43話 勇者グレイの記念館
「見て見て、シアっち! 『皇帝アリシア』が狩りをした黒竜の牙、だって!」
「あはは……。自分たちの記念館を見て回るのは恥ずかしいですね……」
変装をしているアリシア様を連れてクロすけが様々な展示品を見回っていた。魔族との戦争に関わる様々な物品がホールの中に展示されており、それに関わる逸話がその傍に記述されている。
勇者グレイとその仲間たちの功績を讃えるエピソードと展示品が大量に飾られていた。
ここは魔族との戦争の記録が残された記念館であった。
この記念館は中央街に近い場所に建てられており、クロすけがそこに行きたいと主張をした。
アリシア様とサラ様は自分たちを讃える記念館に行く事に恥ずかしがっていたが、クロすけの強い主張によって俺たちは今記念館にいる。
クロも考えなしにここを見たいと言っているわけではない。俺には分かる。
地球とこの推定異世界の共通点は『勇者グレイの伝説』である。
勇者グレイ。
俺たちの世界にとってはゲームの登場人物の名前で、この世界にとっては実在の英雄だ。
2つの世界で同じ勇者の名前が語られるなんて普通はありえないだろう。この人物については深く調べる必要があった。
もしこれが漫画や小説だったとしたら、実は勇者グレイは生きていて、地球での『大失踪事件』は全て勇者グレイの仕業であった、という展開もあり得るかもしれない。
とにかく勇者グレイを調べていくことで、何か地球で起こった『大異変』に繋がる情報が得られないものか調べる必要があるとクロは判断したのだ。
俺にはクロの考えが分かっていた。
「なははははっ! 勇者グレイが粘着質なストーカーに付き纏われた時に泣きながら止めて下さいと綴った手紙だって! そんなものまで残してあんのかよっ!」
「死後も痴態が永遠に残されるなんて可哀想ですねぇ、グレイ君」
クロすけとアリシア様はけらけらと笑いながら展示品を見ていた。
……調査の為、なんだよなぁ……? クロすけ……?
記念館の中は資料館というよりも美術館であった。
旅の途中、救った国の王から献上された財宝、山奥深くの民族に眠る武具、魔族の宝玉、それらをアリシア様とサラ様の補足と共に眺めていった。旅をした本人のガイド付きというとんでもなく豪勢な美術館巡りであった。
ちなみに今アリシア様はシアと、サラ様はシュシュという偽名を名乗っている。
記念館を見学しながら、俺はあることを考えていた。
この魔王討伐記念祭は現在4回目であり、魔王が討伐されてから3周年であることを記念するお祭りの様だ。
アリシア様もそう言っていたし、記念館の展示物を見てもそれは良く分かる。
しかし、3周年。まだたったの3年。
疑問を感じる。
俺たちの世界で『勇者グレイの伝説』というゲームが出たのが15年前だ。もし魔王が討伐されたのが15年前だった、というのなら納得することも多いが、そうではない。
もちろん、俺はこの世界のことを何も知らないし、今自分の身に何が起こってるかも良く分かっていない。今この場所が本当に異世界であるという確証も持っていない。
でも、この年数の違いに何かちぐはぐなものを覚えた。
何かずれが生じているような気がした。
アリシア様やサラ様を伴っての記念館見学は続く。
途中で、勇者グレイが使っていた伝説の聖剣ラルカリバーが展示されていた。
一見するとボロボロの汚い剣にも見えるが、なるほど、確かによく見てみるとあの剣の奥底に眠る、なにかこう、隠された力というか……、風格というか……、そう言ったものを感じるような気がする。
そんな感じの様なものをふわふわと感じる。
そういうものを感じるってことは……ふふふ、これは俺にも隠された勇者の力のようなものが目覚め始めているのだろうか……!?
そんな横でサラ様が「いつ見てもただのボロい剣にしか見えないのよねぇ……」って呟いていたのだが、そんな訳ないじゃないっすかぁ!
勇者グレイが使っていた伝説の聖剣なんすよねぇ!? 世界を救ったサラ様ともあろう者が、らしくないっ!
伝説の剣っすよ! 伝説の……!
……ただ、妹の呟きを聞いたアリシア様がびくりと震え、汗を垂らしながら目を背けた。
「つ、次! 次行きましょう……!」
そう言ってアリシア様は逃げるようにしてそそくさと次のフロアへと向かっていった。
……なんだろう?
俺たちも彼女を追って移動する。
「これは……あぁ、グレイ君がグログレイグの森の戦いで投擲した槍ですね。懐かしいです」
「あれ? 勇者グレイは聖剣を使ってたんじゃないんすか?」
「主にはそうでしたけど、何でも使えましたよ? 剣、槍、斧、槌、弓、鎌、杖、素手での格闘術……などなど……」
「やっぱ勇者って化け物なんすねぇ……」
戦いの申し子って奴だ。
「しかし……、『グログレイグの森に展開された敵兵5万人を一度の槍の投擲で、森ごと吹き飛ばした』って説明があるんすけど……、こういうのってどこまで信じたらいいんすか?」
槍の傍に記述されていたこの武具の逸話を読む。そこには嘘のようなお話が書かれていた。
こういう英雄譚というのは話が盛られて語り継がれることが多いから仕方のないことかもしれないが、ちょっと現実味が無くて信じ難い。
「その話は本当ですよ?」
「…………」
しかし、アリシア様はしれっとそう言った。
眉が寄ってしまう。
「……えぇと、じゃあ『勇者の剣が大陸を割り、そして今のドルベルセン海峡が出来た』って言うのは……?」
「本当ですね」
「じゃあ『ローガス王国最強の英雄二十騎兵を一度に相手取り、時間稼ぎの足止めをした』って言うのは……?」
「『足止めをした』じゃなくて、『全滅させた』が正しいですね」
「…………」
「いいですか? リュウノスケ様?」
閉口する俺の顔をアリシア様が楽しそうに覗いてくる。
「私とかサラとかの英雄譚には多少誇張が含まれます。ただ、グレイ君に限ってはほとんど真実……いや、若干抑え気味に書かれています」
「…………」
「いくら本当の事を話しても市民の人たちに信じて貰えなくて……いえ、抑え気味に説明しても眉を顰められたんですけどねぇ……」
アリシア様が遠い目をしながら過去に思いを馳せていた。
多分なんかしらの事件が解決した後、近隣住民への説明に凄い手古摺ったのだろう。不信感を持った目で見られる勇者グレイ一行の姿が目に浮かぶ。
「勇者グレイ……やばいっすね……」
「えぇ……、グレイ君はやばいんですよ……」
彼女の疲れ切った声が小さく吐き出された。勇者の傍にいるというのは、それほど苦労が大きかったらしい。
「じゃあさぁ! じゃあさぁ!」
「ん? クロすけ?」
クロすけがひょこひょこと近づいてきた。
「さっき演劇でやってた『私は愛と勇気と正義の化身! 世界が私に勝利と愛を囁いている!』って決め台詞、あれ本当?」
「嘘ですうううぅぅっ……!」
クロの質問に、アリシア様が大声を出して否定した。彼女の顔が一瞬で真っ赤になる。
俺たちはこの記念館に来る前、王都でやっている演劇を見た。題材はもちろん勇者グレイ一行に関するものだ。
アリシア様とサラ様は恥ずかしがっていたけれど、この『魔王討伐記念祭』で勇者一行に関わらないものを探そうとすると、それだけでかなり数が限られてしまう。
その中で、アリシア様演じる役者が確かに先程の決め台詞を叫んでいた。
「違いますっ……! 嘘ですっ! 私そんな事ぜっっったいに言ってません……!」
「じゃあさ、じゃあさ、一度に1000人の男の心を射抜き、骨抜きにしたっていうのは?」
「嘘ですっ……!」
「彼女が歌うと枯れた花が咲き乱れるっていうのは?」
「嘘ですっ! 嘘ですっ……!」
「虹の橋を踊りながら渡ったっていうのは?」
「嘘ですっ! 嘘ですっ! 嘘ですっ……!」
「光りながら宙を舞い、神の後光をその身に宿したっていうのは?」
「全部嘘だああああぁぁぁぁっ……!」
アリシア様は全力で否定していた。
どうやら演劇には過剰表現が多かったようだ。
「ご主人様、ご主人様、大声は不味いの。落ち着いて下さいなの」
「ピコ……」
慌てながら駆け寄ってきたメイドのピコは冷たい水をアリシア様に渡す。彼女はそれを受け取り、ぐいっと飲み干した。
「まぁ正直、話の尾ひれの中にはやってられないものとかあるわね。恥ずかしいったらありゃしないわ」
「シュシュさん……」
そう言いながら近づいてきたのはシュシュという偽名を使っているサラ様だ。姉が恥辱に苦しむ姿を見て、自分にも覚えがあるのかほんの少し頬を赤らめていた。
「……ちなみに、サラ様で言われている過剰表現ってなんなんすか?」
「絶対言わないわ」
舌をべっと出して俺の質問には答えなかった。
そうやって俺たちは記念館を回っていた。
「過剰表現と言えばですね……」
記念館のルートを順当に巡りながら後もう少しで出口という所で、アリシア様が触れたくない筈の話題を持ち返した。
最後の展示場の一際大きなホールに辿り着いた時の事だった。
「さっきはグレイ君に関する逸話はほとんど真実と言いましたが……少しだけ、どうしようもない程過剰に表現されているところがあるんですよ」
「ん……?」
そう言って、アリシア様は大ホールの中央に展示されている大きな銅像を見上げた。
この記念館の最後の展示物。勇者グレイを象った銅像であった。
この銅像をアリシア様は何故か悲しみのこもった目で見ていた。
「実はこの銅像……誰を模して作られたのか誰にも分からないんですよ」
「え? いやいや、だってこれ……この人って……」
アリシア様の言葉に、俺はこの銅像の傍に掛けられてあるプレートを見る。なんて題名の作品なのかしっかり書いてある。
そしてこの記念館の最後の展示場の中心に祀られている人物、そんな人はただの1人だ。
「勇者グレイ様……ですよね……?」
鼻は高く、顎は引き締まり、精悍な顔つきをした青年。体つきは筋骨隆々、等身大で表現されたその身長は2mに達していた。筋肉の盛り上がったその腕はあらゆる敵を打ち払い、多くの人を救ってきたことを如実に表していた。
英雄然とした英雄。それがこの男だった。
「そうですね、表記ではそうなっていますね」
アリシア様は苦笑した。
「でも全然違うんですよ。ちょっと笑っちゃうくらい。きっと彫刻家の方は伝言ゲームでもやりながらこの像を作ったんじゃないですかね?」
「あー……、誇張入っちゃってるのかい?」
クロすけが尋ねる。
「本当の顔はコロッとした丸顔、目元はぱっちりとしていて、身長は169cm。力は誰よりも強かったですが、体の線は細かったですね」
「まるで逆やん」
クロすけはケタケタと笑った。
「でも……印象としてはそんなに違和感ないの……」
「ん……?」
クロすけが笑う中、メイドのピコが横から口を出した。白色の毛を纏った耳が揺れる。
「わたしも、勇者グレイ様には一度お会いしたことがあるの。わたしの街を救ってくれて、力強くて逞しい、すごい英雄だったの」
「……ピコの住む白狼族の街を私たちは救ったことがあるんですよ。その時にピコはグレイ君と会った事があるとかで……。それ以降、グレイ君とは会えなかったんでしたよね?」
「そうなの。残念なの……」
ピコの耳としっぽがしゅんと垂れた。
どうやらピコは勇者グレイが大量に救ってきた人の中の1人だったようだ。
「街が火に包まれて、わたしの意識もぼんやりとする中で、勇者グレイ様がわたしや他の方たちを抱えて、街の敵をやっつけてくれたの」
「よく言われている『ベルグベーグの街の戦い』ですね」
「勇者様は本当にすごかったの! 絶望しかなかった炎の壁をいともたやすく剣で斬り裂くの! 炎も敵も、阻むものは全て勇者様の剣で斬れていくの! わたしも兄ちゃんもグレイ様に助けて貰って……とにかく勇者様はお話以上に凄かったの……!」
ピコは頬を赤らめながら熱く語り始める。命を救われた恩義は憧れを生んでいるようで、今までで一番テンションの高いピコの姿を見ることが出来た。
「出来れば……もう一度お会いしたかったの……」
そして、少し悲しげな顔を見せた。
もう勇者グレイはこの世のどこにもいなかった。
「で……? どうなの、ピコちゃんとしては? シアっちはあぁ言ってるけど、ピコちゃんもこの銅像には違和感を覚える?」
「ううん? 寧ろ銅像よりももっともっとかっこ良かったと思う」
ピコに近づきクロすけがそう問いかけるも、ピコは首を振って否定した。
「力強い印象が強くて……もっとキラキラして、男らしかったように感じるの。少なくとも、シア様が言うような弱々しいと感じる印象は全くなかったの」
「そうですか……」
アリシア様はそれを聞いて、笑っていた。
それは乾いた笑顔だった。銅像を見上げ寂しそうに笑っていた。
「多分、印象が誇張されているんでしょうね……。この銅像と同じで……」
「…………」
勇者グレイは世界中の人間を救ってきた。どんな恐ろしい敵も屠る豪剣は、その彼の姿を見る者たちの印象を歪めてきたのかもしれない。
命を助けられるとその人が誇張され、かっこよく見える。ただそれだけなのかもしれない。
彼の強さは自分への印象を歪めてきたのだろう。
「きっと世界の人々は彼のことがあの像のように見えていたのかもしれませんね」
屈強な男の像が威厳をまき散らしながらそびえ立っている。
「そしてそれは、きっと……私たちも……」
アリシアさんの瞳には今何が映っているのか。
目の前の像か、それとも過去の記憶か。
「だから彼は……私たちの前からいなくなってしまったのかもしれませんね……」
アリシア様はそうぽつりと呟いた。
* * * * *
日が傾いて、辺りの影が濃く長く伸び始める。空はほんの一時だけの赤色を見せ、そしてだんだんと暗くなり始めていた。
一日の終わりが訪れようとしていた。
「いやぁっ! 楽しかった! 異世界のお祭りって、いいねっ!」
クロすけが手に抱えたジュースを飲んで、ぷはぁっと大きく息を吐いた。
俺たちは今日一日、お祭りを堪能した。この王都はとてつもなく広く、祭りの1/10程度しか回ることが出来なかったが、それでも気持ちはお腹いっぱいである。
「あんたらが異世界人だって事、まだ全然認めてないけどね」
サラ様がふんと鼻息を鳴らしながら言う。
しかし、確かに魔法の存在する文化というのは新鮮で、驚きに満ちていた。
今クロすけが手に持っている飲み物は、その深さによって味が変化するというジュースだ。魔法的な処理が為されているみたいで、飲料を振っても味が混ざって均一になることはなく、飲めば飲むほど味が変化して飽きが来ないというものだった。
このように、飲み物1つとっても地球の文化とは異なるものが存在する。
朝見た水魔法で出来た宙に浮く巨大なクジラとか、魔法によるパレード、演劇での演出など、この都市には俺らにとって未知が溢れていた。
……マンドラゴラ人形焼も衝撃ではあったし。
「それで、どうでしたか……?」
「シアさん……?」
アリシア様が俺たちの顔を覗き込む。夕日の残り火の赤色が彼女の金色の髪をほんのりと赤く染めている。
この国の皇帝はとても美しい女性だった。
「祭りはとても素晴らしかったっす。とても新鮮で、そしてとても迫力があったっす」
「祭りに魔法は相性がいいねぇっ! 地球にも持ち帰れないかなぁっ!」
俺とクロすけはそう言う。本当に満足な一日だった。
「あ、いえ……そうじゃなくて……」
アリシア様は困ったような笑みを見せた。
「異世界人であることを証明出来る手掛かりは、何か掴めましたか……」
「…………」
「…………」
俺とクロすけの表情は死んだ。
一気に現実に引き戻された。
「あ……、え、えぇっと……? リュウノスケ様? クロ様……?」
「…………」
「…………」
この祭り観光の元々の目的は、俺たちが異世界人であることの証明のヒントを探ることであった。2つの世界の差を明確にするためには、この世界の事を良く知る必要があった。
だけどなかった。
都合のいいヒントなど、ありはしなかった。
「あー……、あの、その……。元気出してください……?」
「…………」
「…………」
俺たちの表情筋は死んでいる。
このままでは後4日後、俺たちは処刑だ。
一気に現実に引き戻された。
そもそも街を見回っただけで異世界の証明なんてできるはずがないんだ……!
「全く、ダメねぇ、あんた達……」
処刑発案者が呆れる様に鼻息をふんと鳴らして、勝手なことを抜かしてくる。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……も゛うっ、どうしよう゛う゛う゛ぅぅぅっ……!」
「もうダメだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ……!」
俺とクロすけは叫ぶ。
祭りは楽しかったけど、得られるものはなかった。
漫画みたいに都合の良いヒントが落ちてる訳ではなかった。
夜のとばりが降り始め、祭りから酒の匂いが漂い始める。街の人たちがより威勢の良い声を出し始め、夜の本番が始まろうとしている。
街に夜の活気が満ち始める中、俺たちの未来への希望は少しずつ削られていくのだった。
――俺たちの処刑まで、後4日。




