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第九話

 ――時は3年前、玲が14歳の頃に(さかのぼ)る。

 その当時、彼女はまだ、学校へ通っている普通の少女だった。――10歳の頃を境に、父親がほとんど家へ帰ってこなくなったこと以外は。

 彼は一定額の金を家に入れていたものの、それはかなり少額だったので、母親は夜遅くまで働いて我が子の食い扶持(ぶち)を稼いでいた。

 玲は3つ年下の麗奈(れいな)という妹と共に、遅くに帰ってくる母親を待つ生活を送っていた。

 そんな中、元々病弱気味だった麗奈が、重く珍しい病気にかかって入院する事になった。

 常に火の車状態だった赤井家に、その入院費と治療費を払う余裕は無いに等しく、一年が経つ頃には多額の借金を抱えることとなっていた。

 そんな生活も限界に達した頃、母親がいない時間に、父親が家へと帰ってきた。

 母親と妹を助けるため、という名目で、彼は玲を地下闘技場へと連れて行った。

 幼い頃、父親から教えられていた拳法と、玲自身の類い希な身体能力、そして、家族を助けたい、という一心で必死に闘った事により、それほど経たない内に、玲は闘技場最強の一角となっていた。

 

 時雨が送られてくる半年前、闘技場内に潜り込んだ『情報屋』の関係者が、玲の元へとやってきた。

 彼は玲へ内通者になる対価として、知りたいことを一つ調査すると提案してきた。彼女はそれに同意し、母と妹の現況の調査を頼んだ。

 2週間後、玲はその結果を、同じ人物から知らされた。

 玲の稼いだ金は、一円たりとも母親には支払われておらず、その上、彼女は詐欺師に(だま)されて膨大な借金を抱えさせられてしまう。

 その挙げ句、妹は病状の急激な悪化で亡くなり、後を追うように母親も自殺したという事になっていた。

 しかし、それは表向きの話であって、実際は母親と妹の死は両方共、闇闘技場の主宰である玲の父親が仕組んだものだったという。

 それを知り愕然(がくぜん)とする玲は、その心の内で父親への復讐(ふくしゅう)心を燃え上がらせた。


 『情報屋』に父親を殺す機会をもうけて(もら)った玲は、父親を殺す事だけを考え、殺伐とした日々を送っていた。

 そんな中、いつもの様に控え室にやってきた玲は、その隅で泣きじゃくっている時雨と遭遇した。

 ここに騙されて連れてこられた新人は、彼女と同じ状態になっていることが多い。

 いつもなら、見て見ぬフリをする玲だが、何故かこの時はその少女を放っておけなかった。

 なるべく脅かさないように玲が話しかけると、時雨はゆっくりと顔を上げる。

 その顔を見た瞬間、玲の記憶の底から、母子家庭状態ではあったものの、それでも幸せだった頃の風景が湧き上がってきた。

 どことなく、妹である麗奈の面影を感じさせる時雨を、他の選手同様に心が壊れてしまわない様、玲は彼女の元に訪れては献身的に世話をし始めた。


                    *


 心に平穏をもたらしてくれる時雨は、いつしか玲の中で、母親や麗奈に並ぶほど特別な存在となっていた。

 そんな時雨を運営側から守るため、玲は決行する直前、『情報屋』の関係者達に無理を言って、自分の部屋に運んで貰った。

 作戦開始後、1時間半程で大方制圧したとの知らせを聞き、ベッドに座って待っていた玲は、閉じていた目を開いた。

「ねえ時雨、ボクは……、出来れば、君とずっと一緒にいたいんだ……。だけど、だけど君は、人殺しが傍にいるなんて嫌だろう?」

 そう言って、すぐ隣で眠る時雨の頭を撫でた後、彼女は愛用のグローブと腕の防具をはめて立ち上がり、出入り口へと向かう。

 物音を立てないように扉を開いた玲は、

「さよならだ、時雨」

 最後に一度だけ振り返り、愛しい少女に別れを告げた。

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