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廻る廻る星と月の空 ~異世界と仮想世界と現実とその最果て~  作者: 小東のら
第1章 ティルズウィルアドヴェンチャー
23/47

23話 悪夢

 冷ややかな闇の中、夜が深く息を潜めていた。

 時刻は午前3時。日付は月を(また)ぎ、11月1日の日曜日となっていた。まだ夜は明けていないが、今日は『ティルズウィルアドヴェンチャー』のβテスト最終日だ。


 そんな中、あるダンジョンの最深部の隠し扉の更に奥の奥、一人の男が目を血走らせながら仮想現実上で作ったパソコンを弄っていた。


「くそっ……! くそっ……! βテスト期間中にもっとたくさんの……! たくさんの実験をしようと考えていたのに……!」


 苛立ちを抑えるように自分の頭を強く掻き、歯ぎしりを繰り返している。


 その男の名前は渋川一徹。このゲーム『ティルズウィルアドヴェンチャー』の開発責任者である。


「くそっ! くそっ……! あの時っ! あの時、あの変な灰色の男が邪魔しなければっ……!」


 この男には野望があった。

 VR空間内による強烈な刺激の再現。それによって人に強い痛み、強い快感を与え、人を心の内側から縛ろうとしていた。強すぎる刺激によって人を支配しようとしていたのである。


 要するに、VR技術を悪用しようとしていた。


 しかし、その計画は1人の男のせいで大幅な遅れをもたらしてしまった。

 灰色の髪の男。そいつが急に隠し研究所を訪れ、痛みを100倍に再現しているその空間で、無情にも渋川の股間を蹴り上げたのだ。


 渋川に激痛が走った。それは悪夢だった。

 確かに三途の川を見た。


 そのせいで渋川は現実世界でも失神。

 緊急入院を余儀なくされ、1週間も行動不能となってしまった。

 更に、久しぶりにゲームの中に戻ってみると、いつもの研究所の空間データが削除されてしまっていた。

 おそらくあの灰色の男が運営に言いつけたのだろう。


 今この場にある研究室は、渋川があらかじめ作っておいた予備の研究室である。

 しかし、最低限度の研究機材しか設定されていない。


「くそぉ! くそぉ……! 全部全部あの男のせいだ! あの灰色の髪の男のせいで何もかもが狂ったんだっ……! 復讐してやる! 復讐してやる……!」


 渋川は怒りを持ってあの時の状況を思い出す。

 そして、さっと青ざめた。渋川の体が震える。あの時の股間の痛みの片鱗が頭の中をよぎってしまったのだ。


「……う、うん。そうだ……、止めよう……。別に……別に、あの男にこだわる必要は無い……。うん、全くない……」


 天地が割れるような股間の衝撃は渋川の強烈なトラウマとなっていた。

 強すぎる刺激が体も心も縛っていた。もう彼は一生灰色の髪の男に立ち向かうことが出来ないだろう。


 強すぎる刺激が人の心を縛ることを、皮肉にも彼自身が証明していた。


「それよりも、自分の計画を着実に進めていくんだ……。そうだ……、あの男に構う必要なんかない……。私には高潔な目標があるのだ……」


 ぶつぶつと言い訳をしながら、彼は現実に目を背けつつ、仮想空間上のパソコンのキーボードを叩き始めた。


 その時だった。


「へぇ……。『あの男』って、誰のことかしら……?」


 渋川の背後から声がした。

 驚き、椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。心臓を強く揺らしながら、彼は振り返った。


 ――1人の少女が宙に浮かんでいた。


挿絵(By みてみん)


 ふわふわと宙に佇み、後ろで縛られた長いピンクの髪が揺れている。小柄な体躯が見えない椅子に座るように、空中に腰かけていた。

 側頭部には大きな赤いリボンが付けられており、空中でひらひらとしたスカートを手で押さえながら宙に浮いている。


 特徴的なのがその目である。目の色が左右で違っている。片方が燃えるように綺麗な赤色をしており、もう片方が闇より深い黒色であった。


「……誰?」


 渋川にはその少女に心当たりが無かった。

 というよりも、彼女がどうやって宙に浮かんでいるのかすら分からない。宙に浮かぶ魔法など、このゲームでは設定されていない。


 更によく見ると身に付けている物がおかしい。

 服もアクセサリーもこのゲームの装備品には無いものであった。


「……お前は、一体……?」

「いいよ、分からなくて。……ふーん? 『VR空間内での強烈な痛みの再現』……。つまらないこと考えるわね? あなた?」


 渋川の背後から声がした。

 気が付くと、目の前でふわふわと浮かんでいた少女は忽然と消え、いつの間にかまた渋川の背後に立っていた。渋川の背後にあったパソコンを弄り、彼の研究内容を漁っていた。


 まるで少女が瞬間移動をしたかのようだった。

 渋川は狼狽した。


「なっ……!? なんだっ? お前は一体……? 一体、なんだっ……!?」

「私の名前はアメリー。……これ以上自己紹介しても、あなたには理解できないでしょうね?」

「なんだ……!? 何を言っているんだ……!?」

「そんなことよりちょっと、聞きたいことがあるのだけど……」


 アメリーと名乗る少女がこんこんと拳でパソコン画面を叩いた。


「この研究、一体誰に指図されてやっているの?」

「……は?」

「あなたは『英雄亡霊グレイ』の指示を受けているのかしら……?」


 渋川は混乱する。

 何故ここで都市伝説の『英雄亡霊グレイ』の名前が出てくるのであろうか?

 この『刺激』の研究は自分の意志で行ったものであり、『英雄亡霊グレイ』なんか全く関係ないのである。


「答えなさい。『英雄亡霊グレイ』は一体何者なの? 今、どこにいるの?」

「な、何を言っている? 知らない。『英雄亡霊』なんか知らない……!」

「とぼけないで。『英雄亡霊グレイ』ってのは、本当に、本物のあのグレイなの?」


 本物のグレイ? 渋川は戸惑う。

 異世界の勇者『グレイ』と言うのは、元々ただのゲームのキャラクターだ。そんなものに本物も偽物も無いように思えた。


「答えなさい」


 アメリーと言う少女の黒い目が、自身の白目を侵し、黒く広がっていく。

 彼女の片目全体が真っ黒に染め上った。


 途端、渋川の右の肘が千切れた。

 黒い炎のようなものが肘から現れ、渋川の右肘を削り取り、右腕がぼとりと地に落ちた。


「……っ!?」


 渋川に焼けつくような激しい痛みが襲う。実際に腕が千切られたような強烈な痛みが彼に襲い掛かり、彼の頭の中は苦痛で満たされた。


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁっ……!?」


 悲痛な叫び声をあげ、地にのたうち回り、悶絶する。彼の体は余りの痛みに痙攣(けいれん)し、千切れた右腕からは血が飛び出していた。


 有り得ない現象だった。

 現在、渋川は強烈な痛覚の再現を行っていなかった。痛みなどほとんど感じる筈の無い、通常通りの設定の筈だった。

 しかし、今現在、渋川は強烈な痛みに襲われている。


 血が飛び出るのも有り得ないことだった。

 このゲームでは血が飛び出るような演出はされない。攻撃されても血は出ないし、そもそも腕や足が千切れることもない。


 この苦痛はまるで、現実の体のようであった。

 何もかもが有り得ないことだらけだった。


「さぁ、言いなさい。『英雄亡霊グレイ』は何処にいる!?」

「……知らないぃっ……!? 本当に、知らないぃっ……!? 言っていることが分からないぃっ……!」

「……嘘付くと、(ろく)なことにならないわよ?」

「本当だぁっ……! 信じてくれぇっ……! 何も知らないっ……! 何も分からないぃっ……!」


 涙と鼻水を垂れ流しながら必死に渋川が訴えた。

 その様子を見て、アメリーは口をへの字に曲げながら数歩身を引いた。


「……本当に、何も知らない……?」

「本当だぁ……! 信じてくれぇっ……!」


 アメリーは顎に手を当て考え込んだ。

 目の前の彼は本当のことを言っているかどうか。その黒い眼差しで値踏みするように、じっと見ていた。


 そうして2人の視線が交錯している時だった。

 カタカタっと音がした。

 通路の奥からガタガタッと音がした。


「えっ……?」

「ん?」


 通路を駆け抜けるような音がし、何者かがこの地下室に近づいていることが分かった。重い足音と一緒に、鉄と鉄がぶつかり合う音も聞こえる。

 鎧を着た何者かが走っている時の音だった。


 もうすぐそこまで来ている。

 この部屋の扉がガンガンと叩かれ、まるで部屋全体が震えるかのようであった。


「まずいっ!」


 アメリーが身を引いた。

 扉が何者かに蹴破られ、その乱暴者が姿を現す。


「な……なんだ……? 黒い鎧……?」


 そこに立っていたのは黒い不吉な鎧だった。

 鎧の隙間から見える姿は人間のそれではなかった。黒い鉄で出来た人形が黒い鎧を着て動いていた。

 闇も光も呑み込んでしまいそうな不気味な黒色。それを見た人間は本能的に恐怖を感じざるを得なかった。


 渋川は知る由もないが、それは『天に昇る塔』の地下にあった黒い鎧であった。

 禍々しさを錬成して、鎧の形にしたような怪物が立っていた。


「なっ、なんだ!? こいつは……!? こんなモンスター……見たことないぞっ!?」


 渋川は狼狽(うろた)えた。

 彼はこのゲームの開発責任者である。自分の知らないモンスターやシステムが存在するはずないし、他のあらゆるゲームの知識を総動員しても、こんなモンスターの存在は知らなかった。


「ちっ! まだこっちも本調子じゃないって言うのに!」


 アメリーはそう悪態をつくと、また忽然と姿を消した。

 隠し部屋から彼女の姿が消え去った。


「……え?」


 不意に渋川1人が取り残される。

 その隠し部屋には渋川と謎の鎧がいるだけとなった。


「え……? ちょっと……? なんで……?」


 黒い鎧が雄たけびを上げる。まるで金属が擦れる様な甲高い声だった。

 そうして、一歩ずつ渋川に近づいていく。腰に差してあった剣を引き抜いた。


「ひ、ひっ……!」


 彼は恐怖で身を強張らせていた。

 通常なら、モンスターに襲われてHPを0にしてもゲームオーバーにしかならない。自分の身に危険は全くない。恐怖する必要は何もない。


 しかし、渋川は本能的な恐怖を感じていた。その恐怖に体が抗えなかった。

 そしてその感覚は正しかった。


 鎧が剣を振り上げた。


「あああああああああぁぁぁぁぁッ…………!」


 渋川は悲鳴を上げた。

 そしてそれはそのまま断末魔となった。


 黒い鎧の剣は渋川を真っ二つにした。頭から剣を入れ、体の中心を剣が裂いていく。二つに分かれた渋川の断面から、血が大量に飛び散った。


 隠し部屋が渋川の血で染め上がる。

 渋川は死んだ。

 ゲームの中で死に、そして現実からも消え去った。


 鎧に斬られ、殺された。


 鎧の隙間から見える赤い瞳が怪しく怪しく輝いていた。


挿絵(By みてみん)






「あいつ、本当に『英雄亡霊グレイ』のこと知らなかったのかな……」


 いつの間にか外に出ていたアメリーが小さく呟いた。


「悪いことしたかもね……」


 少しばつの悪そうな目をしながら振り返り、今の今までいたダンジョンを振り返る。

 しかし、少しの後ろめたさを振り切るように(かぶり)を振って、彼女は前に進んだ。


 ただ、前へと歩いていった。


『ティルズウィルアドヴェンチャー』、βテスト最終日が幕を開けようとしていた。


次話『24話 世界が変わる日(1)』は明日 12/18 19時に投稿予定です。


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