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廻る廻る星と月の空 ~異世界と仮想世界と現実とその最果て~  作者: 小東のら
第1章 ティルズウィルアドヴェンチャー
25/47

25話 世界が変わる日(2)

 風が強く舞う。


 村の外れの崖の傍、二人で強い風に(あお)られた。

 『天に昇る塔』の攻略が開始されてから1時間以上が経過し、その塔が良く見える崖に腰かけ僕とキョウさんは視線を交わしていた。


「君は、『英雄亡霊グレイ』だから……」


 風は僕たちの体を力強く撫で、キョウさんの一つ結びの緑の髪がふわりと舞った。

 君が『英雄亡霊』だと、僕はキョウさんに向かって言った。


 彼女は驚いている。面を喰らい、目をぱちくりさせていた。


「何を……おかしなことを言っているの……? 私が『英雄亡霊グレイ』……?」

「うん」


 キョウさんは声を震わしていた。


「や、やだなぁ……!? いきなり変なことを言わないでよ、グラドさん! びっくりしちゃったよ!?」


 僕に指を向け、言った。


「何の悪戯か……あるいは勘違いか分からないけどね? 全然、全くもって違うからね? 私が都市伝説な訳ないでしょ? あー、驚いちゃった……!」


 彼女の顔は赤くなっており、熱を冷まそうと手でぱたぱたと煽っていた。

 困ったように笑っていた。


「もう、一気に体が熱くなっちゃったよ。君のせいだよ、グラドさん」

「……あの時、君は僕のことも心配するべきだった」


 彼女の手がぴたっと止まった。


「キョウさん、僕たちが『天に昇る塔』の地下を探索する前日、酒場で会った時のことだ。

 僕とクロさんのレベルが1であることを聞いた君は『クロちゃんはこの村に残った方がいい』と、そう言ってクロさんの心配だけをした。

 僕とクロさんのレベルが1だと言ったのに、キョウさんは僕の心配だけを省いた」

「…………」


 キョウさんは目を見開いていた。もう彼女は僕から視線を外すことは出来ないし、僕も逃げることはない。

 続ける。


「普通だったら同じLv.1の境遇にある人2人をどっちも心配するに決まっている。だけど君はわざわざクロさんだけに心配をかけた。

 それは既に僕の実力を認めていてくれたからだ。実際に殺し合って、僕ならば心配がないと認めていてくれたからだ。

 ……あの日、『英雄亡霊』と名乗った黒フードの中身は……君だ」

「そんなの言いがかりだよ! ただの屁理屈だよっ!」


 ……だけれど、君は怪しかった。


「さらに『天に昇る塔』に着いた時、君は塔の中に入るのが当たり前だと言うような雰囲気を発した。依頼には『天に昇る塔の周辺』と書かれているのに。

 文章の書き方がいけなかった。僕たちは『塔の外の周辺』だと思っていたのだが、君にとっては『地下という塔の周辺』を指していた。

 君は少し焦ったはずだ。結果、君は僕たちを塔の中に誘導した」

「…………」


 キョウさんは無表情だった。少し『呆れ』が含まれているような気もする。僕の話をただじっと聞いていた。

 本当は違うのか、

 それともただの演技か。


 キョウさんはため息を一つ吐いた。


「あのね、グラドさん。君がやっていることはただの探偵ごっこだよ?

 少しの勘違いが勝手に増長して身近に犯人を作ろうとする。後は『理屈と膏薬(こうやく)はどこへでもつく』。自分の想像がありもしない証拠となっていく。そうでしょ?

 だから馬鹿なことはこれ以上言わないで? 今ならまだ怒ってないから……」

「違う。確かに今までのはただの推論。結局は間違っているかもしれない」


 でも僕が感じたものは少し違う。

 君を怪しいと思った始まりは別にある。


「でも、君は僕の動きが見えていた」

「……え?」

「キョウさんとは何回か共闘した。その全てにおいて、君は僕の動きを目で追った」


 キョウさんから冷や汗が垂れる。


「僕の動きは確かに遅くなった。弱くなった。

 それでも普通の人には僕の動きは見切れない。自負がある。恐縮だけど自信がある。

 ……だけど君は僕の動きが見えていた。僕の剣の動きを目で追った。僕の速さに意識が追い付いていた。そういう発言も確かにあった」

「…………」


 キョウさんの目が血走っていた。

 今までとは明らかに違う、彼女に焦りが生じていた。


「君は明らかに自分の強さを偽っている。

 自分は無能だと、愚図だと騙って、弱者を演じている。過剰なまでに嘘を重ねている。

 『アームズ・トロール』、君なら1人で倒せたはずだ。予想外の敵を屠るだけの才がありながら、君は弱者の立場に甘えた」

「…………やめて」

「この崖で僕が1人の男と戦った時、君はおそらく僕の動きが全て見えていた。そこで多分僕に目を付けた。夜の戦闘も僕の実力を試してみたかったから……。いや、あれはただの偶然かもしれないね。そこは判断できない。

 その後接触すると、君に怪しさを覚えた。自身が強者でありながら、他者を(ないがし)ろにしてまで弱者を騙っている。怪しい。そういう者に信頼を置くわけにはいかない」

「……やめて」

「君の視力、反応速度、スピードは剣士のそれだ。何故、後衛で戦っている?

 自分の力を(おとし)めて、(たばか)って、何を(たくら)んでいる?

 弱者を騙る強者は今、何を考え、何を謀っているのか……」

「止めろよっ!」


 キョウさんの大きな声で空気全体が震える。

 「止めろ」、そういう強い言葉をキョウさんは使った。短い付き合いで、それは初めて聞く言葉だった。


 彼女が僕を見た。強い目で見てきた。

 弱い心の者がその目を向けられれば、たちまちのうちに恐怖に支配されてしまうだろう。そういう目をしていた。


 目は大きく見開かれ、血走り、怒りに燃えていた。

 周囲の空気までもが張り詰め、ピリピリと痛くなってくる。


 彼女の威圧感がこの場全体を呑み込んでいた。


「……グラド、君は一つ間違っている」

「……なに?」

「私は『英雄亡霊』ではないんだよ」


 そう言った瞬間、彼女は懐からナイフを取り出し、稲妻のような速さでそれを振った。

 目にもとまらぬ速さ、と不遜ながら、僕以外ではその表現で正しかったと思う。


 一瞬でナイフが僕の首に迫る。足は崖の先に出し宙を蹴っている。

 仕方ないから上体を倒して地面に背を付ける。そのまま後転倒立し、腕の力で起き上がった。


 一瞬後に、ビュッと風を裂く鋭い音が聞こえてきた。ただナイフを振るったとは思えないほどの大音量が空気を震わせた。そこに何かがあったら首だけじゃない、鉄さえも斬れていただろう。


 追撃が来る。

 ナイフが放たれる。凄まじいまでのスピード。僕の心臓目がけて一直線にナイフが飛んできた。


 持っていた刀でナイフを斬る。高い金属音を響かせながら、二つに分かれたナイフは僕の後ろに飛んで行った。


「……呆れた」


 キョウさんがいつの間にか取り出した新しいナイフを肩に当て、眉を(ひそ)めながら呟いた。


「今のを完全に避けられるなんて……。普通だったら確実に殺しているのに……。ねぇ、グラド、君って本当に人間?」

「さぁ? どうだろう?」

「人間なわけがない。私と同じで、化け物なんだ。人間の振りした化け物なんだ」


 キョウさんがナイフを構えた。

 鬼気迫る気迫が彼女を纏っていた。


挿絵(By みてみん)


「……あのね、キョウさん。今のね、僕じゃなかったら死んでたよ? 全く、危ないんだから……」

「余裕ぶって。全く……。君と私は同族なのに……。しっかりとその首、裂いてやるんだから……」


 キョウさんが危険な獲物を見る目で僕の事を睨んでいた。

 彼女の言う『同族』というのが何を指しているのかは分からない。だが、その目には一切の喜びは無かった。『同族』に会えたことへの喜びは一切なかった。


「グラド、君を潰す」

「…………」


 強い警戒心と、激しい敵意が顕わになっていた。

 彼女の言う『同族』は、彼女にとって敵なのだ。


「さっき言っていた『私は英雄亡霊ではない』って、どういうこと?」

「文字通り。私は『英雄亡霊グレイ』の手伝いをしていただけ。私そのものが『英雄亡霊グレイ』ではないってことだよ。……夜の森で君と戦ったのは私だけどね」

「それでも、繋がりはあるってこと?」


 キョウさんが小さく頷いた。


「キョウさんは『英雄亡霊』の正体を知っているの?」

「いや、それは知らない。私がコンタクトを取れるのはネット上だけ。現実で何をやっている人なのか、どんな顔なのか、どこに住んでいるのか、何も知らない」


 ネット上? 現実? まーた、何言っているのか分からない。

 ここの村の人たちは独自に言葉を発展させ過ぎである。


「私はネットを介して『グレイ』から指示を貰っていた……」

「あ、やめて? 略さないで? ちゃんと『英雄亡霊』を付けて?」


 まるで僕が悪者みたいになるから。


「……? とにかく、私が『グレイ』から貰っていた指示は主に『ティルズウィルアドヴェンチャー』の中で、『指定の人物の記憶を奪い、情報を集めること』。それと『有望なプレイヤーに力を振りまくこと』。VRゲームのプレイヤーを観察。見所のある人たちを探して、その人達に強力な武器・防具を授けていた。

 『グレイ』は私に強力な武器のデータを大量に渡してきた。普通にゲームしていたのでは絶対に獲得できない強力なバグデータ。

 私はそれをゲーム中で起動。私だと分からないように、強いプレイヤーに武器を渡してきた……」

「……じゃあ、ガスロンさんとベルナデットさんが伝説の武器を持っていたのは……」

「少し身内贔屓が過ぎたかな……? いや、でもガスロン君たちは本当に素質があった。戦闘の技術はこのゲーム内で確実に5本の指に入る」


 ガスロンさん達が伝説の武器を持っていたのはキョウさんの陰謀の為だった。


「……それで、僕も君のお眼鏡に適ったと?」

「うん、少し困ったのは君が完全に無名のプレイヤーだったこと。『グレイ』の探している『強い人材』だということは分かっていたけど、どうコンタクトを取ったらいいのか分からなかった。でも、私が『英雄亡霊グレイ』として活動している時に偶然現れた。最初は口封じの方が優先だと思ったけど……、君は私と同じで、化け物だった……」

「……亀吉さんがあの場に現れたのは?」

「それも偶然。運営の人に見つかるなんて運が悪かった。『英雄亡霊グレイ』に渡されたチートコードを使用してなければ、あの場で拘束されていた。

 ほんと、運が悪かった。『村雲ノ御剣』が運営に回収されないように、簡単にデータを参照させないようにして、私とグラド以外が触れると電撃が触れるように設定しておく必要があった」

「…………」


 伝説の剣にそんな魔法効果を簡単に付与できるものなのだろうか?

 『英雄亡霊グレイ』がとんでもない魔法の使い手であるか、あるいは伝説の武器が模造品であるか……。


 しかし、そんな風に強い武器を振りまいて『英雄亡霊』に何のメリットがあるのか?


「……何故『英雄亡霊』はそんなことを?」

「……分からない。あいつは『備え』だとしか言わなかった。詳しい目的までははっきりしない。他にも幾つかの指示を貰ったけど、どれもこれも目的が分からない……」

「……そんな奴に、何故協力を?」

「…………」


 キョウさんが少し言い辛そうに、少し後ろめたそうに目を背けた。


「……そんなの決まってる。……報酬だよ」


 キョウさんがナイフの切っ先を僕に向けた。


「例えば、今ここで、このゲームの中に『記憶消去』の魔法があって、それをグラドに撃ち込んだら『現実でも』記憶が消える、って言ったら信じる?」

「うん、信じる」

「…………。……いや、そこは信じられないって言って欲しかったんだけど? ……だってただのゲームだよ?」


 なんでだ? なんでキョウさんは少し困ってるんだ?

 だって、『記憶消去』の魔法を撃ち込まれたら記憶が消えるのは当たり前じゃないか?


「……いや、信じて貰えないけど、って話し始めるつもりだったんだけど……」


 こほん、とキョウさんは軽く咳ばらいをした。


「『英雄亡霊』には力があるの。現実に影響を与える、虚構では無い本当の魔法が……」


 彼女が腰を落とす。

 目がぎらつく。緊迫が空気に浸透し始める。戦いが再び幕を開けようとしている。


「仮想では無い、幻想でも虚妄でも無い、本当の魔法を使う力が……!」


 キョウさんが絞り出すように淡い言葉を吐いた。


「私は、それが欲しかった……。どうしても……、必要だったんだ……」


 震えながら、呟いた。


「魔法の力が……、必要だったんだっ……!」


 その小さな声を最後にして、戦いが再開される。


 彼女の体が弾かれるように飛び、一瞬で距離が詰まった。

 ナイフが振るわれる。刀で受けるが、女性のものとは思えない腕力で刀を弾かれる。この腕力の差はレベルによる差なのか、それとも彼女自身の力なのか。


 ナイフが突き出される。少し腕を上げ、半身になりそれを躱す。服と薄皮が切れる。

 彼女の突き出された腕が引っ込む前に、上げた腕を下げ、脇で彼女の腕を挟みこむ。


 彼女の眉がピクリと動く。

 僕は逆の手で刀を振るった。だが、キョウさんが僕の手を掴み、それを防ぐ。

 視線が交わる。人1人分の間も無い至近距離で、僕達は視線を交えた。


「逃がさない……」


 キョウさんが自分のおでこを僕のおでこにぶつけた。

 彼女の瞳が良く見えた。

 激しく熱く、そしてくすんだ瞳をしていた。


「ログアウトする隙も与えないから」


挿絵(By みてみん)


 僕の体が地から浮いた。

 彼女が僕を背負い、投げようとしている。力に任せた強引な投げ技。ステータスの差を利用されたら敵わない。脇で挟んだ腕が解かれる。


 地面に叩き落とされる前の一瞬、空中で僕は彼女の首に足を掛けた。彼女自身の力が彼女の首に伝わる。僕達は(もつ)れ、地に転がった。


 2人して転がり合う混戦の中、すぐさま上を取った。上体を起こし、刀を手の中で回し、逆手で突き降ろした。彼女は上体を捻り、何とか躱そうとする。


「っつ……!」


 彼女は避けきれず、刀が体を掠める。それでもほとんどダメージは見込めない。やはり、ステータス差が大きいのが痛い。

 彼女はそのまま強く体全体を捻り、上に乗っている僕の縛りから抜け出す。僕は弾かれ、彼女はバク転を繰り返して距離を取っていた。


 距離を取り、静止する。

 2人で武器を構え直した。


「グラド、君の記憶を剝奪する。君に『ロブ・メモリー』をかける」

「君に、それが出来るのか?」

「やってみせる……」


 彼女は祈るように、ナイフを握った手を胸の前に置いた。

 目は刃のように鋭かった。


挿絵(By みてみん)


「やるしかないんだっ! エルク・ゲイン・アボムスッ!」

《キョウ;Magic Skill『スパークアベルト』》


 キョウさんが自身に速度強化魔法をかける。彼女の体に雷が纏い始める。

 ん? ちょっと待て? なんだ、これは?


「行くよっ!」

「ま……、待って!?」

「待つかっ!」


 彼女の体が雷の尾を引きながら迫ってくる。先程でも十分に速かったが、今はそれよりもずっと速い。


 正面では無く、少し進路をずらされ側面に回り込まれる。

 彼女の体が沈み込み、足払いが放たれる。それを小さく跳び、躱す。


 彼女はそのまま体を回転させ、流れるように2発目の蹴りを放つ。次は足を大きく振り上げての上段への蹴り。上体を逸らし、躱す。彼女の蹴りが僕の顎先を掠める。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 彼女は自身の回転を足の裏の力で強引に止めた。そして、右手で持っていたナイフで直線的に僕に襲い掛かる。回転軌道からの直後の直線的な攻撃。避け辛い良い攻撃だった。

 僕は膝を上げ、突き出された彼女の手を下から叩く。手からナイフが弾かれ、宙高く舞った。


挿絵(By みてみん)


「くっ……! 相変わらず……、化け物っ……! どういう反射神経してるの……!?」

「ちょっと待って!? キョウさん!? 何か! ……何かがおかしいっ!」

「うるさいっ……! もう止まれなんかしなっ…………!」


 止まれなんかしない。そう言おうとしたキョウさんがぎょっとし、体を大きく震わせて止まった。

 崖の先に見える『天に昇る塔』を見つめ、驚愕していた。


「え…………?」

「…………」


 塔に黒い影が纏わりついていく。

 異変が、始まろうとしていた。




* * * * *


 そこは暗い部屋であった。

 全面はガラス張りで、地下にあるわけでもないし今が夜であるわけでもない。しかし部屋の中に差し込む光はほとんど無く、暗く不気味な部屋であった。


 何故か外の下の方から湧き上がる光を僅かに取り入れ、かろうじてその部屋の中に少しの光を取り入れていた。


「……さぁ、始めようか…………」


 椅子に座った男がその部屋にいる者達を促す。その男は体の半分以上が白い鉄に覆われており、人間とは言い難い様相をしていた。


 この部屋の床には魔方陣が描かれていた。直径20m程の大きさで描かれており、それは魔法世界の常識的に考えてとてつもなく大きな魔方陣であった。


『この言葉を、空を歩む者たちへ贈る……』


 その部屋には10人ほどの人間がいた。


『暗き旅路に差す道標は星の明かり。荒れ狂う波に歌う鳴き声は星の明かり……』


 その者たちが口を揃えて言葉を発し出した。


『闇は座し、そこに天はなく、王と驕り高ぶる者も、その無限の虚無の前では虚無に等しき虚空に同じ』


 その者たちは魔方陣の外縁に立ち、等間隔に並んでおり、中心を向いてただ呪文を唱えていた。


『我は望む。我らはただ望む。道なき道に道を。光なき闇に光を。闇なき光に闇を。閉じた世界に救いを。ただ望む。ただ望むは反転なり』


 この部屋の者たちは皆一様な黒いフードコートを身に纏っていた。部屋の暗さもあり、個々の顔は全く見えない。

 しかし、確かに渋川が死んだ時に居合わせた少女、アメリーの姿が確かにそこにあった。


『港の扉よ、我らに答えよ。虚無の作る波をうねらせ、空への航路を作りたまえ。天と天を逆さに交え、夢を結び(・・・・)世界を繋ぎ(・・・・・)心を繋げ(・・・・)理論と為せ(・・・・)、星への航路を整えたまえ』


 魔方陣が光りだす。

 この部屋の者たちが、その身に宿る莫大な魔力を魔方陣に注ぎ込んでいくと、陣はそれに答え、魔術を発動させた。


『スフィア・フォン・イール・アルス・シーデ・バイド・ゲル・デ・フォイフィロス・アルトムハーゲン・ダクス・ヴィル・ド・レイエステル・イール・ドウェスティル・エトスイム・ホロスイム・エトスイム・ホロスイム』


 魔方陣から放たれる光が強く部屋を照らした。しかし、その光も一瞬で、すぐに外の暗闇に溶けて消えてしまった。


「…………」


 白い鉄に覆われた大男はじっと目を瞑り、世界に意識を傾ける。

 ゆっくりとした闇のような長い時間が経った。


「……皆、ご苦労」


 大男が口を開く。


「今、世界は開かれた」


 戦いが幕を上げようとしていた。


挿絵(By みてみん)




* * * * *


「な、何……あれ……」


 『天に昇る塔』に黒い影が覆い始めていた。

 いや、影では無い。小さく(うごめ)く黒い群集が少しずつ塔の周囲に現れ始めたのだ。


「何……。なんなの……あれ……」


 キョウさんが目を見開き、息を呑む。

 数百と言う黒い点の集まりが塔を囲っていく。大量の虫が何もない場所から湧き出しているかのようだった。


 よく目を凝らす。小さくて見えにくいが、あれは黒い虫なんかじゃない。

 人だ。黒い人が塔の周りに大量に浮かんでいる。黒い鉄で出来た不気味な人間が、空間の狭間から湧き出てくるかのように、姿を現し始めていた。


「あれは……」


 突然、大きな音がする。

 塔からでは無い。僕達の指輪についている青いクリスタルからだった。


「な、なんだっ?」

「これは、メール?」


 こんな時にっ! と小さく漏らしながら、キョウさんは青いガラス板さんを呼び出し、素早く『メール』とかいう手紙を開く。

 慣れた手つきだった。その速度では完璧に負けている。僕も自分のメールをとろとろと開く。


「これは……」

「『英雄亡霊グレイ』……から……?」


 手紙の差出人はかの『英雄亡霊』だった。


『2040/11/1(水) 14:32:13.18 『英雄亡霊グレイ』より


 仮想現実を体感されている皆様

 仮想世界をいつもご利用頂きありがとうございます。

『英雄亡霊グレイ』です。


 真に申し訳ないのですが、ただ今仮想現実上でバグが発生いたしました。

 このバグにより現実への帰還が現状不可能となりました。

 バグの修正をこちらで行う予定はございません。プレイヤーの皆様が各自行って頂く形となっております。


 詳細のメールは後程送らせて頂きます。

 皆様、死なないよう十分お気を付け下さい。

 ご健闘を祈ります。


 英雄亡霊グレイ』


「なに……、なんなの……これ……?」


 キョウさんが狼狽する。

 目まぐるしく変わる現状に頭が付いていけていない。

 塔の周りには黒い鉄の人間が数百と(うごめ)いていて、『英雄亡霊』からの連絡は意味不明である。


「なんなの、これ……!? 知らないっ……。こんなの聞いていないっ……!」


 キョウさんがガクガクと震える。

 顔は青ざめ、目は怯え、ガチガチと歯を鳴らしていた。最上級の警鐘が彼女の中で鳴り響いていた。

 その様子を見ると、本当に何も知らなかったようではある。


 黒い鉄の人間達が塔の周囲に不気味に佇んでいた。


 この日、確かに世界が変わった。

 世界は反転した。

 世界を取り巻く全てが変わった。


 今日、あらゆる道は開かれた。

 世界の旅路が果てしない空へと開いていった。


挿絵(By みてみん)


14話と18話、キョウはめっちゃすっ呆けております。


次話『26話 強襲(1)』は明日 12/20 19時に投稿予定です。

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