淀中の開発
淀川中学校。つまり、タケシたち幽霊ネコが住んでいる淀中に、不穏な波風が立ち始めていた。
今村都議会議員は、議員を引き連れて視察に来たし、開発業者や建設会社が頻繁に訪れるようになった。ネコたちは壁に潜り込み、成り行きを見守るしかなかった。
「いつかこういう日が来るのはわかっていたが、意外に早かった。」
タケシはユウに率直な感想を述べた。
「廃校になった学校、全国にはいっぱいありますから。そんなに悲観することはないんじゃないかなあ。」
「でもやっぱり、寂しいには違いない。さて、ユウ、俺たちはどうしたらいいんだろうね。」
メグもすんなりと学校に入れないときがあった。周辺に測量をする人はいたし、通行車両も増えた。淀中に大きな変化が訪れようとしていることは、メグにもすぐにわかった。
「今村沙也加は学校には来てない。まだ入院してるって。」
メグはタケシたちに学校の様子を伝えた。
「同情の余地はないんでないの?」とネコたちは言った。
「俺、病院に行って様子を見てたぜ。」とツトム。「ピンピンしてたぜ。仮病だよ。」
「相手にすることないよ。また『ネコバズーカ砲』をお見舞いしてやればいいさ。」
「知ってるか、みんな。」とツトムが机に飛び乗って言った。「この淀中の開発を進めてんのが、今村っていう議員なんだぜ。」
「今村? それって、もしかして・・・。」
「今村沙也加のパパだよ。」
「あの生徒会長、またすごい方法で復讐してきたな。」
「そうじゃないだろう・・・。ただの偶然だ。」とタケシが言った。「娘のいいなりで動く人物じゃなさそうだった。メグちゃん、学校の様子はどうだ?」
「莉子さんが生徒指導の先生に全部話して、生徒会室にも入ったの。副会長にも話を聞いて、今村さんのことは大きな問題になってる。」
「いい方向に向かってる、そんな感じだな。少しは世直しができたか。俺はうれしいよ。俺たちにも、社会を変えることができた。」
タケシがしんみり言うと、ネコたちは俯いた。泣いているネコもいる。
「それで、こらからどうするかだね。」とユウが言った。「この学校は、確実になくなるんだから・・・。」
ネコたちのすすり泣きが大きくなった。
「ぼく、メグちゃんと別れるの嫌だ!」とひとりが言うと、ネコたちはメグの周りを囲んだ。メグは、泣きながらネコたちの頭を撫でた。
幽霊ネコがショッピングモールに住めないわけではなかった。ただ、幽霊に明るくきらびやかな空気はなじめそうになかった。ネコたちに不思議なパワーを与えているのは、古い建物の壁に生えたカビだったし、床に積もった埃だったし、かつていた生徒たちが残した吐息だった。
シゲルが窓から入ってきて、タケシと目を見合わせる。
「シゲルは、ここに残るだろ?」
「メグちゃんと俺は一心同体だからな。タケシ、引き際がよすぎねえか? ひとつ世直しして、それで満足なのか?」
「世直しは、新しい土地でもできる。ショッピングモールができるんだ。仕方ないだろう・・・。」
「俺はお前は尊敬してたんだがな。もう少し、骨のあるやつかと思ってたぜ。」
「おいおい、変なとこで無茶ぶりしないでくれよ。シゲル、東京都がここにショッピングモールを作るんだ。俺たちになにができる?」
「できるわ。」
タケシとシゲルのやりとりを聞いていたメグが立ち上がった。
「メグちゃん!」とネコたちが叫んだ。
タケシは、メグの瞳に映った夕陽を見つめた。思えば、ここで夕陽を眺めるのが唯一の楽しみだった。
その楽しみがやがて退屈に変わり、メグとの出会いで『世直し』を思いついた。一度始めたからには、最後までやり通すべきではないのか。タケシは、自分の間違いに気付いた。新しい土地でも世直しはできるという考えは、逃げの姿勢ではなかったか。
「淀川中学校を復活させよう・・・。」
タケシがそう言うと、メグが大きくうなずいた。
タケシは、教卓に飛び移り、ネコたちを見回して言った。
「メグちゃんと、シゲルに言われて目が覚めた。ここを立ち退くことよりも、先にやるべきことがあった。俺たちは、全員、自殺した小学生、中学生だ。本当は、俺たちは・・・自殺するべきじゃなかった。まだなにか、やるべきことがあったのかもしれない。幽霊ネコになったのも、神様がくれたチャンスだと思う。ショッピングモールができることに反対はしないが、自分たちの居場所を守る権利は、俺たち幽霊ネコにもあるような気がする。みんなはどうだ? そう思うか?」
ネコたちは声の限り叫んだ。
「イエーイ!」
「さすがタケシさん、いいこと言うぜ!」
「タケシっ、愛してるっ!」
照れ笑いをするタケシを見るのは初めてだとシゲルは思った。
「シゲル、ありがとう。」とタケシは言った。「どうかしてたな、俺。」
「すぐに間違いに気づいて、考え直してくれるところがタケシのいいところだぜ。だから、お前にリーダーを任せてる。」
「すばらしいサブがいるから、いいリーダーが育つ。そういうもんだな、きっと。」
メグがタケシとシゲルの頭を撫でる。ふたりは気持ちよさそうに目を閉じた。