18話 お前が『英雄亡霊グレイ』だったんだなぁっ!
『天に昇る塔』って、βテスト期間での最終ダンジョンだっけ?」
村から離れた北の森の中、クロさんが亀吉さんの顔を見上げながら尋ねた。
僕たちは『天に昇る塔』という難しいダンジョンの元へと向かっていた。
『英雄亡霊グレイ』という謎の人物から『天に昇る塔の周辺を探索せよ』と言われているのだ。
僕の名を騙る人物。その手掛かりを掴めればと思い、僕はその指令に従い、この北の森を歩いていた。
「そうだな、まだ誰も攻略できていない最難関のマップだな。ネットのスレを見ると、明後日の土曜日、βテスト最終日に大規模攻略が行われるらしいけど……」
クロさんの質問に亀吉さんが答え、彼はキョウさんとガスロンさんの顔色を窺うようにちらと二人のことを横目で見た。
「うん、そうだね亀吉君。明後日、高レベルプレイヤーを大量に集めた合同攻略会が開かれるんだ。βテストの最後の締めに丁度いいんじゃないかって。
私は実力足りないから出ないんだけどね?」
キョウさんとガスロンさんの話によると、『天に昇る塔』はかなり高難易度のダンジョンのようだ。あの難易度はおかしい、とガスロンさんが愚痴を漏らしていた。
ゲームバランスおかしい、ムリゲー、と何故か亀吉さんに不満を漏らしていたのだが、ダンジョンの難易度の事を亀吉さんに愚痴ってもどうしようもないと思う。
「でもよ! 俺は負けないぜ!? ダンジョンごときに負けてなんていられるか! 弱い人間になんかなってたまるかよ!
この『神槍ボセムグニル』があれば、どんなダンジョンだって越えて見せるぜ!」
そう言って、ガスロンさんが6mを超える巨大な神の槍『神槍ボセムグニル』を誇らしげに高々と突き上げた。
……やはり凄いな、『神槍ボセムグニル』。まず存在感からして違う。槍の刃の部分が大きく広がり、そこだけで1m半はある。どんなものでも貫いてしまいそうだ。
クロさんは目を輝かせて神槍を凝視しており、キョウさんもまた友達の威風堂々とした宣言を見て、照れ臭そうに、しかし微笑みながら眺めていた。
「…………」
少しだけ様子の違う人がいた。
亀吉さんが神槍ボセムグニルを訝しげな眼で眺めていた。
「……どうしたの? 亀吉さん?」
「ん? ……あぁ、いや……。ちょっとさ……」
顎に手を当て、眉を寄せ、気難しそうな顔をしていた。
「……『神槍ボセムグニル』ってのは、後半の方のステージにならないと入手できない装備だったと思うんだが……。βテストの範囲内で入手できるような代物じゃないはずなんだけど……?」
「え……?」
ガスロンさんの誇らしげな表情が固まる。
「ええと? 亀吉? 今、ガスロンが持ってる装備は本来手に入るはずのないものなのかね?」
「あぁそうだ、クロ。バルディンの村までで手に入るようなものじゃないぞ?」
「……もしかして、また……バグ?」
「…………」
いつものように会話に分からない部分が多々含まれているが、『バグ』というのが本来 あり得ない現象、起きない事象を指すということは分かっている。
本来起きない事象――つまり『バグ』というのは魔術の失敗による起こってしまった不具合であるということが推察できる。
起こり得ない現実を引き起こしてしまう原因など大魔術の失敗以外に考えられないからだ。
その『バグ』を解決する『運営』というのはつまり、『魔術ギルド』に関する組織なのだろうか。
じゃあ、亀吉さんは魔術ギルドに関係する組織に務めているのかな?
「……そういえば、『英雄亡霊グレイ』が残すバグの中に、ゲーム内では存在しない未知のアイテムが振りまかれる……みたいのがあったな?」
「そんな前例もネットに上がってたっけね?」
「え……? この神槍、バグなの……?」
ガスロンさんが亀吉さんを前にして、顔を引きつらせていた。自分の神槍を回収されると思ったのだろう。亀吉さんから隠すように、槍を体に寄せていた。
そんなことに気付かず、亀吉さんは空を見上げ、遠い目をしていた。仕事、また増えちまったなぁ……、というような儚くやつれた目をしている。
神槍に関わるような魔術の不具合を解決するような『魔術ギルド』に勤めているということは、亀吉さんは恐ろしく優秀な魔術師であると推測できる。
それこそ神の武具を前にしても一切の驚きを見せない様なとんでもない魔術師である。
しかし、そのやつれた顔色は日々の生活で苦労している一般的な民の表情によく似ていた。頑張れ。
「……とにかく、帰ってから確認してみるな。
俺もバイトだし、全ての内部データを知っているわけじゃねぇや。もしかしたらβテスト期間だけ、特別に先行配信させているものかもしれない。
とにかく、確認してみるよ」
「お、おぅ……、よろしく頼む……」
ガスロンさんは口ではそう言ったものの、目は「やめてくれ」と訴えていた。正直な人だ。
そりゃ、神槍を取られたくないよね?
「あ、着いたよ、みんな」
キョウさんが皆に声をかけた。
森の木々が視界を遮り、10m先も良く見えない。木の葉が太陽を遮り、周囲は薄暗い。
しかし、木々を避け、間を縫うように進み、壁のように広がる木々を抜けると、そこには開けた空間があった。
芝生の絨毯が広がり、太陽の光が悠々と差し込んでくる。
存在感を示しているのは、もちろん天高くそびえ立つ高い高い塔だ。壁面一体に装飾がされており、壁に文様、記号が所狭しと並べられている。壁の周囲に、神を模したものだろうか、彫刻がたくさん配置されていた。
『天に昇る塔』。
これが神槍ボセムグニルの所有者であるガスロンさんですら手に負えない高難易度のダンジョンなのか……。
「今日はこの塔の上に昇るつもりはないんしょ?」
「『英雄亡霊グレイ』の依頼では、周囲を捜索しろってだけ書いてあったからなぁ……。昇る必要は無いんじゃないか?」
「……あれ? 中に入らないの?」
「周辺の捜索だぜ? キョウ? まず、中より外だろ」
「あぁ、そうだね」
「とは言ってもさぁ……」
クロさんがきょろきょろと周囲を見渡す。
ここには天高くそびえ立つ塔と、周囲を覆う芝生と、少し遠い所に木々が壁のように並ぶだけである。
捜索……と言っても何処をどう捜索して、何を捜索すればいいのかすら分からない。
「とりあえず、周囲を見回るしかないだろう」
「……そだね」
漠然とした方針と共に、僕たちは漫然と周囲を捜索し始めた。
塔の壁部に何か妙なところはないか。何か仕掛けはないか。
周辺の芝生や土に何かおかしい所はないか。
周りの木々におかしなところはないか。
亀吉さんが塔の壁部に体を擦りつけながら移動していた。
「何しているの?」と聞くと、「壁が透過してすり抜けないかどうか見てるんだ」という。
「透過してすり抜ける? そんなことは有り得ないでしょう」と言うと、「いや、あるんだよ、よく」と返答された。
んなアホな。
「ん? キョウ、中に入るのか?」
塔の扉に手をかけるキョウさんの姿があった。
「うん、何も見当たらない芝生よりも、塔の中の方が何かありそうだし、一階部分はモンスターも出ないから安全でしょ?」
「確かに外には何もなさそうだしねー。うちは賛成」
「明らかに何も無いしな」
皆で塔の中に入った。
足を踏み入れると、そこは広く天井の高いエントランスとなっていた。天井まで20mも30mもあり、開放感が胸にしみわたる。円形の壁に沿う形で螺旋階段が配置されており、太く長い石の柱と共に遠い2階部分まで階段は続く。
周囲の壁には扉がいくつか備え付けられており、他にも大きな絵画、天使をモチーフとした彫刻、細かな装飾が刻まれた調度品などもそこに存在した。
しかし、そのどれもが風化し、朽ち果てている。
床に敷かれていた赤い絨毯もくすみ、あちこちが破れボロボロとなっていた。
「ここはな、500年前に作られた宗教建築で、モンスターに乗っ取られて廃棄されてしまった教会なんだ。
この教会に巣くったモンスターを討伐して、500年前の犠牲者の無念を晴らそうっていうのが、このダンジョン攻略の目的なんだ」
「へー……」
なるほど、こうして見ると確かに歴史の重みが肌から伝わってくるようで……、
「……っていう設定なんだ」
「なんですと?」
設定? 作り話ってこと? 嘘ってこと?
なんだい、それ。ただの作り話に歴史の重みを肌で感じてしまった僕が馬鹿みたいじゃないか。
「なにかありそう?」
「怪しそうなのは、絵画とか……彫刻とかかな……?」
「上の階にはモンスターがいるからな……。異変があるなら、この1階にあれば助かるんだが……」
皆が周囲に目を巡らし、教会の中を探し始める。近くにあった絵画や彫刻を手に取り、それを観察、手の中で回して裏を見る。異変が無いと分かると少しだけ溜息をついて、別の物を手に取る。
ここにある筈の異変を突き止めようと、指針もなく、ふらふらと手当たり次第に異変を探そうとしていた。
「…………」
「……グラド?」
でも、このエントランスを探し回る必要は無い。
入り口近くからでも、はっきりと異変がある場所は特定できる。明るさまにおかしい場所が一ヶ所ある。
「……地下があるね」
僕はそう呟いた。
「え?」
「ん?」
「地下に通じる道があるみたいだ。その千切れた絨毯の下の床から」
わずかではあるが、空気の流れに異物が混じっている。日の当たらない湿気た空気とかび臭さの匂いがエントランスの空気に混ざり込んでいる。
前に行った森の中の教会と一緒だ。部屋の気流わずかに乱れているのだ。
多分、この部屋には地下室がある。
「……グラドさん、どこに地下室があるの?」
「そこだよ」
僕がかび臭いにおいの漏れ出ている場所を指し示すと、キョウさんが訝しげな眼で僕を一瞥し、そしてその床をこんこんと叩いた。
軽い音がする。下が空洞になっている証拠だ。
キョウさんがアイテムボックスから大きめの杖を取り出し、床を叩き壊した。
確かにそこには地下に続く階段があった。
「…………」
「ね? あったでしょ?」
ふふん。少し気分がいい。思わず胸を張ってしまう。
僕だってたまには役に立つのだ。Lv.1の足手纏いってだけでは無いのだ。
ふふふん。
……って、あれ?
「どうしたんだい? みんな?」
なんだろう? なんか僕に視線が集まっている?
隠し地下通路を発見したことへの称賛、尊敬の目つきでは無い。怪しく、胡散臭く、訝しいものを見る目が僕に集中している。
「…………」
「…………」
「え? なに? みんな、どうしたの?」
なんでこんな空気の中に鉛の塵が混ざったような重苦しい沈黙が流れてるの?
「はいはーい! ……うち分かっちゃったー!」
クロさんは元気よく僕を指さした。
「グラドや! お前が『英雄亡霊グレイ』だったんだなぁっ!」
「……えぇっ!?」
なんでそうなるの!?
「いやさ、こういうのって第一発見者が犯人だったりするじゃん? それに、碌にこの部屋調べてないのに、一発で地下の存在言い当てたし。あからさま過ぎたっしょ?」
「いや! だって、クロさん! 地下の存在なんて結構分かり易いじゃないか!? 空気の流れが少し変だったり、地下独特の匂いが混ざっていたり……!」
「んなことで地下室の存在が分かるかっ!」
分かるんだよっ! 鼻がいいんだよ!
真に不本意ながら『犬』とまで呼ばれた僕の嗅覚は伊達ではない。伊達ではないのだが……まさかそんなことで面倒な存在の疑いをかけられてしまうとは思わなかった。
信じてください! ただ、鼻がいいだけなんです! お願いします!
「だ……大体! 僕は昨日その『英雄亡霊』と戦ったんだよっ!? 僕が『英雄亡霊』なわけないじゃないかっ!」
「ええいっ! そんなの人を雇えばなんとでもなるだろうっ! 『英雄亡霊』は黒フードで顔を隠してたんだからなんとでもなるだろうっ! 昨日のは正体を隠すための隠蔽工作だったかもしれないだろ!」
「そんなっ……! 殺生なっ!」
クロさんの主張は強引な部分もあったが、完全に否定できるだけの矛盾は含んでいなかった。
僕は助けを求め、皆を見渡した。
「みんな……みんなは信じてくれるよね……? 僕が『英雄亡霊』なんかじゃないって……」
「…………」
「…………」
「…………」
あぁっ……! 訝しげっ……!
「グラド……、今のはちょっと怪しすぎるだろ……」
「なんで入口の傍に立ったまま地下通路の存在が分かるんだよ……」
「グラドさん……。何か隠し事があるのなら……、もっと上手く隠さないといけないと思うよ?」
「あぁ……、今のは墓穴ってレベルじゃねぇよなぁ……」
「せめてエントランス内を探す振りくらいしないとな……」
誰一人信じてくれないっ!?
なんでいきなり、この騒動の黒幕とも言うべきはた迷惑な存在の、その正体というこれまたはた迷惑な疑いをかけられなければいけないのか。
良かれと思った安易な行動だったことは認めるが、だけどちょっと待って欲しい。
鼻が良かっただけで『英雄亡霊グレイ』だと疑われるなんて、そんな論理の結びもそうあるもんじゃないだろう。
「まさか、グラドが『英雄亡霊グレイ』だったなんてな……」
「昨日の『英雄亡霊グレイ』もどきがグラドに依頼を渡したのは、自分が『英雄亡霊グレイ』だったからか……」
「グラド! お前がうちをLv.1のバグに巻き込んだのかぁっ? 自分もLv.1になって被害者の振りをしてぇっ?」
「要素が揃い過ぎて怪しすぎるね……。逆に怪しすぎて、ちょっと鵜呑みに出来ないレベルで……」
「ちょっ! ちょちょっ……ちょっと待って!」
こんなの冤罪だ! 誰かの陰謀だ! 『英雄亡霊グレイ』が僕を嵌めようとしているんだ……!
大体僕は『英雄亡霊グレイ』に名を騙られているんだ。被害者側なんだ。なんで偽名を名乗っているのに、自分の名を騙る偽物の容疑をかけられなければいけないのだ。
「異議を……! 弁解を述べさせて下さいっ……!」
「ええい! 黙れ黙れぇ! 判決は有罪さね! 控訴は認めん! グラド! ……いや、『グレイ』!」
「はうっ……!?」
僕は『英雄亡霊』では無いのだけれど、確かに『グレイ』ではあった。
思わずたじろいでしまう。
「ち、違うっ……! ぼ、僕は『英雄亡霊』なんかじゃないよっ……!」
「ええい! 見苦しいぞ! 自白してまえ! この『グレイ』めっ……!」
「うっ……!」
「まさかグラドさんが『グレイ』だったなんて……」
「うっ……!」
「『グレイ』を捕えたって言ったら、ネットで有名になれるだろうなぁ……」
誰一人、信じてくれない……!
くぅ……、『グレイ』呼びされると一瞬怯んでしまう。まるで僕の正体がばれてしまったかのような、緊張と苦悶を孕んだ息を呑んでしまう。
違うんだ! 僕は確かに『グレイ』だけど、『英雄亡霊グレイ』じゃないんだ!
「え……? 本当? 本当に僕は有罪判決を受けるの……?」
「まぁ、冗談半分なんだけどさ」
クロさんがケロッと軽い感じで僕の言葉に答える。
「つまり半分本気なんだね……?」
「うはははは……!」
クロさんは笑って誤魔化した。
皆の口元にも中途半端な笑いが張り付いており、僕の事を疑いきってはいないもの、怪しい言動だったことは確かだ、というような雰囲気を漂わせていた。
軽はずみな行動に対して反省をしなければ……。
「まぁ、冗談冗談! ほんとのところは冗談さ! グラドはうちのパートナーだからね! やっぱパートナーのことは信じなきゃね!」
クロさんがにかっと笑う。
僕たちは地下の階段を下って行った。
* * * * *
薄暗い地下の中、ごつごつとした岩肌に松明が掲げられており、その火が淡く地下の長い通路を照らしている。
洞窟の壁には何かの植物の蔦がびっしりと生えている。壁中に蔦が生い茂っており、岩肌は緑色の線の飾りを纏っていた。
地下に続く階段をひたすら降り、何mも何mも地面の底に潜った後、幅が10m近くもある広い通路を歩いていた。
「……こんなところがあったなんて」
「か、亀吉さん……、ここって仕様上のマップなの……?」
「いや、こんな場所は知らない……。絶対に作られて無い筈……」
僕たちは新たに発見した『天に昇る塔』の地下へと足を踏み入れていた。まるで絶対に存在しない何かに触れてしまったかのように、亀吉さんが怯えの声を発している。
「こ、これは……『英雄亡霊グレイ』が作ったバグなのか……?」
「これって、バグに当てはまるの……? バグの範疇を越えていると思うんだけど……?」
皆の体が強張っている。緊張している。未知のものに挑むときのような、『何も分からない』という恐怖に蝕まれ、皆の体が固くなっていた。
でも、僕は恐怖を感じていなかった。
恐怖を感じるとか……、そういうような余裕は無かった。
「ほら! きびきび歩けぇ!」
「うべぇ!」
クロさんにお尻を乱暴に蹴られる。
僕の体はロープでぐるぐる巻きにされていた。足しか動かせず、体の自由は奪われていた。
この扱いは一体……?
「クロさん……、さっき僕の事、パートナーだから信じたいって……」
「んー、まぁ、信じてるっちゃ信じてるけど……」
クロさんは自分の顎に指をあてた。
「でもロープで縛っておいた方がもっと安心できるじゃん? もっと信じられるじゃん?」
「それって信じてるって言わないよねぇ……!?」
完全に疑ってるよね、それ!?
「で? 『英雄亡霊グレイ』さんよぉ……ここの地下って、あんさんが作ったのかい?」
「僕じゃないし! 作ってないし! やっぱり全然信じられて無いし!」
クロさんが下卑た笑いを浮かべて僕に詰め寄ってきた。僕はいじめを受けていた。
「……ん?」
そんなやりとりをしている間にも、薄暗い通路の先に何か気配を感じる。
この濁った魔力の気配、これは魔物のそれだ。
「どうしたん? グラド?」
「この先、少し強めの魔物がいるみたいだ……。気配を感じる……」
「ん……?」
皆がロープで縛られている僕の方を見た。
「『英雄亡霊グレイ』さんや、またなのかい? 魔物の気配とか分かるわけないっしょ?」
「そうだぞ、『英雄亡霊グレイ』。自分で仕掛けた細工は自分から言うもんじゃないぞ?」
「違うってばっ……! ほんとに感じるんだってば……!」
皆がどっと笑う。
僕はからかわれていた。
「バグ空間内に、モンスター?」
「こ、こんなところに、モンスター? ……本当に?」
「まぁ、そう言うこともあり得るか」
各々、手に持っている武器を構えると、通路の影の向こうから魔物の巨体が現れた。
「ほんとにいた……」
「あれは……トロール?」
4mを越える巨体。6本の腕を持ち、その手一つ一つに大きなナイフが握られている。体は緑色で大きく膨らんでおり、堅い筋肉で覆われているというよりかはぶよぶよの肉が張り付いていると見た方がいいだろう。
その姿は醜い巨人、トロールを連想させた。
腕が6本あるというのは、僕の知っているトロールでは無いけれど。
『アームズ・トロール Lv; 45
HP 1200/1200』
「……え?」
「アームズ・トロール……?」
「Lv.45……!? 有り得ないっ……!」
スキル『鑑定』によって魔物の名前が判明する。このアームズ・トロールという魔物が大きな咆哮を放った。
地下通路全体が震えるかのようだ。皆、体が震え、仰け反ってしまう。
「ガスロンさん。有り得ないって、どういうことだい?」
「グラド! βテスト内でのレベルキャップ……つまり、レベルの上限は35までって決まってるんだ! 俺もレベル35でもう止まっている!」
レベルというものは35を超えることは無い。
最後のダンジョンのボスモンスターなどはステータスが高めに設定されているようなのだが、それでもLv.35より上に設定されていることは無いらしい。
つまり今、この場にいる中で一番レベルが高いのが、あの魔物という事になる。
「来るよっ!」
キョウさんが声を張り上げる。皆は息を呑んだ。
アームズ・トロールはその巨体を大きく揺らしながら僕達に襲い掛かった。
戦いが始まった。
「ちょっ! ちょっと待って! 誰か! 誰か……ロープ解いて!」
……戦いが始まった。
ちょっとタイトル変更してみました。
次話『19話 英雄の剣舞(1)』は明日 12/13 19時に投稿予定です。




