17話 はじめてのれべるあっぷ
いつもと変わらないむせ返るような木々の匂い、何も変化がない節操なく広がる緑の色、木々をぬって走る風の音。
ここ数日森を練り歩いていたからだろうか、乱雑に広がるこの森に、僕は親しみを感じ始めていた。
いつもいつもモンスターに虐げられていたこの森の中で、僕たちは新たな一歩を踏み出そうとしていた。
「どりゃーーーー!」
クロさんが杖を大きく振り、目の前の魔物に叩きつける。
鎧を着た二足歩行のトカゲモンスター、リザードマンという魔物だ。
『リザードマン Lv; 26
HP 406/407(-1)』
リザードマンの『HP』というものが1減少する。やはり、『HP』というものは生命力を表しているのだろう。
リザードマンは大して堪えもせず、反撃の剣を振るった。
「うお!」という声を漏らしながら、クロさんは大慌てでバックステップを取る。リザードマンの剣が鼻元を掠った。
僕が前に出る。
リザードマンが僕の行動を視認、僕の胴体を斬り裂こうと、剣を横に薙いだ。
しかし、あまりに単調な一振り。
剣を躱す為の前転宙返りをする。空中で回転し剣を避け、地に降りる頃には剣を振りぬいた直後のリザードマンの無防備な姿が目の前に晒されていた。
そのまま15度ほど、敵の全身をくまなく斬り裂いた。
『リザードマン Lv; 26
HP 391/407(-15)』
「うおっ!? なんだ、今の!?」
「前転宙返りで攻撃を避けやがった! 漫画みてぇ!」
「このゲームって、あんなアクロバットな動き出来るんだね!」
後ろから歓声が聞こえてくる。
うん、今のは綺麗に決まったからな。こう、上手く決まって褒められるって、やっぱ嬉しいな。
「でもダメージしょべえっ!」
「マジだ! ほとんどダメージ与えてねぇ!」
「15回の攻撃で15のダメージ!? 1回の攻撃で1のダメージなの!? グラドさん!?」
「本当にレベル、クソなんだな! グラド!」
後ろからヤジが飛んでくる。皆ひどいっ!
僕の心に300のダメージ。
くそー! この『レベル』なんて言うもののせいで散々苦労してきてるんだ! いくら技量の差があっても、このせいで魔物が全く倒せないんだ!
でも、今日は違う! 今日の僕たちは一味違う!
「やっちゃってくだせぇ! 先生!」
クロさんが意気揚々と叫んだ。それに応えるように「おうよ!」と気合のこもった声がした。
《亀吉;Action Skill『ストロングスラッシュ』》
今日の僕たちには助っ人がいた!
はっきり言って他力本願だ!
青いガラス板さんが突然現れ、なんだろう、これは技の名前だろうか、『ストロングスラッシュ』という文字を表示させると、亀吉さんが弾ける様に動き出した。
高速の上段斬り。
亀吉さんの剣が鋭く走っていく。剣が光り、軌道の跡の光を残しながら、リザードマンの袈裟を斬り裂く。
『ギャオオオォォォォッ!』
『リザードマン Lv; 26
HP 242/407(-149)』
リザードマンが、僕達の攻撃では発することの無かった悲鳴を上げた。
「わっ!? 今のは何だい!?」
「グラド、今のは『アクションスキル』さ! 必殺技ってやつさ! 攻撃の威力が高くなったりするのさ」
「へー!」
攻撃を仕掛けるのは亀吉さんだけでは無い。
畳み掛けるような追撃が入る。
「クレール・ゲイン・ディ・アボムス」
《キョウ;Magic Skill『ロックアベルト・リバース』》
キョウさんが魔術詠唱をする。
『ロックアベルト・リバース』という敵の防御を弱体化させる魔法である。
ここの村が無詠唱のアイテムボックスなどのおかしな魔術を使っていても、こういう基本的な魔法は僕の知っているものと変わらないんだな。
キョウさんの握る杖の先から赤色の閃光が放たれる。
攻撃を受け仰け反っているリザードマンの隙を逃さず、魔法の光が直撃する。結構良いタイミングだ。キョウさんは敵の状態をよく見ている。
「ガスロン君! 後はお願い!」
「よっしゃあ! いくぜぇ! 英雄グレイの高レベル剣技だ!」
《ガスロン;Action Skill『エストガント流剣技・十二の型・桜颯』》
「ん?」
僕が疑問の声を上げる間もなく、ガスロンさんの持つ神槍ボセムグニルが光りだした。
稲妻ようにガスロンさんが駆け出し、リザードマンに迫っていた。
突進のような突きが敵を刺す。
リザードマンの体がくの字に折れ、よろける。その隙を逃すまいと、突進の勢いを殺さず、相手の側面に回り込んで横薙ぎへの連続攻撃を放った。
リザードマンが重量のある槍に打たれ、体を浮かし、吹き飛んだ。
『リザードマン Lv; 26
HP 28/407(-214)』
「……今のは?」
ガスロンさんが放った技には見覚えがあった。
当然だ。それは僕が編み出した技だったからだ。
それは確かに冒険中の英雄グレイが編み出し、鍛え上げた攻撃の型だった。
「ほら、『勇者グレイの伝説』にあった技のつ1さ。
……って、そっか、グラドは『勇者グレイの伝説』知らないんだっけ? とある理由があって、『勇者グレイの伝説』の設定って他のVRゲームにもよく使われてんのさ。だから、今の技も『勇者グレイの伝説』の1つだね」
……つまり、もう既に小説だけでなく僕の編み出した技も世間一般に伝わっているという訳か。
まぁ、おかしなことではないのかな? 別に技は隠していたわけではないから、誰かが見て真似し、伝え広まったとしても何も不思議ではない。
「ほら、VRゲームってコントローラーの操作じゃなくて、実際に自分が動く感覚あるっしょ?
いくらシステムが体の動きを補助するって言っても、必殺技の複雑な動きがゲームごとに全部違ったらプレイヤーが参っちゃうのさ。感覚が崩れちゃうのさ。
だから、ある程度必殺技の共用ってのが求められてて、その時に『勇者グレイの伝説』のゲームが基準になったって言われてんね」
「……あー、うん、『システム』……。僕もよく魔法で使うよ、『システム』」
「あん? 何言ってんの、グラド?」
「くっ……!」
またダメだった。知ったかぶりは尽く上手くいかない。
僕はただ自然な会話を楽しみたいだけなんだ……!
とにかく、僕の技が世界中に伝わっているということは理解した。
でも、不満があります。
誰だい、僕の剣技に『エストガント流』って名付けたの!
あれ、全部我流の剣技だから全然名前なんて無かったのに。
誰だい、勝手に僕の剣技に『エストガント流』なんて名付けたの!
剣技も別に名前付けてなくて、さっきの技は僕の中では「十二の型」ってだけなのに。
誰だい、『桜颯』なんて名前付けたの!
なんか、こう……恥ずかしいじゃないか。まるで僕が、自分で作った技に自分で名前を付ける、ちょっと痛い人みたいになってるじゃないか。
誰だい、僕の剣技に勝手に名前付けたの!
「よし、リザードマンのHPもあと少しだな。グラド、クロ、サポートするから止めを刺してくれ」
「ほーい! ありがとさね!」
「了解」
残りの28のHPをクロさんと仲良く削り取っていく。
何度かリザードマンが反撃に出るけど、僕もクロさんもひょいひょいと攻撃を躱していく。サポートも要らないね。
ついにリザードマンのHPが0になった。
リザードマンの体が地に崩れ、その体が光となって消えていった。
『リザードマンの鎧』
『リザードマンの皮』
リザードマンが光となって消えたその跡に、何故かアイテムが落とされていた。
……どういうことなのだろう?
リザードマンの死体が光となって消えるのも大概おかしいことなのだが、なぜ街で売れやすい素材だけが都合よく残るのか謎だ。いや、そんな、モンスターが冒険者に配慮してくれなくていいんだよ?
話に聞くところ、あのニワトリを倒すとよく卵を落とすとか。
どういうことか。よく分からない。意味が分からない。死ぬ寸前に産み落とすのだろうか。腹でも裂いて、中から取り出すのだろうか。
まじやばい。
この村の周辺、まじやばい。
村の周辺に大変おぞましい範囲魔術でも掛かってるんじゃないか?
《Lv.アップ! 『グラド』のレベルが上がりました! Lv.1→Lv.2 》
「ん?」
なんだ? 青いガラス板さんがいつものように突然現れ、僕に何かを伝えてきた。
……Lv.アップ?
「……おおっ! やった! ……レベルが上がった! ……うちのレベルがやっと上がったっ!」
クロさんの絞り出すような叫びが聞こえる。
クロさんもまた、目の前に青いガラス板さんが現れており、おそらく僕と同じ文章を見ているのだろう。
目を見開き、その目は少し滲み、細かな光に溢れていた。
そうか……そうか、これがLv.アップか。
レベルが1上がったからって劇的に体の調子が変化するわけじゃ無い。むしろ今までとの違いを探す方が困難だ。
でもたった今、僕達はようやく最弱から抜け出した。
Lv.1という最弱の枠から抜け出し、Lv.2となった。君達はもう最弱じゃないよと、誰かが語り掛けてくれるようであった。
空を仰ぎ見る。
自分の成長が数値で表れた。胸にじんわりと熱いものが込み上げた。
初めてのLv.アップは青春の味がした。
「いや……すげー喜んでるとこ悪いけど……、まだたったLv.2だからな?」
亀吉さん達みんなは困ったように笑っていた。
それでも空は青かった。
「うおおおおおっ! やった、やった! Lv.2! 念願のLv.2だ!」
「おめでとう、クロさん、グラドさん」
「Lv2が念願って悲しい話だが、良かったな、クロちゃん」
クロさんがLv.アップを告げる青いガラス板さんに視線が釘付けになりながら、手を挙げ、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。彼女のぼさぼさの長い髪がばさばさと上下する。
全身で喜びを表していた。
目をキラキラさせている。
レベルアップによって希望に胸躍らせる少女となっていた。
周りの皆も歓声を上げ、手を叩いてくれる。
この村に飛ばされて、初めて魔物を倒したのだ。僕も感慨深いものがあった。
「どうだ? グラド? 初めて魔物を倒した感想は?」
「うん……なんだか涙が出そうだよ……」
「そ、そこまでか……。大変だったなぁ、お前らも……。システム上二人にいく経験値は少ないけどよ」
レベルというものには、経験値分散法という仕組みがあるらしい。
亀吉さんが説明してくれた。
そのモンスターを倒したことで得られる経験値は、各プレイヤーがそのモンスターに与えたダメージの割合で分散されるというものだ。
例えば、プレイヤーAがあるモンスターに1/3のダメージを与え、プレイヤーBが2/3のダメージを与えた場合、経験値配分も同様の割合で行われるのだ。
だから、攻撃力が低い僕たちはどうしても貰える経験値が少なくなってしまう。
いや、今はそんなことどうでもいい。
今まで1歩も進めなかった自分の強さが、やっと1歩進んだのだ。効率がどうとか、そんなこと言っている場合では無いのだ。
さらば、Lv.1よ……。
君のことは忘れない。
うん……、この苦々しい日々は忘れることが出来そうにない……。
「まぁぶっちゃけLv.1もLv.2も大差ないけどな?」
「ガスロン君、しっ……」
あー、あー、聞こえない。
「そういえばキョウさんの経験値ってどうなっているんだい?」
「え? 私のこと?」
キョウさんは今回1もダメージを与えていない。リザードマンに一回、弱体化補助魔法をかけただけだ。あの法則からするとキョウさんの経験値は0だ。
「実は、回復魔法やステータス補助や敵への状態異常攻撃は『アシストシステム』として経験値配分がされるんだよ。
例えば今回、私は弱体化魔法を敵に掛けたから、みんなが貰う筈の経験値を3%分けて貰えるんだ。こういった『アシストシステム』は重複が可能で、一回の戦闘で最大30%の配分がされるんだよ」
「キョウはアシスト専門だからな、回復やら補助やら妨害やらで、なんだかんだいろんなメンバーに重宝されてるよ」
あぁ、なるほど。そういう仕組みがあるのか。
しかし……、一体『レベル』というのはなんなのだろう。
個人の力の強さを数値化するということが、いったいどうしてこの村の周辺では出来るのだろうか?
この村の周辺には何か特別な魔術とか、大規模な魔方陣とかが働いていたりするのだろうか? 僕が今まで旅してきた地方では、レベルという概念はなかった。
魔物を倒した際の経験が人によって違う、というのは分かるのだが……いや、何故魔物を倒せばレベルが上がり、攻撃力とかが増すのだろうか?
この村の周辺では筋トレしても攻撃力が上がらないらしい。おかしい。
考えれば考えるほどおかしな概念だ。
そして、狩りは続く、
人の腕ほどもある巨大な蜂・ホーネットビー
毒で出来たスライム・ポイズンスライム
骸骨をかぶった狼・ガルドウルフ
木の動く戦士・ジュリートレント
……などなど、たくさんの敵を狩っていった。
「さて、そろそろ『天に昇る塔』の近くだな」
苔生す森の中、木の根に足を取られないように注意して歩きながら、ガスロンさんが今、目的地付近であることを告げた。
『天に昇る塔』、それは『英雄亡霊グレイ』が指定した目的地だ。僕に『天に昇る塔』の周辺を捜索しろ、そういう依頼が入っている。
『天に昇る塔』に何があるのかは不明。なぜ、捜索しなければならないのかも不明。
ただ、この依頼をこなすことで、『英雄亡霊グレイ』に近づくことが出来るんじゃないかと思っている。
僕の名を騙る、偽物に近づくためなのだ。
否応なく、戦いの時が迫ってきているような感覚を覚えた。
次話『18話 お前が「英雄亡霊グレイ」だったんだなぁっ!』は明日 12/12 19時に投稿予定です。




