41話 知識チートはムリゲーだっ!
「ど、どどど、どうするんだよっ……クロっ!?」
「ど、どうするって言ったって……ここ、こんなのどうすればいいのさっ!?」
「このままじゃ俺達2人共処刑だぞっ!?」
ここは皇帝の城のある客室の中。俺とクロはギャーギャーと騒いでいた。
お城の客室とだけあって部屋の中には品の良い調度品や大きな絵画などが飾られている。部屋の大きさも日本の普通のホテルの1室など比較にならない程大きい。ここを暫く1人で使っていいのだという。
暗く冷たい地下の牢屋ではない。……ではないのだが、まだ牢屋の中にいた方が平和であったと言えなくない。
「処刑って……異世界人だと証明できなきゃ処刑ってなにさっ!?」
「うるせー! 泣きたいのはこっちだぁっ……!」
「証明なんて出来っこないだろぉっ……!? こんなのっ……!」
俺達は皇帝アリシア様の妹であり、世界を救った大英雄であるサラ様に1つの課題を言い渡された。
それが『異世界人であることの証明』。5日間でそれが出来なければ処刑だと言い渡されている。
その宣言を受けてから、夜が明け、もう1日が経過していた。
無理だ。ムリゲーである。
先程アリシア様におこなったのはただの異世界の説明だ。それをサラ様はただの言葉ではなく、証明しろというのだ。
証明って……一体どうすればいいというのだ。
「……実際にこの世界と地球を行き来してみるとか……アリシア様やサラ様を地球に案内する……とか……」
「そんなの無理に決まってんだろぉっ……!? 龍之介ぇっ……!」
「俺だって分かってるよっ! 言ってみただけだよっ……!」
「うごごごごぉっ…………!」
「ぬおーっ……! ぬおぉーっ……!」
俺達は荒れた。のたうち回るようにして部屋の中で暴れていた。
無理だ。嘘のような異世界の話を明確に証明する手段なんてない。いくら言葉を重ねて、矛盾の無い話を語ろうとも、それは何一つ証明にはならないのだ。
「大変そうですねぇ……」
そうぼやっと呟いたのは、この部屋のテーブルでのうのうと紅茶を飲んでいるアリシア様だった。傍には俺達を牢屋から談話室に案内した獣耳メイドのピコと、皇帝様の護衛である大柄の男が控えている。帝国十騎士とかいう偉い人らしい。
「……皇帝様? 皇帝様?」
「なんでしょうか?」
「こんなところで何やってんです?」
俺がそう聞くと、皇帝様はニコッと笑う。
「貴方がたを見ていると、面白いので」
「……良い趣味をお持ちの様で」
暇なのだろうか?
「なにか必要になりましたら、私かピコに申し付けて下さい。ご協力しますよ」
「え? アリシア様処刑側なんじゃないんすか?」
「まぁ、処刑する側ですけど……貴方がたに敵対心は抱いていませんね。是非、異世界人であることを証明していただけたらと思っております」
なるほど。皇帝の立場として俺達に課題を出さねばならないけど、彼女自身俺達に警戒心を抱いていないということか。警戒心を抱いているのは妹のサラ様の方だ。
「ありがとー。アリシアっちー」
「いえいえ」
「不遜な呼び方っ!」
クロがアリシア様の事を『アリシアっち』と呼んだ。
「処刑されるぞ!?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。呼び方1つで機嫌を損ねる人じゃないさー。ねー、アリシアっちー?」
「はい、好きなようにお呼びください。リュウノスケ様もお好きなようにお呼びください?」
「ご遠慮させて下さい」
固辞させて貰う。俺の胃が耐えられる気がしない。クロの頭おかしい。
アリシア様が話を元に戻す。
「……異世界の証明の事なのですが、先程説明していただいた『カガク』を普通に作れば良いだけなのでは? 先程言っていた『ぱそこん』とか『てれび』とかの実物を作れば、大きな説得力になると思いますよ?」
「…………」
「…………」
アリシア様の話を聞いて、俺とクロはお通夜の様な沈鬱な表情になる。
「えっ……? 私、何か変な事言いました?」
「…………」
「…………」
俺達の様子を見てアリシア様が戸惑う。
そりゃそうだ。異世界の証明の為にこの世界には無いものを作り上げる、というアリシア様のアドバイスは真っ当だ。
しかし、そんなこと出来やしないことは異世界人である俺達が一番よく分かっている。
『科学』というのは、その厳密な仕組み、原理、作り方を知らなくてもその恩恵を享受出来るものだからだ。
一般人である俺達が『テレビ』とか『ロボット』とか作れる筈も無い。『自作パソコン』の作り方なら前に調べたことがあるが、まずそもそもとして『ハードディスク』とか『マザーボード』などの材料が存在しない。
よって不可能である。
「もー、ダメだあああぁぁっ……!」
「ああああぁぁぁっ……! 処刑されるうううぅぅっ……!」
「あぁっ!? 落ち着いてください!? 急にどうしたんですっ……!?」
絶望し、発狂した俺達にアリシア様やピコが驚く。
「ちゅ……中世の……まだ発達してない機械ならどうかなっ!? 龍之介!?」
「バカ言えっ! 昔の機械って言っても、蒸気機関とか活版印刷だぞっ!? その時点で普通の高校生に作れるようなものじゃねーんだっ!」
「あっ、あばばばばばっ……」
昔の機械を侮るなかれ。
蒸気を利用するとか、火薬を利用した鉄砲の存在とか、例えそのアイディアの大元を知識として知っていたとしても、そのアイディアを活かすためには気が遠くなるほどの創意工夫の積み重ねがあり、その機構を組み立てるのだけで相当難度の高い発明となってしまう。
それを聞きかじりの知識で再現? 無理に決まってる。
専門知識が元々あったり、機械の図面が手に入ったりしたら僅かな可能性もあったのかもしれないが、普通の一般人である俺達には無理だ。蒸気機関を1つ作り出すだけでも不可能に近い。
「蒸気機関の……勉強をしておくべきだったっ……!」
「……ムリ言うなよぉ、龍之介ぇ……」
クロの言う通りである。異世界に飛ばされるなんて夢にも思わなかったのだ。
「…………」
「…………」
「もー、ダメだあああぁぁっ……!」
「ああああぁぁぁっ……! 処刑されるうううぅぅっ……!」
「あぁっ!? またお2人の発作が!?」
俺達は発狂する。発狂せざるを得ない。このままでは確実に処刑コースである。
「紅茶をどーぞなの。リューノスケ様」
「あ……ありがと……ピコ、優しいね……」
「あたし、メイドなので」
メイドのピコから紅茶を貰い、1杯をゆっくりと飲んで落ち着く。相当上等な紅茶なのだろうけど、すんません、一般家庭で育った俺には違いが分からないっす……。
『科学』という物のややこしさをアリシア様達に説明する。改めて人に説明すると、俺達のどん詰まりの状況が見えてくる。
「カ、カガクというのは厄介ですね……」
アリシア様が苦笑いをした。
「知識チート! 知識チートするしかないっ! 龍之介! 火薬! 黒色火薬の製造とか出来る!?」
「えーっ!? あれ、材料なんだったっけか……? 炭と? 確か硫黄と……? 後何か……。覚えてるわけねーだろ! そんなこと!」
黒色火薬の製造法なんて普通の生活に要らない知識だ。
「大体あれ、いくつかの材料を正しい比率で混ぜ合わせて、それを正しい手順で加工しないといけねーんだぞ? ただ混ぜ合わせればいいってもんじゃねーんだ!」
「むむむむむ……」
それに失敗すればボカンだ。一歩間違えれば死に至る。
「カヤクって何ですか? リュウノスケ様?」
「アリシア様。平たく言うと、大きな爆発を起こせる材料っすね。こっちの世界には無いっすか?」
低い品質の火薬くらいなら発明されていてもおかしくないと思うが?
「爆発を起こせる材料ですか……。魔法で起こせる以上の爆発が起こせないと、世に広まりそうにないものですね」
「そっか。魔法で代替出来るんだ……」
そう考えると魔法という存在は厄介だ。魔法で起こせる以上の成果を科学技術で示さないと、科学の有用性を示せない訳か。
科学の競合相手は魔法か。
「爆発を起こせる材料で成果を示したいのならば、平均的な兵士の撃つ爆発魔法よりも強い威力が欲しいところですね」
「……それは、具体的にどのくらいっすか?」
「そうですね……。10発以内に3階建ての建物を崩すぐらいは欲しいですね」
「ダイナマイト級のものを……求められているっ……!」
爆発の威力に関してはよく分からないけど、取り敢えず普通の男子高校生に求められているような成果ではないことはよく分かった。
多分黒色火薬が上手くいったとしても、こりゃムリだ。
「じゃ、じゃあ農業チート! 堆肥とか作って国を豊かにしよーぜ!?」
「あれこそ複雑な工程が必要なんだよ! 糞尿放置すればいいってもんじゃねえぞ!? 失敗すればただ虫が湧いて不潔になるだけだ!」
なんか稲藁を正しく積み上げて、正しい工程が必要だって聞いたことがある気がする。石灰とかも必要だったんじゃないか?
「……それに堆肥は作るだけで1ヶ月はかかるらしい。リミットが5日間の俺たちには、無理だ……」
「ぐぬぬぬぬ……」
クロがとても渋い顔をしている。
……知識チートっていうのは専門性が必要なもののようだ。聞きかじりの知識というのは実用性にとても乏しい。
『科学』を利用する為には深い知識が必要なのだ。
俺の専門性はパソコン関係だ。それも、パソコンソフトの会社でアルバイトが出来る程度の知識だ。一流の専門の人とは程遠い。
まずそもそもこの世界にパソコンが存在しないから、その技術をひけらかすことも出来やしない。
「ぐぬぬぬぬ……」
「うぐぐぐぐ……」
俺たちは頭を抱えながら唸る他なかった。
「ま、まぁ……お2人方、元気を出して……」
多分何を言っているのか分からなかっただろう、アリシア様が困ったように笑いながら俺達を励ましていた。
「ここは気分転換に外に繰り出してみるのもいいかもしれませんよ? 貴方がたの世界とこの世界での違いが見つけられれば、それがヒントになるかもしれませんし」
「それは……確かに……」
「まだリュウノスケ様もクロ様も城の外に出られてませんよね?」
確かにそうだ。異世界の証明という事は2つの世界の差を明確にするという事だ。市井を回り、この世界の常識を知ればもっと簡単に異世界人である証明に役立つヒントが得られるかもしれない。
「ピコ、用意して貰えます?」
「分かりましたなの」
そう言いながら、メイドのピコは少し嬉しそうに犬耳を揺らしながら、この部屋を後にした。
「丁度今、帝都はお祭りなんですよ」
「お祭り?」
「えぇ、だからピコも嬉しそうにしちゃって」
アリシア様がくすりと笑う。
「大きいお祭りなんですか? そうだとしたら忙しい時期に俺達の様な妙な闖入者が来てしまって申し訳ありません」
「…………」
「……アリシア様?」
俺の質問に対し、何故かアリシア様が目を丸くして少し口を閉ざした。
「……あ、いえ。そういう質問をされるのはなんだか意外だというか……。この国に住む人は知らない人がいない程大きなお祭りで、世界的にもとても有名なお祭りですので……。本当に異世界人みたいだなぁ、と思いまして」
アリシア様は頬を掻いた。常識の無さが異世界人っぽいっていうのはなんだか妙な気分だ。
しかし……少し違和感を覚える。世界的に有名なお祭り? この世界で?
情報通信の発達した『地球』でなら、とあるお祭りが世界中で知られることもあるだろう。しかし、『科学技術』が発達していないこの世界で、とあるお祭りが世界的に知られている?
「このお祭りはとても……この世界にとって、とっても大事なお祭りなんです」
まるで俺の疑問の思考を読み取ったかのようにアリシア様は喋る。
「貴方達が本当に異世界人だとしたら、あまり実感が湧かないとは思いますが……」
「…………」
アリシア様は立ち上がり、この部屋の窓へとゆっくり歩いていく。どこか憂いの様な感情を帯びながら、自分の帝都の様子を見下ろしていた。
そのままゆっくりと俺達に語り掛けた。
「このお祭りの名前は『魔王討伐記念祭』……」
「……えっ?」
「3年前、魔王セーヴェルが誇り高き勇者によって討ち倒されて世界が平和になったことを記念するお祭り。魔王が倒されてから毎年この帝都で行われている世界的な意味を持つ大きなお祭りです」
「…………」
「そして、同時に魔王と共に死んでしまった勇者様の追悼を行うお祭りなんです」
『魔王討伐記念祭』……魔王が討伐されたことを祝う祭。
そうか。そうなのだろうと薄々思ってはいたが、あのゲーム『勇者グレイの伝説』の中で言うと、ここはエンディング後の世界なのだ。
ここが異世界なのか、ゲームの中なのかは知らないが、俺達の知らない未来の物語がこの世界では廻り続けているのだ。
アリシア様は俺達の方に振り返って、言った。
「グレイ君の事を思い出して褒めてあげるお祭りなんですよ」
彼女は泣きそうな笑顔を俺達に向けていた。
確かに俺たち異世界人には、この笑顔の重みを簡単には理解できなかった。
世界を救った勇者を失ってしまった痛みが俺達には実感できない。
そういうお祭りだった。
グラド「僕の事を褒めるお祭りとか……恥ずかしいからやめて下さい///」
次話『42話 魔王討伐記念祭』は6日後 2/5 19時に投稿予定です。




