33話 正義の化身
『2040/11/1(水) 15:12:01.09 『英雄亡霊グレイ』より
仮想現実を体感されている皆様
仮想世界をいつもご利用頂きありがとうございます。
『英雄亡霊グレイ』です。
今回の「大異変」によって、以前までのVRゲームで扱われていた仕様が大きく変更致しました。今回はその変更点の情報を一部公開致します。
①ログアウトによる現実への帰還が不可能となりました。
②HP0になった後、致命的なダメージを受けるとプレイヤーに直接的な「死」が訪れます。十分注意して下さい。
③他のゲームに移動したい場合、世界のどこかに隠された「港」を利用する必要があります。
様々なゲームで「港」を多数解放することが出来たら、現実への帰還の道も開かれますので、皆様積極的に「港」を探索して下さいませ。
④回復システムの仕様変更があります。
HPやMPの回復をするためには回復魔法、又は回復アイテムを使用してから十数秒自身の動きを止める必要があります。即時回復、動き回りながらの回復が出来なくなりましたので、皆さん、細心の注意をお願い致します。
⑤設定されたアバターの容姿は解除され、現実の姿へと変更されます。身体機能はゲーム時のままですのでご心配はありません。
仕様の変更点、連絡などは随時メールでお送りさせて頂きます。
皆さん、こまめなメールチェックをお願い致します。
まず、皆様の大きな目標として「港」の探索があります。
「港」を見つければゲームの世界とゲームの世界を繋ぐことが出来ます。「港」の発見数が多くなれば、現実への帰還も可能になると思われるため、皆様積極的に「港」を探索して下さいませ。
皆様の活躍、健闘を心より願っております。
英雄亡霊グレイ』
「ん? なんかメール来たね?」
「え……『英雄亡霊グレイ』からっ……!?」
「またっ……!」
満天の星空の中を昇りながら、クロ、京子、雄樹、万葉はシステムウインドウを開きメールを確認した。
雄樹はガスロン、万葉はベルナデットとゲーム上で名乗っていた。
メールの送信元は『英雄亡霊グレイ』となっている。皆、苦々しい顔をした。
この大異変の始まりが『英雄亡霊グレイ』からのメールだったのだ。奴からのメールが来てからログアウトも出来なくなったし、死人も出るようになった。
疑わしく、怪しい存在であった。
今、この4人は透明のエレベーターに乗り、不思議な塔を上へ上へと昇っている。見渡せる限り、上も左右も下も星明りで満ちている。
エレベーターはもう何千メートルと昇っているように感じる。
勿論、たった何千メートルかで足元に星が見えるところまで昇れるはずもないので、これは本物の宇宙でないことは察せられるが、それでもとんでもないところまで来てしまったという思いを4人は抱いていた。
それよりも少し前の事である。
この塔の攻略組は数百の敵を打ち倒した後、ほとんどが退却した。
無理もないことだ。残っている回復薬は底がついているし、たとえ余っていたとしても回復薬はHPを回復してもその人の疲労や、精神的な疲れまで回復させるわけではない。
みんな修羅場を乗り越え、満身創痍だった。これから上の階に行くなんてとんでもない。
たとえ行ったとしても足手纏いにしかならないだろう。
そんなわけでほとんどが退却し、安全なところまで引き返して他のプレイヤーと合流しようとしていた。
しかし、引けない状況の者もいた。
クロと京子だった。
先でグラドが待っているのだ。皆を助けたら先にいるグラドに追いつき彼を助ける。そう約束をしていたのだ。
これまではおおよそ予定通りに事が進んでいる。グラドは先行し、京子たちは他のプレイヤーを助け出すことが出来た。だから彼女たちはここで引き返すという選択肢を取るはずが無かった。
回復薬によって京子のHPは回復しきっている。しかし、先程の袈裟の大きな傷は閉じきっていない。この新しい世界のルールでは、HPと傷の回復は必ずしも連動しないみたいだ。
そんな2人を心配して万葉と雄樹がついてきた。
2人共疲労困憊であったが、自分に鞭打ち京子についてきた。
上に続く螺旋階段を昇ろうとすると、その傍に備え付けられているエレベーターを発見した。
滅茶苦茶怪しかった。
世界観が合わないし、世界が変化する前には無かったものだ。こちらにとって都合のいい物が唐突に現れたら、誰もが不信に思うに決まっている。
しかし、階段の方に罠が無いとも限らない。
迷った挙句、彼らはエレベーターを選択した。現代っ子だった。
実際エレベーターの方で正解だった。
エレベーターはどこまでもどこまでも高く昇っていく。この高さを階段で登ろうとしたら、体力がいくらあっても足りやしない。途中でバテて終わりだろう。
星々が浮かぶこんな高さまで階段で登れる奴は人間では無い。
そう言って笑っていた。
ちなみにグラドは階段で登りきった。
今彼らが使っているエレベーターよりも速いスピードで階段を昇りきっていた。
「元々の『天に昇る塔』もこんな感じだったのか? こんな場所があるって報告聞いてなかったけどよ……」
『英雄亡霊グレイ』からメールが来る少し前、エレベーターの中でガスロンがそんな疑問の声を上げた。
「いや、雄樹君。前に来たときこんな場所無かったよ。さっきまで戦っていた階の2つ上がラスボスのステージだったよ」
「へぇ……。って、ちょっと待て、京子!? なんでお前がこの塔の最上階のこと知ってるんだ!?」
「あ……、うん……。ちょっと視察として……。
この塔の真下に地下データを作成しなくちゃいけなかったし……。ついでだからこの塔のラスボスでも拝んでこようかなぁ……って……」
「1人で!?」
「……うん、1人で」
雄樹と万葉は口をあんぐり開け、京子は恥ずかしそうに俯いた。
この塔は超高難易度ダンジョンと位置付けられている。最上階まで辿り着くだけでも至難の業だ。
だが京子はそれを1人で、しかもレベルキャップに到達していないアバターで、もののついでに最上階まで昇ってしまっていた。
ちなみに京子は『英雄亡霊グレイ』と協力関係を結んでいたことを友人2人に打ち明けている。
雄樹と万葉は開いた口が塞がらなかった。
「……もしかして、その時にボスも倒しちまったとか……」
「あ、いやいや、それはないよ。ちょっと見て、ちょっと齧って、すぐ帰ったから……」
「ちょっと齧ったの!?」
幼馴染の化け物ぶりに、2人は頭を抱えた。
「ん? なんかメール来たね?」
そんな時に件のメールが来た。
「え……『英雄亡霊グレイ』からっ……!?」
「またっ……!」
そういう経緯で彼らは4人でエレベーターに乗り、グラドの元へと向かっていた。
皆、苦い顔をしながら『英雄亡霊グレイ』からのメールを読んでいた。
「……なんだ、これ?」
「……『港』?」
「現実の姿に戻る……? 何を言っているんだ……?」
正体の分からない者からのいまいちよく分からないメール。皆の口がへの字に曲がる。
「あー……、少し整理してみましょう……? まず、『ログアウト不能』と『HP0による死』は前例があるんだけど……」
「ん……? ちょっと待って、万葉ん……?」
万葉が『英雄亡霊』からのメールの検討をし始めようとした時、皆の体が唐突に光に包まれた。
「ん……?」
「なにこれ!?」
「な、なんだ!?」
自分達の内側から眩い光が溢れだす。光は全身を包みこみ、その光のせいで周囲が全く見えなくなる。黄色い光しか目に映らなくなる。
その光は数秒で止んだ。
光が収まり、視界が開けると、皆お互いの変化に気が付いた。
「え……?」
「万葉ちゃん!? 雄樹君!?」
「これって……、現実の姿か……!?」
唐突に溢れだす光が止むと、皆がアバターの姿では無く現実の姿に変化していた。
京子は緑髪から黒髪に変化し一つ結びの髪が二つ結びに変化している。雄樹も万葉も赤色と紫色の髪が黒色に変化し、服装は変わっていないが、肉体が現実の容姿へと変化していた。
「……そう言えば、『英雄亡霊グレイ』からのメールにあったわね。『現実の容姿に戻る』とかなんとか……」
「これってもう、本当にただのゲームじゃないんだね……」
「もう何が起こっても不思議じゃねーよ……」
ゲームの世界で現実の容姿に戻されることは驚くべきことであったが、彼らにとって『ログアウト不能』と『死』の衝撃が大きく、それに比べると大したことが無いように思えた。
むしろ現実の姿に戻されたことにより、ここがゲームの世界では無く、現実と遜色ないものであると実感が持てた。
「……クロは全然容姿が変わってないわね」
「うちはほとんどアバターの容姿を現実と変わらないように設定してたからなー」
そういう人は少なくない。現実と同じ容姿の方がよりリアルに冒険を楽しめるという声は少なくなかった。
「まぁいいわ。現実の姿に戻されることなんて今更驚きもしないわ。
『英雄亡霊グレイ』の①『ログアウト不能』、②『HP0による死』、⑤『現実の容姿』の項目は理解したわ。一番分からないのが③の項目の『港』の項目よ。
これは一体どういうこ…………」
「あ、話進めてるとこ悪いけど、万葉ん。目的地に着いたみたいっしょ?」
エレベーターの速度が急激に落ちているのを皆が感じた。一番上の階に着き、4人は目的地へと辿り着いた。
確かに話をしている場合では無いのだが、2度も話の進行を遮られ、万葉は口を尖らせた。分かってはいるが、面白いものでは無かった。
「ほら、拗ねてないで行くぞ、万葉」
「分かってるわよ、バカ」
雄樹に背中を叩かれ、万葉は足を蹴り返した。
戦いへの緊張が襲い掛かってくる。武器を持つ手が自然と強まる。手が汗ばみ、鼓動が早まる。
皆が息を呑み、覚悟を決め、この塔の最上階へと足を踏み入れた。
「え……?」
「あ……」
しかし、そこには彼らの戦場はもう無かった。
圧倒的な光景だった。
1人の男と3体の鉄の戦士が戦っていた。
いや、もうすでに戦いになっていなかった。
3体の狂魔は1人の男を囲み、息もつかせぬ攻撃を浴びせかける。しかし、この場を支配しているのは1人の男の方であった。
狂魔は必死で剣を振るう。それを嘲笑うかのように男は踊る。狂魔の命を懸けた全力の剣は、男にとってちゃんばらごっこだった。
狂魔は高レベル剣技『エストガント流』を使おうとする。しかし、その多くは初動を抑えられる。
剣技の出し始め、その時点で男は狂魔の動き全てを見切る。狂魔が技を出すよりも先に男の攻撃が入り、狂魔の体勢が崩される。剣技は不発する。
男は狂魔のありとあらゆる小さな隙も見逃すことは無かった。逐一反撃を入れていく。
狂魔の体中に細かい傷が作られていく。何千と言う剣を体に受けていた。
少しずつではあるが、狂魔の命が男に削り取られていった。
男より一回りも二回りも体の大きな狂魔の方が明らかに疲れ果て、焦りが見えた。
このゲームではHPは生命力を示す。決して体力を示しているのではない。例えばずっと走り続けていると体力は無くなり疲れ果てるがHPは減らない。
それと同様のことがここで起こっていた。
男――グラドの体力が無尽蔵なのだ。
そしてそれはステータスには表れない能力だった。
グラドのHPはそもそも最大値が少ない。291しかない。HPを大量に削られている敵の戦士の方が残っている量は多かった。
それでも敵の戦士は疲れ果て、グラドは汗一つかいていない。
たまに敵の戦士は疲れで足を止める。そうしたらもうグラドの餌食だ。一瞬で10も20も剣撃を入れられ、HPは削られていく。
3対1の状況下でも、優勢は明らかだった。
灰色の目が力強い3体の魔をじわりじわりと追い詰めていく。
この場に入ってきた4人の心優しき仲間たちは、グラドの方が悪魔に見えた。
「……止そう」
「えっ?」
「手を出すのは止そう」
京子はそう判断する。
「何か役に立てるかもって思ったけど……、疲れきっている私達じゃ本当にお荷物だよ。ここは彼に任せよう?」
京子は少し寂しそうな顔でみんなに判断を促す。
みんな疲れきっている。クロも元気そうに見えて疲れ果てている。
みんな静かに頷いた。
その時、鉄が裁断される高い音がした。キイィンという耳に触る音が星明りの闇に吸い込まれ消え、Lv.45の狂魔の腕が斬られ、宙に飛んだ。
グラドは戦いが始まってから敵の腕の同じ場所を何度も何度も斬りつけていた。
そこは攻撃が入るたびに狂魔の腕は少しずつ削られていって、今完全に両断された。
腕は斬られ、その手が握っていた黒く光る剣も宙に舞った。
それをグラドは掴み取り、その剣で2体の狂魔を斬りつけた。弱りきっていた2体の狂魔の体がひび割れ、破片を散らす。
そのまま勢いよく吹き飛んで、体を地に打ちつけもう動かなくなった。
2体の狂魔のHPが遂に尽きた。
Lv.45の側近のような狂魔の体は動かなくなり、2体とも死に至った。
「……こっちの剣の方が攻撃力高いみたいだね。こっちを使わせて貰おうか」
グラドは元々持っていた剣を捨て、敵から奪った剣を構え、残りの1体にゆっくり歩いて近づいていく。
鎧の狂魔とグラドが向き合う。
追い詰められているのは鎧の狂魔の方だ。先程まで3対1でも敵わなかったのに、2体の仲間が死に数の優位は消えてしまった。
グラドの強い眼光が鎧の狂魔を刺す。心の弱い者ならそれだけで戦意が挫けてしまうだろう。
しかし、狂魔には心が無いのだろうか。この状況でも鎧の狂魔は全く動揺していなかった。
鎧の狂魔は手を高く掲げた。
「ん?」
「……な、なに?」
黒い粒子が集まる。
死んだ2体の狂魔の体が分解していき、その粒子が鎧の狂魔に集まっていく。もう動かなくなった狂魔の力が1体の狂魔に集中していく。
禍々しい力が空気を汚染していく。鎧の狂魔に力が集まっていく。
「……膨らんでいく?」
京子はそう呟いた。
鎧の狂魔の体が膨れ上がっていく。
内側の肉が黒い鎧を内側から無理矢理広げるかのように、敵の体がグングンと大きくなっていた。
元々2m半程あった体はさらに1mほど大きくなり、筋肉が異常に膨れ上がっていく。敵の持っていた剣もが膨張していき、鼓動を打つかのように揺れ動いていた。
「GIAAAAAAAAAAAAAA!!」
鎧の狂魔が大きく鳴いた。
この部屋全体が、いや、ここから見える星すらも揺らしたんじゃないかと思えるほど大きな気迫が広がっていく。
「これは……!?」
「まずいっ!」
京子が危機感を募らせた瞬間だった。
鎧の狂魔が消えた。いや、消えたように見えただけであった。踏込だけで床が砕けるほどの力がこもった突進は超高速でグラドに迫り、一瞬で彼との距離を詰め、剣を振り、彼を吹き飛ばした。
「なっ……!?」
「消えたっ……!?」
「速いっ……!?」
鎧の狂魔のその動きを辛うじて見れたのはグラドを除いて京子だけだった。
それまでの敵の動き、速度、パワー。何もかもが桁違いになっていることを瞬間的に悟った。
「……!」
グラドはしっかりと敵の突進を剣で防ぐ。体は吹き飛ばされたけれど、剣で力を逸らし、自分も後方へと飛ぶことで敵からの衝撃を最大限防ぎきっていた。
「GIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAA!!」
鎧の狂魔はもう一度叫んだ。
敵の剣の猛打がグラドに襲い掛かった。
敵の攻撃の一撃一撃に魔力の閃光が迸る。
地球上の常識では考えられない激烈な剣の打ち合いが始まった。人間の限界を馬鹿にしたかのような猛攻を鎧の狂魔が繰り出していく。
狂魔の剣閃と殺気が空間を埋め尽くしていく。
「なんだよっ!? こんなのどうしたらいいんだよっ……!?」
「こんな化け物……、人間じゃ、勝てないわよっ……!」
常人には理解不能な猛攻が始まる。
敵の剣戟を辛うじて目で追えるのは京子だけで、他の者たちには剣閃の群体が宙を舞っているようにしか見えなかった。
「グラドが死んじまうっ……!」
「グラドさんっ……!」
1つ1つが即死に繋がる剣撃がグラドを襲う。
剣の波が襲い来る。
襲う襲う襲う襲う襲う襲う襲う。
剣閃が空間を覆い尽くす。
死がはっきりと形を成し、襲い来る。
その場所は死の世界と変わらなかった。
死を齎す悪夢のような剣の世界が命を削り取っていた。
そしてその剣戟は唐突に終わった。
剣戟の音は止み、場に膨らんでいた殺意は鳴りを潜めていく。
緊張で張り詰めた空気は萎んでいった。
土煙はゆっくりと晴れ、その中から狂魔が姿を現す。
皆が額に汗を掻きながら、表情を強張らせてその様子を見守る。
クロが心配そうな声を上げた。
そして、狂魔がゆっくりと動き出した。
動き出した、というよりもその体は徐々に傾き、やがて地に倒れた。
「え……?」
「え?」
クロたちが唖然とした声を小さく発する。
猛攻の後、倒れたのは鎧の狂魔だった。
強い攻勢に出ていたと思われた敵の体が倒れ、そして動かなくなった。
巨体が地に倒れる鈍い音が鳴り響いては止み、砂塵の中から1人の少年が姿を現した。
「悪いけど……」
少年は声を発する。
「まだ弱い」
倒れ伏せている狂魔を悠々と見下ろしているのはグラドであった。
この猛攻を制したのはグラドの方だった。
強化された鎧の狂魔のスピードもパワーも技術も、ただ単純にグラドの戦闘能力には敵わなかった。
敵の必死の猛攻もグラドには届かず、そして逆に斬り刻まれた。
「…………」
その光景を見て、京子は強い恐れを抱く。
何故彼に自分の『化け物』が通用しなかったのか、それを正しく思い知らされた。
彼は自分よりもずっとずっと『化け物』だった。
ただ、それだけだった。
立っているのはグラドで、倒れ伏せたのは狂魔の巨体であった。グラドは地に這いつくばり動かなくなった敵の姿を何の感情もこもらない目で見下す。
その勝利がまるで当然の結果であるかのように、彼は何の感慨も覚えず、星は全く輝かなかった。
正義の化身が勝利した。
* * * * * *
「グラドッ!」
入口の方からクロが駆けつける。
「ああ、クロさん、作戦完了だよ」
グラドはそれまでの激闘が何でもなかったかのように軽い笑みを作った。
「ちょっ……! ちょっと! 最後どうなったのよ!?」
「全然意味が分からなかったんだけどっ!?」
「私の目でもあまりよく見えなかったんですけど、グラドさんの勝利……でいいんですよね?」
万葉、雄樹、京子の3人もグラドに駆け寄る。
「え? あなた達……誰? その服装は、キョウコさん達……?」
「あ……そうか。姿は現実のものに変わったんでしたっけ? はい、私は京子です。グラドさんの姿は全然変わってませんね……って、今はそんなことどうでもいいです」
お怪我はありませんか? という京子の問いにグラドは全然大丈夫ですと答えた。
実際傷一つなかった。
「……お前って、本当に人間なのか?」
「あはは……」
雄樹の問いにグラドは困ったように笑い、頬を掻いた。
グラドは周囲を見渡し辺りの気配を探る。アメリーと言う少女の気配は全く感じられない。空間魔法を用いて自分の戦闘を覗き見していたみたいだが、もうとっくにいなくなっている様だ。
代わりに妙な気配を感じていた。
「で、ここってなんなの? 最上階?」
万葉は周りを見渡す。
見れば見るほど不思議な空間だ。壁も天井も柱も無い。もっと言えば床も無い。床代わりの絨毯がただ広がっているだけである。
ここは宇宙に囲まれていた。360度、星の明かりが照らされている。燦然と輝く月がやけに大きく見えた。
「……京子はここに来たことがあるって言ってたけど、この塔のボス部屋ってこんな感じなの?」
「いやいやいや……普通に石造りの壁も天井もある部屋だったよ。こんなに高い場所なんて無かったし……」
京子がぶんぶんと手を振り否定する。
やはり、この場所はゲーム中に無い異質な場所であるようだった。
上に続く階段や次に続く道が無いため、ここが終着点であることが推察できるが、だからと言ってここでこの後何をしたらいいか分からない。
万葉は困った顔をして雄樹と京子に目を向けるが、2人とも万葉と同じような顔をしていた。
「ええと……、どうすればいいかな?」
「えーっと……。ああ、とりあえず『狂魔』って奴をもう出てこないようにしなきゃいけないんじゃないか?」
「どうやって……?」
「……どうやってだろう」
全員の間に沈黙が流れる。
今の状況だってよく分かっていないのだ。これからのことなんて分かるはずが無い。
しかし、あんまり悩んでもいられない。グダグダしている間に追加の敵が現れたら目も当てられない。
「クロちゃんはどう思…………」
京子がクロに声をかけようとしたとき、クロの様子に気が付く。
クロは1人だけ別の方向を向いていた。皆でお互いの顔を見ながら話している中、クロだけがこの場所の奥の、何も無い筈の場所に一心に目を向けている。
熱に浮かされたように熱い瞳で、何も見えない何かを見ていた。
「ここだ……」
クロが小さな声で呟く。
「やっぱりここが『港』だったんだ……」
「……クロさん?」
クロはこの空間の奥の方へとふらふら歩き、何もない空間に手を添える。そこに何か、彼女が求め続けてきた渇望のようなものが感じられた。
皆が息を呑んだ。クロに対し、不気味な何かを感じた。皆はクロの異常に気付いていたが、成り行きを見届けることしか出来なかった。
クロは目を見開きながら、ぼそりぼそりと何かを呟き始めた。
「イール・ディナ・アウスト・チェウェット・ナーガラム・イール・イール・ドウェスティル・エトスイム・ホロスイム・エトスイム・ホロスイム……。我は世界を求めたり、我は世界を求めたり……」
クロの体を淡い光が包みこんだ。
「え? 何……?」
「呪文……?」
「これは……空間魔法の呪節……?」
クロが口にした意味不明な単語の羅列が、ゲーム中の呪文によく似通っていたことは皆にもわかった。
しかし、こんな呪文一切聞いたこと無かった。どのゲームでもこんな呪文に聞き覚えが無かった。
グラドは今の呪文を少しだけ理解していた。呪文の中に『イール』という空間魔法で使われる呪文の節が混ざっている。彼は魔法世界アルヴェリアの出身の為、これが空間魔法の一種だと理解することが出来た。
しかし、全体の魔法としては聞き覚えが無い。何が起こるかは分からなかった。
光は強くなる。
クロから溢れ出る光が強くなっていく。クロ以外の皆が眩しくて目を背け始めた。
皆が不安の表情に囚われ始めた。だが、クロだけがその目に期待と希望を抱え、光から目を背けることは無かった。
「星の海に連なる『港』よっ! その扉を開け、世界を開けっ!」
光がその場全体を飲み込んだ。
眩しくてクロ以外の皆が目を閉じた。
「世界よっ! 開けえぇっ!」
クロの声がこの空間全体に大きく響いた。
光は強く強くこの空間を真っ白に染め上げた。
「…………」
「…………」
「……収まった?」
光は収束し、皆はやっと目を開くことが出来た。
そしてはっと気付く。
今の今まで何もなかったクロの目の前に、巨大な扉が姿を現していた。
20m近くある扉が忽然と現れていた。
巨大な扉。白と黒の色しかないその扉は質素で簡素。余計な飾りなど一切ない冷たい雰囲気のある扉であったが、それ故に堂々として荘厳、見る者を圧倒させる何かがあった。
宇宙を感じた。
「なっ……!?」
「なんなんだ……!? これ……!?」
「扉……!?」
「なんの扉よっ……!?」
混乱している4人に対して、
「皆、これが『港』だよ……」
クロが呟く。
感情を押し殺したクロの目が4人を見据えた。
「今、この世界は繋がった。悪意によるものなのか、それとも自然の摂理によるものなのか……閉ざされた世界。外への航路を支配し、『星の海』へ漕ぎ出すための『港』。
それがこの扉なんだよ」
4人は目を見開き、驚きを示す。
今まで仲間だったクロが遠くにいるように見えた。
「な、何言ってんだよ、クロちゃん……」
「クロちゃん……あなたは一体……」
皆の声が震えるのに対し、クロは冷たい声を放った。
「うち……? うちはね……」
そこにはいつもの陽気さは無かった。
クロは冷淡な瞳を皆に向け、凄然とした声を口にした。
「本物の、『英雄亡霊グレイ』だよ」
今、世界は開かれようとしていた。
挿絵多いよ……。疲れた……。(自業自得)
次話『34話 悪の素質』は明日 12/28 19時に投稿予定です。




