14話 仲良し3人組の乱入
「こんにちは、この前崖の傍で助けてくれた人ですよね?」
酒場の一角、大きな鍔の広い三角帽を被った緑色の髪の少女に声を掛けられる。今の今まで喧嘩していた彼女の連れの2人は2,3度瞬きをして少し呆けていた。
喧嘩も止んでいた。
目の前の少女はにこっと僕に笑いかけた。
「……こ、こんにちは」
僕は頬を少し引き攣らせながら返事をした。
声を掛けてくれた少女の名は『キョウ』というらしい。
彼女とは直接の面識はない。2度ほどすれ違っただけである。
1度目は酒場の中で、彼女の連れガスロンさんとの会話を横で聞いていただけ。
2度目は村の外れの崖の傍で、僕の寝床を壊して、さらに突然襲い掛かってきた男を背負い投げして崖の下に突き落とした時。
助けてくれた、とキョウさんは言っているが、僕にはその実感は無い。
僕は自分に降りかかってきた火の粉を崖下に放り投げただけだ。
「グラド? もしかして、この子と知り合いなの?」
「いや……、知り合いって程じゃ……」
「ふーん……?」
クロさんがきょとんとしながら僕に語りかけた。
少し訝しいものを見る目で見られている?
「キョウ? どうしたの? その男、誰?」
「あ、ベルナデットちゃん……」
キョウさんを追って、2人の連れも僕達に近づいてきた。
自分たちの知り合いが突然知らない人と話しているのを見たからだろう、少し警戒心のこもった目つきで僕達のことを見ていた。
「あのね、ベルナデットちゃん。この灰色の髪の人が前にクロロベンゼンさんを崖下に背負い投げて、私を助けてくれた人なの」
こうして僕達は知り合った。
* * * * *
緑色の髪の少女、名前はキョウ。気弱そうな女性だ。
彼女と面を向かって話をするのはこれが初めてになる。
改めて自己紹介をした。
キョウさんとその連れの2人も腰を下ろし、6人で同じテーブルを囲う。少し手狭ではあるが、大勢でたむろし、賑やかにするのが酒場の席ってものだろう。
「俺の名前はガスロン。キョウのことを助けてくれてありがとな。こいつとはリアルでも友達で、同じ高校なんだ」
ツンツンとした赤髪の男性、彼はガスロンさんという。神槍ボセムグニルの所持者である。
神槍の所持者なのだから、きっとこの村で一番の実力者なのだろう。
ところで今、『リアルでも』って言ったが、どういう意味なんだろう?
「ふーん? この灰色の髪の男がクロロベンゼンに勝ったの? あんま強そうには見えないけど……?」
口が悪く、紫色の短髪の女性はベルナデットさんという。双魔剣ツイルベイリーンの所持者だ。この酒場、伝説級の武器が二対も揃っている。やばい。
彼らとの自己紹介を終える。クロさんや亀吉さんも彼らとの自己紹介を終え、同じテーブルを囲んで雑談を楽しんでいた。
どうやら彼らは幼馴染で、今も同じ学校に通っているらしい。
ガスロンさんとベルナデットさんは「お前と幼馴染なんて嫌気がさす」と、互いの頬を抓り合っていた。
その様子をいつもの光景だというように、キョウさんは苦笑して見ていた。
「ところで……」
「ん?」
キョウさんがご飯や飲み物が所狭しと並べられてテーブルの上に視線を落とした。
「その黒いカード……なんですか……?」
「ん?」
「……へ?」
僕たちはぴくっと体を震わせる。キョウさんに指摘され、テーブルの上を覗くと、そこには『英雄亡霊グレイより』と書かれた面が上になっている小さなカードが置かれていた。
「『英雄亡霊グレイより』……って……?」
「げ……」
それは先程『英雄亡霊グレイ』という謎の敵から渡されたカードだった。不意にキョウさんたちが現れて話が逸れてしまった為、亀吉さんは隠しそびれてしまったようだ。
「英雄亡霊グレイって……最近話題になってる都市伝説か?」
「なんでその名前のカードがここにあるんですか?」
「いや……その……」
亀吉さんとクロさんがたじろぐ。
その様子をベルナデットさんが眉を顰めて、睨んでいた。
「なんで慌ててんのよ?」
「い、いやぁ……その……」
「ね、ねぇ……亀吉? 英雄亡霊とかバグとかの件って言っちゃ駄目なの? 会社としてどうなんよ?」
「い、いや……バグの存在は放っておいても世に出回っちゃうもんだし……、特には口止めされてないな? 寧ろ隠蔽しようとして、それがバレたときの方がよっぽど怖えし? ……勿論無闇矢鱈言いふらすのは良くねえとは思うけどよ……」
「なんだなんだ? 何の話だ?」
「……今、会社って言ったかしら……?」
慌てふためいたクロさんと亀吉さんの会話を、ガスロンさんとベルナデットさんが耳聡く聞く。
亀吉さんは困ったように口元をひくひくさせ、後ろ頭をぽりぽり掻いた。
「い、いやぁ……、何と言ったらいいのか……」
「はっきりしない奴ね」
「……もしかして、その『英雄亡霊』の手紙は本物で……、亀吉さんたちはこの会社の社員さんで、その対応に追われてるとか……?」
「うっ……、ほとんどあってる……」
「え? ……ほんとに?」
短い会話から今の事情をキョウさんに言い当てられ、亀吉さんは渋い顔をした。逆に言い当てたキョウさんはきょとんとして驚いていた。
亀吉さんは観念したようにぽつりぽつりと今の事情を語りだした。キョウさんの推測の間違いを修正しながら、先程あった『英雄亡霊』と、僕たちのバグの話をした。
「すげー! お前たち、今話題の都市伝説に出会っちまったのか!? すげーっ! 時の人じゃんか!」
「……作り話じゃないの? 会ったばかりの人間の与太話に付き合う気はないわ」
ガスロンさんは『英雄亡霊』の存在に興奮し、ベルナデットさんは僕たちの話を懐疑的に聞いていた。
反応が対照的な2人は怒りのこもった視線を交錯させていた。
まぁまぁ、と困ったように笑いながらキョウさんが2人を宥めていく。この子はいつもこんな役回りなのかな?
「……でも、『英雄亡霊グレイ』ってただの都市伝説じゃないんですか? テレビとかでは最近よく見ますけど、結局はただの作り話だと……」
キョウさんは首を傾げながら質問をする。あくまで噂話であると思っていたようだ。
「いや、キョウやん。『英雄亡霊グレイ』の被害は確かに複数確認されてるのさ。正体不明のバグアイテムが色々なゲームに現れたり、黒い影に捕まっている人がいるのを見たという目撃証言と、その捕まった人が1ヶ月ほど目覚めず、記憶も失ってたりしているという実例が複数揃ってるのさ。
実際さっき、うちらも直接会ったしね」
「へぇ……、テレビでやってることって本当だったんですね……」
クロさんの説明にキョウさんが感心したように頷いていた。
「簡単に騙されちゃダメよ、キョウ。私はテレビもそいつらの話も全部作り話だと思ってるわ」
「ベルナデット……お前は本当にノリわりーなぁ……」
「あんたが頭スカスカなだけよ、ガスロン」
そう言って2人はまた睨み合っていた。仲悪いなぁ。
「っていうかあんたたち2人、Lv.1なんだから『天に昇る塔』の近くにすらいけないじゃない。それ分かってんの?」
『英雄亡霊』が『天に昇る塔の周辺を探索せよ』というメッセージを残したことに対し、ベルナデットさんが意見を口にした。
「いやいや、ベルナデットたん。こうさ、鼻と耳と目を駆使して敵を搔い潜り、忍者のように身を潜めればこれが意外といけるんだなぁ、これが。モンスターの気配を察知して戦闘を回避しながら進むのだ!」
「そんなことできる訳ないでしょ、クロ……。あと、『たん』ってなによ、『たん』って」
ベルナデットさんは呆れ顔でそう言うが、僕とクロさんはそれでやってきたんだけどなぁ。それで稼ごうとしてたんだけど……。
「クロちゃん……。君はこの村に残った方がいいんじゃないかな……? すぐゲームオーバーになっちゃうよ?」
「もー、大丈夫さ、キョウ。別に死ぬ訳じゃないんだしさ。ただのゲームさ、ゲーム」
「まぁ、そうなんだけどね。でもデスペナルティって、馬鹿に出来ないでしょ?」
お気楽に笑うクロさんの傍で、キョウさんが少し心配そうな目をしていた。
でもキョウさんは同じLv.1の僕の心配はしてくれなかった……。
「しかし、亀吉さんって凄いですね。高校2年生で、私たちと1個しか違わないのに、ゲーム会社『アナザーワン』の仕事をやっているなんて驚きです」
「いやいや、キョウさん。知り合いの伝手頼ってバイトさせて貰ってるだけだし、やってることは本当に単純な作業しかやってねえから……。別にそこまで大したことじゃねえよ……?」
「はー! やべー! 運営側と知り合いになっちまったよ、俺……。俺この前、掲示板に運営批判の書き込みしちまったなぁ! BAN? やべぇ、俺、BAN!?」
「いやいや、その位でBANになるはずないだろ。……あ、いや、でもなるべくなら止めてくれ。ああいうの読むの地味に辛いんだよ……」
「ねぇ、クソ運営。エクスポーションもっと安くしなさいよ」
「お前は容赦ないな! ベルナデット!」
皆が色々ぎゃーぎゃーと騒がしくなっているのだが、僕にはやっぱり会話の内容がよく把握できない。
「あー……『BAN』の事だね? 僕もあれを初めて手に取ったときは驚いたよ!」
「……は?」
「何言ってんの? グラド?」
「くっ……!」
知ったかぶり失敗。
僕も会話に混ざりたいだけなんだ!
「……ところでさ。ずっと気になっていたことがあるんだけど……」
「ん?」
「どうしたん? グラド?」
「……なんで英雄亡霊は『グレイ』の名前を使っているんだろうね?」
なんで『英雄亡霊』とやらが勝手に僕の名前を使っているのか。それが僕にとっては大事なことなのだ。僕の名前を勝手に使い悪だくみをしている謎の存在は一体何なのか。僕と関係のある人物なのだろうか?
僕にとっては無視できない問題だった。
戦ったことの無い相手だとは思う。ナイフの使い方とかを見る限り、僕はあの敵と一戦交えたことはない。
僕の質問に皆が、んー……と首を捻った。
「まぁ……、『グレイ』って有名な名前だしなぁ……」
「VRゲーム内で『グレイ』の名前を使っている訳だし、なんかの便乗じゃない?」
亀吉さんとクロさんがそんな風に言って、麦茶をぐびりと大きく呷る。
「都市伝説の事なんてよく分かりませんが……」
キョウさんは困ったようにはにかみながら言った。
「『勇者グレイ』と言ったら、完全ダイブ型VRRPGってジャンルの一番最初の作品にして、一番最初の傑作ですからね」
僕に分からない単語を交えながら、キョウさんはそう言ったのだった。
次話『15話 グレイの鈍感主人公伝説』は明日 12/9 19時に投稿予定です。




