45話 都市伝説戦争
「なんで戦争の事あっさり言っちゃうのよ。この馬鹿ディル」
「なんだ。異世界人なんて重要な人物、特別扱いしてるものだと思ってたぞ。サラ」
王宮の執務室の中、サラ様が机に頬杖をつき、白狼族のディル様に文句を言っていた。
ディル様とベニヤ様の行商を迎え、その荷物を降ろすという仕事をした後、話を聞くために俺とクロは執務室を訪れた。
「せ、戦争が起こるって本当なんすか……?」
俺は先程ディル様から近日戦争が起こることを聞いてしまった。今王都でやっている魔王討伐記念祭の最終日辺り、魔族との戦争が起こるのだという。
「はい、本当ですよ」
「…………」
「本当ですけど、口外はしないで下さいね? 市民の方々は知らないことなので」
アリシア様が人差し指を口に当て、何でもないように語る。戦争慣れしている人の余裕というものを感じさせられた。
「話は単純ですよ。魔人の生き残りの方々が魔王討伐記念祭に合わせて王都に攻撃を仕掛けてくる、という情報を入手したのです」
「3年前魔王は討伐したけれど、魔族の生き残りはまだ大量にいるわ。その中でも魔王の悪逆に賛同している者達が集まり、姉様を殺害しようと企てているの」
魔王討伐記念祭を快く思っていない魔族の人たちが戦いを仕掛けてくるという事のようだ。
当たり前なのかもしれないけど、ゲームのエンディング後だろうと、この世界は魔族の脅威はまだ残り続けているのだ。
「だ……大丈夫なんすか……?」
「大丈夫。平気です、平気。敵が来るのは北か東からだと思うので、そこに陣を敷けば王都は戦場になりません」
「この程度の争い、何度もやっているから大丈夫よ」
「…………」
俺からすると戦いが起こること自体がやばい事なのだと思うけれど、それはきっと地球の日本の価値観なのだ。
戦いに勝利できるのなら、この人たちにとって何も問題なんかないのだろう。
「……ですが、今回は少し気になることがありましてね」
「ん……?」
「近年敵が妙な物を集めている……という情報が入っているんですよ。普通に考えるとあり得ないですけど……、もしかしたらこの戦いに利用しようと考えているのかも……?」
アリシア様は顎に手を当てながら、ゆっくりと話す。
「……妙な物?」
「強力な力が秘められていると言われている古代の魔法道具……。アーティファクト、というやつですね」
「アーティファクトぉ?」
話を聞いていたクロすけが口をへの字に曲げる。
アーティファクト。古代の人口遺物、というやつだ。
古代文明の遺物であり、歴史の研究の大切な材料である。
その中でも、その古代の時代の技術や知識では作成不能だと思われる遺物が特別なアーティファクトと見做されていて、それに纏わる推測がよく都市伝説になったりしている。
古代の文明には謎が多い。その謎の中に、現代でも解明不能な力が用いられているのではないか、という噂めいた話である。
しかし、どこまでいっても結局はただの噂。地球において、アーティファクトが世界を揺るがす力を持っていたなんて事実、1つだって存在しない。
そんなアーティファクトを敵が収集して、活用しようとしている……?
「アリシア、喋り過ぎじゃないか……?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか、ベニヤ。こんな情報が漏れようが漏れまいが、どうにもなりはしません」
眉を顰めるベニヤ様に対し、アリシア様はすまし顔でブランデーの入った紅茶を飲んでいた。
「アーティファクト『流れ星の破片』。世界創世の逸話に纏わるとされている、神話の世界の遺物です」
「世界……創世……?」
「世界各地で稀に見つかる遺物ですが、誰もその魔法道具を発動することが出来たことの無い、謎しかないアーティファクトです」
その説明を聞き、俺は目をぱちくりさせる。
確かに、それを聞くと凄そうだが……、
「……いかにも嘘臭い、都市伝説って感じっすね」
「ふふふ、確かにそうですね」
話が大き過ぎると、途端に嘘臭くなる。
アリシア様はお淑やかに笑った。
「こんな逸話があります。この『流れ星の破片』は世界各地で様々な形のものが見つかるのですが、その中の1つのアーティファクトの傍にとある簡単なメモが残っていたそうです。そこには軽い感じで、とんでもないことが書かれていたそうです」
「……メモ?」
「『明後日までに東の方に大陸を作っておいてくれ』と、まるで軽い仕事を頼むような感じで……」
「…………」
もし確かにそれが本当なら驚異的な力を秘めた古代遺物だと言える。
しかし、俺にはそれが都市伝説の域を出ない、ただの噂話にしか聞こえない。
「……アリシア様達、帝国としては、敵がそれを使ってくると想定しているんですか……?」
「いえいえ、ぜーんぜんそんな事は思っていません。ほぼ100%使ってこないでしょう。使えないでしょう」
アリシア様はくすくすと笑う。壁に背中を付けて立っているベニヤ様が口を開いた。
「俺たちもそんな与太話はあり得ないと思っている。逆に本気でそんなアーティファクトに縋っているようなら、それこそ高が知れているというものだ」
「でもでも? このまま手をこまねいていていいん? ちょっとは不安要素なんしょ?」
クロすけが首を傾げながら、そう質問する。
「あぁ、だから先程の行商の積み荷の話になってくる」
ディル様はそう語り始めた。
「先程の積み荷のほとんどは戦争の為の武器や医療品、消耗品などの補充だ。だが、その中に世界各地から取り寄せたアーティファクト『流れ星の破片』が入っている」
「え……?」
「今現在、王宮の中で『流れ星の破片』の研究が進められている。敵がそれを使ってくるという、万が一の可能性に備えてな」
……なるほど、ディル様とベニヤ様という英雄2人が行商の仕事をしていたのは、そのアーティファクトを護衛し、丁重に取り扱う為だったのか。
「それと情報戦ですね。魔人のグループの中にスパイを送り込んだり、魔人の動向を外から探ったりして、何か怪しい動きがないか調べています」
「上手くいってるんすか?」
「んー……、そこから先は流石に部外者には言えませんね。あまり動きはない、としか」
「…………」
しまった。首を突っ込んで聞き過ぎたか。
俺の立場は今不透明だ。そんな人間が情報を求め過ぎたら怪しさが増してしまう。
「……すみません、出しゃばりました」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「……何事もなく、無事に戦いが終わるといいっすね」
取り敢えず、当たり障りのない応援の言葉を掛けた。
「……いえ、どうせなら、敵にはアーティファクトを使ってきて欲しいですね」
「……え?」
しかし、返ってきたのはアリシア様の妖しい笑みであった。
「だって大陸を作ってしまうほどの力を持った魔法道具なんですよ? 戦ってみたいじゃないですか。力比べしてみたいじゃないですか」
「……は?」
俺とクロすけは目を丸くした。
「古代の遺物をぶっ飛ばすなんて、わくわくするじゃないですかっ……!」
「…………」
戦闘意識の高いアリシア様の発言に俺とクロすけは戸惑い、彼女の仲間たちは諦めたかのようにはぁっと大きなため息をついた。
そういえば……アリシア様は脳筋だとか、サラ様が言ってたっけ……?
俺は質問する。
「ど、どうやってアーティファクトに勝つつもりなんすか……?」
「パワーです」
「……は?」
アリシア様は短く返答する。
「パワーで押します」
「え、えぇっと……?」
「最大魔力でパワーを発揮します」
理屈にならない理屈が返ってくる。
「えぇと……、それでもし勝てなかったら……?」
「もっとパワーを込めます」
「い、いや、それでもダメだったら……?」
「リュウノスケ様……」
アリシア様は何故か小さな子を諭すような表情で俺を見る。
「パワーです」
「パワー……」
「パワーなんです」
「パワー……」
アリシア様は小さく頷くが、俺は戸惑うばかりである。
「パワーこそ、パワーなんです」
「パワー」
パワー。
ダメだ。頭がおかしくなりそうだ……。
俺は勇者たちの仲間に目を向けた。
「ゆ、勇者グレイはアリシア様を止めようとしなかったんすか……?」
「困ったように笑って見てるだけだったわね」
「基本、勝てれば何でもいい、って男だったからな……」
彼女のリーダーである勇者グレイは放任主義のようだった。アリシア様に振り回された人たちが、過去を思い出して疲れたように溜息を吐いている。
アリシア様だけが楽しそうに微笑んで、紅茶を飲んでいた。
「まぁ、アーティファクトなんて不安要素はありますが、所詮は眉唾物の話です。結局のところ、普通の戦いになるでしょうね」
「でも、今は大きな祭りやってるじゃないっすか。忍び込んで破壊工作とかしてくる戦略とか使われるかもしれないっすよ?」
「そんなこと、こっちだって分かってるわ」
俺の疑問に対し、サラ様が頬杖をつきながら口を開く。
「お祭りの警備は前年度の1.8倍。戦争が起こっても、帝国十騎士の内3人を置いておくから、それで対処は可能よ」
「帝国十騎士……」
帝国十騎士。以前少し話を聞いたことがある。
帝国を守護する優秀な10人の将軍の事だ。勇者グレイ達が世界を旅している間、彼らは帝国に留まり魔族の脅威から国を守り続けていたらしい。
「魔族の残党と言っても有力な敵はほとんど残ってないわ。祭りの警備は厳重。帝国十騎士もフルで動かしている。『狂魔』は変装なんて出来ないし、破壊工作で戦況ががらっと変わるなんて可能性、ほとんど無いわ」
「え……?」
サラ様が鼻をふんと鳴らしながら説明したことに対し、俺は頷いて納得する。
警備の事なんて俺は門外漢だし、戦いのプロが良く良く考えて、どのような警備を配置したらいいのか考えたのだから、きっとサラ様の言う通りほぼ問題なんて起こりえないのだろう。
俺がぱっと思いつく以上の想定、予防を彼女たちはしているに違いないのだ。
と、納得して頷いていたのだが……何やらクロの様子がおかしい。
「……クロすけ?」
「…………」
クロは目を見開いて顔を強張らせていた。サラ様の説明を聞いた時、クロは小さな呟きを漏らし、サラ様の方に首を振った。
「クロすけ……? おい、クロ……?」
「あ……、りゅう吉。その……」
心配する俺に気付き、クロは俺の方に顔を向けるも、すぐにサラ様の方に向き直って顔を引き締めた。
「……サラっち。今、なんて言ったの……?」
「はい……?」
「『狂魔』って、今言わなかった……?」
クロの言葉に、サラ様たちがきょとんとする。
俺もきょとんとする。『狂魔』ってなんだ……?
「『狂魔』がどうしたのよ」
「知らないのですか? クロ様……?」
「ちょ、ちょっと待って? こっちにも『狂魔』っているの!? いや……、一般的な存在なの……!?」
クロが椅子から立ち上がり、驚き慌てた様子を見せる。周囲との反応に温度差があり、サラ様たちはぽかんとしながらクロの様子を眺めている。
「『狂魔』なんて一般常識でしょうに……。あ、そうか、あんた達自称異世界人だから常識の違いで慌てた振りしてるって言うのね?」
お見通しだわ、と言った様な悪い笑顔を見せ、シア様がにやっと笑う。しかし、クロの様子に冗談の気配は全くなかった。
「いいから『狂魔』って奴の事、教えてくれよっ!」
「…………」
真剣な顔を崩さないクロに、サラ様の眉がぴくりと動く。そして、机の上のコーヒーをゆっくり飲んでから、語り始めた。
「分かったわよ……。『狂魔』っていうのは『魔人』の失敗作みたいなもんよ。人を『魔人』にする過程で、その人がその変化に耐えきれないと『狂魔』って言う心を無くした化け物になるのよ」
「『狂魔』とか『ウィルス』とかなどの呼び名がありますね。どちらも同じものです」
サラ様とアリシア様の解説が入る。クロは真剣な顔つきで彼女たちの言葉を聞き入っているが、俺は何が何だか良く分からない。
『狂魔』なんてものは初耳だ。
「『狂魔』は体が黒い鉄の様になって、人の心が無くなるわ。暴走したように目に入った生き物を殺し続ける事しかしないけど、高位の魔族ならある程度動きをコントロールすることが出来るみたい」
「なるほど……。確かにあの時と同じ奴みたい……」
クロは顎に手を当てながら何かを考えている。
あの時、ってなんだ?
「『ウィルス』は『魔族』の失敗例ですが、『魔物』を『魔族』化した際はほぼ必ず『ウィルス』になるようですね。そのせいで、手駒を増やされて大変だったことがあります」
「あ、ご、ごめん……。ちょっと待って? そもそも、『魔族』とか『魔人』とか『魔物』とかって何が違うん……?」
クロは会話の途中で困ったように首を振りながら質問をした。
『大失踪事件』に直接巻き込まれたからか、どうやらクロと俺では前提となる知識に違いがある様だ。
アリシア様とシア様が目をぱちくりさせながらクロの方を見る。当たり前の常識についての質問をされた人のような反応だった。
ベニヤ様が口を開いた。
「……『魔族』は魔王の配下の事だ。魔王や魔族が人に呪いをかけると、その人間は魔族となり、魔族たちの配下となる。催眠状態にもなるようで、上位の魔族からの命令に逆らえなくなる」
「それって、ネズミ算式に増えていくんじゃ……」
「そうですよ。だから厄介だったんです」
「ほんとに知らないの?」
サラ様が呆れた表情でクロを見る。
「魔族が厄介な点は、人よりも魔術的に適した存在になってしまうという点だ。人が魔族になるだけで魔力は強化され、人の集団を襲っていった」
「『魔人』は『魔族』とほとんど同じ意味よ。ただ、動物や魔物も魔族化することが出来るから『魔族』の方が意味合い的に正しいと思うけど……、まぁ、普通に『魔人』とか言ったりするわ」
解説を聞き、納得したように頷く。
さっき言ってた『狂魔』とか言うのは、魔族が魔族を増やそうとした時に失敗して人や動物が変異してしまったものなのか。
「『魔物』は『魔族』とは関係ありませんね。魔族が悪意を持って人を変異させる『魔族』と違い、『魔物』は自然発生的に増えていきます。森や川など、自然界に存在する魔力が淀むと『魔物』が発生するんです」
「教会や魔術師たちが汚れている魔素を綺麗にする作業をしていたりするが、魔素が淀むのは極めて自然な現象だからな。世界中の魔素を綺麗にし続けることは不可能だ」
「なるほど」
『魔物』。レベル上げの際には何度もお世話になる存在だった。
「そっか……、そっか。うん……なるほど……。でも、どうしてその『狂魔』がゲームの中に現れ始めたのか……」
クロが皆の説明を聞き入り、何度も頷いて、しかし考え込むようにして小声で呟いていた。
今の説明、俺にとってはへぇー、という程度の雑学であったのだが、クロにとっては思う所がある情報のようだった。
「『魔族』の方たちは洗脳され無理矢理働かされた人も多く存在しますが、暴力、略奪がお好きな方もいます。今回私たちに戦争を仕掛けてくる魔族の生き残りはそう言った乱暴な方たちですね」
「『魔王』が死んだことで洗脳の能力は消えたわ。どうやら体の造り自体が変化してしまっているようで、『魔人』から『人』には戻ることが出来ないけど、洗脳状態じゃないから今回戦争に参加する奴らは根っからの極悪人ね」
「おい……」
説明の途中でベニヤ様が口を開いた。
「魔人や魔物の説明は一向に構わないが、戦争の事についてこいつらに喋り過ぎなんじゃないか? 戦争の事は一般市民に知らせていない。こいつらは、現状不審者だろう?」
「ベニヤ様……」
俺たちを親指で指しながら、ベニヤ様はそう言う。
確かにベニヤ様の言う通り、俺たちは自称異世界人の不審者だ。色々教えて貰えるのは嬉しいけれど、こんなに情報を開示してよいのだろうか……?
「大丈夫よ」
しかし、サラ様がそうきっぱりと断言する。
「……サラ。こいつらの事、信頼しているのか?」
「え……?」
ベニヤ様の質問に俺はどきっとした。
俺たちの事を少しは認めてくれているから、こんなに色々な事を話してくれたのだろうか……?
「そうじゃないわ」
しかし、サラ様は大きな鼻息を1つ鳴らした。
「だってこいつら、明後日には処刑だもの」
「…………」
「…………」
残酷な言葉に、俺たちは急に現実に戻ってきた。
つまり、あれだ。戦争が始まるまでには俺たち生きていないってことなのだろう。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
「ほんと、どうしよううううううぅぅぅぅぅっ……!」
頭を抱えながら叫び声をあげる。俺たちの発作がまた起きてしまった。
「……大変だな、こいつら」
「なんていうか、哀れだな……」
「あははっ!」
荒れる俺たちの様子を見て、ディル様とベニヤ様は憐れみがこもった目を向けてくれるが、サラ様は楽し気に笑っていた。
窓から太陽の陽気が差し込んでくる。
運命は俺たちに厳しいままだった。
何の解決策も見いだせないまま、また一日が過ぎていくのだった。
3月に入ったら別作品『とある姫ととある冒険者のある秘密を巡る物語』の更新を再開させるため、ちょっとこちらの方は休止させて頂きます。
もう最後の更新をしてから5か月経とうとしているらしいっす。嘘だろ……? そんなに……?
めっちゃ早え5か月でした……。
という訳でご理解のほど、よろしくお願いします。




