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廻る廻る星と月の空 ~異世界と仮想世界と現実とその最果て~  作者: 小東のら
第1章 ティルズウィルアドヴェンチャー
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28話 柊京子(1)

「早く馬車の準備をするんだ! いつまた敵が来てもおかしくないぞ!」

「不要な準備はさせるな! 人命を優先させろ!」


『ティルズウィルアドヴェンチャー』内におけるβテストでの最後の村『バルディンの村』、今ここにいる人たちはこの村からの撤退を始めていた。


 不思議なことがたくさん起こった。

『英雄亡霊グレイ』という謎の存在からのメールが来たかと思えば、ゲームからのログアウトが出来なくなり、『狂魔』というゲーム内で見たことも無い敵が安全圏の筈の村の中に侵入してきて、そして次々と人に襲い掛かった。


 そして、人が死んだ。

 皆、あり得ないと思っている。ゲーム内で人が死ぬなんてあり得ないし、何か嫌な夢を見ているのではないかとすら思える。


 しかし、残された死体は確かに『死』を語っていた。

 普通HP0になるとゲームのアバターは光に包まれて、近くの教会に飛ばされていく。

 だけど、今はそうならなかった。血を吹き出し、苦悶の表情を浮かべ、遺体は確かに『死』を物語っていた。


 皆、その事を本能で理解させられていた。


 多大な被害が出た。

 ゲームの中で楽しく遊んでいる彼らにとっては、人命という果てしないほどの被害が出た。なんでこんなことに。そう何度も頭の中で繰り返された。


 実際としては、戦闘の規模に対して被害は少なかっただろう。グラドが指揮をして戦闘の準備が整う前に被害が集中しており、それを含めても敵を殺した数に対し味方の死亡数は断然少なかった。

 それでも悔やみきれなかった。

 誰もが死に慣れていなかった。


 てきぱきと村からの撤収の準備を進める。

 まずは命の安全の確保だ。戦闘によって絆を深めた皆は協力してこの村を離れようとする。

 『狂魔』という謎の存在が湧き出していると思われる『天に昇る塔』から離れるため。

 他の街にいるプレイヤーと連絡を取るため。


 あの戦闘を乗り越え、皆には自信がつき始めていた。

 この異変でも生き抜いて見せる。そう強い覚悟が芽生え始めていた。


 だが、皆気付いていた。気付いていたのだ。

 あのダンジョンに潜った人たちのことだ。でもどうしようも無いのだ。


 仕方ない。仕方ないのだ。ただ……仕方ないのだ。

 そう、自分たちを心の中で説き伏せた。


 あともう1つ。

 キョウについてだ。

 何故、自分たちを救ってくれた命の恩人が涙を流していたのか。

 どうして悲しそうに、この村から走って去ったのか。


 分からなかった。必死で分からない振りをしていた。

 自分でも気付かないほど、自分たちを誤魔化していた。




* * * * *


 柊 京子はなにをやっても平凡より劣った少女である。

 勉強も、運動も、文化活動も人並み以上にはできない。どれもこれも平均よりは劣っていて、特に趣味もない。秀でた何かは無く、何をとっても弱者であった。


 ただ、何故かこれといった苦手分野もない。

 当然だ。

 全て彼女の偽りだったからだ。


 柊 京子は才能溢れた少女である。

 勉強も、運動も、文化活動も何をやらせても一番を取れる少女だった。

 その中でも好きだったのが剣道だ。実家は古くから剣道、剣術の道場を開いていた。真剣の型も取り扱う道場だった。


 柊 京子は才能溢れた少女である。

 その中でも特にずば抜けて優れていたのが剣の才能だった。

「生まれた国と時代が違えば英雄と呼ばれる存在だっただろう」。京子はまさにそれだった。国が違えば、時代が違えば、世界が違えば、彼女は歴史に名を残す人間となっていただろう。


 だが、そんなこと彼女にとってどうでも良かった。

 剣道の試合は楽しいし、剣術の型は綺麗で好きだ。友達とのチャンバラごっこは時間を忘れるほど熱中できた。


 親友がいたからいつだって楽しかった。京子は皆のリーダーとなって、いつも皆と笑っていた。

 彼女は情に厚かった。


 そして事件は起こった。

 自分の家に強盗が入った。

 お母さんも友達の皆も危なかった。

 京子は初めて『剣術』という才能を本来の目的で存分に振るった。現代日本で振るう機会の無い才能を有効に使った。


 恐怖はなかった。気負いもなかった。ただ、邪魔者を斬り捨てた。


 赤い血が自分に大量に降りかかり、京子を真っ赤に染め上げた。

 そして気付く。

 京子は見てしまった。見てしまったのだ。


 彼女は自分に降りかかる赤色の意味に気付いてしまった。


 そして彼女はやめた。

 強くあることをやめた。




* * * * *


「キョウさん……」


 雲がかる薄暗い草原の元、グラドは村から走り去った京子に追いついた。京子はもう既に立ち止まっており、呆然と力ない背中をグラドに向けていた。


 ただ広い草原に2人、グラドと京子が立っていた。


「グラド……」

「キョウさ…………」


 グラドはキョウのことを呼ぼうとして、その言葉を止めた。

 振り返った彼女の手にはナイフが握られていたからだ。


「最期に……、最期に私の事を理解してくれる……?」

「……え?」

「私と君は同類だから……」


 京子はナイフの切っ先をグラドに向けた。


「私と君は『化け物』だから……」


 その言葉が言い終わると、京子はグラドに襲い掛かった。

 真っすぐグラドに駆け寄って、縋るような気持ちでナイフを突き出した。


「うおっ!?」


 風よりも素早い攻撃をグラドは躱す。瞬時に腰の剣を抜き、何度も襲い掛かってくる京子のナイフを防いでいた。


「キョウさんっ……! 僕に戦いの意思はないですっ……!」

「はぁッ……!」


 グラドの話に耳も貸さず、ただ京子は何度も何度もナイフを振った。

 広い草原の中、鉄の交わる音だけが空しく響き渡っていた。




* * * * *


 本当のことを言うと、

 私はあの日、壊れてなんていなかった。


 みんなは私の事を弱くなったって言っていた。

 強盗を殺して壊れてしまったって言っていた。事件を通して心が壊れてしまったと言っていた。

 活発でなくなり、大人しくなり、塞ぎ込むようになり、臆病になったって言っていた。


 でもそれは間違いだ。

 私は弱くなってなんかなかった。


 あの日人を斬り殺して、でも壊れるほどの衝撃は私に響かなかった。むしろ皆を守れて誇らしくすらあった。

 皆を守って、お母さんを守れて、強いことが嬉しくて、誇らしかった。

 強盗を斬り殺しても、私は何ら苦しくなかった。


 私は変わらなかった。


 ―――変わったのは皆だった。


 皆が私に怯えていた。

 友達も、お父さんも、お母さんも、皆が皆、私に怯えていた。


 一緒に遊ぼうと誘うと恐がられるようになった、一緒に勉強しようと言うと恐がられるようになった、100点のテストを持って帰ると恐がられるようになった、何かで1番を取ると恐がられるようになった。

 私が竹刀を持つと恐がられるようになって、何もしなくても恐がられるようになった。


 いつもみたいに皆を引っ張っていこうとすると皆怯えて、

 いつもみたいに何かで1番を取ると皆怖がって、


 意味が分からなかった。皆が私のことを怖がって、恐れて、怯えて……。

 皆が酷い目で私のことを見ていた。

 目の奥の光は決して隠せない。私の事を見る皆の目には確かに恐怖が混じっていた。


 皆が皆、私の事を恐れていた。

 怯えていた。


 私は失敗をしてみた。テストでわざと悪い点を取ってみた。

 そうしたら、みんな嬉しそうにしてた。

 大丈夫、心配することないよって言いながら……、あんなことがあったのなら気分も上がらないよねって言いながら……。

 みんな嬉しそうだった……。


 ……みんな嬉しそうだった!


 みんな私に優しい声かけて。いいんだよって言って。無理しないでいいよって言って。辛いことがあったら逃げていいんだよって言って……。

 

 みんな喜んでたっ! 私の失敗を喜んでたっ! 私が上手くいかないように優しい声をかけ続けた!

 強くなくていいよって! 頑張らなくていいよって!


 みんなが私に弱くなって欲しがっていた!

 みんな怯えていたからっ! 私に怯えていたからっ! 私が『強さ』を示すと恐怖していたからっ!

 私が弱いところを見せるとほっとしていたからっ!

 みんな私に怯えていたっ……! 心の底で私に恐怖していたっ……!


 あの日……私が人を斬り殺した日……、私は見たんだ……。

 皆を守れた事へと誇りと充足感で胸が一杯になっている時……、皆の目を見たんだ。

 みんな怯えていた。私のことを怖がっていた。


 赤色に濡れている私の事をみんなの目が……、

 みんなの目が……、

 みんなが私のことを……、


 みんなが私の事を『化け物』を見る目で見ていたっ!

『殺人鬼』を見る目で見ていたんだっ!


 ……目の奥の光は隠せない。

 みんなは気付いていない。

 みんながどれだけ私の事を酷い目で見ているか。

 自分の心に気付いていない。


『殺人鬼』を見る目で見られてきた。『化け物』を見る目で私の事を見ているんだ。

 ずっとずっとそういう目を向けられてきたんだ。


 友達がみんな、立派になり始めたのは私を守るためなんかじゃない。

 勉強ができる様になったり、部活で立派な成績を残したり、生徒会に入ったり、色々な賞を取れるようになったのは私を守る力をつけたためなんかじゃない。


 私が怖かったから。私が恐ろしかったから。

 みんな自分を守るために力をつけた。

 『殺人鬼』から身を守るために、『化け物』から身を守るために力をつけた。

 私に殺されないように、みんな強くなったんだ。


 私に殺されないように……。


 ……目の奥の光は隠せない。

 みんなは気付いていない。

 自分の心に気付いていない。


『化け物』に怯える目をずっと向けられてきた。

 赤の他人だけからじゃない。先生からも、親しい友達からも、両親からも向けられてきた。いや、私と親しければ親しい程、そういう目で見られてきた。


挿絵(By みてみん)


 頑張らなくていいよって、無理しなくていいよって、何度も言われた。

 みんな私の事が怖かったから。恐れていたから。


 私に殺されないように、私が息を潜めてくれればって、私が陰の中で生きていてくれたらって、心の底で、心の底から思っているんだ。


挿絵(By みてみん)


 ずっとずっとそういう目を向けられてきた。

 目の奥の光は隠せない。


 『殺人鬼』を見る目をずっと向けられてきた。親しい人から、ずっと、ずっと……、ずっと『化け物』を見る目を向けられてきた。

 自分の中の常識外の部分が、人に恐れられていた。


挿絵(By みてみん)


 そうだ。

 私は『化け物』なんだ。


 ごめんなさい。

 みんなは悪くない。

 私が『化け物』だから。

 私が『化け物』なのがいけないんだ。


 ごめんなさい。

 『化け物』でごめんなさい……。


挿絵(By みてみん)




 ……弱くなろうって決めたんだ。

 ……強さを隠そうって決めたんだ。

 失敗ばかりしようって。虐められ続けようって。愚かであり続けようって。負け続けようって。


 そう生きていこうって誓ったんだ……。

 弱くなれば……、みんな幸せだから……。


 力なんて要らないから。強さなんて要らないから。

 私が弱くなれば、みんな幸せなんだから……。


 そう決めたんだ……。


次話『29話 柊京子(2)』は明日 12/23 19時に投稿予定です。

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