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第八話

 さらに廊下をいくらか進んで、3つ目の曲がり角にさしかかったとき、芙蓉がピタリと動きを止めた。

 一瞬、(ほう)けていた時雨は止まりきれず、彼女が背負うチタン製の小型バックパックに頭をぶつけた。

「どっ、どうしま――」

「シッ……。誰かくる」

 顔の前に人差し指を立て、時雨に小声でそう言った芙蓉は、銃を前方に構えて息を潜める。

 すると、ホストクラブにでも居そうな若い茶髪の男が、ひょっこりと角から顔を出した。その首には白いスカーフが巻かれていた。

「わー! 待った待った!」

 自分に向いた銃口を見た彼は、オーバーリアクション気味にそう言い、バンザイをしながら、敵じゃ無い事を必死にアピールをする。

「なんだ、お前かよ」

 その無駄にハンサムな顔を確認した芙蓉は、心底嫌そうにそう言って銃を下ろした。

「そんなに嫌がること無いじゃんよ。子猫ちゃん」

「あぁん? 誰が子猫だって?」

 キザっぽく芙蓉の腕をとろうとした男に、彼女は銃口を男の額に突きつけながら凄む。

「すいませんでした」

 後ろに軽く跳んで下がりながら謝った彼は、滑らかに土下座の体勢へ移行した。

「ところでお姉さん、この後2人で『楽しい事』しない?」

 と思ったら、男はすぐに立ち上がり、爽やかな笑顔で芙蓉を誘う。

「する訳ねえだろ。ぶっ殺すぞこのエロガキ」

 それをにベも無く断った芙蓉は、辛辣な言葉を投げつけながら男に近づき、バイザーを上げてすさまじい形相で睨みつけた。

「……そんなに嫌わなくたって良いじゃないっすか」

「うるせえ、キンタマもぐぞテメエ」

 我慢の限界が近づいた彼女に、男は至近距離で股間に銃を向けられた。

「結構です。すいませんでした」

 目がガチな芙蓉に縮み上がった男は、素早い動きで2人に道を譲った。

「とっとと失せろバーカ」

 虫でも追っ払う様に手を振った後、芙蓉は時雨の方を振り返り、おら行くぞ、といくらか柔らかい口調で告げた。

「はいっ」

 2人の珍妙なやりとりに呆然(ぼうぜん)としていた時雨は、ビクッとしながらそう返事をして、また足早に歩き出した芙蓉の後を追いかける。

 男の前を通り過ぎようとした時雨に、

「あ、そうそう。時雨ちゃーん、デビュー戦でいきなりお腹殴ってごめんねー」

 冷や汗をかく彼は、申し訳なさそうにそう言って笑い、そそくさとその場を去って行った。

「えっ?」

 確かに時雨は初戦に腹を殴られたが、その相手と男は全く性格も目に宿る精気も違っていた。

「見て分からなかったか?」

 彼が去って行った方を向いて立ち止まる彼女に、芙蓉は足を止めてそう訊ねてヘルメットを脱いだ。

 肩までの長さの黒髪が、その中からふんわりと舞い落ちる。右側頭部の髪の根元が、一部だけ白くなっていた。

「はい……? ってリンさん!?」

 その彼女の素顔はつい昨日、時雨を二発のゴム弾でKOした少女のものだった。

 まあ、リンってのは偽名だけどな、と言いながら、芙蓉はヘルメットを被り直した。 

 

 時折、芙蓉や先ほどの男と同じ、選手として潜入していた殺し屋達とすれ違いながら、2人は選手控え室の前にやってきた。

「じゃ、私の役目はここまでだ」

 真っすぐフィールドまで行けよ、芙蓉は時雨にそう告げると、踵を返して元来た道を戻っていった。

「あっ、はい。ありがとうございました」

 その背中に向かって時雨が礼を言うと、彼女は軽く片手を上げて返す。

 時雨が控え室を通ってフィールドまで出ると、その中央に選手達が集められていた。その周りには彼らを守るように、小銃やら剣やらを持った殺し屋達が立っていた。

 客席には人の姿が一切無く、場内は選手や殺し屋達のざわめきが(かす)かに響いているのみだった。

 座っている選手達は、皆一様に不安そうな表情を浮かべていた。

 時雨が後から来た選手と共にそこまで行くと、綿シャツを着た痩せ気味の若い男がやってきた。並んでいる選手達の数を指さしで確認し、彼は小さく頷いた。

 選手達の借金を帳消しにした上で、地上に帰らせる、と、彼が選手達に説明する。

 何をされるんだろう、と怯えていた選手達は、それを聞いて狂喜乱舞したり、ホッとしたあまり号泣して崩れ落ちたりした。

 あれ? 玲は……?

 その一方、時雨は自分を助けてくれた、顔見知りの優しい少女を探していた。だが、隅々まで見回しても、玲の姿はどこにも無かった。

「すいません。ちょっと良いですか」

 話し終えた若い男が前の方に行ったところで、時雨はすぐ近くに居た2人組にそう訊く。

 片方は白いシャツの上から、白衣を羽織った背の低い少女で、もう片方は、彼女より頭2つ背が高く、黒くシックなゴスロリドレスを着ていた。

「んだよ?」

 白衣を着ている少女の方が、怪訝そうな表情で返事をする。

「あのっ、玲っていう選手の人知りませんか?」

「ああん? アタシは知らねえぞ」

 白衣の少女は眉間にしわを寄せ、時雨の問にぶっきらぼうな調子で答えた。

「ユキ、お前なんか知ってるか?」

 髪の毛が真っ白なゴスロリ少女の顔を見上げつつ、白衣少女は彼女に話を振る。

「ええ。ほら、内通者のボクっ娘いたでしょう? あの子よスミちゃん」

 ユキと呼ばれたゴスロリの方に、そう言われた白衣の方は、

「……あー、あいつか」

 30秒程かかってやっと思い出すと、その背を彼女に預けた。

「そいつだったら、ちょっと前にあそこに入ってったの見たぞ」

 彼女はスタッフが出入りする用の、フェンスと一体化した扉を指さした。

 そんな彼女を後ろから包み込む様に抱き、ゴスロリの方は据わった目で嬉しそうに笑う。

「ありがとうございますっ!」

 時雨はそう言って勢いよく頭を下げると、駆け足で半開きのその扉へと向かっていった。


 彼女が扉の中へと入って、数分が経過した頃。

「そういえばスミちゃん」

 ゴスロリの方は白衣の方へ、ふと、思い出したように問いかける。

「ん?」

 彼女はそれと同時に、相棒の黒いタイツに包まれた内ももを、脚の付け根の方へとゆっくりと撫で上げる。

 穿いている白いショートパンツの裾に届いた辺りで、白衣の方はその手をはたいてから、頭を逸らして彼女を見上げる。

「内通者の子、誰にも言わないで、って言ってたわよね?」

 残念そうな顔でそう言ったゴスロリの方に、特に責めるような感じは見受けられず、

「あー、だったな」

 言われた白衣の方も、そこまで悪い事をしたとは思っていなかった。

 そんな2人の所に、嫌な予感がして引き返してきた芙蓉がやってきた。

「おいあんたら、まさかとは思うが、内通者の件、例の子に話してないよな?」

「おう。話したぞ」

「話したぞ、じゃねえよ! 案の定かよ!」

 仕事増やしやがってこのバカ共! と、鬼のような形相で、超いい加減な2人を怒鳴りつけた後、芙蓉は慌てて時雨の後を追って行った。

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