39話 ここは異世界? んなバカな
「あっはっはっは! しかし、何だいおめぇ、『亀吉』かぁ! 改めて思うと奇妙なもんだねぇ! あの時ゲームの中で一緒だったうちらがこんなところでオフ会する羽目になるとはねぇ!」
向かい側の牢屋の中、1人の少女がげらげらと笑っている。獄卒の方が諫めども目の前の少女の笑いは収まらない。
ここはどこにあるかもよく分からないお城の中の暗く冷たい牢屋の中、その雰囲気に反した陽気な笑い声が響いていた。
この少女の名前はクロ。
俺が前にVRゲーム『ティルズウィルファンタジー』の中で出会った少女だった。
それが何処かも分からない獄中で再会することとなり、俺達は初めて2人互いの顔を知ったのだった。
「確かにこんな訳の分からない場所でオフ会をすることになるとは思わなかった」
「だろだろぉ? いやー、ゲームの中で知り合った人とは言え、知り合いに会えてうちは嬉しいよぉ。同郷がいないってのは寂しいからさ」
「クロ、お前の姿、ゲームのアバターの姿のままだな?」
「ん……? あぁ、うちアバターの姿を現実に似せるのが好みだから」
クロはそう言う。確かにVRゲーム内で、よりリアル感を再現したいという思いからアバターの姿を現実のそれに似せる事を好む人たちがいる。
それならばアバターの姿と現実のクロの姿が同じでもおかしくはない。
クロが置かれている状況、俺が置かれている状況を話し合う。
お互いの一通りの説明が終わる。
「しかし……やっぱり仮想現実の世界は大変なことになってるようだな」
「そ。全てのゲームでデスゲームが始まっているよ。恐ろしいことにね」
牢屋の廊下を挟んで、俺たちは情報交換をしていた。獄卒の方は俺達の話を聞いても意味が分からないのか眉を顰めている。
現実ではわからなかった情報をクロは持っていた。つまり、クロは『集団大失踪事件』に巻き込まれ、行方が分からなくなった人たちの中の1人だったようだ。
やはりオカルティックな噂通り、行方不明になった人たちは生身ごと仮想現実の世界に連れていかれてしまったようで、そのままログアウトが出来ず現実に帰れないようだ。
しかもただゲームの世界に連れていかれてしまっただけではない。その仮想現実の中でゲームオーバーとなると、それはプレイヤーの死を意味してしまうようだ。
現実に帰れない上、死まで迫ってくるなんて最悪だな……。
ちなみに俺からは現実での状況をクロに伝えてある。『集団大失踪事件』以降、世間はどう動いているのか、どのような反応を見せているのか、そういったことを語った。
「うちとしては龍之介がなんでここにいるかの方が不思議だよ。『港』を潜ったわけでもないのに……」
クロは首を捻りながらうーん? と唸っている。
「俺も俺のことはよく分からんが……、その『港』ってのを探せば仮想現実に取り残された人たちは現実に帰れるんだな?」
「うん、そうだよ。『港』をたくさん見つければ現実に帰れるはずさ」
仮想現実に残された人たちは皆一様にメッセージを受け取っている、らしい。
『港』を見つけ出せ、と。『港』を見つけ出して、現実への帰路を掴み取れ、と。
『英雄亡霊グレイ』という謎の人物から、そういうメッセージを受け取っているらしい。
『英雄亡霊グレイ』。それは最近噂の都市伝説の一つだ。
バグを振りまく者。それはウイルスでもハッキングでもなく、奇妙なバグを残していく存在であった。バグを残していく、というのはとても奇妙な表現に聞こえるが、奴の通った後には解析不明の謎のデータばかりが残る。
悪意あるウイルスではないようで、ソフトウェアの会社もその都市伝説への対応にほとほと困っていた。
「しかし……『英雄亡霊グレイ』ってのは一体何者なのか……」
「い、いやぁ……」
「ん?」
俺が疑問を呟くと、何故かクロが困ったように視線を横にずらした。
「どうかしたか?」
「いや、別に……大した問題じゃないんだけど……。これは話しといた方がいいのかなぁ……」
「なんだよ?」
クロが顎に手を当てて何かを考え始めた。
「いやさ、『英雄亡霊グレイ』のことなんだけどさ……。その犯人は知名度のある名前を使いたかったからVRゲームで有名な『グレイ』の名前を利用しただけで、有名なゲーム『勇者グレイの伝説』とは関係ない存在だってことは……あー……あの後の調査で分かってんだよ」
「え? じゃあもう『英雄亡霊グレイ』の正体についても分かってんのか?」
謎の存在の名称の理由というそこまで詳細な情報が得られたってことは、俺のいないところで『英雄亡霊グレイ』の正体に迫るような出来事が起こっていたという事だろう。
「いや……、正体は、ちょっと……分かってないかなーって……」
「なんだよ、それ」
なんか気まずそうに話をするクロ。なんだ? なんか言い難そうに、必死に言葉を選んでいるような感じをクロが出している。
なんかこいつが大ミスをして謎の大物を逃したって感じなのか?
「ちなみに誰がその『英雄亡霊グレイ』を追い詰めたんだ?」
「あー……グラド、って言っても過言じゃないかなぁ……」
「あぁ、あの……」
あいつなら何となく納得である。あいつとはまだ短い付き合いでしかないが、あいつは武の申し子って感じだからな。
つまり、グラドやクロは『英雄亡霊グレイ』って謎の存在と相対する機会があって、それを追い詰め、かなり深くまで情報を探ることが出来たが、クロのポカミスで『英雄亡霊グレイ』を逃がしてしまった、というところか。
クロは肩をすくめて喋り出す。
「つまり、つまりさ、何が言いたいかって言うと……うちらが追ってた『英雄亡霊グレイ』と、この世界の『勇者グレイ』とはなんも関係なさそうだから、気にしなくていいよ」
「……そうか。この世界の『勇者グレイ』とは関係がない…………ん?」
……あれ? 今、クロなんて言った?
この世界の……『勇者グレイ』?
「え……? どういうこと……?」
「ん? 龍之介、もしかして気付いてなかった?」
クロはなんでもないように……どちらかと言うとまるで俺の方が常識のない人であるかのように、軽く口を開いた。
「ここは地球の世界じゃないよ。どっかしらの仮想現実の中でもない」
「……は?」
「やっぱり全然気付いてない感じなのかな? 龍之介、実はこの世界ね……」
ぽかんとする俺に対しクロは楽しそうににししと笑う。
「なんと! 『勇者グレイの伝説』の舞台となった異世界なのですっ……!」
クロは高らかにそう宣言する。
「…………は?」
俺は唖然とするしかなかった。
* * * * *
「いやいやいや! いやいやいや! 異世界とか信じられんしっ……!」
「だーかーらーっ! なんでそう頑なにうちの主張を信じられんのかねぇ、この堅物龍之介っ」
「いやいやいやっ! だって、お前……、異世界っつったって……」
暗く冷たい牢屋の中で俺達は大声を出しながら熱く語り合っていた。
クロは言った。「ここは異世界である!」と。自信満々に胸を張りながらそう俺に言って聞かせるも、俺はどうしてもそれを信じることが出来なかった。
あれから熱い議論は繰り返されている。でも異世界転移なんて信じられる訳が無かった。
「いいか、よく聞け。よく聞くんだ、クロ」
「……なんだい」
「異世界ってのは、現実には存在しないんだ」
そういうのは漫画やゲームだけの話である。クロは頬を膨らませながら口を尖らす。
「そりゃ、真っ当なご意見ですけれど……」
「常識的に考えるんだ、クロ……。常識的に考えて、異世界転移なんてのは存在しない」
「VRゲーム中に人が消える事件なんてのが起こってるのに、常識もクソもあるんですかねぇ?」
だって、いきなりの異世界説である。
俺がその説を疑ってかかるのは当たり前だ。魔法や異世界、獣人、ファンタジーが存在するのは漫画、ゲーム、小説、その他諸々の創作物の中だけであり、そういうものは決して現実にはあり得ないものなのだ。
確かに、クロぐらいの年齢で少し妙な現象が起こると、幽霊だ、サンタだ、UFOだと騒ぎたくなる気持ちも分かるのだが、そういうのは大体なんかしらの勘違いだったり、見間違いだったりする。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
この異世界転移っぽい現状もただの枯れ尾花であるのだと思うのだ。
信じられんし。現実的で常識的な俺は異世界転移なんて信じられんし。
「だーっ! ほんと、頭の固いやっちゃな! 龍之介! もう一回説明するから耳かっぽじってよく聞けよぉっ……!」
クロの言う事を信じない俺に対して、彼女はプンプンと怒りながら俺に語り掛ける。
「ここが異世界だって根拠! その1! 魔法が存在する! それは龍之介も見たんだよねっ!」
「確かにアリシアさんって人が俺の傷を治したけど……かなり質の良い止血剤や痛み止めを塗られてたって事だったりしないか?」
「獄卒っさん! 獄卒のおっちゃん! この世界って魔法って存在するよね?」
「……魔法が存在しない世界なんて物語の中だけだろ?」
クロがフレンドリーにこの牢屋の番人さんに声を掛ける。番人のおっちゃんはなんでもないように答える。
……マジか? マジなのか? いや、この獄卒さんが物凄くノリのいい人だってことかもしれない。……さっきから彼、「こいつら何訳の分からん話してるんだ?」って顔してるけど。
「……でも、魔法ならVR空間でも再現できるだろ? 異世界って限らねえんじゃ?」
「根拠その2! ここの人たちの全員に感情があって、NPCではない! ゲームの中で、モブNPC全員に高度な人工知能当てるなんてことあり得ないっしょ?」
「確かに……それはあり得ないが……」
ここ数十年で人工知能の技術も飛躍的に高まっており、今では人と遜色ない会話、対応、学習、仮想現実内での日常生活の再現が出来るほど高度な人工知能は存在している。
ゲーム内で人工知能があるキャラクターに当てられ、そのキャラクターと会話を楽しむことが出来るゲームというのは存在する。
しかし、高度な人工頭脳はまだデータ容量が大きく、街行くモブキャラクター全員に人工頭脳を当てるということは現実的ではない。
例えばこのお城の中にいる人全員と会話らしい会話が成り立ったら、それは最早仮想現実の枠を超えてしまう。
「ねー! 獄卒っさん! あなた、感情あるよね!?」
「……周りからは冷たい奴だって言われるけど、感情ぐらいあるわ」
少しむすっとしながら獄卒さんは答える。確かに、これはNPCっぽくない。
「根拠その3! 獣人っ娘の尻尾掴んだら、わふんっ! って大きく反応した!」
「え!? マジ!? 犬娘いるのっ!?」
それは夢が膨らむ……、ってそうじゃない。しっかり考えろ。
VR空間内ではアバターの容姿を自由に変更することが出来る。それこそ犬耳、猫のしっぽ、エルフ耳、鬼の角……。現実の人には生えていない部位を設定することは可能である。
しかし、そこに神経は通わない。
元々存在しない部分の神経を再現することはまだ技術的に難しい事らしく、人間に存在しない部位に感覚を宿すことは出来ない。
犬の尻尾を自分の意思でぶらぶら揺らしたり、猫の耳を触られてくすぐったい、なんてことは出来ないのである。
そしてクロが犬娘さんの尻尾を握り、そこにくすぐったいとかの感覚を覚え、わふんっ! と大きく反応したのだとすれば……それもVRの技術では再現できないことである。
「ちなみにうちがここに捕まっている理由は、いきなりお城に現れた不審者としての怪しさと、いきなり獣人っ娘の尻尾掴んだ強制わいせつ罪です!」
「お前何してんの?」
「獣人っ娘の尻尾モフモフできたんで、我が生涯に一片の悔いなし!」
「世紀末覇者に怒られるわ」
無駄に胸を張りながらクロはふふんと鼻を鳴らしていた。
でもいいなー……犬娘。俺も会いたいなー。クロだけずるいなー……。
……いやいや、そうじゃなくて……、確かにクロの話を冷静に聞いてみると反論し難い部分も出てきている。
「……獄卒さん、獄卒さんはどう思うっすか?」
「え? 俺に聞いてるのか?」
「ここって異世界だと思います?」
「いや、現実だろ?」
「ほら、クロ。獄卒さんもこう言ってるぞ」
「そりゃ、獄卒っさんからしたらここは異世界じゃないっしょ」
うーむ……、分からん。
クロの言う根拠をこの場で否定しきれない。でも、俺は異世界転移したのだと、素直に受け入れる気持ちにもならない。そんなのはゲームだ、漫画だ、ネット小説なのだ。
異世界転移なんてのは現実にはあり得ないのだ。
うんうんと唸っていると、そんな時にこつりこつりと足音がした。石の階段を下りてくる音。この牢屋へと近づいてくる人物がいた。
「囚人さん、囚人さん、ご主人様がお呼びなの」
それはメイド服を着た可愛らしい小さな女の子であった。12歳ほど、クロと同じくらいの年だろうか? 白色の髪をポニーテールに纏め、少し眠たげな顔をしながら、その子は俺達にそう言った。
特筆すべきはその少女の頭に付いた犬の耳と、お尻付近から生えているふわふわとした尻尾であった。
獣人だった。紛う事なき獣人だった。
「あー! うちがセクハラした獣人の娘さんだっ! うちが恋しくて会いに来てくれたんだねっ!」
「非常に不本意なの。これはお仕事なの。わたし、セクハラっ子怖いの」
大声を出し興奮するクロと、恐怖からか尻尾を体に近づけ、一歩下がる犬娘がいた。
「わたしは白狼族のピコっていうの。囚人さん、よろしくなの」
「うちは! うちはねっ! クロっていうの! よろしくねっ! ピコちゃああぁぁんっ!」
「……囚人さん、怖いの」
「……引かれてんじゃねえか」
この2人の少女の間には明確な壁が存在した。これも異文化交流の難しさなのだろうか?
「あー、君、俺達を呼んでたって?」
「そうなの。ご主人様が貴方達を呼んでいたの」
「ご主人様?」
俺が聞き返すと、ピコはこくんと頷いた。
「この国の皇帝陛下、アリシア様。世界の英雄が、囚人さん達の話を聞きたいって、呼んでいたの」
「…………」
白色の獣娘がそう言った。
ここがもし本当に異世界だとするならば……俺達は『勇者グレイの伝説』、その英雄的存在である皇帝陛下に謁見することとなったのだった。
次話『40話 異世界人の自己弁護』は5日後 1/25 19時に投稿予定です。




