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第十一話

 今すぐにでも飛び出して、玲を助けに行きたいと思う彼女だが、玲すら圧倒されるような相手に敵うはずも無いのは明らかで、身体が全く動いてくれない。

「……おい、何やってんだ!」

 後を追ってきた芙蓉が、そんな時雨を後ろから小声で怒鳴った。彼女は思わず声を上げそうになりつつ振り返った。

「……あ、あのっ! お願いします! 玲を助けてください!」

 芙蓉の右手を掴んでそう懇願する時雨だが、

「申し訳ないけど、そうはいかないんだよ」

 芙蓉はその手を払いのけ、無情にもそう告げた。

「どうしてなんですか!?」

「あっ、があああっ!」

 玲の悲鳴を背に、つかみかからんばかりの勢いで、時雨は芙蓉に詰め寄った。

「その玲とかいうヤツが、助太刀は要らない、って自分から言ってきたんだよ」

 玲が、父親との決着は自分で付けるから、自分が死んだ時以外は手出しするな、と言ってきた事を芙蓉は時雨に説明する。

「そん、な……」

 その話を聞いて、泣きそうな顔になった時雨を見た芙蓉は、

「でもな、"あんたの命"はどうあっても守れ、とも言われててな」

 ニヤリ、と笑みを浮かべつつ時雨にそう言った。

「つまり、私が出て行って、殺されそうになれば良いんですね?」

「おう」

 飲み込みが早くて助かる、と言いながら、芙蓉は左脇のホルスターから愛用の9ミリを抜き、銃身を持って時雨に手渡した。

「これは……?」

「お守りだ」

 銃の持ち方を彼女に教えた後、芙蓉は腰の1丁を抜いて安全装置を外し、左側の扉の裏に隠れた。

 緊張した面持ちで1つ深呼吸をした時雨は、右の扉を勢いよく開けると、2人と入り口の中間辺りまで進んだ。

「あっ、玲から離れてっ!」

 裏返りそうな高い声でそう叫んだ彼女は、玲の頭に足を乗せる男の方へと銃口を向ける。

 しかし、銃を持つ手両手は震え、素人目にも狙いが定まっている様には見えない。

「時、雨……?」

 不釣り合いな鉄の塊を持つ、見知った少女の姿を見た玲は、驚愕の表情を浮かべる。

「おやおや。そんな付け焼き刃で、私と戦うつもりかね?」

 男は舐めきった表情でそう言い、ゆっくりと時雨に近づいてきた。

「逃げ……、ろ……。時雨……っ」

 ボロボロの玲は、力を振り絞って男の足首をつかんだ。だが、その手を男に何度も踏みつけられ、あっさりと手を離してしまった。

 これ以上……、奪われて……、たまるか……。

 なおも彼女は、身体を引きずって追いすがるが、

「どうしたんだ? 早く撃ったらどうかね?」

 両腕を広げてそう言う男は、そんな玲を無視して時雨との距離を徐々に詰めていく。

「や、めろ……。時雨に……、手を……、出すな……」

 あと1歩で彼女に手が届く距離になった、その時、

「ぐ……ッ」

 甲高い音と共に発射された弾が時雨の身体をかすめ、男の両膝と肩の筋を的確に打ち抜いた。

「玲っ!」

 膝をついた男の横をすり抜けて、時雨は呆然としている玲の傍に駆け寄った。

「動くなよ?」

 それと同時に、芙蓉が男の額に銃口を向けつつ、部屋の中へと入ってきた。

「大丈夫、なの……?」

 銃を置いて玲の隣に膝をついて座る時雨は、ボロ雑巾のようになっている彼女の顔を、心配そうにのぞき込む。

「なんとか、ね……」

 暴行を受けた箇所がズキズキと痛むものの、玲はそれを堪えながら笑みを作った。

 時間をかけて仰向けになった彼女は、時雨の膝に頭を乗せて大きく息をする。

「なんで……、こんな所まで来ちゃったんだい、時雨」

 時雨の顔にゆっくりと手を伸ばしつつ、玲は困ったように笑った。

「……このままだと、あなたにもう、会えない気がしたんです」

 痛々しい様子の玲の手を、時雨は両手で包み込む様に握り、目を潤ませつつそう言った。

「それで良かったんだよ時雨……」

 ボクはこれから、人を殺すつもりなんだよ? と、時雨の顔を見ない様、顔を逸らしながら玲はそう言う。

「私はそれでも大丈夫です。だって、あなたが優しい人だって事、私、知ってますから」

 それでも時雨に、恐れるような素振りは一切無く、彼女は涙をこぼしながら微笑んだ。

「本当に、君は……」

 玲はわずかな間だけ目を見開き、やがて、愛おしそうに時雨を見つめて破顔した。

 2人の様子を横目で見る芙蓉は、やれやれ、と言った様子で口元に笑みを浮かべる。

 そんな、若干甘めの空気が流れる部屋に、

「おい、まだか!」

 さっきのいい加減な少女2人組が、それをぶち壊して入ってきた。

 早く帰らせろよ! と、不満そうな声を上げた白衣の方は、なんだか嬉しそうな顔をした、ゴスロリの方に抱きかかえられている。

「へいへい。もうちょっと待ってろ」

 ため息を吐いてそう言う芙蓉は、そんな2人組に呆れた様な目線を送る。

「なんだよー。その面倒くさそうな対応はよー」

「うるせえ! さっさと出てけ!」

 グダグダな空気になりそうなのを察し、芙蓉は2人組を部屋から追っ払った。

 ややあって。

 玲は時雨に手を借りながら、ゆっくりと身を起こした。彼女から拳銃を受け取り、自分と向かい合う格好になっている男の胸へ、その銃口を向ける。

 だが、先ほどの戦いのダメージが残っている玲は、その腕が震えて狙いが定まらなかった。

 それを見て時雨は、彼女の腕に自分の両手を添えて支えた。

「時雨? これだと……」

 時雨に人殺しを手伝わせる事になるので、少しためらった玲だったが、

「はい。『共犯』、ですね」

 覚悟を決めた様子でそう言った時雨の表情を見て、玲は首を1度縦に振った。

「地獄に落ちろ。この外道が」

 あまり抑揚のない低い声でそう言うと、玲は銃の引き金を引いた。

 しかし、そこから銃弾が発射されることは無く、

「だってよ、オッサン」

 2人の隣に立っていた芙蓉が、男の額と心臓を撃ち抜いた。

「……どういう、ことだい?」

 ほんの少しの間呆けていた玲は、撃った銃をしまう芙蓉を見上げてそう言う。状況を飲み込むのが遅れている時雨は、視線を玲の手元と芙蓉の顔で往復させている。

「汚れを被るのは、『私ら』だけで良いってだけだ」

 芙蓉は面白くもなさそうにそう返すと、玲の手にある愛銃を取り返した。彼女の目は砂漠の様に乾いていた。

「あんたらが生きていくべき世界は、『こっち』じゃねえぞ」

 芙蓉はその弾倉を交換してから、ホルスターへと収めた。元から入っていた弾倉には、弾が1発も入っていなかった。

「じゃあな」

 幸せに暮らせよ、と去り際に告げた彼女は、玲と時雨の方を振り返らずに、さっさと部屋から出て行こうとする。

「あのっ。色々と、ありがとうございました!」

 その彼女の背中に、時雨は早口でそう言って頭を下げた。

 芙蓉は無言で手を挙げ、扉の向こうへと消えていった。

「やれやれ、やっとか」

 彼女と入れ替わるように、先ほどの2人組が室内に入って来た。

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