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廻る廻る星と月の空 ~異世界と仮想世界と現実とその最果て~  作者: 小東のら
第1章 ティルズウィルアドヴェンチャー
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29話 柊京子(2)

 広い草原にキンと鉄がぶつかり合う高い音が鳴り響いた。

 京子のナイフが宙を舞う。くるくると回りながらナイフは空を飛び、2人から遠く離れた地面に突き刺さった。


 草原の中、グラドと京子は戦っており、そして2人の戦いは今終わった。

 京子は自分の武器を弾き飛ばされたのだ。全身全霊で打ち込んだ攻撃を防がれ、グラドに武器を弾き飛ばされてしまった。

 勝敗は決した。


 京子は膝と手を地面につき、(こうべ)を垂れた。彼女の髪がだらりと垂れた。


「…………殺してください」


 そう言った。


「……はい?」

「私は……、私は『英雄亡霊グレイ』に協力していました。自分が何をしているかも分からず、ただ報酬に目が眩んで、言われた通りの手伝いをしていました」

「…………」


 京子はゆっくりと語る。


「……『英雄亡霊』は、この仕事は『備え』なのだと言ってました。悪いことが起こらないように、『備え』が必要なのだと……、まるで自分の存在、行いが悪ではないと言う様に私に語り掛けてきました。

 ……でも、そいつの言うことが正しいなんて確証なんてありませんでした。それでも私は報酬の為にそいつの手伝いをしていました……」

「…………」

「でも、今、このような状況にある。ゲームはこんな酷い状況にある。私が『英雄亡霊グレイ』の手伝いをしていたから。奴の言われた通りの仕事をしていたから……」

「…………」


 このゲームは今、異常な状況下にある。

 ログアウトが出来ず、HPが0になるとまるで本当に死んでしまったかのようなアバターが残される。

 そしてその直前、『英雄亡霊グレイ』からのメールが届いた。


 この奇妙な現象を『英雄亡霊グレイ』という存在が引き起こしたかどうかは分からない。

 しかし、関係が無い訳ない。

 京子は罪の意識を感じていた。


「償わなきゃいけないから、報いなきゃいけないから……。だから殺してください」

「…………」


 京子は諦観の声を発していた。


「……キョウさんの、『英雄亡霊』に臨んだ報酬というのは一体なんなんだい?」


 グラドは気になってそう聞いた。


「……魔法の力です。現実に作用する、『英雄亡霊グレイ』の不思議な魔法の力……。『弱体化』の魔法の力を望んだんです」

「『弱体化』の魔法……?」

「私は弱くなりたかった……。強い自分が憎らしかった。強い自分が苦しかった。

 弱くなりたかった……。弱くなれば、皆に恐れられないから。弱くなれば、皆に恐がられないから……。

 弱くなりたかった……! 心の底から弱くなりたかった……!」


 京子は顔を上げた。


「分かるでしょう! グラド! あなたにもっ……! 常識外の強さというものが、恐れを産むことをっ……!」

「…………」

「あなたならっ! あなた程の常識外の力を持つ人ならっ……! 分かるでしょう! 『化け物』を見る目を向けられる苦しみをっ……!」


 京子の必死な目がグラドを射抜く。


「弱くなりたかったっ! どんなことがあっても! 何をしてでも弱くなりたかった!

 『英雄亡霊グレイ』が怪しい存在なんてのは初めから分かっていた! それでも奴に協力したっ! ……魔法の力が欲しかったからっ! 『弱体化の魔法』の他に、私には道が無かったから!」

「…………」

「こんなことになるとは思わなかった! 人が死ぬとは思わなかった!

 でも……! でも!私は何でもしてしまうっ! 『弱体化の魔法』が手に入るなら私はこれからもなんでもしてしまうっ! 私にはそれしかないからっ!」


 2人の間を強い風が吹き抜ける。


「殺しなさいっ……! 私は『化け物』なんだから、殺しなさいっ!

 私は今後も『英雄亡霊』に従う! 『弱体化の魔法』が手に入るならなんでもするっ! 何をしても後悔なんてないっ!」

「…………」

「恐くなんてないっ! 『化け物』は悪だからっ! 私は死んでしまうべきだっ! だって私は『化け物』なんだからっ! 私は人を傷つけるからっ……!

 私は『化け物』なんだからっ……!」


 京子の熱い視線がグラドを刺す。


「殺してください……」


 その目には懇願がこもっていた。


「私は『化け物』だから……」


挿絵(By みてみん)


 沈黙が場に流れた。

 重い重い沈黙が広い草原を支配する。風の音も、草木の揺れる音も、その雰囲気に呑まれ音が消えてしまったかのようだった。


 2人の視線が交差する。

 逸れることのない視線が沈黙と共に交わされ、痛々しい静寂が2人の肌を痛めつけた。


「……化け物はそんな風に泣かない」

「―――っ!」


 グラドはぽつりと言葉を発した。

 その声にはっとし、京子は自分の涙を拭う。それでも涙はぽろぽろと次から次へと溢れ出て、止まることはなかった。


「……君は今すぐ『天に昇る塔』に向かわなきゃ」

「…………え?」

「キョウさんは今すぐあの塔に向って、ガスロンさんやベルナデットさんを救いに行かなきゃ」

「え……」


 グラドが京子に近づく。手を伸ばせば触れられるほど近づき、膝をつく彼女を上から覗き込んだ。


「今すぐ行かなきゃ。今すぐ行って、戦わなきゃ。戦って、友達を守らなきゃ」

「で……、でも……」

「戦って、敵を倒さなきゃ。償いをしたいのなら、死ぬよりも戦わなきゃ。たとえ誰に恐れられても、怖がられても、戦わなきゃ。君が『化け物』だろうと何だろうと、戦わなきゃ。倒さなきゃ。

 たとえ恐怖を産んでも、たとえ苦しみを産んでも……」

「―――ッ!」


 グラドの冷たい言葉に京子は両手で頭を抱え、体を丸めた。

 彼女の体を恐怖が覆い、その身を震わせた。自分の最大の心の傷を自ら抉りながら戦えと、グラドはそう言っているのである。


「怖いよ……」


 京子の声は震えている。


「怖い。怖いよ……。あんな目で……、大切な人に『化け物』を見るような目を向けられるのは嫌だよ……。

 恐くて……! 私、恐くて……!

 戦って、敵を殺して、それでまたあの目を向けられたらどうしよう……!」


 彼女の体も口も声も、全てが震えていた。

 震える目から涙が揺れ、零れた。


「怖いよ……。怖いよ……。

 分かっているのに……、助けに行かなきゃいけないって分かっているのに……、私、また何かと戦って……何かを殺して、また怖がられたら……。

 今度は……もう……耐えられない……。怖い……、死ぬほど、怖い……。

 戦えないよ……」


京子は強い恐怖からくるジレンマに挟まれて、身を強張らせた。地面に頭を擦り付け、恐怖に打ち震え、惨めなほどに震えていた。


「グラドは分かってくれるでしょ……。

 分かるよ……。グラドもこっち側の人間だって……。

 自らの強さで人に恐れられる人だって……。自分の中の常識外の部分が、人の恐れを買う人だって……。私と同じ側の人間だって……」

「…………」


 京子は身を縮めこませながら、グラドの顔を見ずグラドに語り掛けた。自分の殻にこもりながら話し続けた。


「怖がられたこと、あるよね? 恐れられたこと、あるよね? 信じていた人に避けられたこと……あるよね……?

 強くて……強過ぎて……、人と違うから……たくさんの恐怖を向けられてきたでしょ……?

 どうやったの? どうやって乗り越えた? どうしようもなかった?

 どうやっても、乗り越えられなかった……?

 怖がられることの怖さ、分かってくれるでしょ……?

 君は私と同じ側の人間だから……」


 彼女の声には諦観に縋りつくような気持ちが込められていた。


「この怖さ……分かってくれるでしょ?」

「…………」


 京子はグラドの目を見ないまま、同意を求めた。


 冷たい風が通る。

 厚い雲が空を覆い、薄暗い影が地を覆い、ただひたすら膨れ上がった恐怖が彼女の体を纏っていた。


 グラドから冷たい声が漏れた。


「……分からないよ」


 そう言ってグラドは京子の肩を掴み、俯いて縮み上がっていたその体を無理やり起こす。地面についていた京子の頭はばっと起き上がり、頭が上がる。彼女とグラドの目がやっと合う。


「一番恐いのは……友達が死ぬことじゃないのか?」

「…………っ」


 京子の目が丸くなる。単純な事実であるにも関わらず、言葉にされて聞かされて初めて実感がこもる場合もある。


「死…………」

「戦え。敵を倒せ。邪魔者を蹴散らして、大切な人を守れ。このままじゃ死んでしまうかもしれない友達を守れ。君の手で守れ。……きっと君なら、出来るから」

「私……」

「戦え。戦うんだ。たとえ誰に恐れられても、怖がられても……。

 戦うしかないんだ。邪魔者は力で捻じ伏せるしかないんだ。僕はそういう生き方しか知らない。だから僕に言えることはただ1つだけ。

 ……戦え。戦うんだ」


 グラドは戦士としての自分の生き方しか語れない。ここではない異世界で人生の全てを戦いに費やしてきた男はこれしか言えず、しかしそれは真に重い助言だった。

 重みのこもった強引な言葉の力が京子の心を乱暴に叩く。


「君のその恐怖も、君のその痛みも……友が死ぬ後悔に比べれば軽いもんだ」

「―――――」

「力があることがどれだけ恵まれているか……、強いということがどれだけ羨ましいことか、君は理解していない。弱ければ死んでしまうんだ。弱ければ友を殺されてしまうんだ。力に恵まれない人がどれだけ辛い思いをしているか……」


 グラドはここではない世界の経験を京子に語った。

 力ない人が無残に死ぬ世界のことなんか京子には分かる筈がない。現代の日本で力が弱いから死んでしまう人なんてほとんどいないだろう。

 しかし、世界が反転した今、それが真理であった。

 弱い者が死んでしまう世界になったのだ。


「自分がもっと強かったら……。自分にもっと力があったら……敵よりも強くなれたなら……そう思い、自分を、敵を、世界を呪いながら死んでいった人が何人いるか! 大切な人を殺された人が何人いるか!

 どれだけ! 強さを望んで……望んで、望んで望んで! 力を渇望している人がいるか! 無力を嘆き、苦しんでいる人がいるか!

力が無いことで望む未来に辿り着けない人がどれだけいるかっ!」

「―――ッ!」


 京子の肩を掴むグラドの力が強くなっていく。


「戦え……。戦うんだ……。君が救うんだ。力ある君が全てを守るんだ。恵まれている君が……『化け物』の君が友を守るんだ」

「…………!」

「君が人を救う勇者になるんだよ!」


 グラドの瞳が京子を射抜く。


挿絵(By みてみん)


「――君は弱くなってる暇なんてないんだよっ!」


 彼の無情なまでに強い部分が、京子の人間味溢れた弱い部分を殴り続けていた。

 それは京子の望む答えではない。『化け物』の自分に苦しむ彼女の望む答えではなく、その『化け物』を受け入れろと彼は言っているのである。


 人生を戦いに費やした彼はその答えしか出せなかった。


 両肩を力強く握られながら、京子はグラドの言葉を真正面から浴びた。顔を背ける余裕なんて無かった。ただ、彼が人生をかけて培った瞳の奥の光に打ちのめされていた。

 グラドの瞳は京子の弱い部分を痛めつけた。


 彼女の世界は揺れていた。

 眩暈がしたようにくるくると視界が回り、彼女の世界はぐらついていた。


 誰からも恐れられてきた強い自分を肯定された。

 誰からも望まれた弱い自分が否定された。


 自分の『化け物』は彼に通用しなかった。


 京子はゆっくりと目を閉じた。


「私に……出来るかな」

「出来るよ」

「覚悟……出来るかな」

「出来るよ」

「私、頑張れるかな」

「勿論だ」


 京子は力を振り絞って言った。


「……勇気をください」


 グラドは腰から一本の刀を抜いた。

 『村雲ノ御剣』。京子が『英雄亡霊グレイ』から命じられ、振りまいた力が彼女の元に返ってくる。


「これでみんなを守るんだ」




 柊 京子は差し出された剣を、片膝をつき頭を垂れ、恭しく受け取った。

 目には涙が溜まっていた。しかし、その瞳の奥は宝石のように輝き、じわりとした火が燃えていた。

 覚悟の炎が燃え始めていた。


 柊 京子は今日目覚めた。

 5年間の長い眠りから目覚めた。


新たな『騎士』の目覚めだった。


挿絵(By みてみん)






* * * * *


「よっしゃーっ! それじゃあ、『天に昇る塔』に Let’s Go だぁっ!」

「えっ……!?」

「…………」


 木の影から小さな黒髪の少女が飛び出してくる。

 クロさんだ。小柄な少女に見合った小さな胸を張り、両手を腰にかけ堂々と叫んでいた。


「ク……クロちゃん!? いたの……!? き、聞いてたの……!?」

「ごめんー、ごめんよー……? 盗み聞きするのはわりぃと思ったんだけど、出ていける雰囲気でも無かったもんでさ」


 クロさんは掌を合わせぺこぺこと頭を下げた。

 キョウさんは頭を抱えていた。

 しかし、本当に気付いていなかったのか。いつものキョウさんならすぐに気付きそうなものだったけれど……。キョウさん、狂乱してたしなぁ……。哀れだ。


挿絵(By みてみん)


「すまんー、すまんてー……。でもよ! 落ち込んでる暇なんかないっしょっ! 皆を救わなきゃっ! 『天に昇る塔』に行かなきゃっ! Dashで!」

「……え? クロちゃんも付いて来てくれるの……? 危ないよ……?」

「んっふっふ! うちの実力甘く見て貰っちゃぁ、困るなーっ! 少なくとも、キョウのことなんかちっとも恐くねーぜ!?」


 クロさんが人差し指をちっちと振った。根拠も理由もない不敵な笑みを作った。

 それを見て、キョウさんは微笑んだ。


「……それじゃあお願い、クロちゃん。死んじゃダメだよ? クロちゃんもグラドさんもレベルが低いんだから……」

「わかってらー! 甘く見んなよ!?」


 そうして二人は拳を突き合わせた。

 行先は決まった。キョウさんも覚悟を決めた。力と向き合う覚悟を。

 ここからじゃ『天に昇る塔』は見えない。でも2人はそっちの方向を向いて戦いの覚悟を瞳に宿していた。


 僕は……、僕は少し違うことを考えていた。


「力に恵まれない人……か……」


 さっきキョウさんに言った言葉だ。僕は自分の言った言葉を思い出し、考える。

 誰のことだったっけ? 誰が力を求めていたんだっけ?


 自分の力が足りず悩む人はたくさんいる。

 でもその中でも特に印象的な人がいた気がする。

 その人は自分の才の無さにとても苦しんでいた。自分の才と不釣り合いな苦しみにずっと悩み続けていた人だった。


 その人ほど力に飢えていた人を僕は他に知らない。

 でもその人の弱々しい才能はそれを許さなかった。

 泣いて苦しみながら力無く人生を歩み続けた、印象的で、尊敬するべき僕の親友だった。


 でも、なんでだろう。

 思い出せない。

 印象だけが脳裏に焼き付いて、顔も浮かんでこない。


「君は……誰だっけ……」


 少しだけ薄くなってきた雲に、その人の顔を思い浮かべようとするが、それは上手くいかなかった。


次話『30話 天に昇る塔』は明日 12/24 19時に投稿予定です。


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