11話 勇者のサバイバーなお金稼ぎ
うっそうと茂る森の中、草葉の染み込むような匂いが充満している。
所狭しと並べられた緑の中で、あらゆる命が餌を求めて這えずり回る。本当のことを言えば、この仮想空間の中には一つたりとも命は存在しないのだが、まるで本物になろうかというように命が脈打つ。
ただゲーム上に再現されただけのこの森でも、その刺激は本物に近いものだった。
そんな事情は露知らず、僕――グレイ、改めグラドは森の中で身をかがめて歩いていた。
足跡を残さないよう、自身のあらゆる気配を消しながら行動する。僕の三歩後ろをクロさんがついてくる。彼女もまた自分を隠すように歩いている。
それまでの森のものとは少し違う匂いを嗅ぐ。
僕は指を四本立て、クロさんに手のひらを向ける。クロさんが音も立てず立ち止まる。あらかじめ決めていたハンドサインだ。止まってと伝えたのだ。
僕は聴覚と嗅覚を集中させて状況を把握する。
完全に動きを制止させた僕たちに気付けるものはおそらくこの森にはいないだろう。匂いと音を頼りに情報を収集する。
目的地に獣型の魔物が三体たむろしている。
やや噛み砕いた意味のハンドサインをクロさんに伝える。了解とハンドサインで返事が来る。
周囲の警戒をしながらその場でじっと待機する。待つこと5分、目的地から魔物が離れるのを確認。僕たちは音も立てず移動を再開する。
森に入り、1体の魔物に気付かれることなく目的地に到達する。
そこには目指していたものがあった。
「あったー! クラブの木だーっ!」
僕たちは美味しい木の実を探していた。
端的に言うと、食事と金稼ぎだ。
今、僕達に必要なことは自分のレベルを上げることだ。しかし、その為には『護衛NPC』とか言うのをを雇うだけの金が要る。
しかし、そんな金は僕達には無かった。傭兵を雇う金どころかその日の宿、食事にも困るようなお金しか持っていなかったのだ。金策は絶対に必要なことだった。
ちなみに夜になって、枝と葉っぱで作るサバイバル用の簡易的な寝床を作ろうと提案したら、はぁっ? とクロさんに思いっきり眉を顰められた。
「なんでLv.1なのに、そんな廃プレイヤーも真っ青なことやってるのさ?」
「廃……ぷれいやー……?」
クロさんの言っていることが全く分からない。そのクロさんは僕のことを阿呆を見る目で見つめてくる。
なんでだ……? 宿に泊まれないのなら野宿するしかないだろう……? なのに、何で寝床を確保しようとすると奇妙なものを見る目を向けられないといけないのか……。
まるで分らない。
「ちゃんと家に帰ってさ、外に出なきゃ駄目だよ? VRゲームや部屋に引き籠ってばっかじゃ体にも心にも悪いからなぁ?」
「…………」
くそっ、くそっ……!
クロさんの言っていることがまるで分らない。やっぱりこの村の住人と心を通わすのは無理なんだ……! この村の人たちは皆訳の分からないことばっか言うんだ……!
さてそれは置いといて、どうやって金を稼ぐか。
端的に金稼ぎは、報酬を得るか、何かものを売るかの二つに大きく分類できるらしい。
一つは冒険者ギルドに登録してクエストをこなす。その報酬を得るといったものだ。
しかし、僕たちの受けられるレベルのものは無かった。確認済みだ。受注ランクが高くて、クエストを受けることすらできないのだ。
もうひとつは何か物を売る。これはそのままだ。
主に金になるものはモンスターの死骸から剥ぎ取れるもの。冒険者は大体これで金を稼ぐ。
しかし、僕たちには出来ないことは言うまでもない。出来ていたら苦労していない。
あとは森の中で採れる薬草や木の実、その他もろもろだ。
この方法も無理。モンスターの這いまわる森の中で金になるものを採るのは至難の業だ。
……と思っていたのだが、割といけた。
僕の目と鼻と耳はずば抜けていい。視覚と嗅覚と聴覚で周りを認識するのはお手の物だ。この能力を使って森の中のモンスターの存在を知覚、それを回避していく。
魔王討伐の旅をしている時は、この鋭い感覚から「皇帝の犬」という蔑称も広まっていた。
心外ですワン。
犬じゃないですワン。
ワンワン。
さて、気配を消す技術も勇者時代によく使っていたものだ。戦うだけが能では冒険者は務まらない。結構便利な技術である。
驚くことに、クロさんはこの技術をどんどん吸収していった。
教えた先から身につけ、活用していく。まだ拙いところもあるけど、この森では十分に通用する。ハンドサインもすぐ身につけた。
この二つの能力を使って僕たちは森を闊歩していた。
《Ability Skill Get『聴覚強化』を習得しました》
《Ability Skill Get『聴覚情報処理』を習得しました》
《Ability Skill Get『嗅覚強化』を習得しました》
《Ability Skill Get『嗅覚情報処理』を習得しました》
《Ability Skill Get『気配隠蔽』を習得しました》
そんな感じで森を渡り歩いていたら、また青いガラス板さんが僕に何かを伝えてきた。
何か能力を得ているようだが、よく分からない。クロさんに質問してみるか? でも、あまり質問し過ぎても疑念を持たれてしまうしなぁ……。
保留にしておくか……?
「うめーっ! クラブの実うめーっ!」
「クロさん、なるべく静かにお願いします」
「あいあいよ!」
クロさんはがつがつとクラブの実にがっついている。僕は周囲の採取できそうな薬草、花、石、木の実を集めている。あまりここに長居してもいけない。
僕は採集したアイテムをアイテムボックスの中に入れていく。驚くことに僕もまた無詠唱のアイテムボックスの魔術が使えるようになっていたのだ。
やり方はクロさんに教えて貰った。外せない指輪から青いガラス板を出し、『アイテム』の項目を選ぶ。たったそれだけの簡単なことで無詠唱のアイテムボックスが出来てしまったのだ。
しかも魔力は全く消費していなかった。
……一体どういう事なんだ?
この村の妙な魔法技術には何度も何度も驚かされる。
「お! すげー! これスーパークラブの実だ! 確率低いレアアイテム!」
「あ、クロさん、それ食べないで売ろうよ。儲かるよ」
「もー遅いわ!」
クロさんすごい勢いで食べ始める。うめー! おー、うめー! って言いながら。
あーあ……。
そういえば、あの青いガラス板さんが示すパラメータ、攻撃力とか防御力とかHPとか、そういうのにつながる筋力とか耐久性とかが衰えているのは分かっているのだが、今回使っている聴力とか嗅覚とかが衰えているわけではない。
弱くなっているものとそうでないものがあるようだ。
「あと五分くらいしたらここを離れよう」
「うにゃ、もうそんな居た?」
クロさんは食べ終わった木の実の芯をアイテムボックスに入れる。ごみは村に帰ってから処理をする。へたに残して魔物に匂いを辿られたら厄介だ。
クロさんも採取に参加して、がっつり金目のものを刈り取っていく。
クロさんから半分になったスーパークラブの実を貰った。残りは僕の分らしい。
「いやー!こんだけのアイテムが取れたならがっぽがっぽだなぁ!」
クロさんはズラリと項目が並んだアイテムボックスのメニュー欄を見て、ほくほく顔をしている。
一つ一つの値段はとても安く、大したお金にはならないらしいが、とにかく量はある。これだけのアイテムを換金すれば暫くの食事代と宿代には困らないだけ稼げるようだ。
……久々に、屋根のある場所で寝られる……!
「クロさん、こうやってお金を稼いでいって『護衛NPC』……だっけ? それを雇うまで貯めればいいのかな?」
「ん。そのつもりさね」
「この森を隠れながら抜けられるのなら、弱い敵のいる地域まで移動することも出来るんじゃない?」
「あ、それはムリ。この森を越える為には中ボスを倒さないといけないから。戦闘避けることは出来ないから」
ふむ。この森には「ちゅうぼす」って言う強い番人がいるってことなのかな? そいつが一本道を防いでいて、森を越えるためにはそいつを越えないといけないってことかな?
じゃあ方針は変わらず、お金を貯めて『護衛NPC』を雇うまで頑張ろう。
「次ぁー、どこ行くよ!」
「え? でも、クロさん。まだ活動するとなると夜になって危ないよ?」
「いや! 調子のいい時は稼げるだけ稼ぎたいっ! グラドなら夜になっても平気っしょ!?」
「まぁ、大丈夫だけど……」
僕は夜目が効くし、音の方はむしろ夜の方が聞き易い。
前に夜の森で寝泊まりした時は念のためを思ってのことであったし、夜の森でも何とかなるっちゃあ、何とかなる。
でも、いま僕は弱体化しているからあまり無駄なリスクは背負いたくないんだけど……。
「よっしゃー! ゴーゴーゴーッ! 今日はがっぽり稼ぐぜよっ!」
勢いの付いたクロさんを止められそうになかった。
少しのため息が零れてしまう。
「……今の時間なら川辺あたりがいいかもしれないね」
「おーともよ! 行くぜ! 相棒っ!」
「はいはい、了解しました、相棒さん」
そうしてまた僕たちは風のように森を走り抜けていった。
* * * * *
そこは影が落ちた森の中であった。
木の根や岩が闇に紛れ、まるでそこを走る者の足を取るために配置された罠であるかのようだ。
日が落ちた暗い不気味な森の中を、死神の吐息のような冷たい風が吹き抜けていた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」
1人の男が周囲の見えなくなった暗く危険な森の中を全力で駆け抜けていた。
息は乱し、何かに怯えながら森の中を走っている。何度も何度も後ろを気にしながら、男は森の中を何かから逃げ回っていた。
男の名前はオレオン。現実の名前は赤山健一といった。
とあるゲーム会社に勤めており、日々の給料の多くをゲームの課金に費やすゲームをこよなく愛する男であった。
「くそっ……、こんなの……こんなの聞いてねーよっ!」
悪態をつきながら男は木の根に足を取られないように、慎重にかつ素早く森の中を駆け抜ける。神経をすり減らしながらただただひたすらに走り続けていた。
男は妙な仕事を受けていた。
会社の先輩の知人の知人からの紹介とかいうよく分からない経路で、よく知らない人から仕事を受けていた。
仕事の内容は妙なもので、『ある男からゲーム内でアイテムを受け取り、それを土の中に埋めてきて欲しい』というものであった。そのゲームは今自分が嵌まっているゲーム『ティルズウィルアドヴェンチャー』だということだった。
男は疑問を感じながらも、簡単な仕事であったし、何より報酬の額が大量であった。
まぁ、なんでもいいか、と思いながらその男は誰だか知らない男から仕事を受け、なんだかよく分からない仕事をこなした。
その仕事が終わった直後、彼は身の毛がよだつ様な感覚を覚えた。
何かが自分に迫ってきている。影のような得体の知れないものが、自分自分の下に敵意を向けながら近づいてくる。
その男は正体不明の何かから逃げた。
そして今に至る。
男は影のような黒い何かに追われていた。
「くそっ……! 聞いてねぇ……! あんなのに追われるなんて聞いてねぇっ……! くそっ……!」
男は悪態をつきながら全力で森を駆け抜けていた。
その時、ヒュッという風を割く様な短い音が聞こえ、自分の足に刺激が走った。
男の足にナイフが刺さっていた。
ここはゲームの中の世界だ。ナイフが刺さっても痛みなんかほとんど無いし、足が動かなくなるということもない。
『四肢切断』という状態異常はあるが、それも大したものではなく、何より今回はナイフが足に刺さっているだけなので、少しの刺激が足に走るだけであった。
だが、その刺激が男の動揺を呼んだ。
ナイフを投げられたのか!? それをこの暗い森の中で正確に俺の足に当てたのか!? 森の中を走り回っている俺の足に当てることが出来たのか!?
足からナイフが生えている光景と、それが意味する真実に男は動揺した。
その動揺と少しの足の刺激が男の集中力を欠き、男は木の根に足を取られてしまった。
転ぶ。
勢い余って地を転がりながら這いつくばる。
早く逃げなければ。そう思い、男が体を起こした時、もう既に何もかもが遅かった。
「……オイツイタ」
幽霊のような掠れる声が男の背後から聞こえてくる。
男が振り向くと、すぐ傍に恐怖が立っていた。全身から汗が流れてくる。
それは黒い影のようなものであった。
黒いフードコートで全身は覆われ、黒い仮面でもつけているのか顔も暗くよく見えない。幽かに二つの目玉だけが光りを放っているのは分かるが、その2つの小さな光は全身の黒い影の不気味さを引き立たせるだけであった。
黒いフードコートの端はボロボロで乱雑に切り裂かれている。
黒いシルエットは闇と同化し、どこからが影でどこからが闇であるかよく分からなくさせていた。
その存在はまるで亡霊のようであった。
ただ、その右手には銀色に光るナイフが握られている。
その亡霊の姿を映す数少ない光ではあったが、その銀色の光は男に恐怖を与えるだけであった。
謎の仕事をこなすと同時に男はこの気味の悪い亡霊の影から追われるようなったのだ。
「な……な、な……」
男は立ち上がった。
「なんなんだよ! てめーはぁっ!?」
怒号を飛ばしながら、槍を構え亡霊に突撃した。
男のレベルは35であり、βテスト中のこのゲームのレベルキャップであった。当然かなりの実力者である。
にも関わらず、亡霊に彼の攻撃は全く通用しなかった。
男が槍を1回振ると、亡霊は影のように静かに素早く動き、3度も4度もナイフを振るう。男は応戦すればするほど、亡霊のナイフによって引き裂かれていった。
男の速さと亡霊の速さは話にならないほど差があった。
男の体中がナイフによって引き裂かれる。と言ってもここはゲームの中であり、腹を裂かれようと首を斬られようと痛みはほとんどなく、HPが減るだけである。
ただ、状態異常『四肢切断』によって左腕が斬り落とされてしまった。それもほとんど痛みなどないのだが。
「こいつ……人間じゃねぇっ……!」
男は恐怖を感じていた。
コントローラーを使用しないで脳波を読み取る完全ダイブ型のバーチャルリアリティのゲームでは、自身の運動神経がゲームのキャラクターの動きに強く反映される。
つまり、現実で竹刀を振る動作とバーチャルリアリティで剣を振る動作は似通ってくるのである。いくらレベルを上げても動きの質自体に変化は起こらない。
だから男がいくらこのゲームに慣れた者であるとはいえ、槍の扱いは素人に毛が生えたくらいのものである。威力や技の切れなどはレベルやシステム、スキル、アビリティに頼っているところが大きい。
それが目の前のこの亡霊のような奴はどうだ。
ナイフ捌きに一切の淀みが無く、微塵の躊躇無く男の体を切り刻んでいく。ゲームの中なので実際には切れていないのだが、一撃一撃が人体の急所を狙った恐ろしい猛攻であった。
ここが現実であったならば、男は急所と言う急所から血を吹き出し絶命していただろう。
平和な日本では身に付くことが無いような動きを亡霊のような影はしている。
目の前の亡霊が本当に人間ではないように感じる。男はまるで物語の中の英雄と戦っているような錯覚に陥った。
「くそ……、くそっ……!」
男のHPはもう0に近かった。
為す術などなく、ただひたすらにHPを削り取られてしまっている。
「これでも喰らえっ! くそったれぇっ……!」
男は煙玉を地に投げた。
目くらましのための煙が周囲一帯に広がり、2人の視界を白く包む。
その間に男はその場を離脱し、残された少ない時間を利用してメニュー画面を開いた。
目的は『ログアウト』だ。安全圏以外の『ログアウト』にはペナルティが課せられるが、こんな気味の悪い亡霊とやり合うよりかはマシであると判断し、メニュー画面から『ログアウト』を選択しようとして……、
―――腕が千切れた。
『ログアウト』のボタンを押そうと思っていた右手が切断された。
男のすぐ傍には亡霊がいた。
煙幕は一切通じず、まるで病的に献身的な恋人のように男の傍から離れることはなかった。
「…………なんだよ。なんなんだよ……、お前は……」
男は全身を震わせ、真っ青な顔になりながら亡霊に尋ねた。
恐怖で泣き叫びそうになるのを必死で堪えながら、本当にすぐ間近にいる亡霊に声を掛けた。
「―――――」
「ぎゃっ……!」
亡霊のような影は男の顔を掴み、持ち上げた。男の両足は地を離れ、両手で亡霊の腕を握り、足をじたばたとさせるがそんな小さな抵抗には何の意味もなかった。
「――ワタシ――ワタシハ―――」
亡霊の掠れた声が静かな夜の森に響いた。
「―――『英雄亡霊』――」
「……っ!」
握り締められ、痛む頭で男は思い出す。
『英雄亡霊』という都市伝説のことを。
それは最近流行りになっている都市伝説の事だ。
『英雄亡霊』は仮想現実の中で動き回り、あらゆるバーチャルリアリティの中を飛び回る存在だ。『それ』が通った後には世界は歪み、バグが残される。
ゲーム内の空間と空間の繋がりがおかしくなったり、解析不能のアイテムを残して行ったり、プレイヤーのステータスに異変が起こってしまったりする。
まるでVRゲーム内で本物の魔法を使っているかの様に、原因不明の現象を巻き起こす存在だと噂されている。
仮想現実に幽霊のように出現し、世界を歪ませバグを生む存在……。それが『英雄亡霊グレイ』という都市伝説であった。
「バーグ・ドム・カロー・ガロウウィン・ゲイン・ウィウィム・ロブディアス……」
「……!?」
『英雄亡霊グレイ』が呪文を唱え始める。
しかし、色々なゲームをやりつくした男でも聞いたことのないような呪文であった。このゲームには存在しないはずの……、いや、どのゲームにも存在しないはずの呪文を『英雄亡霊グレイ』は唱えていた。
『英雄亡霊グレイ』にはもう一つの噂がある。
亡霊に殺されたプレイヤーは記憶を失ってしまうという噂だ。
最近、VRゲーム中に突然意識を失い、1ヶ月程目を覚まさないという事件が出始めている。そして目を覚ましたとしても、目を覚ます前の1年か2年分の記憶を思い出せなくなってしまうというのだ。
医師の間では原因不明の病気……恐らくVRゲームに熱中しすぎて生活バランスや食生活を著しく乱しているのが原因ではないか、という仮説が出ている。
医師は自分でも首を傾げながら、そういう仮説を立てるしかない。
確かに意識を失い、生活に悪影響をもたらすほどVRゲームにのめり込んでいる人たちが多い。
でも世界は噂している。
あれは『亡霊』の仕業なんだ。
―――『英雄亡霊グレイ』の仕業なんだ。
『英雄亡霊グレイ』は本物の魔法を使うんだ。
そこまでを思い出し、男の意識は消えていった。
「…………ダレダ?」
操り人形の糸が切れたかのように男は力を失い、両手両足をだらりとぶら下げる。
その男の体を雑に放り捨てると、亡霊は振り返り、ある草むらに目を向けた。
深い闇に包まれた森の中、遠い草むらに何かがいることを確信しているかのように亡霊は気を張り、注視する。
草むらががさがさと揺れ、そこから1人の男が這い出てきた。
「あー……、えーっと……。別に僕に交戦の意思はありません。オーケー?」
そう言いながら肩をすくめ、困ったように笑う男がそう言った。
灰色の髪を持った少年、グラドであった。
『英雄亡霊グレイ』とグラドが夜の森の中、向かい合っていた。
次話『12話 英雄亡霊VS元英雄』は明日 12/6 19時に投稿予定です。




