第一話
とある大都市の一角に、半ば廃墟の様になったビルがある。
一見すると、取り壊しを待つばかりに見えるその地下には、比較的大規模な闇闘技場が存在していた。
そこでは、仮面を付けた人々の欲望に満ちあふれた歓声が、
『勝者アァァァァ! ユゥゥゥゥキィィィィッ!』
リングアナのハイテンションな叫び声と共に響き渡っていた。
闘技場の中央には円形のフィールドがあり、その床面はユニット式のマットで覆われている。そんなそれを取り囲むように、500人ほどが入るスタンドが作られていた。
フィールドとスタンドを隔てるフェンスは、東側が赤、西側が青に塗られていた。
ユウキ、と勝ち名乗りを受けた十代後半ぐらいの少年は、回れ右をして観客に一礼する。茶色いボサボサ頭の彼の目には、おおよそ覇気というものが無かった。
その後、彼は赤い方のフェンスの方へと進み、その中央にある両開きのスイングドアから出て行った。
「あ、ぅ……。か、は……ッ」
一方、その反対側のフィールド上には、細身の少女が横たわっていた。
身体をくの字に曲げ、腹部を抑え悶絶している彼女の口元は、吐瀉物で白く汚れていた
まもなく彼女の元に、白い防護服の様なツナギを着た、顔をマスクとゴーグルで覆っている男二人が現れた。
彼らは持ってきた担架に少女を乗せ、青側のドアの方へと搬送していった。
そのすぐ後、さっきの彼らとは別の白服がやって来て、少女の吐き出したものが付いた部分のマットを拭いて新しいものと交換した。
それが終わるのを確認してから、リングアナは次の選手の名前をコールした。
少女を乗せた担架は、ドアをくぐってL字型の廊下を曲がり、コンクリートむき出しの4畳ほどの狭い部屋にたどり着いた。
選手の控え室であるそこは、粗末なベンチだけがポツンと一つ置かれている。
まだまともに動けない彼女を、白服達は無造作に冷たい床へ転がし、そのまま元来た道を走って引き上げて行った。
ベンチには一人の少年が座っていたが、リングアナに呼ばれていた彼は呻く彼女には目もくれず、幽霊のようにフィールドへと向かって行った。
「なん、で……、こ、んな……っ」
苦しそうに息をする彼女――青木時雨は、そう途切れ途切れに独りごち、刺すように痛む腹を押さえて華奢な身体を丸めた。