35話 旅の終わりの始まり(4)
「それじゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
『天に昇る塔』の最上階、満天の星空の中でガラス瓶をぶつけ合い、乾杯をする。
僕――グレイはこの塔の敵を打ち倒し、皆で労いの乾杯をしていた。
とりあえず、ダンジョンのボスを倒し『天に昇る塔』を完全攻略したお祝いということで、5人だけで座り込み盃を交わす。
……盃と言っても、飲むものないから水で乾杯をするという何とも味気ない飲み会になっている。
酒は無いのか、酒は。
ちなみにこの村では塔の支配者や強い敵の親玉を『ボス』と表現するらしい。
敵の『リーダー』とか『支配者』とは言わず、『ボス』と表現するのが一般的らしい。なんでそんなに凝り固まっているのか?
そんな訳でこの塔の『ボス』を倒したことへの、たった5人の宴が開催された。
ちなみに、ここで亡くなった人たちはクロさんのアイテムボックスに入っていたたくさんの布で覆っている。後でここを降りる人たちで運搬して、村で丁重に葬ろうということになった。
……分かっていたことだが、ユウキさんたちを含め、あの村の人たちは全く『死』というものに慣れていなかった。
それまでの『死んでも生き返る』という特殊性のせいか、『死』を前にして非常に狼狽える傾向にあることが分かった。
ユウキさんたちはショックを受けていたが、そのショックに対する休憩の意味も含めて座り込んでの乾杯ということになったのである。
酒もない、つまみもない、たった5人の寂しい宴である。
ただ、360度目に映る幻想的な星空の光景は、どんな旨い酒よりも価値のあるものに思えた。この星空の元だったら、ただの水も酒以上に旨く感じた。
「とりあえず、これからの方針としては2チームに分かれるということでいいんだよね?」
「…………」
「なんだ? 京子? 乾杯していきなりこれからの行動計画か? もっと雑談を楽しもうぜ」
「あんたがお気楽すぎるのよ、バカ雄樹」
「うるせぇ、万葉」
ユウキさんとカズハさんは暇さえあれば痴話喧嘩をしている。なんというか、まぁ、仲悪いよなぁ……。
「僕とクロさんが先行してその扉を潜るグループ。キョウコさんとユウキさんとカズハさんはここに扉があることを他のプレイヤーに伝えるグループだね」
「本当は私たちも付いていきたいんだけど……。他のプレイヤーとコンタクトを取るのも大事なことだからね。仕方ないね」
「…………」
先行して扉を潜ることになったのはクロさんの主張であった。
『私の中でも私が一番最初に扉を発見したから、先にまず潜ってみないと』とよく分からないことを言っていたのだが、そこらへんは詳しく事情を説明できないようだ。
秘密ごとを認めてしまった以上、しつこく追及することは出来ないのだが。
そんな訳でこの後は2チームに分かれて行動することになった。
「って、どうしたの? クロさん?」
「へ……?」
しかし、クロさんの様子がさっきからおかしい。
いつもの明るい様子はなく、心ここにあらずといったようにじっと黙っている。
「そうだぞ、クロ。遠慮はなしだ。折角の宴なんだからもっと楽しくいこーぜ?」
「ほら、さっきのことは気にしないでさ、もっと楽しく……ね?」
まぁ、さっきあれだけ荒れていたのだから普通ではいられないというのも分かるのだが。
「だって……」
「ん?」
「だって…………」
クロさんの体がふるふると震え出した。俯いて、何かに耐えるように小刻みに震えている。
やはりまだそう簡単に心は開いてくれないのだろうか……。
「…………気まずいっ!」
うお、びっくりした。
「気まずいっ! めっちゃ気まずい! これ、ヤバイほど気まずいっ!」
クロさんはいきなりがばっと顔を上げて、大声で叫び出した。
「そりゃ、まぁ、気まずいのは分かるけどさ……」
「いや! これヤバイって! 雄樹! この恥ずかしさ、ヤバイっ……! だって『真の黒幕は私だ』みたいに自己紹介してさ! その後すぐにこうしてしれっとお疲れさま会に参加してるんだよ……! うち! ヤバイって! 厚顔無恥にも程があるって……!」
顔を上げてクロさんの顔は赤い。先程の涙で目も赤く染まっている。
「泣き顔もめっちゃ見られたし、ヤバイ、ヤバイって! まじやばすぎてヤバイって……!」
クロさんのボキャブラリが極端に下がっていた。顔を赤らめ自分の両手で頬っぺたを押さえている。顔から湯気が出てしまいそうなほど、彼女の頭は沸騰していた。
「まぁまぁ、落ち着いて……」
「落ち着いていられねぇっての! だって、だってさ! うち、不退転の覚悟で正体を明かしたっていうのに、この様だよ!? 『じゃあ、さようなら』って言ってから数分後には情に絆されてるんだよ……!?
ちょろすぎだろっ! うち!? 即落ち2コマかよっ……!?」
「こら、クロ、それ以上いけない」
何故かユウキさんがクロさんの発言を止めていた。
「『ソクオチニコマ』ってなんですか?」
「グラドさんは知らなくていいんですよ」
にっこりと、まるで子供をあやすかのように笑顔のキョウコさんに諫められた。なに? 僕は一体何を聞いたの?
「おい、クロ。子供がそんな単語知ってるんじゃありません。それ、子供が見ちゃいけない同人誌が元ネタでしょ?」
「うるせーっ! 今更カマトトぶっても仕方ねーんだよぉっ! こんなに気恥ずかしいのは生まれて初めてだってばよっ!」
「先生ー、『ドウジンシ』って何ぃ?」
「グラドさんは知らなくていいんですよ」
またキョウコさんににっこりとされた。
「そうだよなぁ……。恥ずかしいかもなぁ……。
『うちはね………本物の、「英雄亡霊グレイ」だよ』キリッ!」
「そうね……。確かに顔は合わせづらいかもしれないわね……。
『他者を利用し、他者を巻き込み、「大異変」に備える者』キリッ!」
「や~~~め~~~ろ~~~っ~~~~!」
ユウキさんとカズハさんがクロさんを殺しにかかってきた。
クロさんは恥ずかし過ぎるのか、顔を両手で覆いながら首ブリッチをするという、なんとも意味の分からない行動に出ている。
恥ずかし過ぎておかしくなってしまったのか。とりあえず、顔から手の先まで、クロさんのありとあらゆる場所が赤く染まっていた。
「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ゛…………!」
「あっはっはっは!」
とうとう低い変な声まで出し始めている。お疲れ様です、クロさん。
「はー! 楽しい。笑った笑った」
「ま、結構振り回されたんだし、あのぐらい罰ゲームみたいなものよね」
「2人共、酷いね」
愉快に笑っているユウキさんとカズハさんと、困ったように笑うキョウコさんが対照的だった。
「おやぁ? クロちゃん顔真っ赤だぜぇ?」
「ねぇ、いまどんな気持ち? いまどんな気持ち?」
煽る、煽る。
いじめっ子かな?
ユウキさんとカズハさんがとてもとても楽しそうだ。邪悪な下卑た笑いを浮かべている。
それまでのクロさんの行動に怒りを覚えているというよりも、ただ恥ずかしがっている子が楽しくて悪戯しているという感じだ。
いじめっ子である。ただのいじめっ子である。
「…………」
そんな2人に対してクロさんは首ブリッジを保ったまま、じっと黙り込んでいた。ただその代わり、青いガラス板さんを出して、それを弄っていた。
何をしているんだろう?
『ごめんっ……! ごめんねっ、京子……!』
『ごめんっ……! 柊っ! ごめんっ……! 俺……、ごめんっ……! ごめんなさいっ……!』
なんか青いガラス板さんから声がした。
この声は……ユウキさんとカズハさん……?
2人は声を発していないのだが、何故か2人の声が聞こえる。震えた涙声がクロさんのガラス板さんから流れていた。
その声を聞いて2人は顔を真っ赤にした。何故かキョウコさんも恥ずかしそうに顔を赤くしている。
クロさんは首ブリッジをしたまま雄樹さんたちを見て、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「て……てめーっ!? クロ!? このヤロー! あの時の音声録音してやがったんだなっ!?」
「き、汚いわよっ! クロ! それは許されないわよっ!」
「あ、あはは……」
ユウキさんとカズハさんは顔を紅色に染めながら目を見開いている。キョウコさんは恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いていた。
「この野郎っ! これは許せねぇっ! 許しちゃいけねぇっ!」
「待ちなさいっ! クロっ……! こらっ! 逃げるなっ!」
「わははははははっ……!」
武器を構えクロさんを追うユウキさんとカズハさんと、ブリッチの体勢のまま4本の手足でシャカシャカと高速移動を始めるクロさんとの鬼ごっこが始まった。
「……凄いな、クロさん」
まるでゴキブリみたいだ。
「なんか……、さっきまで命がけの戦いをしていたとは思えないね」
「キョウコさんはクロさんを追わなくてもいいの?」
「あはは……確かにあの時の事をほじくり返されると恥ずかしいんだけどね……。後でデータ消してもらえないかなぁ……」
キョウコさんは照れながらも諦め半分だった。
「グラド! グラドぉっ……!」
「え? なに、クロさん……?」
「卑怯だぞ! 自分だけ恥ずかしい話がないからって高みの見物をしてっ……! お前も自分の今までの痴態を晒さんかいっ!」
「えぇ……、僕?」
しゃかしゃかとブリッチしたままクロさんが近づいてきて、僕にそう言った。
「確かに……これは不公平だな……」
「……不平は公平にするべきよね」
ユウキさんとカズハさんが戻ってきて、そう言った。
あれ? これもしかして、僕に飛び火した?
「痴態と言われても……困るっていうか……」
「くぅ……余裕だな、グラド……! 強者の余裕という奴か……!」
クロさんは喋る。
「確かにグラドはニワトリの大群に追い掛け回されたり、NPCに親しげに話しかけたり、重度の『仮想中毒者』で、現実と仮想の区別が付かない程度の痴態しかないもんな……!」
「やめてっ!」
クロさんが僕を殺しにかかってきた。
「え……? グラドがあんなニワトリに……?」
「NPCに話しかけるとか、めっちゃ痛い奴じゃない……」
「…………」
僕の痴態が顕わになる。NPCとか仮想中毒者とかの意味は分からないけれど、この村の常識に馴染めなかった僕の行動に関わることだという事は理解できる。
違うんだ……。おかしいのは僕じゃない。この村の常識の方なんだ……。
「グラドさん……、仮想中毒者だったの……?」
「グラド……、この事件が終わったら、ちゃんと更正しろよ?」
「仮想中毒者はバカにしちゃいけない病だからね……。家に戻れたらちゃんと病院で治療を受けるんだよ?」
「戦闘能力だけじゃなくて、頭までおかしかったのね、あんた」
なんだろう。なんでこんな憐れまれなければいけないのだろう?
やっぱりあの村の常識は僕の常識とは違うんや。
「ふーむ……。グラドを恥ずかしがらせる作戦は、今後の冒険でグラドの痴態が出てくるのを待つしかなのかぁ……」
「なに? クロさん? まだ僕を甚振るつもりなの?」
割りとダメージを受けてるんだけど、僕。
「さて、みんな聞いておくれ!」
クロさんが立ち上がって大きな声を出した。
「お察しの通り、この扉の先は別のVRゲームに繋がっている。うちらはそのゲームの中を冒険し、世界のどこかにある港……この扉を探さないといけない。そうしなければ地球に未来はないんだ」
クロさんが説明を始める。クロさんしか知らない現状についての説明だ。
「クロちゃん」
「なんだい? 京子ちん?」
「その『港』っていうのが他のVRゲームに繋がっているって事は……他のゲームでもここと同じようにログアウト出来なくなっているってことなの……?」
「うん、そだね。大事件も大事件。大異変だ」
キョウコさんの質問にクロさんが頷く。
「たくさんのVRゲームを飛び回り、たくさんの『港』を開かないといけない。そして、そうしていけばいつか地球への帰路も開かれるはず。うちらはそう考えている」
「全く……訳の分からない状況ね。私、本当は夢でも見てるんじゃないかしら?」
「これらの事は後で冒険者全員にメールでお知らせするつもりだよ。皆で力を合わせて頑張らないとね」
皆が座りながら、立ち上がって声を上げるクロさんを見上げ、注目する。説明の途中でユウキさんが手を上げた。
「でもよぉ、他のプレイヤーたちはメールの内容通りに『港』を探すもんかねぇ? だって『英雄亡霊グレイ』からのメールだぜ?これ?
他のプレイヤーが素直に『英雄亡霊グレイ』の指示通りに動くとは思えないんだが。そこんとこどうなんだ? クロちゃん?」
「まぁ……正直こんな内容、どう伝えても信じて貰えないだろうからね。疑われるのは覚悟の上だよ。それでも伝えないとね」
クロさんはそう言って肩を竦めた。
「仕方ないことなのかもしれないが、もうちょっと他にやり方は無かったのか? ……いや、無いのかもな。どう説明しても疑われる未来しか見えないな」
そう言って、ユウキさんが頭を掻いた。クロさんが疲れた表情で言う。
「ログアウト不能のデスゲームに巻き込まれて、その後の誘導をしてくる存在なんて、どう取り繕おうとも怪しさ満点だからねー……」
「行動の指針について、プレイヤーたちの間で意見が分かれちゃいそうだね」
「でも、正体不明の本当の敵は何の説明も無しにうちらプレイヤーを攻撃してくると思うよ。怪しくても、誰かが説明しないとね……」
クロさんたちはそんな話し合いをしていた。
……しかして、いつもの事だが皆が何を言っているのかさっぱり分からない。
皆も分からない、現状が分からないと言っているが、ちゃんと話は通じている。僕は皆の言っている単語すら分からない。
くっ……、これが噂に聞く『やべーよ、俺テスト前なのに勉強してねーよ』と言いながら勉強をしっかりしている裏切り者ってやつか。
僕は学校に行ったことないから分からないけど。
そんな考え事をしていた時の事だった。
クロさんがある言葉を呟いた。
「でもさ、皆『元の世界』に戻りたいって気持ちは同じだから、英雄亡霊グレイが怪しいって分かってても、試そうとしてくれる人は多いと思う。現状、それ以外に情報がない訳だし……」
「ん……?」
それは僕にとって聞き捨てならない言葉だった。
「元の……世界……?」
「ん……? どうしたん? グラド?」
僕の動揺にクロさんが気付く。
「ク、クロさん……? 今、『元の世界』って言っていたけど……それって、どういうこと?」
「ん……? 『元の世界』は『元の世界』ってことで、そのまんまの意味だけど?」
「んん……?」
僕の疑問に、返ってきたのはキョトンとした返事だった。
「いやいや、『元の世界に戻りたい』って言い方……まるでここが『別の世界』であるかのような……」
「んー……?」
僕の言葉に対して、僕以外の皆が目をぱちくりとさせながら顔を見合わせる。
「まぁ、確かに『別の世界』っていうのは少し語弊があるけど……、概ね間違ってないんじゃないかな?」
「ただのゲーム間の移動だけど、それもある意味『別の世界』への移動って言えるかもしれないしな」
「んん……?」
え……? なに? みんな何を言っているの……?
「えっ? えっ……? どういうこと……? 『元の世界』って、みんなどこに戻るつもりなの……?」
「そりゃあ……、『地球』だろ……?」
「グラド、なに言ってんの?」
「え? ……え? ……えっ?」
どういうこと?どういうこと……?
頭の中が空っぽになる。
「でも、なんか面白いかもね」
そうキョウコさんは呟いた。
「世界が閉ざされた今、ゲームの1つ1つが『異世界』みたいなものだよね。異なるルールで動いている世界ってやっぱり『異世界』と変わらないでしょ? 私たちは『地球』という世界から来た『異世界人』なんだよ」
へっ……?
「確かにおもろいかもね。ゲームの世界が『異世界』かぁ。うちらは『異世界』を渡り歩く旅人って感じなのかな?」
「『地球』が『異世界』か。なんか変な感じだな」
「ゲームの中の『異世界』で生き続ける気はないけどね。さっさと帰りましょ」
…………。
……え?
ここが……、
「異世界……?」
………………え?
…………え?
……え?
「…………」
………………。
「え゛え゛え゛え゛え゛え゛えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ……!?」
「うおっ……!?」
「どうした!? グラドっ!?」
僕は叫んだ。
「えっ!? 『異世界』っ!? ここがっ、『異世界』っ!? なんで……!? 『異世界』なんで……!?」
「いきなりどしたっ? グラド?」
皆が奇異なものを見る目で僕の事を見る。『異世界』という単語を、皆が当たり前のように受け入れていた。
僕は膝から崩れ落ちた。地面に手をついて頭を垂れる。
「ここは『異世界』……『異世界』だったのかああああああぁぁぁぁぁっ……!?」
「さっきから何言ってんの、グラド?」
なんてことだ……。どうりで話が通じないわけだ…。言っていることが分からない、常識が違うとは思っていたが、それも当然だ。
だって世界が違うんだもの。
なんで……? なんで『異世界』に……?
そ、そうか。魔王の命の光か。死に際の魔王の命の光に巻き込まれて、異世界転移なんて嘘みたいなことが起こってしまったのか?
「『異世界』なんぞおおおおおおぉぉぉぉぉっ……!?」
「グラドさんがおかしくなった!?」
頭を抱えながら叫んでいると、皆が憐れみを込めた目で僕の事を見ていた。
「あぁ……、そうか……。グラドのやつ、現実と仮想の区別がついてないんだったね……」
「あぁ……。重度の仮想中毒者だったな……」
「『元の世界』に帰るって概念が無かったんだね……」
「なんて、憐れな……」
優しく肩や頭を撫でられる。
「全部終わったら、ちゃんと病院、行こうな……?」
「私、こいつに関してはこの異変での命のやり取りより、社会人としての将来の方が心配だわ……」
「あ、頭が狂っていても、グラドさんはいい人だと思いますよ……!」
「ねぇ、今どんな気持ち? 今どんな気持ちっ!?」
「ちくしょお゛お゛お゛お゛お゛お゛おお゛お゛おおおおおおぉぉぉぉぉぉっ……!」
よく分からないけど、どう考えても頭が狂っていると見られている。不名誉な扱いを受けている。
この常識の壁は分厚く、彼らとの理解の溝はまだまだ埋まりそうにないことを痛感させられる。
この世界はあまりにも理不尽で、僕に厳しかった。
「ちくしょお゛お゛お゛お゛お゛お゛おお゛お゛お゛お゛おおおお゛お゛おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!」
僕は天高く上る星々に雄たけびを上げるしかなかった。
* * * * *
「じゃあ……うちらはそろそろ行ってくるよ」
『港』と呼ばれる門の前に立ち、クロは京子たちと向かい合っていた。
クロは先行して門を潜り、世界を越えて様子を見る役目を自ら請け負っていた。
この世界に暫く留まり、他のプレイヤーを導く役割を任された京子、雄樹、万葉とはここでしばらくのお別れであった。
「本当は付いていきたいけど……これも大事なことだからね」
「うん……。よろしく頼むよ」
「すっごい報酬期待してるよ、『英雄亡霊グレイ』さん」
そう京子に言われて、クロはバツの悪そうに頬を掻いた。
「で? そこの魂抜けてるやつは大丈夫なの?」
「んー……。まぁ、なんとかリードするよ……。きっと大丈夫……きっと……」
クロの隣にいたグラドはまだ呆然としていた。
グラドもクロと一緒に先行して門を潜る役目を担っているのだが、ここが自分のいた世界ではないということを先程知り、未だ口から魂が零れ出るような放心状態となっていた。
「ぼえー……」
「……やっぱダメかも」
「首にリードでも付けておきなさい」
心配の残る旅になりそうだった。
「これからクロさんたちは、他の仮想現実に向かうんだよね?」
「うん、そうだよ」
「そこで『港』を開く?」
「うん」
クロは頷く。言えることは少ないけど、なるべく多くのことを伝えたい。それが自分を受け入れてくれた仲間への精一杯の報いだった。
「グラドさん」
「はい?」
京子は呆けているグラドを呼びかけ、彼に深々とお辞儀をした。
「お世話になりました」
「へ……? あ、いや……た、大したことはしてないよ?」
「私、強くなります」
京子は顔を上げた。その顔は凛々しかった。
彼女もこの戦いを通して迷いの霧が晴れた女性であった。
「私もっと強くなります。誰かを救えるような強い人間になって見せます」
「それはいいことだね」
「グラドさんの事、これからは『師匠』と呼ぶことにします」
「え……?」
グラドは目をぱちくりさせて困惑した。京子は悪戯めいた笑みを口元に浮かべていた。
「またどこかで会えたら、もう一度手合わせしてもらえますか? 『師匠』?」
「え……? いや、その……困るっていうか……」
「楽しみにしています」
そう言って彼女はグラドの目を直視する。そこには目標を見つけた獣の目があった。
グラドの背筋が少し寒くなったのは彼だけの秘密である。
「行ってくるぜ! みんなぁ……!」
クロはそう大声を出しながら、門の方へと歩き出した。
名残惜しそうに、皆の方に顔を向けながらその足を前へ前へと進めていく。それは先程までとは違う穏やかな足取りであった。
そのクロの様子を見ながら、グラドも彼女に付いて歩みを進めた。
京子たちはこの世界で知り合った奇妙な友人たちを逞しい笑顔で見送った。
仲間の笑顔を背で受けながら、2人は世界の扉を潜った。
月が輝いていた
星も負けじと輝いていた。
そこは広大な宇宙だった。
真っ暗な闇の中をふわふわと浮き、2人は星の浮かぶ大いなる海を航海していた。
満天の星々に囲まれていた。
「クロさん!」
「なんだい!」
「凄いね!」
「だろ!?」
「大冒険だね!」
「その通りだ!」
ここは宇宙の海だった。
扉の先は、周囲全体が星々の輝きに囲まれた優しい闇の中であった。
息は出来るし、どこも苦しくは無い。穏やかで不思議な宇宙の波に揺られていた。
グレイはあの日の彼女との会話を思い出していた。
(ねぇ、グレイ君はあの星に手が届きますか?)
手が届くような気がした。今ならどこにだって飛べる気がした。
広大な海に抱かれ、そう思った。
顔を上げる。
この星の煌めきのどこかに、僕の元居た世界があるのだろうか。
この星の海を渡り、空の最果てまで冒険すれば僕の故郷があるのだろうか。
きっとそこにみんながいるから。
辿り着こう。
例えそこが空の最果てでも。
帰ろう。
終わりにするんだ。
この旅を終わらせるんだ。
グレイは胸の奥にこの覚悟を刻みつけた。
―――さぁ、旅を終わらせよう。
* * * * * *
暗いビルの中で1人の男がキーボードを叩いていた。
時刻は夜十時。世の中の人々は1日の終わりの準備をしている。明日に備え、家でその身を休ませようとしている。
世の中が休息を始めようとする頃合いだった。
しかし、この会社は働いていた。この男は働いていた。
唸りながら働いていた。
突然の大失踪事件を起こした会社の1つ、VR技術を扱ったゲームを売り出していた会社 『アナザー・ワン』のアルバイトである橘 龍之介は疲れ切っていた。
「ん……?」
パソコンの中に奇妙なファイルを見つける。
「なんだ、これ?」
龍之介はその見知らぬファイルをクリックする。『アルヴェリア』と書かれたその奇妙なファイルを。
そして、龍之介は星の海を見た。
1章終わり!
次話『閑話 Garo's report』と『1章キャラ紹介』は明日投稿予定です。
『1章キャラ紹介』では今書ける時点で裏設定とか載せようと思ってます。




