5話 この村はどこかおかしいっ!
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「聞いてくださいよ、マスター。僕だってね、なんだかんだで自分の力には自信というか誇りというか、そういうものがあったんですよ」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「自分の剣で身を立てて、自分の足で世界を回り、みんなで手を取り合って戦ってきたんですよ」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「それがね、いきなりわけのわからない状況で、よく分からないニワトリに殺されかけて……」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「なんなんだっ……! 何で僕がニワトリに殺されかけなきゃいけないんだっ……!
何なんだっ……! この村っ……! なんで門番さんも店員さんも宿屋の女将もこの国の名前すら教えてくれないんだっ……!」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「マスターが教えて下さいよぉっ! さっきから聞いてるでしょっ!? この国っていったい何処なんですかっ……!?」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「注文はさっきとったじゃないですかぁっ!?」
灰色の髪のアバターが経った今飲み干したリンゴジュースのジョッキを酒場の机にこんこんとぶつけた。NPC相手にまるで不平不満があるかのように振る舞っていた。
ここはオンラインVRゲーム『ティルズウィルアドヴェンチャー』の中の酒場であった。木で出来た壁にはわざと汚れたテクスチャを張り付け、酒場の不清潔さ、騒々しさを表現している。
皆、ここに集まり仮想の食事を食べ、再現された味を堪能しながら雑談に興じていた。
そんな中、一人の男が熱心にNPCに語りかけていた。
「ねぇ……あの人、NPCとずっと喋ってる……」
「あんまあっちの方見るなよ……。おかしい奴ってのはどこにでもいんだよ……」
「絡まれんなよ? ネトゲの中じゃ横柄な奴も少なくないんだからな?」
「でも、NPCとしか喋る相手がいないなんて……ネトゲの中でもボッチなんだなぁ、あの子。かわいそー……」
周囲でひそひそと声がする。NPCと会話をする灰色の少年を可哀想な子を見るような目でちらちらと見ていた。
『NPC』、それは『ノン・プレイヤー・キャラクター』の略称だ。
人が操作していないキャラクター、すなわち規定されたプログラムに従い、自動的に行動するキャラクターのことだ。
人が操作していない為、簡単な受け答えしか出来ない。
この数十年で人工知能AI技術も発展を遂げたが、1人1人のモブキャラに高性能のAI技術を搭載できるだけの容量はない。
ソフトが無駄に重くなってしまう。そういう訳で、NPCは潔く完全に規定した受け答えしかできないようなプログラムしか組まれていないことが大半であった。
まず、まともな会話にならない。
でも、この灰色の男は熱心にNPCに語りかける。会話が成り立たないことなど常識的に分かっている筈なのに……。
「くそぅ……見てるだけで恥ずかしい……。あんな恥辱プレイを平然と……あいつは勇者の末裔か何かか……?」
「独り言よりもタチが悪いぞ……」
「ほら、見ちゃいかん。仮想現実の闇から目を背けるんだ、みんな……」
皆でひそひそと呟き合う。
しかし、皆は知る由もない。
今、NPCと喋っている彼は異世界で魔王を打ち倒した本物の勇者であったのだ。異世界では世界中に名の知れた伝説の人物であり、当然地球のVRゲームのことなど知る筈のない人物であるということなど、誰も想像も出来やしなかった。
* * * * *
くそっ……! 何故だっ……!
酒場のカウンターで食事をとる僕――グレイは、周囲から感じる奇異な目線に眉を顰めていた。
僕は酒場のマスターに愚痴を聞いてもらいながら夕食を取っていた。
丁度マスターの出す食事に舌鼓を打ち、お腹が一杯になったところで、口も饒舌になっていたのだ。
マスターはいい人で、僕の愚痴を嫌な顔一つせず聞いてくれる。
ただ、食事を食べ終わってもまだ注文を聞いてくるとこが玉に瑕ではあるが。
しかし、何故なのだろう!?
ひたすら同じ言葉を繰り返す酒場のマスターと話をしていると、何故か僕の方が奇異な目で見られるのだ。酒場のマスターでは無く、僕が可笑しな人間として扱われるのだ。
なんでだっ……!?
このマスターの方がどう考えてもおかしいのにっ……!
繰り返し喋る人とは何人か出会った。
門番さん、店員さん、宿屋の女将……その人達と会話と試みる度に奇特なものを見る目が僕に向けられていたのだ。
何でだ!?
おかしいのは僕じゃない!
この村がおかしいんだっ! ちくしょうっ!
……と、とりあえずだ。今後の活動の方針を定めないといけない。
その為には先ずは情報収集。この国の名前、場所、帰り道、あらゆる情報を仕入れないといけない。それは真っ先にやるべきことだ。
……しかし、なぜだっ!? 思ったよりもずっと情報が集まらないっ!
この国の名前なんてすぐに分かるだろうと思っていたのだが、それすら情報を得られないっ! 酒場のマスターとか宿屋の女将に聞いても、二人とも同じ言葉しか繰り返さないっ!
なぜだっ……!?
さて、情報収集と同じくらい大切なことがある。
金だ。
金です。
マネー、マネー。地獄の沙汰も金次第。
これは酒場で気付いたことなんだけど、僕はどうやら200Gを持っているらしい。『G』ってのはこの国で使われている貨幣の単位かな?
酒場のマスターに話しかけたらまた青いガラス板みたいなものが出てきて、酒場のメニューが出てきた。それと同時に自分の所持金額も出てきたのだ。青色のガラスには『所持金;200G』と書いてあった。
帝国でよく使われていた硬貨じゃダメなのかな……、と思っていたのだが、商品を選択すると、驚くことに青いガラス版に書かれている自分の所持金額の文字が変化し、減っていたのだ。
僕は貨幣を支払うことなく僕の所持金額は減ったのだ。
酒場から鶏肉の燻製が出てくる。
硬貨を払っていないのにとか、青いガラス板の文字が勝手に変化したとか、やたら鶏肉の燻製がうまいとか、色々と疑問に思うことがあったのだが、どうやらこの国では硬貨や紙幣とは違う貨幣制度を用いているらしい。
一体僕は何を支払ったのだろうか……。
そしてここの貨幣制度は一体どうなっているのだろうか……。
謎だ……。
さてつまり、何が言いたいのかというと、ともかく僕の持っているお金は少ない。金を稼がないといけないということだ。
酒場で確認した最初の所持金が200G。今日の夕飯が合計60G。
残り140G……。
結構追い詰められている。
魔王との戦いから約半日、まさか金銭関係で追いつめられるとは思いもよらなかった。
ちなみにさっき確認したのだが、宿屋の料金は一泊100Gだった。
……うーん、泊まれるには泊まれるけど……心もとないなぁ。
よって金を稼ぐ方法を考えないといけない。
魔王はどうなったかとか、仲間はどうなったかとか、世界はどうなったかとか、色々気になることはあるけれど、先立つものがないと話にならない。
金ですよ、金、金。魔王問題よりも金です、金。
まずぱっと思いつくのが、魔物を倒して売れそうな部位を剥ぐことだ。これは今までもよくやっていて、仲間の内での主な収入源だった。
しかし、だ。今僕は弱体化をしている。この村の周囲にいる魔物があのニワトリ以下であるとは限らない。
勝てなければどうしようもない。この方法は少し難しい。
冒険者ギルドで依頼を受けるという手もある。
しかし、これも厳しいものがある。冒険者ギルドでの依頼というのは大体が戦闘能力の強さを見込んで発注されるものだからだ。
さっき少し確認したが、弱くなった体でできそうな依頼というのは残念ながらなさそうだった。
この方法も難しい。
じゃあ、どうするか。
簡単だ。
働けばいいのだ。この村で仕事を探せばいいのだ。
帰ろうとしている中、この村で仕事を探そうとするのは矛盾した選択肢かもしれない。しかし金がなければどうしようもないし、この村で腰を据えて情報収集もしたい。強さを取り戻す情報も手に入れられるかもしれないのだ。
とにかく、まず稼ぐ。これに尽きる!
「マスター……ものは相談なんですけど……、今って人を雇ってたりしないですか?」
『いらっしゃい、注文はなんだい?』
「くっ……ダメかっ……!」
ダメだ……。これでは仕事の交渉はおろか、まともな会話すら成り立たないっ……!
でも諦めてはダメだ……! ここがダメでも、他のとこなら……きっと……一つぐらいまともな仕事が……!
そんな時、酒場の中の男女の言葉が、ふと耳に入った。
「あ、そうだ、ガスロン君。君、神槍ボセムグニル手に入れたって言ってなかった?」
「あ、そうそう、キョウ。この前行ったドロイドの洞窟のボスドロップでさ、なんかやたら凄い武器が手に入ってさ」
ふとそんな会話が聞こえてくる。
酒場のあるテーブルの傍に、一組の男女が座り話し込んでいた。
……神槍ボセムグニル? あの伝説の神槍ボセムグニル……?
つい聞き耳を立ててしまう。
「へー……、まだβテストなのに、そんなに凄そうな武器公開してるんだね……。神槍ボセムグニルか……。太っ腹だね、運営さん」
「ネット見てもさ、誰も神槍ボセムグニルの情報知らないみたいだからさ、俺が一番初めに手に入れたのかもしんねぇ。運良かったぜ」
……やっぱり、神槍ボセムグニルの話をしている。
神話の時代の話、神と人の子アージバーグが神獣ボセムドロイドの心臓を穿った槍であり、その神獣の血を大量に浴び神の力を得た神話の武器であると言われている。
その後、アージバーグは国を作り、今は滅びた古代王国ボセムバーグを作り上げたという逸話がある。
その後、アージバーグの子孫と共にアトラティティスの大海に沈み、永遠に失われたとされているのだが……、それが今になって発見されたのだろうか?
世界に激震が走るかもしれない!?
「すごいなー、ほんと」
「あぁ、すげーすげー」
凄いなんてものじゃないのにっ!?
大発見だよっ! ここ500年でも類を見ない程の大発見だよっ! こんな酒場で軽くしていい話題じゃないよっ!
「学校の友達に自慢できるね、ガスロン君」
世界に自慢できるよっ!?
「ま、ただ運が良かっただけなんだけどな」
なんて謙虚っ!
聞いたことがある……。神槍ボセムグニルは使い手を選ぶのだと。神槍自体が認めた者でないと神槍に触ることすら出来ないらしい。そして神槍に選ばれた者は誰もが歴史に名を残す大英雄となったという。
じゃあ、彼も大英雄の素質が……。
神槍に選ばれた人間。この周辺で一番の実力の持ち主は彼に違いない……。
「でも、これでベルナデットの奴に馬鹿にされなくて済む」
「あぁ、そういえばベルナデットちゃんもレア武器手に入れたって言ってたね」
「あぁ、双魔剣ツイルベイリーン持ってるからなぁ、あいつ。俺に自慢してきてきやがんの、あいつ」
双魔剣ツイルベイリーンッ……!?
伝説の、あのっ……!? 古代の湖の聖女ツイルリリスが光と闇を操り、二つの剣に形を変えたという伝説の双剣っ!?
失われたって聞いてたけど、発見されてたのかっ……!?
バカなっ……!?
そんな伝説級の武器がこの村に二つもあるのかっ……!?
一体どうなってるんだ、この村っ……!?
その二人の使い手だけで、いくつもの国を支配できてしまうぞっ!?
「ちょっと見せて貰ってもいい? ガスロン君。その神槍ボセムグニル、今持ってるの?」
「あぁ、ちょっと待ってくれよ……キョウ……」
そういえば彼らは槍を持っていない。
神槍ボセムグニルと言ったら、6mを越える巨大な槍。だというのに、彼らの周りには槍の姿は何処にも見えない。
もしかしたら僕の勘違いだろうか?
何か全く別の物を彼らの間だけでは神槍ボセムグニルと呼び合っている。謂わば、彼らの間だけで通じる通称みたいなものなのかもしれない。
そう考えたら色々と納得が出来る。
そうだよね、神話の武器がそんな簡単に出てくるわけがないもんね……。
僕が勝手に神槍の使い手だと思っていた人物が、青いガラス板みたいなものをじっと見ながら指で触っていた。
……何しているんだろう?
「ほら、これが神槍だ」
何もない空間からいきなり神槍ボセムグニルが現れた。
っ!?
これはっ……!?
いきなり現れたっ……!?
彼の傍に唐突と神槍ボセムグニルが出てきた。バッグも何もないところから突然神槍が現れたのだ。
これはっ……、超上級空間魔法『アイテムボックス』ッ!?
あらゆる魔法の中でも習得が困難だとされる空間魔法。その中でも、あらゆる物質を異空間に収納できる『アイテムボックス』という魔法は習得難易度が高い。
『アイテムボックス』の使い手は世界にも数人しかいないのだ。
しかも、恐ろしいことに彼はその魔法を無詠唱でやってのけた。
魔法を使うためには呪文の詠唱か、魔法陣の作成が必須である。呪文を省略する短縮魔法というのはあるが、無詠唱というのは不可能とされている。
学者の誰もが無詠唱の研究をして、そして不可能だと結論付けているのだ。
それを彼はあっさりやってのけた……。
超上級空間魔法『アイテムボックス』の無詠唱を……。
しかも確かに文献で見たような『神槍ボセムグニル』がその手に握られている。
「へー、すごいねー」
「すごいだろ?」
凄いなんてものじゃないっ!
なんで君は魔王討伐を行おうとしなかったんだっ!? なんでこんな森に囲われた田舎の村でのんびりしているんだっ!? どの国も必死で君を欲しがるだろうにっ……!
なんてことだ……。
こんな田舎の村で大英雄級の人物に出会ってしまうなんて……。
どうしよう……、声をかけて繋がり持っておいた方がいいのかな……。
でも、弱体化した僕の実力では確実に勝てないし……、何かあって敵対したら殺されてしまうし……。
「あっ、もうこんな時間、今日はもう帰らないと……」
女性の方が青いガラス板を出して時間を確認したようだ。
そういえば彼女の実力の方はどうなのだろう? 男性の方が凄いことをしまくっていたけど……なんとなく、彼女の方も凄く出来そうな……。
「おっ、帰るのか? キョウ」
「うん、今日はもうログアウトするよ」
「おう、お疲れー」
「お疲れ様ー……」
そう簡単なやり取りをした後、ふと、彼女の姿が消えた。
淡い光を放ちながら、唐突にその場からいなくなってしまった。
「……っ!?」
今のはっ……!?
超上級空間魔法『テレポート』ッ……!?
世界に数人しか使えない超上級空間魔法『テレポート』ッ……!?
しかもまた無詠唱っ……!?
またかっ……!
またなのかっ……!?
どうなってるんだっ……!? 一体どうなっているんだ、この村っ……!?
ほんとどうなっているんだっ……!?
はっとなって周囲を見渡す。
よく周囲を観察すると、この酒場にいる全員がおかしい。
みな、無詠唱でアイテムボックスを使ったり、無詠唱でテレポートを使ったりしている。出たり入ったり、それが当たり前かのようにぽんぽんと超上級の空間魔法を使いまくっている。
ただの便利な魔法だとでもいうように、アイテムボックスとテレポートを濫用していた。
愕然とする。
この村はやっぱりおかしい。
話の通じない人たち、みんなが当然のように使える無詠唱空間魔法、神話級の武器が蔓延る現状。そもそもあの宙に浮く青いガラス板のようなものだって意味が分からない。どんな魔法を使っているんだ?
間違いなくとんでもない所に飛んできてしまった。
なんなのだ、一体。魔王は一体僕をどこに飛ばしたんだ。
ここの村で自分の名前『グレイ』を出すのは危険かもしれない。
ただでさえ今、僕は弱体化をしている。魔王討伐の冒険中、僕の名前を利用しようとしたり、罠に嵌めたりしようとする人たちはたくさんいた。
それを腕っぷし一本で乗り切ってきたが、弱体化した今、そう簡単には事は進まない。
そうでなくてもこの村はおかしい。
僕の名前『グレイ』は世界中に知れ渡っている。その名前を出したら何が起きるかわからない。偽名でも考えたほうが良さそうだ。
余計なトラブルは避けなければ。
さて、周囲に気を取られてばかりではいられない。僕は僕でやらなければいけないことがある。
働く先を探すことだ。
一番いい働き先は宿屋だ。何故なら運が良ければ下宿先にもなり得るからだ。泊まる場所と働く場所が一気に手に入るかもしれない。
遠方から来た冒険者と話が出来れば、今魔王がどうなっているかとかの情報も得られるかもしれない。
そういう期待を胸に、宿屋の扉を開いた。
「すみませんっ! 今、働き手の募集とかしていませんかっ!?」
『いらっしゃい、一泊100Gだよ』
「ここで働きたいんです! 働かせてくださいっ!」
『いらっしゃい、一泊100Gだよ』
「ちくしょおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ダメだった。やっぱり話が通じなかった。
そうなんじゃないかなー、ってちらと思ってはいたけど、やっぱり話が通じなかった。
項垂れる。膝をつく。意気消沈する。
この村に……僕が働ける場所はあるのだろうか……。
『いらっしゃい、一泊100Gだよ』
金も力もない夜が更けようとしていた。
次話『6話 勇者の寝床と乱暴者』は1時間後に投稿予定です。