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憂いっ子メグと幽霊ネコたち  作者: 瀬賀 王詞
16/27

裏切りの強要


 その日は土曜日だった。前日の金曜日、莉子が生徒指導室に缶詰になったのは、莉子にとっては好都合だった。反省の弁を述べず、時々悪態をついたのも、簡単に無罪放免にならないように仕向けたのだ。


 五十万が消えたことを今村に知られたら、ただでは済まないと莉子はわかっていた。


「知られる前に、なんとかしなきゃ。」


 莉子は、土曜日の早朝から仲間とお金を探し回った。仲間は何度電話しても出ない。家に行っても留守だった。


「おかしい。三人ともいないなんて・・・。」


 コンビニの中に入ると、強盗でもしようかと考えたりする。


 昼過ぎだった。


 川沿いを歩いていると、登録していない電話番号に呼び出された。一回目は無視したが、二回目は黙殺できなかった。仲間からの連絡の可能性もあった。


「今村だけど・・・。」


 莉子は黙っていた。


「北条でしょ? 昨日は大変だったわね。」


 電話番号を教えたことはない。どうして知ったのか、訊ねようと思ったがやめた。


「いいわよ。返事はしなくても。約束の五十万。今日持ってらっしゃいな。わたし、学校にいるから。」


「金は・・・。」莉子は声を詰まらせた。「金は・・・ない。」


「はあ? なに言ってるの。あなた、木曜日に集まったって言ったでしょ。」


 莉子は、空を見上げた。きれいな筋雲が、青空を掃くように流れている。


「仕方ねえじゃねえか。」と莉子は大きな声で言った。「ねえものはねえんだよ、この銀縁眼鏡! 五十万は俺が今からパチンコで遊ぶんだよ。文句があるなら探しに来い!」


 そう言って電話を切ってから、莉子はへたへたとベンチに座り込んだ。


「なにを言ってるんだ、あたし・・・。」


 莉子の前に、突然メスネコ・メグが現れた。


「おまえ・・・。」


 メグは、尻尾を振り、莉子を優しい目で見上げた。



 駅前では、刑事が聞き込みをしている。シンジたちは『主任』に化けているので、ユウとその他のネコたち十匹で人間に化けた。


「女子中学生を探してるんだけどねえ。髪の毛が縮れてて、不良っぽい子たちなんですだけどねえ。」


 売店のおばちゃんは、

「しょっちゅう見かけるよ。昨日の朝? 朝は見てないねえ。」と電卓をはじきながら言った。


 コンビニの若い店員が早朝に見かけたと言った。


「いつも店の前にゴミを捨てるんですよ。だから俺、あの子たちが来たらすぐに掃除するんス。なんかヤバそうな人たちの車に乗ってどっか行きましたよ。」


「それって、どれくらいヤバそうな人?」


「車は黒のベンツで、黒スーツに黒いサングラス、定番ですかね。」


「誘拐されたって感じ?」


「いえ、素直に乗り込んでましたよ。少しテンションは低い感じでしたけど。」

 


 莉子は、メスネコ・メグの頭を撫でながら言った。


「もしかして、今、あたしに変なこと言わせたのは、おまえだね?」


 メスネコ・メグはニコッと笑う。

 


 今村沙也加は、GPS機能で莉子の居場所を特定していた。


「なんなの? あの子。あの強気な態度は、どこからくるのかしら。相当、わたし、舐められてるわね。」


 手下に電話をかける。


「坂上? ランチ中ごめんだけど、もうひとり拉致してほしいの。学校に来いっていうのに、無視されたのよ。場所はGPSで検索しておいたから。頼むわね。」

 

 その坂上は、プロレスラーにも引けを取らない体格の持ち主で、その男が目の前に現れたとき、莉子は抵抗しても無駄だと悟った。


「北条莉子か。一緒に来てもらうが、いいか。」


 坂上がそう言うと、莉子は黙ってうなずいた。莉子は、メグに「じゃあね。」とこわばった顔で言った。


 連れ去られる莉子を見送っていると、駅で刑事になりすまして聞き込みをしていたユウたちがやってきた。


「あれじゃないか、黒ずくめの男たちって・・・。」


「知ってるの?」


 ユウは、どうやら取り巻き連中が莉子に内緒でコインロッカーからお金を持ち出したこと、その連中が黒ずくめの男たちとどこかへ消えたことを説明した。


「さっき、莉子さんは生徒会長と電話してて、わたし、その会話を聞いてたの。それで、今村さんが、五十万学校に持って来いって言ってるのが聞こえた。」


「その五十万は、今村のために集めてたんだ。」とユウ。


「わたし、とっても悲しくなって、懲らしめてやろうと思った。」


「怖いなあ、メグちゃんがそんなこと言うと。」


 黒いベンツを走り出した。それをメグたちは追う。ひとりがタケシたちに連絡すると言って別方向に分かれた。


「学校には向かっていない。」とメグが言った。


 黒いベンツは湾岸道路を西に走り、やがて波止場の倉庫に着いた。坂上はケータイで今村に連絡を入れる。


「お嬢さん、倉庫に着きました。・・・それは勘弁してください。ですが・・・言いなりにならないようにと、社長から注意されていますし。よろしいですか。それじゃ。」


 坂上はケータイを切ると、バックミラー越しに莉子を見た。


「降りていい。まもなく、お嬢さんが来る。」


 莉子は車を降りて、ドアを閉めた。倉庫前のベンチに腰を下ろすと、車は排気音を倉庫に反響させて去った。莉子はホッとした。波止場の上空を飛ぶ海鳥を眺める。


 莉子は、死ぬかもしれないと思った。どうせ死にたいと思っていたところだし、それでもかまわないと思った。今村がなぜこんなに自分を目の敵にするのかわからない。今日は差し違えるつもりで話をしよう、そう考えた。



 メスネコ・メグが莉子のベンチに下に姿を現す。


「・・・おまえ、なんでここに。」


 莉子が驚いていると、今村を乗せたリムジンが見えた。タケシたちも到着した。


「今村が五十万を?」とタケシは言って驚いた。「なんのために。まさか、生徒会長が喝上げなんかしないだろ。」


 ツトムは堤防から海に身を乗りだし、魚を探しながら言った。


「言ったじゃねえか、タバコを吸ったり男とイチャイチャするような女だぜ。そんなやつが、まともかねえ?」


 リムジンが、莉子の前で止まる。


「ここではっきりわかるだろ。しっかり聞いておこうぜ。」


 タケシがリムジンのボンネットに乗ると、みんなそれに従った。



 運転手がドアを開けると、今村沙也加が降りてきた。その顔は笑っている。


「この時期の海風って、べとつかないから好き。」と言った。


 莉子は、ベンチに座ったまま、上目遣いに今村を見る。


「そんな卑屈な目で見ないでくれる? わたしまで穢れてしましそう。せっかく空気がきれいなんだから、もっとさわやかな笑顔、見せてくれないかな。北条莉子。」


「五十万はない。もしあったとしても、あんたには渡さない。」


「あったとしてもって、あったんでしょ?」


 今村は、メスネコ・メグに気づいた。


「なんなの? そのネコ。野良猫? にしてはきれいじゃない。」


 メグは鋭い目で今村を見返す。


「ふん、なにさ。ところで、北条。他の三人はどうしたの? お金、あの連中が持ってるんじゃない?」


 莉子は立ち上がる。


「冗談じゃない。あいつら、そんな連中じゃないよ。」


「あら、ずいぶん、厚い友情で結ばれているのね。」


「俺が使い込んだんだ。俺を殺せばいいだろ。覚悟はできてるさ。さあ、早くかかってこいよ。」


「そう開き直られると、面白味がないじゃない!」


 今村は回し蹴りを莉子の胸に浴びせた。莉子は激しく押され、倉庫の壁に倒れた。


 そのとき、メグが人間に戻り、シゲルが現れた。


「あれ? どうしたんだ、メグちゃん。」とネコたちが騒いだ。



 莉子と今村は、突然現れたメグに目を剥いた。


「なんだ? おまえ、いつ・・・。」と今村は言葉にならない。


 莉子は、白猫がいなくなっていることに気づいた。


「わたしはメグ。悲しみと苦しみを生み出す人は容赦しない。」


「メグ? それって誰?」


 莉子が胸を抑えながら叫んだ。


「あたいのダチだよ!」


「なにがダチだ。おまえがいじめてたやつだろう。ちゃんとわかってるよ。」


 莉子とメグは目を合わせた。


「莉子さん、仲間の三人は、お金をコインロッカーから取り出して、黒ずくめの男たちに連れて行かれました。全部、この今村生徒会長が指示したことです。つまり、あなたを裏切るように仕組んだのです。」


「なにを言ってる、いじめられっ子が・・・。」


 今村は、今にもメグに飛びかかりそうな体制を取った。タケシはメグを守るべく、幽霊ネコを全員呼び寄せる。


「生徒会長、あなたに正義があるなら、正直に答えてください。あの3人はどこにいますか?」


 メグが一歩今村に詰め寄る。


「知らないよ。五十万の金で、遊んでいるんでしょうよ、たぶん。」


「生徒会長、あなたに正義があるなら、正直に答えてください。なぜあなたは、北条莉子さんに五十万を差し出すように命令したのですか?」


「うるさいね、正義がどうのこうのと!」


 今村がメグを攻撃しようとしたとき、全身に強い衝撃が走る。たくさんの拳で体中を殴られたような、経験したことのない痛みだった。あの『主任』に体当たりしたときの禁じ手を、タケシたちはネコ全員でやったのだ。


「なんだよ、今の・・・。」


 今村はコンクリートにうずくまる。ふらつきながら立ち上がると、今村はなおもメグを殴ろうとする。


「暴力はいけないわ、生徒会長。あなたが改心するのであれば、殺しはしません。」


「あなた、今、わたしのなにをしたの? このままでは済まないわよ。わたしを怒らせたら・・・。」


「すでにわたしは怒っています。改心しないのであれば、あなたの命はありません。」


 メグの顔に表情はなかった。今村は、生まれて初めて恐怖というものを感じた。


「お嬢様!」


 異変に気づいた運転手が今村に駆け寄る。


「だいじょうぶよ!」と今村は運転手の手を払いのけるが、歩く姿は老女のようだった。



「やり過ぎたかな?」とツトムが言った。


「これ以上人を殺めてはいかんな。みんな、まだ加減がわからんから。」とタケシがため息をつく。



 莉子は、メグを見て言った。


「あんた、いったいどうしたのよ。」


「莉子さん、わたしがついてるから。」


 メグはそう言うと、シゲルを呼んでメスネコ・メグに変身する。


「マジで、なにもんだ?」と莉子は、ネコになったメグの顔を覗き込んで言った。


 メグは、尻尾を三回回して消えた。そしてそのままタケシたちと幽霊学校へ帰った。

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