40話 異世界人の自己弁護
「ようこそいらっしゃいました」
美しく澄んだ声が静かに響く。
ここはとある城の談話室。俺たちは犬耳を生やした小さなメイドさんに連れられて、この部屋へとやって来た。大きな窓からは燦々とした陽気が差し込んできており、その明かりだけでこの部屋は暖かい光に包まれている。
声を発したのは正面にいる女性であった。美しく輝く金色の髪を小さく揺らし、俺達の方に視線を向けている。ただ座っているだけの姿であるはずなのに、その姿から気品や優雅さ、育ちの良さを感じさせる。
淑やかな女性が俺達を待っていた。
「そんなに緊張されなくても宜しいですよ? さ、近くにどうぞ」
「…………」
どうやら俺達は端から見るだけで分かる程体が強張っていたようだ。ぎくしゃくと歩き、この部屋にいたメイドさんが引いてくれた椅子に座る。彼女に向かい合う様にして席に着く。
「まずは自己紹介を。この国の皇帝アリシア・オル・ブラム・バルドノート・フォン・フィルディルと申します」
目の前にいるのは若い女性ではあるものの、この国で最も権力を持つ存在、この国の皇帝だ。俺のような不審人物の首なんか、物理的にも社会的にも簡単に断ち切ることの出来てしまう権力の持ち主なのだ。
そして『勇者グレイの伝説』というゲームの中で、勇者グレイを支え、共に旅をし、世界を救った英雄の1人。そんなキャラクターと同じ名前で、同じ肩書を持っている女性であった。
「こんにちは、自称異世界からの旅人さん」
目の前の女性がまるでいたずらっ子のように微笑んだ。
皇帝アリシア。
俺達は世界の英雄に呼び出されていた。
「…………」
少し、頭の中で状況を整理する。
皇帝アリシア。それは俺達も良く知る名前であった。
『勇者グレイの伝説』という有名なVRゲームがある。そのヒロインで、幼くして皇帝の位を継いだアリシアという人物は世界的に有名なキャラクターだ。
ただ、俺達の知る『アリシア』というキャラクターはあくまで架空の存在であり、こうして命が宿した人のように会話することの出来ないキャラクターだ。
『勇者グレイの伝説』というゲームには、会話を楽しめるほどの高度な人工頭脳が搭載されたNPCキャラクターは存在しないのだ。
じゃあ、目の前で会話できている彼女は一体……?
クロの言う通り、本当にここは『勇者グレイの伝説』のゲームに似通った異世界なのだろうか?
取り敢えず、目の前の女性は実際に存在する生身の人間であり、この国一番の権力を持った皇帝陛下である、という体でいく。
目の前の人物をたかがゲームのキャラクターだと侮って、無礼を働いて、処刑されては笑うことも出来ない。
「……お初にお目に掛かれて光栄です、皇帝陛下。私の名前は橘 龍之介と申します。以後宜しくお願い存じ上げます」
「はい、リュウノスケ様、クロ様。宜しくお願いします」
「…………」
あちらは俺達2人の名前をもう知っているようだった。そりゃそうか、牢屋に入れられる際に獄卒の人に名乗ったのだから伝わってて当然。
俺達が牢屋の中で異世界議論をしていたことも伝わっているのだろう。
「さて、つまらない挨拶は抜きにして早速本題に参りましょうか」
「…………」
「異世界から来たなんて到底信じられる話ではありませんが、はてさて、貴方達にどのような弁が立つのかよくよく聞かせて頂きましょうか」
クロは自分が異世界人であると牢屋の中から主張していた。その話が目の前の彼女の耳に届き、アリシア様の気を引いたみたいだ。
彼女は少し楽しそうにくちびるに指を当てながら微笑んでいた。
……というか、今つまらない挨拶って……微妙に俺の挨拶バカにされた?
アリシア様は言う。
「撤回するなら今の内」
「…………」
「勿論意見を翻さずとも良いのですが、口から飛び出す話に矛盾が生じ、それが根も葉もない嘘話だという証拠が挙がってしまっては……まぁ、どうなるかは分かりませんね」
アリシア様はにこっと微笑む。その笑顔は嫋やかで、とても美しいものであるはずなのに、俺はその笑顔にびくっと震えた。
そんな中でクロは一歩前に出て喋り始めた。
「勿論意見を翻すつもりは毛頭ござーません。うちらは正真正銘の異世界人でございます!」
「なっ……?」
「……ほぅ」
クロの言葉に俺の心臓はドキッと跳ね、アリシア様は感心したように微笑んだ。
「皇帝さんは『日本』『アメリカ』『イギリス』『フランス』といった国名らに心当たりはありますか?」
「いえ、全く」
「ではもう1つ。『パソコン』『テレビ』『VR空間』といった言葉をご存知ですか?」
「いえ、聞いたことのない言葉ですね」
「返答ありがとうござまっす。では説明します。うちらはこちらの世界の魔法が存在せず、代わりに『科学』という技術が発達した世界から来ました。世界……というより、星の名前は『地球』と言います」
「……『カガク』?」
「そうです。先程の『パソコン』などの単語は科学技術が発達した上で開発された製品の名前でございます」
クロは一切怯むことなく、馬鹿正直に話し始めた。
どうかと思った。ここは信じ難い本当の話をするよりも、それらしい嘘を見繕ってこの場をやり過ごすべきなのでは……。俺は最初そう考えた。
しかし、すぐに自分の考えを改めさせられる。
アリシア様の目を見る。俺の身はビクッと震えた。
彼女は強く、鋭い目つきで俺達を値踏みするかのようにじっと見ていた。目の光の奥に理性的な獣がいた。
それを垣間見て、震える。それだけで俺の頬に嫌な汗が一筋垂れる。
本能で理解させられる。この人を口先三寸で誤魔化すことは出来そうにない。
世界を救った大英雄。敵を殺め道を開拓してきた覇者。相対するだけでよく分かる。俺の様な凡庸な人間には彼女を騙しきることは不可能だろう。
彼女に見られているだけでビリビリと空気が震えているような感覚を覚える。
口先三寸で誤魔化そうなんてとんでもない悪手だったのだ。
クロは恐れず、ずばずばと嘘のような真実の話を続けた。
「ではうちらの世界の特有の技術『科学』について説明したいと思います。『科学』というのは、自然界にある物理法則を利用した技術の事でして、それによって産業の発達、効率化、移動手段の考案、などなどうちらの世界は様々な開発を行ってまいりました。例えば…………」
そしてクロは『科学』の具体的な説明を多々行った。
産業革命時代の蒸気機関や紡績機といった理解し易いところから始め、そこから発展して、印刷機、電話、ラジオ、洗濯機などの家事機械など……次々と科学製品について説明をしていく。
「……そしてエンジン式の自動車が普及されるようになってから世界の交通事情はがらりと変わりました。エンジンという、空気と燃料を混ぜて爆発させ、その動力を効率よくタイヤに伝えることの出来る科学の技術が開発され、高速、高馬力の乗り物が発明されました。馬車で数日かかる道のりを現代の車ならば数時間で移動できるようになり、重い荷も車の動力を持ってすれば容易く運ぶことができ、人と物の輸送事情ががらりと変化したのです」
「そんな……」
「バカな……」
周囲にいる兵士や貴族の方達は話を聞き入りながらも狼狽している。そんな阿呆な、出鱈目を言うんじゃない、と所々で野次が飛んで来るが、アリシア様が一睨みするだけで彼らはビクッと黙りこくる。
クロの話に引き込まれているが、とても信じられる話ではない、といったような感じだった。
一方、アリシア様は様子が違った。
クロの事を真剣な眼差しで見据えながら話を聞いている。値踏みをしていた。クロの話をあり得ないと決めつけてかかっているのでなく、今ここでクロの話を精査している。
顎に手を当てて、少し姿勢を崩し、ギラギラとした目でクロを見るアリシア様の姿は可憐な王女様というより、死線を潜り抜けてきた冒険者という感じだった。
クロの話は続く。過去から現代へ。テレビ、パソコン、携帯電話……果てにはVR技術というこの世界には想像すら難しい技術の話にまで発展した。
クロの話は地球で起こった『世界的大失踪事件』の話をしたかったのだ。
VRという仮想の世界に人が閉じ込められた。その際、原因が分からないがうちらはこの世界に飛ばされてしまった。気が付いたらこの城にいた。そのように話した。
クロは口を止め、少しの間を空ける。この部屋の中がしんと静まり返る。
クロの話に大勢の人が麻痺をしていた。世界1つ分の異質さを端的に投げかけられ、皆が唖然とさせられていた。
「こ……この……」
兵士の1人が少し震えながら声を発した。
「この世紀の大ホラ吹き者めっ……! そんな話が信じられる訳がっ……!」
「お黙りなさい」
兵士の叫びを皇帝の小さな一言が制止する。アリシア様の声は小さかったけれど、凛とこの部屋全体に強く響いた。
それだけで兵士は震え、口を力いっぱい堅く閉じた。
アリシア様は視線をクロに向け直した。
「……いくつか質問宜しいでしょうか? クロ様?」
「いくらでも何なりとお聞きください。歴史でも政治でも経済でも……世界1個分のお話を10日10晩かけて語り尽くしてご覧に入れましょう」
「それも大変魅力的ですが……その前に『カガク』について、深く」
彼女は非常に興味深そうに笑い、クロは彼女の瞳を一切逸らさずじっと見ている。
……クロの胆力に恐れ入る。こいつ本当に一般人か?
「『ラジオ』や『テレビ』というものは、発信者が同じ音や光景を見られる情報を発信することが出来る、と仰っていましたが、魔法を使わないのだとすればそれはどうやって発信して、受け取り手はどうやって受け取っているのですか?」
「電波、という現象、その性質を利用してます。電波という目には見えない波を広く発信させ、その情報をアンテナという受信機を利用し、ラジオやテレビは受け取り、電波を音声や映像の情報に変換して出力しています。電波というのは周波数の少ない電磁波の事ですね。こっちの常識に合わせると……不可視の光……に似たものと言えなくも無いです」
「……不可視の光というのは矛盾していませんか?」
「矛盾していませんが、少々表現に誤りを含んだことはお詫びします。正確には不可視の電磁波。電磁波というのは波であり、周波数という振動数を持っており、人の目に捉えられる周波数には限界があります。人間の可視範囲にある周波数を持った電磁波を可視光線、つまり光と呼び、先程語った電波は不可視領域にある電磁波のことです……」
アリシア様の質問は続く。クロの語った科学の話について、深く掘り下げるように質問をしていく。それをクロは自分の分かる範囲でスムーズに説明していく。
アリシア様は興味本位で質問しているのではない。自分から質問をすることでクロの話の矛盾点、あるいはクロと俺の反応を探っているのだ。
致命的な矛盾点、説明できない部分、答えに詰まる部分を探っているのだ。
しかし、俺達の世界は本物である。アリシア様の疑問に対し、クロはただその知識を言葉にするだけでいい。クロの知識が足りない部分は俺も説明を手伝った。
ここでもし俺達が本当の事を隠し、この場を乗り切るだけの嘘に逃れていたら、必ずその嘘は目の前の皇帝に見破られ、俺達は断罪を受けていただろう。
嘘のような事でも本当の話をするしかなかった。
それが正しい道だったのだ。
アリシア様の鋭い指摘に真実を持って応えながら、俺は心の中でそう思っていた。
質問はいくつもいくつも行われた。
「ふぅ……」
ため息を吐いたのはアリシア様だった。
「いくらか探ってみたものの……理解できない部分は多々ありましたが、今のところ矛盾点や、貴方達の挙動がおかしかったところはありませんね。これが全て口から出まかせなのだとしたら、それはそれで貴方がたの事を尊敬するに値しますよ」
「じゃあ、うちらの事信じてくれたんでしょーか?」
「まぁまぁ、結論をお急ぎなさらないで」
そう言って、間を挟むようにアリシア様は紅茶を口にした。
「こ、皇帝陛下っ……! こいつらの話なんて信用できません! 異世界の存在などっ……普通に考えてあり得ないっ……!」
「『クルマ』や『テレビ』などっ……! そんなものある筈がないっ! こいつらは稀代の大嘘つき者共ですっ……!」
「まぁまぁ、落ち着きなさい」
興奮する周囲の兵士をアリシア様は軽く手を振って諫める。
「確かに、そう簡単に異世界なんて眉唾な話、信じる訳にはいきません」
「それは俺も同意見です」
「……貴方がたの世界には異世界に渡る技術が存在するのですか?」
「いえ、ありません。寧ろこっちもお聞きしたい。この世界には異世界に渡る為の魔法があったりしますか? こちらの世界から俺達が呼ばれた、なんてことあり得ますか?」
「いえ、ございません」
そうなると、2つの世界で異世界間移動に関する技術が無いにも関わらず、俺達は異世界を移動したことになる。
マジで訳が分からん。あちらさんも俺達の存在に困惑しているだろうが、この状況に一番困惑しているのは俺達に違いない。
誰か助けてくれ。
「さてさて、困ったことになりました」
そう言ってアリシア様は席を立ちあがり、窓の方へと近寄った。外を見ながら話す。
「貴方達が自分を異世界人である、と主張したのも困ったことなのですが、それ以上に貴方達の話に矛盾点らしい矛盾点が無い事がとても困りますね。こちらから呼びつけて、明確に否定できる材料がないまま、なんとなく怪しいから処罰する、では皇族としての誇りに関わります」
「じゃ、じゃあ……」
「でも信用するにはあまりに足りない。さて……どうしますか……」
アリシア様はこちらに振り返り、顎に手を当てて少し首を傾げる。悩んでても余裕は崩さず、淑やかに。
でも俺達がただの怪しい人間として処罰される、という可能性は少ないのではないか? 俺達の胸に期待がこもる。
「異世界人であろうとなかろうと、要は信頼できる人物であることを証明して貰えばいいのでしょう」
アリシア様は人差し指をぴんと高く立てる。
「証明、ですか……?」
「はい、こちらから課題を出させて貰いましょう。我が皇族の利益となるようなお仕事を提示させて頂きます。それをいくつかこなして実績を積んで貰えば……」
アリシア様が俺達に説明をしている時だった。
「駄目よっ! 姉様っ!」
突然大声の横槍が入った。
この談話室の扉がバンと荒々しく開かれ、無礼にも乱入者が現れた。乱入者はこの部屋に入るや否や、大きな声で叫んだ。
「えっ……?」
「話は聞かせて貰ったわっ!」
この部屋の視線が一斉に乱入者の方に集まる。
いきなりこの部屋に入ってきた乱入者は、ふんと大きく鼻を鳴らし、俺達のことを睨む。肩を怒らせながらこの部屋の中央まで足を進め、テーブルを乱暴にバンと叩いた。
「甘いっ! 甘過ぎるわ、姉様っ! こんな不審者たちを悠長に城の中に置いとける訳ないでしょっ!」
その女性は淡い銀色の髪をサイドテールにして、気の強そうな顔をしていた。
……ってこの子、さっき屋上で会った子だ。さっさと衛兵を呼び、俺を牢屋に叩きこんだ人物だった。
「サラ……」
「えっ!? 『サラ』っ!?」
そう考えている直後にアリシア様は乱入者の事を『サラ』と呼び、それに対してクロは驚く。俺もびっくりする。
乱入者はアリシア様の事を『姉様』と呼んで、名前は『サラ』。そんな人、『勇者グレイの伝説』のゲームの中には1人しかいない。
『勇者グレイ』の仲間の1人である皇族の剣豪サラ。プレイヤーの仲間となり、共に最後まで旅をする冒険者の1人であった。有名なキャラクターであった。
ツンデレとしてプレイヤーの皆様方から人気があり、その後のスピンオフ作品では彼女主体のVRRPGや『サラと一緒の休日』とかいう恋愛シミュレーションゲームなども出たくらいである。
『鮭』ってあだ名の友達が買ってて、俺もやらせて貰ったことある。
アリシア様もそうだが、VRゲーム『勇者グレイの伝説』のキャラクターと名前は一緒でも容姿は違うんだな。
そんなサラ様が俺達に怒り顔を向ける。
「いいですかっ! 姉様っ! 今はこんな不審者たちに構っている余裕などありませんっ! こんな奴らなど、ばばっと処理してしまえばいいのですっ!」
「まーまー、サラ、落ち着いて?」
「いいっ!? そこの不審者どもっ! 姉様に代わって私が貴方達に刑を言い渡すわっ!」
「ええっ……!?」
緩みかけていた緊張感が一気に引き締まる。
どうしてっ!? 数瞬前までは穏やかな流れになりそうだったのにっ!?
サラ様がビシッと人差し指を俺達の方に向けた。
「貴方達に与えられる猶予は5日間っ!」
「えっ!?」
「その間に、貴方達は貴方たち自身で、自分たちが異世界人であることを証明しなさいっ!」
「ええっ!?」
サラ様はすうっと息を吸い込んで、叫んだ。
「出来なければ処刑っ! 文句ないわねっ!」
「ええええぇぇっ!?」
突然の宣言に対し、俺たちの動揺が談話室内に響き渡る。
ミッション、異世界人であることの証明。リミット、5日間。
命を懸けた異世界での戦いが幕を開けた。
この状況だと、多分サラは談話室の扉にじっと耳を付け、龍之介達の話を盗み聞いていたってことに……。異様な光景……。
作中の地球では『勇者グレイの伝説』のスピンオフ作品がたくさん出ています。アリシアが主役の作品もかなり人気を博しております。
次話『41話 知識チートはムリゲーだっ!』は5日後 1/30 19時に投稿予定です。




