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第十話

 LEDの電球で照らされた、コンクリート打ちっ放しの薄暗い廊下を、玲は一人きりで進んでいた。

 それは、フィールドに沿って円形に作られていて、その先を見通す事は出来ない。

 玲の面持ちはとても硬く、刃物を思わせる様な鋭い目をしていた。

 出入り口から丁度半周が近づくと、あちこちに黒服の死体が転がっているようになった。

 それらは頭が半分無くなっていたり、身体が唐竹割りされていたりと、かなり凄惨な状態になっていた。

 だが、進むにつれて死体の外傷は、首の後ろの小さな刺し傷だけになっていた。

 その地帯を抜けると、玲の視界の右側に観音開きの扉が現れた。その上の壁には、『主宰室』、という銘板が取り付けられている。

 待っていろクソ親父……。お前はボクが絶対に殺してやるからな。

 そこで立ち止まった玲は、グローブをはめた両手を握りしめ、その目つきをよりいっそう鋭くする。

 扉の真ん前にやってきた玲は、トラップが無いかどうかを確認してから、部屋のドアを開いた。

「随分と舐めたマネをしてくれたな」

 玲の部屋と同じほどの広さがあるその中央で、黒の頭髪に白髪が混じった男――、玲の父親が腕を組んで仁王立ちしていた。

 スーツを着る彼の背丈はかなり高く、体格もよく絞られた筋肉質なものだった。

「そんなつもりは無かったんだけどね」

 不快感をあらわにする父親の男を見据える玲の表情は、到底、親に向けるようなものではない殺気を放っていた。

「玲、お前は自力で、この私を殺せると思っているのか?」

 挑発するために玲を名前で呼び、男は人を食ったような顔をする。

「1つ聞かせろ。……なぜ母さんと麗奈を殺した?」

 玲はそれには一切乗らず、遺伝子上の父親にそう問いかける。

「優秀な子を産まなくなった女と、そいつが産んだ『失敗作』を生かす意味がない、で満足かな?」

 至極当たり前、といった様子で言う男に、

「……死ね」

 玲は憎悪を込めたその一言だけを放ち、いつも闘技場でする様に半身で構えた。

「ほう。やはり『最高傑作』なだけはあるな」

 自分の教えたものを忠実に再現する彼女を見て、男はニヤリと笑いながら、来い、掌を上にして挑発する様に手招きする。

 だが、怒りにまかせて飛び込んでいくようなマネはせず、玲はジリジリと男との間合いを詰めていく。

 たっぷりと時間をかけて進み、あと数歩で拳が届く距離まで来ると、男も玲のものと鏡写しの様に構え、殺気を放ちつつ1歩踏み込んで拳を突き出した。

「――ッ!」

 それに反応した玲は、それを右前方に踏み込んで躱すと、素早く男の背中に素早く回り込み、右足回し蹴りをこめかみに叩き込もうとした。しかし、

「な――ッ」

 つま先が男の頭にヒットする瞬間、男は左足を左後ろに素早く伸ばし、その足を軸に身体を反転させつつ、姿勢を低くして蹴りを避けた。

 左の裏拳で反撃してくると予想して、玲は右腕の防具で受けようとした。

 だが、それでがら空きになった彼女の右脇腹に、男は蹴りを入れた。

「おお、そうだ。お前に2つほど教えてなかったな」

 ふらつきながらも間合いをとり、再び右半身で構える玲に、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な表情の男はそう言って指を2本立てた。

「昔、お前に教えた、『動きを先読みすること』、ってのは基本その1だ」

 そう言いながら男は間合いを一気に詰め、左肘打ちの構えをとった。それを避けるために、玲は左後ろに一歩下がる。

「その2は、『動きに(うそ)を混ぜること』」

「ぅ……ッ」

 男はその構えのまま右ストレートを繰り出し、玲の顔面にクリーンヒットさせた。

「その3は、『相手に反撃の(すき)を与えないこと』、だ」

「がッ!」

 後ろに飛び退いた玲との間を、男はまた一気に詰め、彼女の腹に膝蹴りを入れた。

 玲が腹を押さえて前傾姿勢になったところで、その顎にアッパーを入れてのけぞらせる。

「この二つが無いと、同じモノを使う相手を倒せないからな」

 さらに玲は後ろに下がりつつ体勢を立て直そうとしたが、その前に男の後ろ回し蹴りをこめかみに()らった。

「う……、ぐ……」

 視界がぐらつく中、なんとか踏ん張ろうとした彼女だったが、こらえきれずに膝から崩れ落ちた。

「どうした? 私を殺すんじゃなかったのか?」

 へたり込んで動けない玲の腹に、男は容赦なく再び蹴りを入れた。

「ほら、何か言ったらどうだ」

 仰向けに倒れ込んで喘ぐ玲の髪をつかみ、男は彼女の上体を無理矢理起こす。

「……うる、……さい」

 まともに呼吸をすることさえ出来ない状態だったが、玲は自分を見下ろしてくる男を睨みつける。

「ほう。まだそんな目をするか」

 彼女の髪から手を離し、男はもう一度その腹に蹴りを入れた。

「もう諦めろ。お前に勝ち目は無い」

 蹴り倒されて悶絶(もんぜつ)する玲に馬乗りになった男は、何度も玲を殴りつけてそう言う。

「……だ、れが……」

 そうは言うものの、彼女はもうほとんど戦意を喪失していた。口の内側の端が切れて、鉄の味が口内へと広がる。

「認めれば楽に殺してやるぞ?」

 男はそう言って立ち上がり、もう動くことすらままならない玲の腹を踏みにじった。

「あ……ッ! が……ッ!」

 苦悶の表情でもがく彼女の姿を、

 玲……っ。

 時雨は半開きになった扉の隙間から、手を握りしめて覗いていた。

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