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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

デウスエクスマキナ悪役令嬢レイナは諦めない

タイトルめっちゃ語呂悪いけど押し通す勇気!
 暗闇の中から意識が戻る。いつの間にかまどろんでいた感覚が刺激を受け始めていた。
 瞼を貫く光が神経を焼く。まどろみの心地良さを味わい続けることは出来ないだろう。
 うーん、と身体を大きく伸ばし切る。筋肉の張りに抵抗を感じたら数秒キープ。そして脱力。

 広がった血管を流れる暖かさが、ジーンと身体中に染み渡った。
 さあ、起きなくては、確か今日は登校日だった筈だ。昨日は日曜日で、今日が月曜日なのだから。忌々しい月曜日だ。
 身体を起こす。頭は未だ重いけれど、血の巡った身体は動く。

 熱が冷めない内に立ち上がれ、動き続ければその内頭が追い付くだろう。
 習慣に従って身体はタンスを目指す。着替えを出そう。とはいえ制服は壁にぶら下がっている。必要なのは靴下だけだ。

「ふみゃっ」

 何かに足を引っ掛けた。不意の足掛けに留まれず、たたらを踏んでタンスにぶつかる。
 凄く痛い。おかげで頭が冴えた。ついでに気も滅入る。

「も~なに~いたい~」

 早朝の乾燥で若干しゃがれた声が出た。高く透き通った特徴的な声だった。
 一瞬、それが自分の声だと認識できなかった。あれ? と違和感に気づくが、具体的な疑問にはならない。
 自分はもう少しハスキーというか、濁声じゃなかっただろうか。

 何故なら自分は男なのだから。こんな女の子みたいな声じゃなかったはずだ。
 喉に触れる。そこにはあってしかるべき突起が無い。
 喉仏の喪失、認識と同時にじんわりと焦りが生まれる。

 なんだろう、やばいかもしれない。すぐに確認しなくちゃ。
 制服の横にある鏡の前に立つ。

「……ナニコレ」

 鏡に映る自分の姿は、記憶にあるそれではない。
 大きな瞳に長いマツゲ、健康的な唇、全体的に小さい顔。体型はメリハリがついており、バランスのいいふくらみが二つ。
 そして、いつも朝は自己主張の激しい股間のあいつが見当たらなかった。

 端的に言って美少女だった。自分は美少女だった。いつの間にか美少女だったのだ。
 つまりどういうことだ。

「……うん、柔らかい。本物だコレ、うん」

 柔らかかった。自分の身体からは感じた事のない感触だ。幼き日に母に抱きしめて貰った記憶を思い出す柔らかさだ。
 いやそうじゃなくて、重要だけど重要なことではない。
 鏡に映る美少女に、見覚えがあった。

「どっかで見た気が……。うーん、ここ最近見た記憶があるんだけど……」

 そう、具体的なことを言えば、ビュジュアルパッケージというか、PVというか、画像的な物で。

「思い出した……宝生天音じゃん、クソゲーオブザイヤーの」

 目の前の少女は、一年毎に発売されたクソゲーを品評しランキングする某所で、燦然とクソゲーオブザイヤーに輝いた乙女ゲーム『あすないろホログラム』の主人公宝生天音だった。
 クソゲーオブザイヤーを手にした実力は比類なく、それはそれは酷いものだ。
 まず、大小さまざまなバグによってゲームとして成立しない。乙女ゲーや他のADVにおける評価項目であるシナリオすら評価不可能なのだ。

 希望小売価格8900円という強気すぎる値段に加え、限定盤に至っては19800円と昨今のビッグタイトルですらそうそう御目に掛かれない数字である。
 ゲームにすらならないバグの塊を売りつけられたユーザー達は怨嗟の声を上げ、ついには裁判沙汰にまで発展。残されたゲームは検証用にプレイされた後、早々に売り飛ばされ、マニアの間で高値の取引があるとかないとか。

「キャラデザは可愛いんだけどな、キャラデザは……」

 主人公モブキャラ問わず解読の不可能な文字化けとか、進行不能バグとか、関係無いシーンのCG回収してネタバレとか、そういうのがなければ可愛い。
 これでゲームがまともだったら代金の高さも我慢出来た。まともだったらな。
 某動画での解説では、一応検証によりゲームクリアすることは出来たようだが、肝心のシナリオに関してはついぞ意味不明だったらしい。評価以前にバグで歯抜けが多過ぎたそうだ。

 こうした事実によって、宝生天音は不憫系主人公と呼ばれるようになった。開発によって悲惨な運命バグを背負わされた哀れな犠牲者だからだ。
 さて、記憶を漁るのはこのくらいでいいだろう。そろそろ問題を認識しようじゃないか。

「……で、なんでは宝生天音になってるんですかね」

 言葉にすることで改めてダメージが来た。何でいい歳した男がこんな安っすいアマチュア小説みたいな展開に陥らねばならないのか。
 神の御業か、悪魔の所業か。どちらでもいいが長年の相棒を奪われたことは絶対許さねえ。
 何度か深呼吸して頭を落ち着けると、状況整理の為に独り言を始めてみる。

「まあ、考えて解らないことどうしようもない。考えても無駄だ。情報が足りないなら、拾いに行かないと」

 耳慣れない声が思考を形作る。そのことに違和感を感じながらも、とりあえずの方針を口にする。

「公式サイトのあらすじだと一応学園ものだった筈だ。登校してみれば何か解るかもしれない」

 自分で言ってみて全然信用出来ない方針ではあるが、このまま事態の改善を待ったとしても何も起こらないだろう。
 そうと決まれば主観的に見て数年ぶりの登校である。ちょっとめげそうだが月曜出勤の憂鬱さに比べればどうということは無い。
 制服に着替え、鞄に教科書を適当に詰め込み、いざ逝かんとドアを開いた。

 そのときである。

「―――――――はっ?」

 主人公の部屋だと思われる場所のドアを開けた先には、何も無かった。
 正確には、人間の常識によって判別可能なものは何も無かった。
 極彩色の気持ち悪い不定形が辺りを漂い、何ものにもなれないまま空間を満たす。言語化するなら、そうとしか言い表せない景色が何処までも続いていた。

「…………失礼しました~」

 そっとドアを閉じた。
 鍵を閉め、カーテンで窓を遮り、ベッドの上で蹲り、頭を抱える。
 呻くように叫んだ。

「バグゲーだからって世界まで狂うことないでしょうが――!」

 どうすんだこれ。どうしようこれ。どうにもならないぞこれ。
 三段活用で結論を出すと、より一層ベッドに埋もれて脱力する。
 現状把握どころではない。どうやらこれは乙女ゲーではなく謎解き脱出ゲーだったようだ。謎解かす気ゼロの。

 1%の正解に挑めとか言われてる気分である。そもそも人間への悪意に満ちた宇宙的恐怖で構成されてそうな世界に正解とかあるのか。あるとして狂気に満ちてそうだ。
 出鼻からすっ転んだ。もはや認識可能な物質に満たされたこの部屋から出る気になれない。

 ほんの数秒ですっかり打ちのめされた決意は、あの虚数空間に踏み出す勇気をくれそうになかった。

「ふへへっ……」

 むしろ変な笑いが出てきた。
 急激に落ち込んだ精神を恒常作用が揺り戻しているようだ。

「はんばーぐ……すてーき……ぐらたん……」

 とりあえず食べたいものを口に出してみる。ちょっと落ち着いた。

「すきやき……しゃぶしゃぶ……まぐろ……」

 続けざまに精神を落ち着ける。
 そのときである。(二度目)

「さーもん……うに……いく何の光ッ!?」

 鍵を掛けて戸締りしたはずのドアが開け放たれ、そこから眩しい光がが差し込んできた。
 突然の出来事に混乱し、寝転がった状態から反射的に跳び起きた。
 その間に光を背負いながら人影が部屋に侵入してくる。

「え、誰っ? 誰ッ!? コワイ! 凄くコワイ!」

 知能指数が下がっていたため、子供のように怯えながら壁に引っ付いた。
 逃げたいけど逃げられない。目を逸らしたいけど目を逸らせない。悲鳴を上げたいけど息を潜めるしかない。
 恐怖から引き起こされた二律背反が精神を追い詰めていく。

 無駄に足掻くことも出来ず、元男は部屋の隅でガタガタ震える美少女と化した。

「ひ、ひぃっ……! こ、来ないで……!」

 青褪めた美少女が懇願する。そんなシチュエーションで相手が待つ筈も無く、後光を背負った謎の人影はゆっくりと近付いてくる。
 じりじりと押し潰されるかのようなプレッシャーに、既に心の折れた美少女は涙目だった。

「いやっ、いやぁ……!」

 頭を抱え、目の前の状況から逃避する。理解不能な事態に立て続けに翻弄された精神は、状況に抗うことを放棄した。
 足音が美少女の前で止まる。
 それでも恐怖に怯える彼女は顔を上げなかった。逆にどうとでもなれ、と開き直ってすらいた。

 このまま殺されるのだとしても、この悪夢から解放されるのなら構わない。
 殺すなら殺せと、図太いのか弱腰なのか解らない覚悟を決めていたのだ。

「うぅ……」

 しかし、いつまで経っても何も起こらない。だが目の前の気配は消えていない。謎の人影が居なくなったわけでもないようだ。
 ここに来て更に進退窮まった。元男現美少女は考えるのを辞めてこのまま嵐が過ぎるのを待つことも出来ないのだと悟った。
 追い詰められ続けた精神に変化が現れた。塞ぎ込んでいた元男の部分が息を吹き返したのだ。

 ちくしょう! そっちから来ないならこっちから行ってやるぜ! 目を開けてやるからな! 目を開けるからびっくりさせるなよお願いします!
 自棄になっても保身を忘れないのは美少女故であろうか。
 とにかく宝生天音となった元男は、顔を上げ、睨むように目を開いた。

「お早う御座います。宝生天音さん」
「――――」

 目の前にいたのは、今の自分と同い年くらいの、同等以上に美しい少女だった。
 切れ目の目元に鋭利な口元、腰まで届かんばかりの長い黒髪。少女というよりも女性を感じさせる佇まい。
 仮に宝生天音が陽の光に照らされた蒲公英ならば、彼女は月に被さる菊一輪。

 ニッコリと微笑む姿に静かな冷たさを感じる美少女は、またも見覚えがある姿だった。

「あ、貴女は、悪役令嬢レイナ、さん……?」
「ええ、悪役令嬢レイナですよ、宝生天音さん」

 クソゲーとして名を欲しいままにした『あすないろホログラム』は、元々は乙女ゲーとして発表された。
 主人公は女の子で、攻略対象は男。そして当然、恋敵役となるキャラクターも存在する。
 昨今別ジャンルとして確立しよく解らないことになっている配役、“悪役令嬢”である。

 つまり目の前の美少女は、原作『あすないろホログラム』で敵対することになるキャラクターであり、

「説明書のキャラ欄で“悪役令嬢レイナ”ってネタバレかまされた上に、メッセージウィンドウの名前欄にも“悪役令嬢レイナ”って書かれてて、結局全編通して全てのキャラクターに“悪役令嬢レイナ”と呼ばれることになるあの悪役令嬢レイナさんッ!?」
「自分で聞いてて混乱しますわねコレ……」

 そんじょそこらの悪役令嬢では歯が立たない。悪役令嬢レイナは生粋の悪役令嬢なのだ。
 ファンや絵師の間では長い間愛されることになる人気キャラクター(玩具)でもある。人気の秘訣は主に名前のインパクトである。
 悪役令嬢とは一体……?(哲学) まあ面白いからいいか! という歓迎の元、今日も悪役令嬢レイナは宝生天音を階段から突き落としながらツンデレムーブをかましている。

「そんな悪役令嬢レイナさんが何故ここにッ!?」
「あー、このノリからだとちょっと言い出しにくいですけど、とりあえず、この世界が狂ってしまっているということは理解してますわね?」
「え? ええ、まあ、あんなの見ちゃうともう、はい」

「私も“悪役令嬢レイナ”とは別の記憶を持ってこの世界に生まれたのですが、私の場合最初からあの虚数空間の海を漂うところからスタートしまして」
「えっ!? 大丈夫だったんですか!?」
「いえ、普通に発狂しましたわ」

「ヒエッ……」
「そんな状態で漂っている内に、気が付くと学園の中に居て『あすないろホログラム』の本編が始まったんですの」
「ええ……(困惑)」

 流石バグゲーが原作の世界。物理法則とか以前に理解不能だ。
 悪役令嬢レイナさんの語り口にも味わい深い複雑な感情が滲み出ていた。

「私発狂してましたので、最初・・()周回・・は何も出来ずに終わってしまったんですわ」
「ん? 最初の周回?」
「ええ、最初の周回」

「え、この世界ループするの?」
「まあ、しますわね。それで続きなんですけど――」
「待って、待って」

「――何度も発狂と覚醒を繰り返して、ようやくこの世界の仕組みに手が届くようになりましたの」
「ホントもうちょっと待とう?」
「巻いていかないとあすホロ本編が始まってしまいますわ」

「理解追い付かないんだけど⁉︎ ……端的に俺はどうすればいいの?」
「あら! 男の人だったんですのね!」
「いや、そこに反応されても返答し辛いんだけど! 男だったけどさ! 今美少女だけど!」

「まあ、身体の方が女で良かったじゃありませんこと? 貴方これから男籠絡して蜜月を楽しまなくてはなりませんのよ」
「えっ」

 ちょっと理解に苦しむ発言が多過ぎやしませんかね? 俺の許容量はもう限界超えてますよ?

「残念ですけどこれ現実なんですわ。発狂くらい本編開始前に治しますから安心してよろしくてよ?」
「よろしくないですよ?」
「貴女が主人公『宝生天音』である以上やる事は一つ! 女が求めるシュチュエーションで男と懇ろすることですわ!」

「やだああああああああ――――!」
「やらないと本編終了と同時に虚数空間に溶けて存在ごと消滅しますわ」
「やだああああああああ――――!!」

「落ち着きなさい!」
「ふぎゃんッ!?」

 思いっ切り頬を引っ叩かれた。余りにも唐突過ぎて頭が冷える。
 精神的な混乱よりも直接的な脅威に身体が反応したようだ。
 ベッドに倒れ込み涙目で悪役令嬢レイナさんを見上げる。

「良いですこと? 私の10932回の追記によってこの世界の全貌はほぼ解明されましたわ」
「ファッ!?」
「バグ操ったり乱数を入力したり性別変えたりすることでエンディングまでは辿り着けます」
「もうそれ悪役令嬢とか関係無いじゃん! ただのTASじゃん!」

 なんてこった! 悪役令嬢レイナは機械仕掛けの女神デウス・エクス・マキナ悪役令嬢レイナだったのか!?

「とにかく! エンディングまでは辿り着けますわ!」

 悪役令嬢レイナさんは強弁した。その勢いに思わず納得しそうになる。
 しかし、断定的ながらどこか弱気な印象を覚える物言いだ。主にエンディングまではって部分が。
 ここまで来たら肚を括る他あるまい。何としてもこの状況から抜け出したいのなら、疑問から目を逸らさず、突っ込め。

「――そのエンディングまでは、って部分が気になるんだけど」
「ふふ、泣き言はもうよろしいのかしら?」
「精神的に疲れる展開はもう十分堪能したよ。次は能動的に動きたいんだ」

「結構、この狂った世界をクリアするのは主人公あなたなのですから、意気込んで貰わないと」
「それはこの世界がゲームだからってことか?」
「いいえ、そしてはい。世界の流れは概ね宝生天音を中心とした物語に沿って進んでいますわ。なんですけど、そもそも原作がバグゲーですから、矛盾の辻褄合わせが起きるんですの」

「辻褄合わせ?」
「唐突に別キャラがテレポートしてきて会話に乱入したり、まるで身に覚えのない事実が常識であるかのように感じたり、いきなり昼が夜になったり男が女になったり学園の敷地内にトラックの運転手が迷い込んだりしますわ」
「余計混乱してんじゃねーか!」

「それ以外は現実と同じ事が起きますわ」
「無理無理! シュール過ぎて現実として見れない! それ攻略対象と会話出来るの!?」

 悪役令嬢レイナは微笑んだ。宝生天音は何かを察した。

「大丈夫ですわ。ええ、大丈夫……」
「騙されねーぞ!? 絶対騙されねーからな!?」
「実際のところ、バグの発生は私が何とかしますので、貴方は適当な男を一人落とせばいいだけですわ」
「あの……男が男を落とせってのがまずもう難易度ハードなんですけど」
「大丈夫ですわ。ええ、大丈夫……」
「優しい目で微笑めば丸込めると思ってるな!? お前それで何人の宝生天音を騙くらかしたんだ!」

 それまでの流れと振りに合わせてツッコんだ。
 さっきまであれだけ塞ぎ込んでいたのに、てっきり人間らしいやり取りが続くものと安心していたのだ。

「……そうですわね! 貴方で10933人目ですわ!」

 一瞬だけ言葉に詰まった彼女の顔が、苦悶の表情で歪むのを見て、後悔した。
 慌てて取り繕ったような笑顔とボケに、居た堪れなさを感じかけて、蓋をする。
 地雷を踏んづけた自覚があるなら、表情を気遣う余裕を取り戻せたのなら、そうする為にこのやり取りを演じてくれた彼女の心遣いを無駄にすべきではない。

 既に肚を決めたのだ。疑問は放って置かない。

「10932人も、貴女の前で消えたのか」

 彼女に縋る他無い以上、彼女を信じたい。
 世界は狂い、自己は変質し、導は無い。だけど、彼女が来た。悪役令嬢レイナが来てくれた。
 会話を始めて十分も経っていないけれど、ただの依存症かもしれないけど、俺は信じたかった。

「俺も、消えるかもしれないのか」
「そ、それは……」

 俺と同じ様に狂った世界に放り出されて、発狂したとまで言った。
 言葉を交わした宝生天音の中身が何度も消滅して、何度バグに阻まれて、何度発狂を繰り返しても――

「――それでも貴女は諦めないんだな」

 10932回の繰り返しを経て、彼女は俺の前に立っている。エンディングを見ようと言ってくれている。
 彼女は例え俺が10933人目になっても、10934回目の攻略に挑むだろう。
 一人の人間を消滅させた、一回分の後悔を胸に秘めて。

 そんな彼女を信じたくない訳がなかった。

「教えてくれ、俺はどうすればいい? 真のエンディングを見るには何をしたらいいんだ?」
「ッ!」
「貴女を信じる! こんな世界で戦う貴女を信じる! だから――俺と一緒にエンディングを見よう!」

 立ち上がって、抱きしめて、そんな熱の言葉を吐いた。
 何だろう、何故こんなにも胸が熱くなるのだろう。こんなに感情的になる事は今までなかった気がする。
 これもトランスセクシャルの影響だろうか。

「ひっ」

 でも、

「ひぃ――」

 悪役令嬢レイナの震える肩と、零れる熱い涙を感じていると、

「ぁっ――!」

 初めてこの状況を悪くないと思えた。
 それからしばらく、俺は彼女が落ち着くのを待った。
 長く続くようにも思えた時間は、腕の温もりがそっと離れる事で終わる。

 泣き腫らした笑顔で、悪役令嬢レイナがこちらを見ていた。
 先程まで情緒不安定だった俺も、たぶん同じ様な顔をしている。

「解りましたわ、貴方には教えます」

 そして語り始める。彼女が未だ読み解けぬ世界の謎を。

「8308回目でエンディングに辿り着く方法自体は確立出来ました。――ですが、それから2624回を数えても、この狂った世界から解放された主人公は居ませんわ」
「――エンディングに辿り着く以外にも、何か条件があると?」
「ええ、全攻略対象とのエンディング、真ルート攻略、裏設定、原作改変。そのいずれを持ってしても世界からの解放は成し得ませんでした」

「最終手段総当たり戦法も通じず、と」
「ですが、何処かにあるはずなんです。私の見つけていないフラグが、何処かに」
「それを見つけるのが俺の役目ってわけか」

 重々しい頷きが返ってくる。難易度ハードじゃ済まなかったらしい。
 TASでも見つけられない乱数を見つけ出す。それは砂漠に混じる金粒を見つけ出すに等しい行為だ。
 それでも昂った意欲に些かの揺るぎも無い。

 続きを促すように見つけ返すと、悪役令嬢レイナは頬を染めながら言った。

「バグ回避と同時並行でほんの少しずつしか検証出来ませんでした。そのせいで随分と多くの宝生天音さんを見送って来ましたわ」

 ですが、と悪役令嬢レイナは不敵に笑う。その表情は悪役令嬢らしく最高に似合っていた。

「総当たりで潰した選択肢で残るのは三つ。一つは攻略キャラ、一つは修学旅行イベント、最後にPC室の怪談ですわ」
「その三つの中に、この世界から抜け出すフラグが隠されてるかもしれないってわけか」
「おそらくは、ですけれど」

 悪役令嬢レイナは少しだけ不安そうに言った。
 当然かもしれない。基本的にこの世界は狂っている。フラグを見つけ出せたとしても、それが機能するかどうかは誰にも解らない。

「大丈夫だ。ああ、大丈夫だとも」

 彼女の手を握る。怜悧な印象を受ける美貌とは正反対の暖かさを備えた手だった。

「必ず出来ると、そう信じるよ」
「――ええ、任せてくださいませ」

 そう言って微笑む悪役令嬢の顔を胸に刻んだ。絶対に、絶対にエンディングを見るのだ。
 そのとき、空間が振動を始めた。
 バランスを崩した俺を悪役令嬢レイナが受け止める。

「いよいよ始まりますわね。舞台が再構築されていますわ」
「世界丸ごとセッティングとは随分と大掛かりなこった」
「ふふっ、それもそうですわね」

 怪しげな極彩色を放つ空間が薄れていき、代わりに見慣れた光景が現れる。
 遠くには地面が敷き詰められ、徐々に建物が立ち並ぶ様子が見て取れた。
 この部屋しかなかった家にも、ドアの先から廊下が伸びていく。

 何もかもが常軌を逸している。だけど、恐れて取り乱すことはもうない。

「それでは参りましょう。準備はよろしくて?」
「バッチリだ。男だろうとニューハーフだろうとまとめて虜にしてやるぜ」
「あら、虜にするのは一人で良いんですのよ? あすホロにはハーレムルートはありませんもの」
「マジで!?」

 二人で他愛も無いやり取りをしながら部屋を出た。
 先が見えなくとも、やり直しが効かなくとも、踏み出す歩みに迷いはなかった。
 世界の乱数を操る悪役令嬢は、決して諦めない。

 ――デウスエクスマキナ悪役令嬢レイナは諦めない。

 この後もバグった世界の理不尽を叫んだり、悪役令嬢レイナの末路に激怒したり、世界解放のフラグにとんでもねえ物が隠されていたり、なんやかんやあったが言えることは一つだけだ。

 こうして世界に抗い続けた悪役令嬢は幸せに暮らしましたとさ、だ。

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