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姫と執事  作者: 高塚 冷
想いは募るばかり
3/3

意中の殿方の名は言えない、けど……

 着物の試着を終え、片付けも一頻り終えてからは普段と何ら変わらぬ日常に戻っていた。虹ヶ埼から何か冷やかされたりすることもなく、彼女は、ただ坦々とメイドとしての役割を果たした。二言三言ほど言葉を交わすことはあったが、恋の話題に全く触れることはなかった。まるで、さっきまでのお姫様弄りが夢か幻だったかのよう。

 時間は刻々と過ぎて行き、夕食が終わり、また少しすると今度は入浴の時間となる。

 領主の娘だから、お付きの人が何から何までお世話をするのだろう。さぞ立派な浴場でノビノビと脚を伸ばしてまったりと寛ぐのだろうと思いきや、実際はそんなことはなかったりする。ゆったりした脱衣場に、豪華絢爛かつ広々した浴場。あるにはあるが、これらは施設は来賓が宿泊する棟にあり、領主一家や従属の者が使うことはまずない。浴室は至って普通、もしくは普通よりかはやや広めといった感じのオーソドックスな設備である。何も特別なことは一切ない。本当に普通なのだ。入浴の支度だってそうだ。着替えやバスタオルの準備は自分でするし、身体や髪も自分で洗う。メイドに頼むことと言えば、洗濯物のお願いをするくらいだ。

 そんな訳で今日もいつもと相も変わらず、着替えやら何やらをバスタオルにくるめて小脇に抱え、スリッパをパタパタ鳴らしながら浴場へと廊下を進むお姫様。音の反響しにくい廊下を行く乾いた足音が耳に心地よい。この音を聞いていると、これからお風呂だ。と、気持ちが昂ってくる。

 ルンルンとご機嫌でもって更に廊下を進んで行くと、間もなく曲がり角に差し掛かった。すると、不意に目の前に人影が現れたではないか。お姫様はビックリして、つま先立ちの状態で固まった。


「おおっ!? ……なんだ、そらかぁ」


 と、聞き慣れた声。

 曲がり角から現れた人影の正体。それは、次期領主にしてお姫様の実兄である"猛"であった。


「兄さん」


 猛は上下スエットの出で立ちで、タオルや服を小脇に丸め持っていた。髪の毛が半乾きでボサボサしているところを見ると、どうやら先にお風呂に入っていたようだ。


「これからお風呂?」


「うん」


「丁度良いタイミングだね。行ってらっしゃい」


「はぁい」


 すれ違い様に片手をヒラリと振りながら柔らかい笑みを浮かべて、ペタペタとスリッパを鳴らしながら、猛は自室の方へ歩き去って行った。

 お姫様は兄の後ろ姿を暫し見届け、自らも浴場に向けて歩みを進めた。





  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 所変わって脱衣場。

 お姫様は一子纏わぬ姿で大鏡の前に佇み、鏡に写る自分の姿をぼんやりと眺めていた。

 見慣れた自分の身体。頭の先から爪先まで、ゆっくりと視線を走らせて、今日の自分を監察する。いつの頃からか、入浴前のルーティーンとして定着してしまい、無意識にやっているのだ。

 だが、決して自分の身体が美しくその様に陶酔しているとか、そんなナルシストな気持ちからそうしているのではない。本当に、ただただ自分の姿を眺めているだけなのだ。


「……」


 今の自分はどんな顔をしてるのだろうか。

 鏡の中の自分を覗き込む。


「……………………ひっどい顔ね、あなた」


 つい先程まで泣いていたと、一目みれば誰もが分かる顔のむくみ具合。そして、赤く充血した瞳。

 こんな顔のまま兄と対面していたのかと思うと、家族とは言え、なんだか少し気恥ずかしい。

 鏡に写る自分の顔に、そっと指を這わせてため息を一つ。


「………………」


 おっと……。つい感傷的になってしまったが、いつまで裸で佇んでいてもしょうがない。早くお風呂を済ませなければ。

 お姫様は徐に鏡からゆっくり離れ、浴室へと足を進めた。





  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 そして……。


 

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