6話 勇者の寝床と乱暴者
夜が明けた。
魔王を打ち倒し、奇妙な村に飛ばされて一晩が過ぎた。
山の向こうから赤々とした太陽が顔を覗かせ、大地を眩しく照らそうとしている。冷たい空気が太陽の熱によって温まり始める。
「朝が来たのか……」
僕は日の出を拝んでいた。少し悲しく、しかしどこか清々しい気持ちで太陽を拝んでいた。
……結局僕は野宿したのだ。
金が無くて野宿したのなんて、ほんと久しぶりだ。
道中山や森が続き、宿屋がない状況での野宿なら何回も何回もしていたのだが、宿はあるのに金はないという経験はほとんど無かった。
いや、一泊する金はあったのだが、それを払うと飯も食えなくなる。
とても虚しい気持ちになったものだ。
中から明かりが零れる店や宿を尻目に、寒空の下、村の端で凍えながら一晩を過ごすというのは結構悲しいものがあった。金が無いってあれね、心の芯まで寒くするのね。
冷え切った体を丸めて星を見上げていた夜だった……。
……でも大丈夫! 実は今日から寝床の当てがあるのだっ!
雨や寒さが凌げる立派な寝場所なんて、お金を掛けずとも確保することが出来る!
そう! 寝床なんて作ればいいんだっ!
簡単だっ!
これは冒険の時に役立つ技術なのだが、森の周辺に落ちている木の枝や落ち葉で外の空気を遮断する寝床を作ることが出来る。
まず、太めの木の枝で三角形の立体を作る。これを寝床の骨格とし、その骨格に沿わせるように木の枝を設置していく。組み上がった木の枝の骨組みに大量に落ち葉を被せる。それは、もう、大量に。
外の空気を閉ざし、断熱するために大量に落ち葉を被せるのだ。
後は、予め作って置いた入口の穴に入りながら、そこを落ち葉で埋めれば暖かい寝床の完成なのだ。
お手軽! 雨露も凌げる! タダ! 素晴らしいっ!
世界中を旅する者としては、こう言ったサバイバル技術は必須なんだよね。技術があるのとないのとでは命に関わるし、旅の快適性が違う。
世界の勇者様は大金持ちで、高級な馬車を持ち、高価なものを食べ、豪勢な宿に泊まっている、とよく周囲から言われるのだが、とんでもない、極寒の雪山や魔物が蔓延る死の谷で寝泊まりなんてしょっちゅうである。
大帝国の皇帝アリシアが傍にいるのだから、さぞ豪華な旅を楽しんでいるのだと皮肉を言われることもあるのだが、そのアリシア本人が毒キノコをもぐもぐと食べるものだから、苦笑いをするしかない。
なんであの子率先して毒キノコ食べるんだろう……。
昨日はもう暗くなっていたから作れなかった。
でも今日はさっさと寝床を作ってしまおう。そうすれば寒い思いをしなくてもいい!
「ここら辺がいいかな」
先ず寝床の場所を決める。
村のど真ん中になんか作れないから、村の端へ端へと移動する。そうすると丁度いい場所に出た。
人気のほとんどいない崖の傍。どうやらこの村は標高が高いためか、南の端は崖となっている様だ。周囲の山々が一望できる景色のいい場所となっていた。
しかも、店や家が建っていない為ほとんど人が来ない。
絶好の寝床である。
まぁ、景色についてはどうせ落ち葉で周囲を囲ってしまうため見えなくなるのだが。
「さて! 早速作り始めようか!」
これが出来たら村に戻り、改めて働く先を探そう。情報収集だって行わなければいけない。一日上手くいかなかったからって、諦めていい筈が無い。もっと色々と手段を講じてみよう。
さぁ、まずは寝床づくりからだ!
* * * * *
空が暗くなっていく。鮮やかな青色に染まっていた空が明るさを失い、仄かに太陽の赤が広がっている。空と同調し、村の周囲も暗くなり周りが見えにくくなる。家の窓からこぼれる明かりが目立ち始め、太陽に代わってぽつりぽつりと村を照らし始めた。
日が落ちようとする黄昏の時であった。
その薄明の中、村の外れの崖近く、一つの集団が険悪な様相を纏いながら一人の女性を囲っていた。
喧嘩腰である。
集団に囲まれた女性はびくびくと怯えながら、為す術も無く縮こまっていた。
「京子、あんたさぁ、ちょっと調子に乗ってんじゃないのぉっ?」
女性を囲っている集団の内の一人が、威圧的な声を上げた。
「そっ……そんなこと、ないよっ……」
中心にいる人物は緑色の髪を首の横で一つ結びにしている気弱そうな女性だ。鍔が広く黒い三角帽子を被り、黒いコートを羽織っている。その姿は如何にも魔術師らしかった。
その緑色の髪をした女性は京子、このゲームの中ではアカウント名『キョウ』を名乗っていた。
昨日、グレイが酒場で会話を伺っていた一組の男女の女性の方だった。
「じゃあ何であんたみたいな雑魚が雄樹君たちのパーティーに混ざってるのよっ!」
「そ、それは、みんな私の幼馴染だから……」
「足を引っ張っているってのが分からないのっ?この地味なブスっ!」
罵声を投げかける。
要は妬みだった。京子がこのゲームでパーティーを組んでいるのは主に学校の友達とであり、その友達は京子と長く親交がある幼馴染だった。
酒場で一緒に話をしていた『ガスロン』こと、綾崎雄樹。双魔剣ツイルベイリーンの使い手『ベルナデット』こと櫛橋万葉。他にも数名の幼馴染と共にパーティーを組んでいた。
問題なのが、この幼馴染たちは学校でかなりの人気者だという事だった。
雄樹はサッカー部でレギュラーであり、さらに生徒会もやっている。万葉は頭脳明晰、文武両立の天才であり、しかし姉御肌を感じさせる荒々しい態度や口調によって周囲の人気を得ている。
他にも彼女の周囲には部活で成果を出していたり、学外のコンクールで実績を出したりしていた。それが周りの人間の京子への嫉妬心を生み出していた。
学校での有名人とよくつるんでいる愚鈍な女、それが京子に対する周囲の妬みだった。ほとんど八つ当たりみたいなものである。
「わ、私……ただ普通に遊んでいるだけで……」
「ふん、軟弱者め……」
集団の後方にいた筋骨隆々の男が、人を掻き分け京子の前に立った。
「足を引っ張るクズは引っ込んでいるのがお似合いだ。なぁ、キョウ、自分でそう思わないか?」
「あ、あなたは……」
「『クロロベンゼン』だ、知っているだろう?ドロイドの洞窟を一番最初に攻略したこのゲームのトッププレイヤーの一人……って言えば分かるか?」
「……え、えぇ……」
『クロロベンゼン』と名乗った男はこのゲームでの有名人だった。圧倒的なスピードでゲーム攻略に乗り出し、あらゆるダンジョン踏破の一番手となっていた。
クロロベンゼンが喋り出すと、周囲の人たちが静かになる。今日のリーダー格はこいつだった。
「困るんだよ、キョウ。お前のような鈍臭い奴に『ガストロ』や『ベルナデット』達とつるまれちゃ。足を引っ張っているのが分からないか?
あいつらは俺というトッププレイヤーとチームを組むべきだと、お前もそう思わないか?」
しかしこの『クロロベンゼン』、ゲーム内での素行が悪く、今まで組んでいたチームは解散。いま公開されている最終ダンジョンを前にしてソロプレイヤーとなってしまったのだ。
こいつはそれに懲りず、反省もせず、また仲間を集めようとしていた。仲間と言う名の配下を。
「さっさとあのパーティーから抜けろ、キョウ。そして代わりに入るのは俺だ」
「でも、クロロベンゼンさん……。いきなり私が抜けてあなたが入るというのは、結構不自然だと思いますよ。だって私達、幼馴染の友達同士でパーティーを組んでいますから……」
「ふん、ずっとあいつらに寄生していくつもりか。いいだろう、こっちにも考えがある……」
クロロベンゼンが背負っていた大剣を構える。
周りの取り巻きが、きゃあという声を出しながら後ろへと逃げていく。大剣を向けられている京子も腰が引き、たじたじと後ろに下がっていった。
「エルク・ゲイン・アボムス!」
《クロロベンゼン;Magic Skill『スパークアベルト』》
クロロベンゼンは呪文の詠唱をした。システムメッセージにより『スパークアベルト』、身体速度強化の魔法が行使されたことを明らかにする。
「さらに! オルガ・ドム・エクスプロイア!」
《クロロベンゼン;Magic Skill『フレイムバオン』》
クロロベンゼンはさらに呪文を詠唱し、自分の後方に炎系統爆発魔法を放った。その推進力と、自分のすぐ近くでの爆発の勢いによってクロロベンゼンの体は一気に加速。身体速度強化の魔法と組み合わせて驚異的な速度を実現させた。
クロロベンゼンはその速さで京子に突進をし、その速度を活かして剣の威力を倍増させた。
「きゃあっ!」
京子は為す術も無く斬られた。
このゲームに『速度』に関係するステータスは存在しない。魔法による強化やアイテムなどでしか自身の速度を上げる術は無い。
というのも、例えばレベルアップなどによって『速度』のステータスが上がってしまった場合、ほとんどの人がそれを使いこなせない。人間以上の速度をステータスによって手に入れたとしても人間の反射神経、反応速度ではそのスピードを扱いきれないためだ。
その為、ほぼ全てのVRを用いたゲームで、『速度』に関するパラメーターは存在しない。
魔法やアイテムによる一時的な速度上昇はあっても、それもほぼ直線的か、決まった軌道での速度上昇に他ならなかった。
ちなみに個々のプレイヤーの速度は一定では無い。人によって体の動きの速さに多少変化がある。
それは個人の脳や神経の性能によって決まっていた。反応速度、反射神経、思考速度、それらが優れている者はVRゲームで人よりも速い動きが出来る傾向にあった。
そうした環境の中、クロロベンゼンは直線的な速度だけを強化し、その動きで相手を圧倒した。身体強化魔法と爆発魔法によって、速度に特化。普通の速度では避けにくい突進技を開発していたのだ。
「どうだぁ? 参ったかぁ? キョウ」
クロロベンゼンはその突進でキョウの体の袈裟を強く斬った。深い攻撃が京子を襲った。
とは言ってもここはゲームだ。大剣はデジタルデータで出来た京子の体を素通りし、実際には傷一つ付いていない。体に多少の衝撃が走るが、ほとんど痛みは無い。特に実害はないのだ。
しかし、京子のHPはその攻撃によって7割程減ってしまっていた。次の攻撃は受けきれない。
「分かっているだろうが、この村の外れでは『攻撃無効』は働かない。模擬戦にも使える場所だからな。まぁ、闘技場か門の外のすぐ近くを使うのが普通で、こっちには滅多に人が来ないがな」
通常、村の中では戦闘が出来ない。村の中では『攻撃無効』が適応されており、プレイヤー同士が攻撃をぶつけても全て無効化される。しかし、それが適応されない場所もある。プレイヤー同士の鍛錬の場所である闘技場や、いま京子たちがいるような村の外れである。
「つまり、ここでならお前を容易く殺してしまえるってことだ」
クロロベンゼンがにやりと笑う。
「で、でも私が戦闘不能になるのとクロロベンゼンさんがパーティーに加わるのと何の関係も無いはずですよ!? 私を戦闘不能にしても、あなたには何のメリットもありません!」
「ふはは! 馬鹿な小娘だ! デスペナルティを忘れたかっ! 死亡時には今まで獲得した経験値の7%がロストしてしまうんだ!」
デスペナルティ。HPが0になった時、プレイヤーは死亡扱いになる。最寄りの教会ですぐ復活できるのだが、その際ペナルティが発生する。
所持金の20%のロストと、それまでの総経験値の7%のロスト。決して無視できないペナルティがプレイヤーに課されるのだ。
しかし、それでも京子は首を傾げる。7%の経験値ロストとクロロベンゼンが雄樹たちの仲間になる事がどうして結びつくのか理解が出来ない。
クロロベンゼンはにやにやと口を歪めた。
「まだわからないのか? 総経験値が減るという事は、お前は死ぬたびにどんどんレベルが下がっていくという事だ。つまりお前は低レベルの、本当にただの役立たずとなるわけだ! お前を何度も殺せばなぁ!」
「…………」
彼は大口を開いて笑った。悪意ある笑いだった。
「流石にLv.1となればお前の仲間もお前を見限るだろうっ! 低レベルの雑魚なんて邪魔者以外でもなんでもないからだっ! そうすればお前の穴を埋めるのは俺になるっ! この村で俺が一番強いからだっ!
ふははっ! 恐ろしいかぁ!? 何度だって殺してやるぞぉっ! 執拗に追い回して殺してやる! お前の経験値が0になるまでっ! Lv.1になるまで何度も、何度もっ!
覚悟することだなぁっ! いつまでもいつまでも追い回し、殺してやるぞぉっ!」
京子は目を見開いて口を閉じた。
嗜虐、それがクロロベンゼンの本質だった。誰かをいたぶることに快感を覚え、それを手段とし事を為す悪辣な男だった。
「Lv.1なんてクズと同然! 誰だって見限るさぁっ……!」
そう叫び、また大剣を構えた。京子を殺し、そのHPを0にしようとしていた。彼はまた自分に速度強化魔法をかけるため、詠唱を開始しようとし……、
「……んん?」
……しかし、彼の気が削がれる。
というのも、さっきから視界の端でちらちらと妙なものが映っているからだ。それが妙にうっとおしく、集中を欠いてしまう。
それは大きな落ち葉の山だった。
クロロベンゼン達がいるここは、雑木林から少し離れた開けた場所である。周囲に落ち葉なんか落ちてなく、その落ち葉の山はとても目立った存在だった。
誰かが傍の雑木林から落ち葉を集めてここに放置したのか、木の葉がこんもりと膨れ上がって存在感を主張している。
なんとなく、それがうっとおしかった。
「なんか邪魔だな、ふん……」
クロロベンゼンはその落ち葉の塊を蹴り、散らせた。中にあった木の骨組みまでも一緒に破壊され、谷底へと落ちていった。
* * * * *
「今日の夕飯はほかほかジャガイモ~」
僕――グレイは村の外れにある雑木林の中を、落ち葉を掻き分け歩いていた。
片腕でジャガイモが4つ入った紙袋を抱えている。これは大事な大事な僕の夕飯なのだ。
今日の夕飯は市場で食材を仕入れた。
とっても安上がり。たった20G。ジャガイモ4つと塩を少々だ。
これさえあれば十分。ちょっと買い過ぎた気もしなくもない。まぁ、朝飯も昼飯も抜いたし、少し奮発してもいいだろう。所持金140Gの内、20Gしか消費していないのだ。
後はこれを茹でればホクホクのジャガイモが頂ける。金が無い中、調理品は贅沢過ぎる。ジャガイモ舐めちゃいけません。これで美味しいものがお腹いっぱい頂けるのです。
僕は寝床に戻る。今日の活動は終了。
今日は村の中でたくさん情報収集をした。成果はまぁまぁ……。
うーん、まぁまぁ……。今一つ会話が成立しなかった面もあるが、得たい情報が得られた面もある。だからまぁまぁ。
寝る前に情報の整理をするのもいいかも。
とりあえず、今は夕飯だ。
村の隅に捨てられていた兜を鍋代わりにしよう。寝床に持って帰る。土魔法か錬金魔法が使えたら鍋なんかすぐに作れるのだが、どうやら僕は魔法も弱体化してしまったらしい。
寝る前に基礎の魔力操作から練習し直そうかな。
雑木林の細い道を通り、僕はジャガイモと鍋を抱えながら僕は寝床に戻る。今日はほっかほかのジャガイモを食べ、温かい寝床で寝るんだー。
やっぱ野宿とは気分が違うね。寝床のある安心感。これがいいね。
ん? 誰かいる?
雑木林を抜けると、僕の寝床の傍に複数の人間がたむろしていた。
なんだろう、こんな崖の近くで何をしているんだろう。
「なんか邪魔だな、ふん」
「……え?」
がたいのいい男からそんな声が聞こえてきて、次の瞬間、そいつが僕の寝床を蹴り飛ばす。
そいつの太い足が、僕が丹精込めて作り上げた寝床を一瞬でバラバラにした。
「あ……、あぁ……」
落ち葉が舞いあがり、中の木の枝で出来た骨組みがバキバキと音を鳴らしながら崩壊していく。僕の寝床が崩壊し、宙を舞った。
「僕の寝床お゛お゛お゛おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
雑木林から飛び出す。憐れな僕の寝床の一部が、虚しく崖の下へと落下していく。もう既に痛々しい僕の寝床の残骸しか、そこには残っていなかった。
僕の暖かい快適な夜が、泡沫の夢となって消えようとしていた。
雑木林から躍り出て、今や痛々しい姿となった僕の寝床の前で膝をつく。ただの残骸となった落ち葉と木の枝を拾い上げた。
こんな……、こんな酷い……。
「ねぇ! 何してんの!? いきなり何してんのっ!? 何で蹴ったの今っ! 僕の寝床に恨みでもあったのっ!? どれだけ僕があの寝床を待ち侘びていたか知っていたの!?」
がたいのいい男に詰め寄る。
何なの、この男! 何でいきなり僕の寝床を破壊してるの!? 何でこんなことするの!? 何が不満なの!? 何か僕に恨みでもあったのっ!?
「な、なんだこいつ……?」
がたいのいい男がたじろぐ。周囲の人たちも唖然としている。いきなり現れた僕に面を食らっているようだ。
だが面を食らっているのは僕も同じだ。なんでいきなり知らない人に自分の寝床を破壊されなきゃいけないんだ。
がたいのいい男が2,3歩退いた。
「なんなんだ、こいつ……?」
「それはこっちのセリフだよぉっ!」
目の前の彼はきょろきょろと周囲を見渡した。周囲の誰かが僕のことを知っているかどうか探っているのか。
おい、こっち見ろよ。
「そ、そうか、分かったぞ。とぼけているようだが、お前はキョウの手先なんだな。訳の分からないこと言って、俺達を煙にまこうとしているんだろう!」
「いえ、私本当にこの人のこと知りません」
緑色の髪をした一つ結びの子がそう言った。
ってあれ、昨日の酒場での無詠唱テレポートの子じゃないか。苛められていたのか?
でも今はそんなことどうでもいいんだ!
「おぉい! 話を逸らすなぁっ! 僕の寝床を返せよっ!」
「ええい! うるさぁいっ!」
「わわっ!」
がたいのいい男がいきなり剣を振るってきた。危ない奴だ。
「成程な、キョウの殺害を邪魔する輩って訳か。キョウを殺したければまずお前を殺さなきゃならないと……。そういう訳だな、キョウ!」
「いえ、本当に知らない人ですって……」
「しらばっくれても意味は無いぞ! 目の前の灰色の髪の男を、今ここで、無残に殺してやろう!」
え? 何、この人。何でいきなり殺す殺さないの話になってるの? ぶっそう。
なに? 彼の頭の中で今一体何が起こっているの?
「さぁ、覚悟はいいか!? 灰色の髪の男! 俺と敵対するなら、おまえもキョウと同じように執拗に追い回し殺してやるっ!」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
僕の静止に、目の前の男が眉を顰める。
話が飛躍しすぎていて付いていけない。何でいきなり殺し合いになりそうなんだ?その前に確認しておかなければいけないことがある。
「君って……『アイテムボックス』や『テレポート』を使えたりするの?」
がたいのいい男は僕の質問に毒気を抜かれたようにきょとんとした。
「それは、当然だろう?」
「……村の外にいる青いとさかのニワトリに勝てる?」
「当たり前だろう、あんな雑魚」
ざ、雑魚か……。あのニワトリが雑魚かぁ……。
え……? 今もしかして、僕、大ピンチ……?
「くっくっく……! はっはっはっはっは!
こいつはとんだ間抜けが来たもんだ! あのニワトリの雑魚に勝てないような奴がこの俺に喧嘩を売るとはなぁっ!」
目の前の男が高笑いをし、大剣を構え僕に向けてくる。
あ、これ、本当にやばい状況かも……。
がたいのいい男はにやにやと嗜虐的な厭らしい顔を作っていた。
「一瞬で殺してやる! その次はキョウ、お前だ! 二人仲良く殺してやるぞっ!」
「ちょ、ちょっと待って! ……は、話し合おうよ!」
「待たん! 喰らえ! エルク・ゲイン・アボムス!」
《クロロベンゼン;Magic Skill『スパークアベルト』》
がたいのいい男の周囲が明るい黄色で発光する。これは、速力強化魔法っ!
きっととんでもない速さの攻撃が来るっ!
「さぁっ、これで終いだ! オルガ・ドム・エクスプロイア!」
《クロロベンゼン;Magic Skill『フレイムバオン』》
「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
彼は自分の後方に爆発魔法を放ち、その力を利用して勢い良く迫ってきた!
勢いよく! 勢い……良く……、
……勢い、良く……。
「おっ? あれ?」
なんだ、これ。
……遅い?
「えいや」
突進してくる彼の手を掴む。捻る。力をかけずに上手く彼の手首の関節を外す。ついでだから肩の関節も外す。指を4本捻る。
そうすると剣を握る力が急激に弱くなったので、剣を引っこ抜いておく。
半歩体をずらす。体の位置と向きを変え、彼の足を払う。
彼は片足が浮き、バランスを崩しそうになる。目を潰す。鳩尾に拳を入れる。僕の寝床の残骸である落ち葉を彼の口に詰める。木の枝を鼻に突っ込む。
ここまででジャスト0.2秒。彼は僕の動きに全然対応できていない。
そのままバランスを崩したままの彼を背負い、彼の突進の勢いをほぼ100%活かして背負い投げをした。
僕自身の力はほとんど要らない。受け流しに近い技術だった。
背負い投げといっても、地面に放り投げない。斜め上に向かって投げる。
そうしたら彼は綺麗な放物線を描いて、崖の下へと転落していった。
「ふご! ふごおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ……!」
落ち葉が口に詰まったまま、彼は悲鳴を上げ、崖の下に転落していった。
その声が徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。周囲のみんなは口を開け、茫然としていた。
「ふう……」
思わず息をついてしまう。
助かった。彼のスピードがとても遅くて助かった。
きっと彼はこの村でも大した事のない使い手だったのだろう。アイテムボックスとテレポートの使い手があの程度の訳が無い。
速度強化の魔法を使っていても明らかに遅かったし、しかも直線的で愚直な動きだった。
きっとそれでもこっちの弱体化した攻撃ではほとんどダメージを与えられなかっただろう。崖の下に落として正解だったかもしれない。
なんにしても、彼がゆったりと動いてくれて助かった。カウンターを狙う余裕は随分あった。
しかし、僕の動きも大分遅くなってるな。
攻撃力の低下具合に比べたらましとはいえ、この不思議村の能力低下現象は僕のスピードをも落としている。
しっかりと注意しておかないと、その認識の差から喰らわなくていい攻撃も喰らってしまうだろう。注意をしよう。
「しかし……」
僕の寝床が壊れてしまった……。
また寝床無く野宿しないといけないのか……。もう、日はほぼ沈み、周囲は暗くなっている。今からだと、寝床の設営はできないだろう。
「はぁ、また屋根無しの野宿かぁ……」
どうせ屋根無しなら多少なりとも風を凌げる家の壁が並ぶ場所で寝ようか。せめてもと思い、ジャガイモと鍋用の兜を大切に抱きかかえる。
自分でも分かるくらい意気消沈した足取りで、とぼとぼと村の方へ足を向けた。
ところで……、
さっきのがたいのいい人は、一体何なんだったんだろうか。
ただ僕の寝床を壊しに来ただけなんだろか。
わからない……。
彼は一体何だったんだろうか……。
* * * * *
灰色の髪の男がとぼとぼとその場を去っていくなか、その場に残された者達はただひたすら茫然としていた。目を真ん丸にして、口をあんぐり開けて、その男の背中を目で追っていた。
何が起きたか理解できなかった。
クロロベンゼンの必殺技が炸裂したと思った時には、そのクロロベンゼンの体は宙高く舞い、崖の下へと落下していった。
何故か、何かが口と鼻に詰まったかのような息苦しい悲鳴が聞こえたのだが、その理由を彼の取り巻きたちは分からなかった。
速過ぎて見えなかった。
彼女たちが茫然としている隙に、こそこそと京子はその場を離れた。
雑木林の中で振り返る。
「…………彼は一体……」
その小さな呟きは木の葉に紛れてすぐに消え去ってしまった。
次話『7話 悪の野望と黄金への攻撃』は明日 12/2 19時投稿予定です。
明日は2話分投稿予定です。