2話 旅の終わりの始まり(2)
「グレイさん、そのキノコは一体何なのですか?」
夜、真っ暗となった森の中、炎魔術で付けたランプの明かりが周りを淡く照らしながら、私達は野営の支度をしていた。星明りは木の葉に遮られ、その光はほとんど届かなかった。
錬金魔法で生成した鍋に魔術で作った水を溜め、夕飯の支度をしていたのだった。
「ん? アリシア? えぇと、これね……」
私はグレイさんに正体を明かしていた。私が皇帝アリシアであることを明かしていた。
その時のグレイさんはいいリアクションを見せてくれた。目を丸くし、口をあんぐり開け、まさに唖然という表情で私のことを見ていた。彼の予想通りのリアクションは私を喜ばせた。
今、夕飯の準備をしている。
森の中で採ってきた食材の中に、鮮やかな色のキノコがあった。鍋で食材をぐつぐつ煮ていたのだが、グレイさんはもう一つ別の鍋を用意していて、そこに色鮮やかなキノコを煮ていたのだ。
「アリシアはこれ、食べない方がいいよ」
「なんでですか?」
「これ、毒キノコだから」
仰天した。
何でそんなもの拾ってきているんですか!?捨てて下さい!なんで毒キノコと分かっていて、今そこで煮ているんですか!?と、私は大声でわめいた。
彼はあははと、困ったように笑って、
「僕はお腹が強いから、毒でも平気なんだ」
だからアリシアは毒キノコの入っていない鍋をつついてね、と軽い口調で喋っていた。
私は愕然とした。自分の無知を恥じた。
一般的な冒険者や、食べ物に困った民草は毒キノコすら食べるのか。そして、その状況に慣れ、胃が強くなっている。
私は今まで安全なものしか食べていなかった。料理人が用意した安全な食べ物を食べ、痛んだ食材ですら口にしたことが無い。しかし、冒険者や民草は違う。毒すら食べなければいけない。
私は甘えた生活を送っていたのだ。
「……私も食べます!」
「えっ……?」
「私も食べます!」
その日から私は毒を少しずつ食べていった。毒に体を慣らしていた。
そっちの方が非常識であったことに気付くのは、私が完全に毒に耐性を持った頃の話だった。
* * * * *
私達は旅をしていた。
魔族の被害から人を救う旅をしていた。
魔族に襲われている村や都市、国を訪れ、その災厄を払う。私達は二人で何千、何万という魔族を相手にし、それを打ち破ってきた。常勝だった。
旅の中で私は強くなっていった。
勿論、私は帝都に帰ろうとしていた。グレイさんも私を送ってくれようとしていた。
しかし、やれ向こうの都市が魔族に襲われているとか、やれ山の向こうの国が魔族によって支配されているとか、そういう話を聞くと助けに行かない訳にはいかなかった。
と言っても、無駄な寄り道をしていたわけでは無い。
死亡説が流れていた私の存在を、魔族を打ち倒しながら強調することで、それ自体が帝国の威光となった。魔族を倒し、世の中を回る皇帝の存在が、帝国を食い物にしようとする私の敵の行動を抑制した。
妹や弟も無事であるようだった。
グレイさんがもうのっぴきならないほど強かった。
敵の体や鎧はおろか、城壁とか、大砲とか、獣魔人とか、オリハルコンのゴーレムとか、とにかく様々なものをスパスパと斬った。これらって本当は豆腐で出来ていたんじゃないかと思う程、軽く簡単に斬っていった。
亡者の王、冥王を両断した時は流石に引いた。
「はっはっは! どうする、勇者グレイよ! 私の体は魂で出来ている! 剣による攻撃は効かん…………あぎゃーっ!」と言いながら真っ二つにされていた。
意味がちょっと分からず、本人に聞いても頑張ったら斬れた、と要領の得ない返答がきたが、とにかく、グレイさんは何でも斬った。
西に走っては村を救った。
東に走っては敵の王を城ごと真っ二つにした。
北に走っては山を砕き、谷に変えた。
南に走っては大地を爆散させ、そこに大きな湖が出来た。
結構、地図を変えてしまった。
正直やり過ぎたと反省している。
旅の途中、気付いたことがある。
お酒って美味しいという事だ。
とある村を守った時に、その酒場で祝勝会が行われた。帝国の法律だと15歳が成人で、お酒を飲めるようになるのもその年からだ。その時私は11歳だった。
酒場でお酒を勧められ、最初は断っていたのだが、仕方がありません、では一杯だけ、ということでお酒を飲み、そのまま30人抜きをした。
私の酒豪伝説はそこで幕を開けた。
「あー……! お酒ってぇ……おいしー……かったぁー!」
「あー、もう、飲み過ぎだよ、アリシア。本当にお酒初めてなの?」
私はグレイ君におんぶをして貰って宿屋に連れて行ってもらっていた。私はもうまともに歩けず、見上げた星はくるくると回っていた。
「ごめんねー……。グレイ君ー……、いつもごめんねぇー……」
「別にいつもは迷惑かれられてないけど……。アリシアって実は凄くお酒好きになるんじゃないかな?」
「ありがとねー……。いつもいつもぉ……ありがとー……ございますぅ……」
「聞いてないや」
「ありがとー……ございますぅ…………。いつも、いつも……ありがとぅ、ござい……ますぅ…………」
グレイ君は苦笑していた。
その困ったような顔が、私は実は好きだった。
そうして旅をしていると、私は帝都に帰ってきた。
帝都は今まさに魔族に襲われていた。人々は怯え、反抗し、なんとか敵の攻撃を防いでいたが、帝都が落とされるのは時間の問題だったように見えた。
私は風魔法を操った。
帝都を丸々飲み込むような巨大な竜巻を発生させ、帝都の外にいる魔族を一掃した。城壁の内側に入っていた魔族に対して、小さな竜巻を幾つも作り、個々に排除していった。
これはグレイ君のアドバイスだった。
帝国の皇帝はその威光を示すため、代々光魔法の習熟に専念しており、私もそうしていたのだが、グレイ君は私の才能が風魔法にあることを見抜いた。
アドバイス通りに風魔法の練習に力を入れると、ぐんぐんと上達していった。その頃にはグレイさんのことをグレイ君と呼ぶようになっており、彼のアドバイスなら素直に受け入れられた。
風魔法は私の代名詞となり、後に『風皇』という異名で呼ばれるようになる。
そんなこんなで、私は帝都を守ることが出来た。
割とあっさり、死力を尽くすことも無く、私は帝都を守ることが出来た。
帝都を離れる前の自分と、今の自分は別物だった。
旅を経て、私の実力は何倍にも膨れ上がっていた。
帝都から敵を一掃し、怯える妹達を抱きしめた。
皆、泣き腫らし、それぞれの思いを口にしていた。とても怖く、とても恐ろしかったと言う。皆わんわんと泣いており、抱きしめられる私は皆に鼻水を付けられたのだが、それは私もグレイ君にしたことであり、なんだか懐かしい思いで満たされた。
次女のサラがこう言った。
「姉様……なんだか、顔が優しくなった……」
彼女は前に私のことを恐ろしいと言った子だった。私はなんだかばつが悪くなって、困ったように笑った。
帝都はどんどん復興していった。
それを少しの間、ぼんやりと眺めていた。
ある時、私の次に年長である長男のウィガードと話をした。
「姉様が帰ってきてとても嬉しく思います。僕にはもう限界でした。政治や経済、軍備などの国政を姉様抜きで頑張っていたのですが、とてもじゃないけど姉様のようには出来ませんでした。
たくさんの人の力を借りても、姉様一人の仕事量にはとてもじゃないけど及びません。姉様が帰ってきてくださって、僕は肩の荷が下りたような気で一杯です」
「ウィガード、逞しくなりましたね」
「いえ……、そのようなことは」
「ウィガード、一ついいですか?」
「はい、なんでしょう姉様」
「これからも国政、頑張ってくださいね」
私はグレイ君に付いていく気だった。
ウィガードの悲鳴に見送られ、私達は帝都を後にした。私は魔族と戦わねばならないのだ。
大丈夫、大丈夫、限界なんて結構あっさり越えられますから。なんとかなりますって、ウィガード。多分。
サラも旅に付いてきた。
大帝国の皇女として、世界の安寧にこの身を捧げなくてはいけない。そういう思いがあったそうだ。国政は? と聞くと、ウィガード兄様に丸投げした、と言っていた。
まぁ、私が聞けることではありませんでした。
それからの旅で、どんどん仲間が増えていった。
エルフの大魔術師、過去の英雄の末裔、闇ギルドの生き残り、教会の聖女、戦闘能力の高い獣人、ドワーフ一の力持ち。皆頼れる仲間だった。
皆がいれば倒せない敵なんていなかったし、踏破出来ないダンジョンなんて無かった。前人未到の場所も、彼らがいれば越えられた。
森の中で夕飯を食べようとした時、仲間達から、なっ、なんで毒キノコなんて拾ってくるんだよ! と非難を受けた。
いや、お腹が強くなればどんなものでも食べられるようになる、それは旅を続ける冒険者にとって大事な技能なんです、と説くと、信頼する仲間たちは私のことを化け物を見るような目で見てきた。
少しイラっとしたので、その日以降、仲間の食事に少しずつ毒キノコを混ぜるようにした。
たくさんの人を救えた。
魔族の被害は世界中に波及していたが、私達は出来得る限り魔族の活動を防いで見せた。世界中が私達の動向を見守った。私達が世界の希望であった。
そのようにして魔王が住む城へと、着実に歩みを進めていった。
旅の途中、毎日グレイ君と模擬戦をした。
自分を鍛えるためだった。グレイ君に教えを乞うていたのだ。
グレイ君の強さに付いていくのは至難の技だった。最初のころは5秒と持たなかった。今では何とか3分程耐えられる。一度も勝てた試しはない。それでも私は確かに自身の成長を実感していた。
嬉しかったのだ。
「チェックメイト」
そう言ってグレイ君は私の首筋に剣を当て、寸止めをした。
今日もまた負けた。私は地面に転がった。
それでも嬉しかったのだ。
グレイ君は私よりも強かった。その事実が何より私の心を安らげていた。
それまで私は誰にも頼ろうとしなかった。
全てが守る対象だった。皇帝という立場で、この国の全てを守らなければいけなかったからだ。
頼るわけにはいかなかった。全ての民は私が守らねばならず、私を守ってくれる存在では無い。私はそう考えていた。誰にも頼ってはいけなかったのだ。
この国で最も強い者は、この国の全てを守らねばならないのだ。頼られる立場であって、誰かを頼る立場では無いのだ。
そう考えていたのだ。
だから私はグレイ君に憧れた。
自分よりも強い存在、頼っていい存在、甘えていい存在。それが彼であった。
彼と出会って、私は誰かに頼ることを覚えた。まだまだ自分の中に堅さを覚えているのだけれど、グレイ君に自分の弱い部分を預け、守って貰うことが出来た。
そうしていく内に、自分よりかは弱いのだけど、共に旅する仲間にも少しずつ頼っていけるようになっていた。
不謹慎かもしれないけれど、私はこの旅を楽しんでいた。
世界には帝国の中では決して味わえないもので溢れていた。燃え盛る溶岩、氷の大地、龍の住まう洞窟、別の国の文化、旅をする中で出会った人達の心。
全てが新鮮だった。
その一つ一つを仲間と共に見ていく旅はとても楽しかった。
綺麗なものを見て、仲間と感想を分かち合った。
けれど今、世界は辛く苦しい現状にある。魔族によって崩壊した国や都市を何度も見てきた。
いや、魔族による被害だけでは無い。それ以前から辛く苦しい生活を送っている人達は多く、特に私が生まれる前から起こっていた大戦争の被害はまだ全然癒えていなかった。
それを見る度に私達の胸は痛んだ。
それでも仲間と一緒に頑張った。
一人でも多くの人を救おうと、戦いだけでは無い、色々なことを頑張った。
たくさんの人を笑顔に出来た。
グレイ君はたくさんの人を不幸な運命から救い、幸せを配り歩いていた。
感謝していたんだと思う。
初めて彼と出会った日、泣き腫らし、惨めな自分の姿を見られ、それでも優しくしてくれた。
あの日、確かに私は変わったんだ。
強さという孤独から救ってくれた。人に頼ってもいいんだって教えてくれた。
安心して、彼に自分を預けることが出来た。
私はグレイ君に、感謝をしていたのだ。
ただ、感謝をしていたのだ。
でも私は分かっていなかった。
私は強い故、孤独だった。でも自分よりも強い人に出会えたから孤独じゃなくなった。
じゃあ、グレイ君は?
世界一強い彼は誰に頼れば良かったのだろう? 誰が支えれば良かったのだろう?
私はその事に気が付かなかった。
* * * * *
月が輝いていた。
星も負けじと輝いていた。
満天の星々が夜の空を煌びやかに照らしていた。
草原の青が夜空の星の輝きを受け、淡く優しく光っていた。
その草原の海の真ん中で魔王城を眺めながら、少女は一人、少年を待っていた。
暗い夜では無かった。
彼女の金色の髪も、月の光を受けて美しく輝いていたから、
少年は少女を簡単に見つけることが出来た。
「眠れないのかい? アリシア」
少女が長い髪をなびかせながら振り返ると、思った通りの少年の姿があった。
少年の姿を認め、少女の頬がほころぶ。
「いえ、グレイ君と少し星が見たいと思ったので」
「あれ? 僕が君を探しに来ることが前提だったのかい?」
はぁ、一本取られたというような溜息をつき、グレイはアリシアの傍に腰かけた。
アリシアはくすくすと笑う。魔族の誰もが恐れる大英雄グレイが困ったように溜息をつく姿がなんだかとてもおかしかった。
二人は空を仰いだ。
「明日、いよいよ魔王との戦いですね」
「……そうだね」
「……この五年間、色々なことがありましたね」
「そうか、もう五年も経つのか……」
グレイとアリシアが出会ってから、もう五年の月日が流れていた。
楽しい時も辛い時も共に過ごした。仲間としてたくさんの経験、感情を共にしてきた。
勘違いだろうけど、もっとずっと長くいたような気分にもなってくる。
「初めて出会った時は、本当に失礼いたしました」
「あぁ……いや、全然いいんだ……。いや、でも、確かにあの勢いには驚いたなぁ……」
「必死だったもので」
「うん、君のあんなに必死な姿は後にも先にももう見れないと思うよ……」
「あの鼻水と涎の濁流が、それまで私の築き上げてきた十年間を流しきってしまったのです」
「あの鼻水と涎……そんなに重い意味があったのか……」
「そうです、あの鼻水と涎には世界最大の帝国の皇帝の転換期が込められているのです。大切に保存しておいて下さいね?」
「もうとっくの昔に洗っちゃったよ……。あと、女性が鼻水と涎を連呼するんじゃありません」
まさしく無駄話だった。綺麗な星空の下でする話では無かった。
「本当に色々なことがありました。昔は二人だけだったのに、今では大所帯です」
「そうだね、初めは一人だけだったのに、こんなに多くの人が集まってしまった……」
「あぁ、そうですね。グレイ君は、一人から始めたんでしたね……」
魔王討伐の旅、その目的を持った時、アリシアは既に隣にグレイがいた。
でもグレイは一人だった。一人でも、その長い旅路を完遂しようとしていた。四年ほど、一人で旅をしていた。
「……一人は、寂しくなかったですか?」
「そうだなぁ、どうだっただろう。寂しいとか、寂しくないとか、そういう感じではなかったかな。ただ僕の中には使命があったから」
「使命……ですか」
魔王討伐の使命。
二人は月を見上げた。
それまで眩しく光っていた月がなぜか悲しいものに見えた。
「ねぇ……、グレイ君……」
「なに?」
「使命が終わっても、ずっと傍にいていいですか?」
アリシアが横目で、グレイの顔を伺いながら言った。
「ずっと一緒にいて貰ってもいいですか……?」
顔を赤く染めながら、そう言った。
勇気を出して言った。膝を抱え、顔を半分隠しながら心の内を彼に伝えた。
顔が熱かった。なるべく表情を変えないようにしていたのだが、赤くなる顔はどうしようもなかった。
グレイが喋った。
「うん、いいよ」
あっさりとした答え。
何でもないように返されたその返答に、アリシアは項垂れた。伝わってない。自分の気持ちが全く伝わっていない。アリシアは肩も落とした。
そうなのだ、グレイは昔からそうなのだ。女性の気持ちに全く気が付かないのだ。
グレイは世界の人々を救っている。顔も、男らしい顔つきではないが、可愛らしい顔をしている。グレイはモテた。でもグレイは誰一人としてその気持ちに気付かなかった。
鈍感も鈍感。
強さの代償に心を犠牲にしているんじゃないかという程、誰の恋心にも気が付かない。事実、アリシアの淡い心にも気がついていない。
ホモの噂までたっている。
帝都暮らしかー、と呑気に口にしたグレイを恨めしそうにアリシアは見た。
全く、失礼なものです、長い間一緒なんですから少しぐらい察してくれてもいいものだと思いますのに、と愚痴を頭の中で巡らしながら、アリシアは口を膨らました。
「ん? どうしたの、アリシア?」
「……なんでもないです」
はぁ、と溜息をついた。
いつの間にか風がやんでいた。
草花のかもし出す音も止み、完全な静寂が訪れる。
少しの間、静かな空気が二人を包んだ。
「ねぇ、知っていますか?グレイ君」
「ん? なんだい?」
「あの空に浮かんでいる星や月は、このアルヴェリアの大地と同じ位大きいらしいですよ?」
「……え?」
「でも遠いから、凄く小さく見えてしまうんですって」
幼い頃、皇帝の城の大図書館で読んだ本にそのような記述があった。『天文学』と、その本のタイトルには付けられている。まだ世界に浸透していない知識だった。
うーん、と少年は首をかしげる。
誰が言ったか知らないが、少年たちの生きているこの星にはアルヴェリアという名前がついている。
星の外に出ていく技術の無いこの世界にとって、星の名前は世界の名前に等しかった。
「大地が浮かんでいるの?」
「はい」
「大地は浮かばないと思うんだけど」
「浮かんでいるんですって」
「浮かんでも、落ちてくると思うんだけど」
「落ちないんですって」
「何かにぶら下がっているのかい?」
「ぶら下がってないんですって」
「……不思議だね」
「ですねー」
何の根拠も示さない彼女の話にグレイはうんうんと頷いた。理論的な話にならなかった。
二人はぽーっと空を見上げた。
「だからですね、星がアルヴェリアの大地と同じなら、あの星一つ一つにもたくさんの人や生き物がいて、たくさんの国があって、たくさんの家族があるんだって、私は思うんです」
「ロマンチックだね」
「だからあの星々に行くことができたなら、誰も知らない国と貿易して、珍しいもの安く仕入れて、うちの帝国はガッポガッポ」
「急にロマンチックじゃなくなったね」
「現実を見ているんです」
「せめて今は星を見て下さい」
「でもあの星一つ一つに一人ずつ魔王がいるのかもしれませんね」
「やめて、おなか痛くなりそうだ……」
そう想像しただけで、グレイの胃がきりきりと痛んだ。
「ねぇ、グレイ君はあの星に手が届きますか?」
「そこまで大きくはなれないよ……」
「思いっっっっっきりジャンプしたら届きます?」
「い、いや、ちょっと届かないよ……」
「グレイ君なら出来ます」
少女は疑わない。
「グレイ君が本気で星や月に行こうと思ったら出来ますよ」
少女は満天の笑みを浮かべる。
少女は一切の疑いを持たない。
少女は信じている。何だって出来る。出来ないことなんてあるわけない。
目の前の少年を、そう、信じていた。
「参ったなぁ……」
少年は困ったように笑い、頬をかいた。
風はまた吹きだし、草原が揺れはじめた。
月が輝いていた。
星も負けじと輝いていた。
満天の光が空を照らしていた。
感謝をしていたんだと思う。
強さを教えてくれた。弱さを教えてくれた。世界を教えてくれた。
少女は少年に出会って、その世界を変化させていた。
孤独から救ってくれた。
強さという孤独から救ってくれた。
少女は少年に、感謝をしていた。
ただ、感謝をしていたのだ。
「月が綺麗ですね」
少女はそう言って、少年の肩に自分の肩をぴとりと付けた。
少し照れくさそうに笑っていた。
「そうだね、月が綺麗だ」
少年はそう言った。
月の光で出来る二人の影が一つに重なっていた。
* * * * *
そして夜は明け、最後の戦いが始まった。
敵は魔王。この世界の混乱の根本であり、魔族の長だ。
魔王と勇者の一騎打ちになった。
戦いは熾烈を極め、激しさを増した。
しかし終わりはやってくる。
少年の剣は魔王の胸を貫き、
魔王は最後の命の光を輝かせ、
その光に呑まれ、少年は死んだ、