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廻る廻る星と月の空 ~異世界と仮想世界と現実とその最果て~  作者: 小東のら
第1章 ティルズウィルアドヴェンチャー
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32話 魔王の刻印

「私はアメリー。ふふ……、今あなたに名乗っても何の意味も無いでしょうけど?」

「…………」


 長いピンク色の髪を(なび)かせ、少女はふわふわと宙に浮いていた。


 少女の目は特徴的で、片目が輝く赤色であるのに対し、もう片方が濃い黒色をしていた。宙に浮き、薄く不気味な笑みを浮かべていた。


 ここは『天に昇る塔』の最上階であり、塔の内部である筈なのに壁も天井も無い空間が広がっている奇妙な場所であった。

 空にも足元にも満天の星空が浮かんでおり、この部屋にあるのは意味のない柱と床代わりの赤い絨毯であった。


 そんな場所にいるグラドの前に、突如として黒い炎から現れた少女がアメリーであった。

 彼女は口角を上げ不敵な笑みを浮かべている。


 その少女の事をグラドは注意深く観察する。ただものではないことは分かるが、グラドはその少女の姿に心当たりが無かった。


「ふふ、決闘のお邪魔だったかしら?」


 一方、アメリーと名乗る少女にはグレイのことを知っているようだった。先程、グラドと偽名を名乗るグレイに、その本名で呼びかけていた。

 これは別段不思議では無い。グレイの名は元の世界で広く知れ渡っており、グレイのことを知っていても、グレイには知られていない人などごまんといた。


 ……ただその場合、背後に浮かぶ少女はグレイの故郷の世界アルヴェリアの出身という事になるが。


 この少女はこのゲームの開発責任者である渋川一徹が黒い鎧に殺される間際、彼を訊問していた少女だ。

 渋川のプライベート空間に唐突に現れ、唐突に消え去った少女であった。


「やっぱりいたんじゃない。グレイ。……英雄亡霊グレイ。魔王との戦いで死んだって聞いていたけど……、あんなの嘘だったってことね」

「…………」


 グレイは訝しむ。

 自分の正体も、魔王との戦いも知っている。でもやっぱりグレイにはアメリーと名乗るこの少女に見覚えが無い。

 こんなにも……、魔王に近いプレッシャーを感じるというのに。


「で? 流石は英雄グレイ? いち早く私達の存在に気付いて、その妨害をしようとしていたわけね? 本当に……ごく最近まであなたが裏で動き回ってるなんて気付かなかったわ。

 ねぇ、なんで『英雄亡霊』なんて妙な名を語っていたの?」


 アメリーは全てを見抜いていると言わんばかりに、口に指を当て不敵に笑っていた。


「いや……その……」

「ふふふ、あなたの行動はちゃんと把握してるわ。『バグを振りまく』だなんて言って、私たちに都合の悪いデータを振りまいて、そして逆に私たちの振りまいたデータを次々と削除して……。ふふふ、たった1人で私たちを困らせてくれるじゃない……」

「あの、その……したり顔のところ、悪いんだけど……」


 グレイは自分の頭をぽりぽりと掻いた。


「その……実は、『英雄亡霊グレイ』と僕は全くの別人だよ?」

「……ん?」

「誰かが勝手に『英雄亡霊グレイ』って名乗って、裏でこそこそしてるみたい」

「…………」


 グレイの言葉を受けて、あめりーは額に手を当て、少し考え込む。

 すると色々察したのか、カッと顔を赤くした。


「……っ!? ず、ずるいっ……! 何でそんなややこしい事するのよっ!? そんなの誰だって勘違いするじゃないっ……!」

「僕じゃないっ! 僕じゃないよっ!? 誰かが勝手に僕みたいな名を騙っていただけなんだからねっ……!?」


挿絵(By みてみん)


 わー、ぎゃー、言い合った。

 すると、目の前の狂魔(ウィルス)達がじれたようにその鉄の体の内側から不気味な音を発し始めた。ギィギィという鉄が擦れ合うような不気味な音。狂魔達の鳴き声のようにも聞こえる音だった。


「……で、アメリー、だったっけ? 君は僕の敵なの?味方なの?」

「敵よ」


 アメリーは手を広げ、はぁと溜息をついた。


「でも今、下手に噛みついたりはしないわ。

 腐っても英雄グレイ。レベルがどれだけ低くても、下手に手を出してしっぺ返しを喰らったらたまらない。下手したら力を取り戻してしまうなんてこともあるかも……」


 今のグレイのレベルが低いことまで見抜いている。既にグレイを『鑑定』済みだった。


「今は準備に徹するわ。あなたが弱い今のうちに、あなたを殺す準備にね」


 そこまで言うと、『狂魔(ウィルス)』の鳴き声が大きくなり彼らの体が震えだした。

 待ち焦がれたかのように彼らの体が動き出す。グレイに向かって突進していく。

 少女の登場によって焦らされた戦いが幕を上げた。


「見ててあげる、グレイ。あなたが無残に殺される、その光景を願いながら……」


 鎧の狂魔が肉薄する。

 その威圧感は本物で、命のやり取りをしたことの無いゲームのプレイヤー達ならばそのプレッシャーに呑まれてしまっていただろう。本物の命の奪い合い、この怪物の放つ殺気はそれを体現していた。


 しかし、グレイには通じない。

 ただ、この怪物の殺気を一身に浴び、正面から受け止めていた。

 鎧の狂魔とグラドの視線が交錯する。


「魔人は殺す」


 グレイの灰色の目に暗く深い炎が灯る。


「僕の仕事はそれだけだ」


挿絵(By みてみん)


 それは抑揚のない声だった。機械的で、情の感じられない声の色をしていた。

 彼は英雄だった。


 震える様にして、鎧の狂魔がグレイに襲い掛かる。

 戦いが始まった。


 鎧の狂魔は弾ける様にして前に飛び出し、一瞬で2人の距離は詰まった。

 2人は剣を交えた。

 鎧の狂魔は力で押すように、グレイは力を逸らすように剣を打ちあった。


 一瞬にして何十という剣戟が交差する。


 Lv.45の狂魔が飛び出して、襲い掛かってくる。


狂魔(ウィルス)(Lv.45);Action Skill『エストガント流剣技・十四の型・巻雲(けんうん)』》


 狂魔は『エストガント流』という高レベル剣技を扱う。これは元々プレイヤー側が使える強力な技であり、モンスターは使う筈の無い技であった。


 だが、その強力な剣技を『狂魔』は我が物顔で使っていた。

 グレイに流麗な9連撃が襲い掛かる。軽く素早く、左右から細かい攻撃を加えていき、対象の意識を散らす。敵の防御を抜けるための技であった。


 しかし、その『エストガント流』の原型を作り上げたのが、他でもないグレイなのだ。技の手順、軌道、強い点、弱い点、それらを一番よく分かっている人間だった。

 ただ、『エストガント流』と勝手につけられた名称を見る度に、彼は恥ずかしそうに頬を染めていた。


 狂魔の素早く細かい連続攻撃は全てグレイに弾かれる。素早さと技の理解度ではグレイに到底及ばなかった。

 狂魔は技の型通り、最後の一撃に体重を乗せた力強い横薙ぎを放った。小さな攻撃から一転、崩れかけた敵を力で押す戦法だ。

 しかし、グレイは全く崩れていないし、最後の一撃も理解していた。


挿絵(By みてみん)


 敵の力を込めた一撃を紙一重で避け、カウンターを放つ。

 左胸、首、腹と全て急所の位置に三度の剣戟を叩きこんだ。


狂魔(ウィルス) Lv. 45

 HP 3683/4000(-6)』


 急所への攻撃はクリティカルの判定。1度の攻撃で2ずつのダメージが入った。


 もう1体のLv.45の狂魔が猛烈な勢いで走り迫ってくる。


《狂魔(Lv.45);Action Skill『エストガント流剣技・八の型・陽光』》


『エストガント流』一撃必殺の剛剣。

 剣を上段に構えてからの強力な突進技。小手先ではない、一撃に全力を乗せる剣技。

 スピードと気迫が何より必要とされる技。勢いに呑まれてしまったら為す術もない。


 グレイは間合いをはかられないように小さく何度か後ろにバックステップした後、強く踏み込み全力で前に駆けだす。

 敵は想定していた距離感が大きく狂い、慌てて剣を振り下ろす。

 それを受け流せないグラドではない。敵にカウンターの一撃を入れる。


『狂魔 Lv. 45

 HP 3748/4000(-5)』


 敵の勢いもあったせいか一撃で5もダメージが入った。


 この世界に飛ばされて、グレイには低下した能力と従来のままの能力がある。

 低下した能力は攻撃力や守備力、魔法力といったこの世界でステータスとして設定されている能力である。


 対して、従来のままの能力はこの世界でステータスとして設定されていない能力である。

 例えば、森の散策で使われた聴力や嗅覚や、背後から来るニワトリの攻撃を躱した時のような戦闘経験から敵の気配を感じる能力、あるいは直感などだ。


 そして今回の戦闘で大きく役立っているのが目の良さである。

 圧倒的な視力の良さ、動体視力の能力の高さが敵の行動を封殺していた。


 敵の腕の起こり、足の捌きを完全に把握し、敵の攻撃を読みきる。高速の剣の軌道を完全に見切り、完璧なカウンターを叩きこむ。

 鉄の戦士たちはグラドにかすり傷一つつけられなかった。


 そしてもう一つの失われていない能力、それが剣技であった。

 Lv.60の鎧の狂魔が大きく体を回転させながら左下から斬り上げてくる。

 グレイは判断する。


 誰が名付けたか知らないが、『エストガント流』は彼の使う剣技である。

 今の敵の体勢で使える剣技は「十の型」、そのまま斬り上げから連撃に移行する型と、

「十八の型」という「十の型」の初撃をフェイントとし、その斬り上げを止め、突きに移行する型だ。


 グレイは観察する。「十の型」か「十八の型」か。

 敵の踏み込みが半歩浅い。「十八の型」、フェイントだ。


 グラドはとっさに動き、距離を詰め、フェイントの際発生する隙を突く。ノーモーションからの高速の突き技、「二十三の型」だ。

 その攻撃で敵のボスの体勢は崩れ、そのまま無防備にグラドの連撃の型を喰らう。


 グラドにとって敵が『エストガント流』を使うのは全く脅威ではなかった。

 その『エストガント流』を最もよく知るのは他ならぬグラドだからだ。


 例えLv1になっても、能力が低くなっても、それまで培っていた経験は消えていない。

 この戦いはそれを証明していた。


 グレイは踊るように身を走らせ、敵に剣を入れ込んでいく。

 敵の1回の攻撃をいなし、自分は数回もの攻撃を挟み込んでいく。3体の狂魔がグラドを囲えど、彼はからかうように身を翻し、その攻撃をかわしていく。


 そうやって愚直に1歩ずつ、グラドは無慈悲に狂魔達に襲い掛かった。


 百回が駄目なら千回、千回が駄目ならなら一万回、ただひたすらに攻撃を打ち込むだけだ。躱して、躱して、躱して、攻撃を入れ続ける。相手のHPをただひたすらに少しずつ削り殺す。

 そんな愚直で長い道のりをグラドは選択した。


 ただ、

 一つ心配なことがある。

 あまりグダグダとやっていると、この部屋に大きな叫び声をあげながら、ニワトリの大群がやってくるのではないか、


 グラドはそれだけが心配だった。




「……しかし、それでも妙ね……」


 どこかしらからこの戦闘を覗くアメリーが首を傾げる。

 グレイの動きに疑問を感じていた。


 グレイにとって低下している能力、従来のままの能力は観察によって推察することが出来た。剣技の技量も衰えていないことが分かる。


 それでも、その分を加味してもグレイの動きが速すぎる気がする。

 アメリーの優れた目が、現在の情報から推察できるスピードと実際のスピードの差違を敏感に感じ取っていた。


 『魔力操作』という技術がある。

 体内の魔力を操り魔法を繰り出すための技術だ。

 『魔力操作』は魔法の基本中の基本であり、これが出来ない者は魔力を操れず、魔法を扱える筈が無い。魔法世界アルヴェリアでは常識であり、先ず誰もが『魔力操作』の練習をする。


 この『魔力操作』は汎用性の高い技術であり、ただ魔法を扱うための技では無く、この技術で魔力を体の中で回すことにより身体機能の上昇が見込まれる。


 『魔力操作』によって自身の中の魔力を活性化させることによって肉体の強度、速度、各機能の質が飛躍的に上昇する。呪文が必要な『身体機能強化』の各魔法を使った方がより効果的であるのだが、呪文が要らなく扱いやすい『魔力操作』の方が汎用的に使われる。


 魔法世界アルヴェリアの戦士たちは常日頃から『魔力操作』を行っているため、身体能力が高い傾向にあった。


 しかし、グレイの今のスピードはそれでは説明できない。

 グレイのレベルは低くMPも少ない。結局は魔力の総量が少ないと強化される身体能力も微々たるものだ。『魔力操作』による強化では、今のグレイのスピードが出るはずなかった。


 何かある。何か他に要因が……。

 アメリーは注意深く彼を観察していた。


 その時、新たな事実が明らかになった。

 鎧の狂魔が剣の先を敵に向け、弾けるような鋭い突きを繰り出した。一瞬のうちに剣がグレイに迫る。


 しかし、グレイはその突きのほぼ全てを見切っていた。その突きを紙一重、本当にギリギリで掠るように躱し、反撃を放つ。

 突きの剣を擦るように自分の剣を這わしていく。そして鎧の狂魔とのすれ違いざま、5度もの攻撃を加えていた。


 しかし、少しギリギリで躱し過ぎた。それがグレイの落ち度であった。

 剣を持つ右腕の裾に敵の剣が引っ掛かった。そのまま右腕の裾を斬り裂き、袖が千切れる。彼の右腕が顕わになった。


「……へぇ」


 その光景をアメリーは興味深く、目を見開いて眺めていた。


 グレイの右腕には文様が刻まれていた。刺青のような黒い文様。右腕を這うように大量の魔法文字が刻まれ、腕を覆い囲っている。


 グレイの右腕に魔方陣が刻まれている。

 それは、今の彼の現状、性質を現していた。


「……なるほどねぇ」


 アメリーが感心したようにつぶやく。


「……妙な力を身に付けたようね、英雄グレイ……」


 彼女は笑った。

 その右腕の刻印を見て、震えながら笑っていた。


「英雄グレイ……。いや、『魔王グレイ』……!」


 グレイは露わになった右腕に力を込めた。

 目の前の3体の狂魔を深く冷たい目で眺めていた。


 彼の体の内には未だ炎の止まぬ使命感が渦巻いていた。


挿絵(By みてみん)






「あわ! あわわわわっ……! 服破けちゃったっ!」


 グラドは慌てながらアイテムボックスから予備の外套を取り出し、そそくさと服を着た。

 彼の外套は腕の魔術式を隠すためのものであった。


 それがつまびらかになり、彼はあわあわと焦る。

 先程までの勢いやら威圧感やらはどこへやら。腕の文様を見られるのが恥ずかしいのか、慌てて服を身にまとう。おとぎ話のような逞しい勇者の姿はどこにもなかった。


 どこからか、アメリーのじとっとした目が勇者を見つめていた。


挿絵(By みてみん)


次話『33話 正義の化身』は明日 12/27 19時に投稿予定です。


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