
邪魔だな、蹴り崩してやる。
見苦しい木の葉を散らし、私は教会の扉を開け、その地下へと入っていった。
私の研究は誰にも止められないのだ。
* * * * *
「僕の寝床お゛お゛お゛おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
夕暮れ時、森の木々の隙間からかろうじて日の光が入ってくるような薄暗闇の中、僕は今日の活動を終了させ寝床の傍へと帰ってきていた。
そうしたら、また僕の寝床が何者かに壊されていた。落ち葉は散らされ、骨組みである木の枝はバラバラにされ、見るも無残な姿になっていた。
なんで!?
どうして!?
みんな僕の寝床に恨みでもあるの!?
「……あれ?」
すぐ隣の教会の鍵が開いていた。昼に来たときは閉まっていた筈なのに。
「誰かいるんですかー?」
扉を少し開け、顔だけを覗かせる。
中には誰もいない。寂れた教会があるだけだった。
ん? いや、そうじゃないな。
ほんの少しだけ湿気のこもった埃の匂いが流れ出ている。部屋の気流もほんの少しだけ乱れているように感じる。
こりゃ、どこかに地下室があるんじゃないかな?
そう思って教会の内部を探していると、ビンゴ、教会の椅子の下から地下に通じる隠し扉を発見した。
隠し階段は螺旋状となっていて、細い階段が曲がり、深く深く地下の底へと僕を誘う。
人がいそうだな。丁度いい。
教会の中に泊めてくれるのなら、僕はそれでいいのだ。
大分深くまで降りると、そこには一つだけ部屋があった。
扉を開く。奇妙な部屋があった。
「……!? 貴様っ、何者だ……!?」
部屋の中にいた人が叫ぶ。
黒髪で毛先がくるくると巻かれた白衣の男がそこにいた。
部屋の中には、なんだろう、これ。鉄、なのかな? 鉄っぽい何かで出来た板のようなものと、鉄っぽい何かで出来た大きな箱がうんうん唸っている。
……なんだろう、これ。
「そのパソコンに触るなぁっ!」
鉄の箱をよく見ようと近づくと、白衣の男が怒鳴り声を上げた。
……『ぱそこん』ってなんだ?
やっばい、全然理解できない。
なんだ、これぇ。
「あー、えーっと……、ちょっと迷い込んでしまって……。ここって何なんですか?」
目の前の男は僕の質問に答えず、肩を震わせ笑っていた。
「ふっふっふ……。そうか……、私の邪魔をしに来たのか……。どうやって私の計画を突き止めたのか知らないが……、そうか……私の野望を阻みに来たんだな!?
はっはっは! そうはさせん! そうはさせんぞっ! 貴様はここで敗れ、私の実験人形と化すのだ!」
目の前の人が大きく手を広げて、叫び声をあげる。
えぇ、何この人、こわぁ。
言ってることが全然わからない。
「……僕はただ、ここに迷い込んでしまっただけなんですけど……」
「騙されないぞぉっ! お前は私の研究を阻止するためにここに来たんだなっ! どこの政府の犬だ!? どうやら優秀な諜報機関のようだな! CIAか!? FBIか!?」
「何言ってるか全然わからないです」
何だ? この人?
「そうはさせん! そうはさせんぞっ! VR空間内での感覚の増大は必ずや多くの人を虜にするっ! すべての人間は私の支配下に入るっ!
貴様も愚かな男だ! 大人しく現実で証拠を集めていればいいものの、こんな場所にまで調査をしに来るとはっ!
この世界において私は神にも等しい! あらゆる権限を持ち! あらゆる機能が使えるのだ! お前には私を止められないっ!」
え……えぇと……。僕を置いて盛り上がらないで下さい……。
「ふっふっふ、まずは貴様の動きを封じてやろう。
『管理者権限』発動! 目の前のアバターを『行動不能』にっ!」
目の前の男の腕が光る。
なっ、なんだ? 魔法なのか? 詠唱はしていなかったようだけど……、また無詠唱なのか?
……でも一体、何の魔法だ?
「はっはっは! 動けまい! 指一つ動かせまい!
怖いだろぉ? 恐ろしいだろぉ? 大丈夫、安心しろぉ、貴様は私の大切な大切な実験人形としてあらゆる恐怖や快感を、嫌というまで味合わせてやるんだからなぁ……」
「あのぉ……」
「……ん?」
「さっきから何をやってるんですか?」
僕は頭を掻いた。
「……ッ!? なっ……、なにいいぃっ!? 貴様ああぁッ! なぜ動けるうぅッ!?」
いや、何でって言われても……。
「……確かにお前のアバターを『行動不能』にしたのにっ!? 『管理者権限』だぞっ!? この世界で最強の力なのにっ……!? この権限に逆らえる奴などいないのにっ!?
貴様ッ! 何者だッ!? どうやってここに来たっ!?」
全く話が通じない。いや、通じないというか、僕が理解できないだけなのだろうか?
昨日いた村でのやり取り以上に話が通じない感じがする。
話の当事者であるのに、当事者って感じがしない。話に置いて行かれてる。
「私の把握できていないアバターが存在する!? この世界の法則に縛られないプレイヤー!? まさかっ!? そんなのある筈がない! 私の権限が通用しないプレイヤーなど、存在するはずがないっ!」
彼はどうやら困惑しているようだが、僕も困惑している。
僕が話についていけないから、申し訳ないことに、彼の困った様子が一人芝居みたいになっている。一体全体彼は何に困惑しているんだ?
誰か教えてくれー。
「クッ……、管理者権限が通じないなんて……。お前は一体何者なんだ……」
「いや、何者って言われても……」
「フン……、あくまでもとぼけるつもりか……。まぁいい。お前が何者だろうと、私の野望の邪魔はさせない……。
お前の心を今ここで支配してしまえばいいだけだっ……! このゲームの最強武器! 『魔神剣バルビリウム』!」
何もない空間から剣が飛び出て、目の前の男の手に納まる。
……また、無詠唱アイテムボックス。その剣は黒く光り、色のない豪華な装飾をつけていた。
「教えてやろうっ! 灰色の髪の男よっ!
私は『VR空間内での人に与える感覚の倍増』の研究を行っている! そして、この地下室では、ある感覚が何倍にも何倍にも増幅されて人間に伝わるようになっているっ!
その感覚は『痛覚』!
この空間では、あらゆる痛みが100倍にも増長され、受ける痛みを強烈に再現! 通常感じる痛みの100倍痛覚情報が流れるよう、この部屋は設定されているのだ!」
白衣の男は剣を握りしめながら高笑いをした。
「刃物で切り付けられたことはあるか? 痛いらしいぞぉ!? 目の前が真っ暗になるほど痛いらしいぞぉ!?
今からお前が感じる痛みは、その100倍だっ! 掠り傷ですら、悶絶に値するっ!
痛みとは恐怖だ! 恐怖とは支配だ!
人は痛みから逃れるためならば、何だってする! 痛みを植え付けられた心は、その痛みに恐怖する! もう二度とあの痛みを感じたくないと、体も心も恐怖に屈する!」
「…………」
「お前はすぐに私に媚びへつらう様になる! お前はこの100倍の痛みによって、私の存在に屈するのだあぁっ!」
目の前の白衣の男が剣を振りかぶった。
「お前の体と心に痛みを刻んでやるっ! 一生残る、強烈な痛みをっ!」
《Action Skill『百斬練磨』》
「私が開発した! 管理者による特別なスキルだぁぁぁぁっ!」
白衣の男が剣を振るう。
魔力を込めた剣撃であったのだろうか。一振りにして百の斬撃が宙を舞い、この地下室を埋め尽くす。部屋にある調度品が次々と斬り裂かれ、地下室全体に被害が及ぶ。
一瞬にして飛翔する百の斬撃が地下室中に散らばっていった。
凄まじい攻撃だった。
……が、使い手の彼は戦闘経験が浅いのだろうか。一見逃げ場のない斬撃の嵐のように見えるが、意外と隙は多い。
対人的思考に掛けているのだろうか、ここに斬撃が来たら避けづらいなぁ、と思ったところに斬撃が来ない。結構避け易い。
こう言っては悪いが、この剣技は凄いが、使い手が悪い。掠りもしないだろう。広がった斬撃を躱しつつ彼の目の前へとすらすらと移動した。
「え?」
剣を振り切った白衣の彼の前に立った。
白衣の彼は呆けた顔をした。油断し、呆け、体勢も崩れていた。こっちが笑ってしまう程、彼は無防備だった。
僕は彼に攻撃を加えた。
「よっと」
蹴り上げた。
自分の足を真っ直ぐ上げ、相手を蹴り上げる。
僕の足は何にも阻まれる事なく、白衣の彼の開いた股の中央に吸い込まれていった。
人体の急所を狙った。
人体、というより、男の急所を。
彼の急所を、勢いよく蹴り上げた。
僕の蹴りが彼のゴールデンボールを打ち、小気味よく音を鳴らした。擬音にして、コキーンといういい音がしたかのようだった。僕の足は彼の下腹部で一回、鐘突きをしたのだった。
時間が止まった。
止まっているのは彼の時間だった。
彼の中では走馬灯が駆け巡っていた。人が痛みを知覚するまでの数瞬を引き延ばすかのように、彼はただ圧縮された時間の中で夢を見ていた。
世界は爆発した。彼の中の世界は爆発した。
世界は揺れる。頭は真っ白になる。地下室は崩壊し、大地は割れ、天は打ち砕かれた、きっと、多分、彼の中の世界では……。
金の球は揺れた。
「……………………」
「……………………」
「………………」
「………………」
彼の中の引き伸ばされた時間は終わりを告げ、絶望と出会った。
「――――――――――――――――――――――――――――――゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああお゛お゛お゛お゛お゛おおおおぉぉぉお゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁッッッッッ!?」
ニワトリが絞殺されたような声が、地下室を越え、教会中に響き渡った。
100倍の痛みが男の急所を襲っていた。
空しい時間が流れた。
目の前の男は仰向けになって、ビクンビクンと痙攣している。白目をむき、声にならない呻き声をあげ、痛ましい姿を晒している。
意識がある筈ない。ただひたすら痙攣していた。
……僕のせいかな。
とりあえず、この教会は出ようかな。
いきなり剣を振ってくる男がいる教会で寝泊まりなんて出来やしない。
身悶え、痙攣する男を尻目に、僕は教会を出た。
……今日はどこで寝たらいいかな。
* * * * *
至る所からパソコンの静かな駆動音が聞こえる。
整えられた設備、高性能のパソコンを用い、たくさんの人が仕事をしている。その部屋の誰もがずらりと並んだテーブルとパソコンの前で真剣な顔をし、自分の仕事に没頭していた。
ここは東京のオフィスビルの一角、コンピューターソフトの開発に力を入れている会社『アナザー・ワン』の仕事場であった。
『アナザー・ワン』は20年ほど前に設立された会社であり、質の高いソフトを売り出すことで飛躍的に業績を上げている会社である。
『ティルズウィルアドヴェンチャー』を開発している会社でもある。
いま会社で、17歳の高校生が働いている。知人の伝手を頼りにバイトとして働いていた。
名前は橘 龍之介。硬い髪質を持った黒髪の少年である。
この少年も自分の仕事に対し悪戦苦闘をしていた。今、オープンβテスト公開中のゲーム『ティルズウィルアドヴェンチャー』の調整が大変なのである。
「あ、龍之介君、ちょっといいかい?」
「はい、なんですか? 江古田さん」
龍之介は江古田という上司に呼びかけられる。
「実はさ、『ティルズウィルアドヴェンチャー』の開発責任者の渋川君が今朝、自宅で失神しているのが見つかってさ……。緊急入院せざるを得なくなっちゃったんだよね……」
「え!? 渋川さんがっすか!? 大丈夫なんすか!?」
「まー……命には別状がないみたいだけど。無理がたたったのかなぁ……。僕、彼のこと働かせすぎちゃったかなぁ……」
「渋川さん、このゲームの開発にかなり気合入れてたっすからね。やる気が裏目に出ちゃいましたか……」
二人は困った顔をした。
「とりあえずさ、渋川君は暫く入院しちゃうから、代わりのリーダーすぐに決めるよ。ちょっと大変になるだろうけど、ごめんね? 頑張ってね?」
「……了解っす。はぁ、βテスト終了ももうすぐなのに……」
「龍之介君も無理はしないでね。倒れる前にサポートするから」
龍之介はため息をついた。
これからの仕事の忙しさを思い、項垂れた。江古田は力なく、申し訳なさそうに笑っていた。
「あ、そうだ、江古田さん。ちょっと相談したことがあって……」
「なんだい」
「このマップなんすけど……」
そう言いながら龍之介はパソコンを操作し、『ティルズウィルアドヴェンチャー』での3Dマップを映し出した。
そのマップはβテストで公開されている最後の村『バルディンの村』の近くにある森であった。
正確には、その森に配置されている鍵の付いた教会である。
「この教会って、内部マップ作らないって言ってたじゃないっすか。でも、内部マップ作られちゃってるみたいだし、しかも何故か意味不明な地下マップまであるんすよ」
「……ほんとだ、なんだろう、これ。今、このデータってオンライン上で公開されちゃってる?」
「されてるっすね。教会に鍵かかってるから誰も入れないと思うっすけど」
「バグの原因になったらやだなぁ……。龍之介君、このデータのバックアップとってオンライン上から削除しといてよ」
「了解っす」
龍之介は指示を受けると作業に乗り出した。
龍之介の気軽な操作によって、渋川一徹の研究場が破壊されていく。無残なデータの欠片へと変化していく。
こうして渋川一徹の壮大な野望は幕を閉じたのであった。
巨悪は滅びた……(1話完結)
男キャラばっかり……。早く……早く女性キャラ描かなきゃ! 何の為の挿絵だと世間様から罵られてしまう……!
次話『8話 英雄亡霊』は1時間後に投稿予定です。
今日は2話分投稿予定です。