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第六話

 あの子(時雨)の為にも……、少し"予定"を早めないとな……。

 やかましい空調の音が鳴り響く薄暗い廊下を、玲は大分速い歩調で進んでいく。

 あんなにも優しい子が、こんな所にいちゃダメなんだ……。

 拳に力を込める玲の表情は、かなり険しい物になっていた。

 角を4つ曲がったところで、彼女はハイランカー用の特別室の区画に着いた。

 一番奥にある自室に帰った玲は、すぐに扉の鍵を閉めた。

 広さが時雨の部屋の4倍はあるそこは、隅にいくつかある筋トレグッズと一人用のシャワールーム以外は、時雨と同じような物しか置かれていない。

 殺風景な部屋の明かりを少し暗くし、玲はベッドに後ろ向きに倒れ込んだ。

 しばらく白い天井を眺めた後、

「麗奈……、君は喜ばないかもしれないけど、ボクは……」

 もの悲しげにぼそり、とそうつぶやいた玲は、パンツのポケットの中にあるはずの、チューインガムを探る。

「……あ」

 だがそこに入っていたのは、噛み終わって吐きだした物だった。しかも、それを包んでいる紙ははがれていて、ポケットの裏地にその中身がこびり付いている。

 ゆるゆると身を起こした玲が、それをツメでこそぎ落としていると、ドアを3回ノックする音がした。

 ……まだ、時間じゃ無いよな。誰だ……?

 ポケットの事は一旦、保留にして立ち上がった玲は、神経を研ぎ澄まして警戒しながら鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。

 そこには、自分より頭1つ低い人物がいた。彼女が顔を確認する前に、その人物は素早く棒状の物を玲に突き出してきた。

「――ッ!」

 右手に持つそれが刃物に見えた玲は、その手首を身をひねりつつ左腕で引っ張り、反対の手でそれをたたき落とした。

「きゃあ!?」

「――って、時雨?」

 玲の左足に足を引っかけられ、仰向けにひっくり返ったその人物は時雨で、手に持っていたのはガムだった事に、玲はそこで気がついた。

「……ごめん、時雨。怪我はないかい?」

 とんだ思い違いをしていた玲は、申し訳なさそうに謝って、倒れている時雨に手を差し出す。

「あっ、いいえ。大丈夫で――、すぅッ!?」

 その手を借りて立ち上がろうとした時雨だったが、落ちているガムを踏んづけて足を滑らせた彼女は、体勢を崩して前のめりになる。

「……っと」

 自分の方に倒れ込んできた彼女を、玲はしっかりと抱き止める。

 これ、は……?

 すると時雨の身体から、花のような淡い匂いがした。彼女にとってそれはとても懐かしく、同時にとても恋しいものと似ていた。

「えっと、玲……?」

 呆然として固まっている玲を見上げ、時雨は戸惑った表情をしている。

「ごめん時雨……。もう少し、このままでいさせてくれないか……?」

 玲は目を伏せて時雨の耳元でそう囁く。その声はいつもの飄々とした調子では無く、年相応の脆さを感じさせるものだった。

「あっ、はい。……どうぞ」

 玲の問いにそう答えた時雨は頬を赤くしつつ、されるがままになる。

 彼女の身体は妙に冷たく、生きているのか不安になるほどだった。

 それから、5分程経ったところで、玲は時雨を抱きしめる腕を解いた。

「もう、良いんですか?」

「うん。ありがとうね」

 穏やかな表情で礼を言った玲は、いつも通りの調子に戻っていた。

 その後、時雨は玲に送られて自分の部屋へと戻り、消灯時間になったところで眠りについた。


 常夜灯がうっすらと照らす部屋で、玲はベッドに仰向けで寝転がっていた。     

 最後にあの子と会わせるなんて、神様ってやつは気の利いた事をしてくれる、な……。

 時雨を抱きしめたときに感じた、彼女の温もりやその身体の柔らかさは、玲に安らぎと心地よい胸の痛みをもたらしていた。

 しばらくの間、そのままでいた玲は、小さく、よし、と言うと、立ち上がって扉の前に移動した。

 消灯後一時間が経った午前1時丁度になったところで、外から4回・2回・3回と、何物かが扉をノックした。それを聞いた玲は扉を半分開き、その人物と非常に小さな声で2、3会話を交わす。

 それが終わると外にいた人物は、目の前にいた玲さえ気がつかない内に、そこから立ち去っていた

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