嫁(カッパ)の友達が家に遊びに来ました
うーん。今回も甲羅の出番が少ない。
「お母様。お願いがあるんですけど」
「なーに?」
「私の友達がこちらに遊びに来たいと言ってるのですが……家に招待してもよろしいでしょうか?」
「ああ、なんだ。全然かまわないわよ」
そんなナツメと千里の会話を軽く聞き流していた士郎であったが、事の重大性をこの時はまだ理解していなかった。
☆
ナツメは千里と家事を済ませると友達を迎えに出かけ、昼を過ぎたところで友達を連れて戻ってきた。
士郎は玄関でナツメに連れられてきた面々に挨拶する。
「こんにちは。天上士郎です」
「ミーコさんにゃのでーす」
「カヤと申します。よろしくですわ」
「……レミ。……しく」
士郎の脳裏で浮かんだこと。
この人たちって、何の妖怪?
見た目にはまったく普通の女の子にしか見えない。
「えと、できれば種族も教えてもらっていいかな? あと、処置をしないと命に関わるようなことがあればそれも教えてほしい」
ナツメで覚えた経験則である。
知らないと、気だ付いたら死にかけてたというのがあっては困る。
我が家で死人は出したくない。
「じゃあ、ミーコさんから。猫又一族の二俣ミーコさんにゃのです。またたびは親から禁止されてるにゃ。あとはー、基本にゃにも命に関わることは……あ、ネギは食べちゃ駄目って言われたにゃ!」
ポニーテールのミーコが先陣を切る。言葉使いで何となく種族が分かる人だった。
ナツメと並ぶ感じから背は士郎よりも少し高い。
少し落ち着きがないようで、何だかソワソワしている。
たゆんたゆんと揺れる大きな胸に士郎は目が奪われた。
「鬼一族の一角カヤと申します。命に関わるようなことは特に。むしろ士郎さんの方が――」
「僕がどうなるの!?」
「いえ、気になさらないでください」
和服姿のカヤは襟首までの下ろした髪をサラッとなびかせて、不安を煽る言い方でころころと手で口元を押さえて笑って答える。
「……ぬりかべ一族。……真壁レミ。…………特にない」
ナツメと比べると頭一つ分小柄なレミ。カヤの陰に隠れながらぼそぼそと答える。
言葉少ないけど、ぬりかべって無口な一族なのかな?
まあ、壁の妖怪だしと士郎はそう思うことにした。
とりあえず、士郎たちは客人をリビングへと案内。
座卓を囲んで各々好きなところに座ってもらう。
「士郎様、どうぞ」
と、ナツメに促され上座に腰を下ろす。
左側にナツメが座り、その対面にレミが座る。さらにその隣にはカヤが座る。
ミーコは上座に座る士郎の隣に座った。
「この配置おかしくない?」
「好きにゃところって言ったの士郎くんにゃ」
「僕はミーコさんに何で敢えて狭いところに座るのか聞いてるんだけど」
「猫又の習性にゃのです」
習性ならば仕方がないと。空いているナツメの隣に移動する。
すると、士郎とナツメの間にミーコも移動した。
「何でついてくるかな?」
「ミーコさんの習性にゃのです」
士郎は立ち上がり、ミーコに向かってココと自分が座っていた場所を指差す。
ミーコはコロンと寝転がって、士郎の指先に猫がじゃれるかのように手を伸ばす。
「士郎様。指を振っては駄目です。ミーコちゃんは動くものに反応しやすいので。遊んでもらえると思ってじゃれついてきます」
「色々と面倒な種族だね」
士郎は自分がお茶の用意をすると言って席から離れる。
ナツメは自分がすると言ったが士郎は譲らなかった。
この場に置き去りにされる方が士郎には怖かったのである。
士郎がいなくなると、少女たちの会話が弾み始める。
妖怪界での同級生という話だが、どんな話が出るのだろう。
妖怪ぽい話とか出るのかなと少しばかり期待する。
「人間界に来るの楽しみで、昨日はミーコさんにゃかにゃか眠れにゃかったよー」
「前に来たのは5月の修学旅行の時かしら?」
「そうそう。東京タワーでミーコちゃんが迷子になって慌てたよねー」
「……慌てた」
妖怪女子高生たちは中身も普通に女子高生だった。
お茶を用意した士郎は、盆にのせて卓まで運ぶ。
手前にいたレミの前にお茶を置こうとすると、レミは座卓との距離を空けた。
士郎には何だかレミが警戒しているようにも見えた。
何か嫌なことでもしたのだろうか、それとも人見知りが激しいのだろうか?
と、士郎は気になりレミに愛想笑いを浮かべると、また一つレミは距離を取る。
戸惑っている士郎にナツメが声をかける。
「あの、士郎様。レミちゃんはぬりかべ一族なんで人との間に壁を作っちゃうんです」
「この距離間って種族の性質なの!?」
「慣れたら大丈夫ですから」
「それって、ただの人見知りなだけだよね!?」
「ぬりかべですから」
「ぬりかべ関係ないよね?」
レミとの距離はまだ埋まらず、士郎はとりあえずミーコの前にお茶を置く。
ミーコはじーっと士郎の顔を見つめていた。
士郎はミーコに顔をじっと見られ気恥ずかしい。
ミーコのポニーテールはまるで尻尾みたいにぺったんぺったんと動いてる。
「士郎様。ミーコちゃんが遊んでほしいみたいです」
「それって妖怪じゃなくて猫によくあることだよね?」
「猫又ですから」
ナツメがそう言うとミーコが目を細める。
士郎には何だかミーコが猫そのものに見えてくる。
「ミーコちゃんは士郎様のことが気に入ったみたいですよ。そうなんでしょ?」
「うにゅ。シロー君からいい匂いがするんにゃ」
「いい匂いって?」
士郎はコロンとかを付けていない。
自分の腕の匂いを嗅いでみるがよく分からない。
「イカの匂いがするにゃ」
士郎が昼に食べたのは素麺だ。
イカなんてここしばらく食べていない。
「特にこの辺から匂うにゃ」
ミーコは士郎の下半身を指差す。
「そういうの女の子が言ったら駄目!」
「シロー君は面白いにゃー」
士郎の反応にミーコはまた目を細める。
「士郎様。男の人はイカの匂いがするんですか?」
「いやいやいやいや! ミーコさんの冗談だよ」
「ミーコさんはこういう場合、具体的に言った方がいいのかにゃ?」
「あんたちょっと黙っててくれるか?」
これ以上ミーコに絡むと危険だと判断した士郎は、残りのお茶を配りにカヤとナツメ側に回る。
「はい、カヤさん。お茶どうぞ」
すると、カヤはにやりと笑うと口を両手で隠しながら、
「士郎さん。昨日の夜に一人で何をしてたのか具体的に教えて貰えるかしら?」
「士郎様、カヤちゃんは鬼なので――」
「言わなくても分かるよ。この子は鬼だ!」
大体、士郎はナツメの友達の性質を把握した。
このままここにいたのではナツメの友人たちに心が殺される。
士郎はこの場から離れようと考えた。
「僕ちょっと上にいるから。ナツメもせっかく友達が来たんだから話してたらいいよ」
「士郎様、お願いがあるんですけど……あのゲームしてもいいですか?」
「あー、ゲームってマリカー? 4人いるからちょうどいいかもね」
士郎はテレビ台の横にあるコントローラーを四つ取り出して座卓の上に置く。
「マリカー?」
「車のレースゲームだよ。もしかしてみんな初めて?」
ミーコ、カヤ、レミの三人はこくこくと頷き、興味深げにコントローラーを裏返したり、とりあえずボタンを押したりして感触を味わっている。
「ナツメの時も思ったけど、妖怪界に家庭用ゲーム機ってないの?」
「売ってるのは売ってますけど、持ってる子はとても少ないです。私も親に反対されて持ってません」
「ミーコさんちも親が駄目って言って買ってくれにゃかったにゃ」
「……レミも」
「私もですわ。目が悪くなるとかで」
妖怪界の親は意外と子供に厳しいようだ。
「まあ、それなら初心者コースからやってみなよ。慣れたら少しずつ難しいコースにすればいいよ。ナツメもまだへたっぴだから、みんなと差はないはず」
「士郎様の意地悪」
士郎は操作方法をナツメ以外の三人に教える。
最初こそ、それぞれコースを見失ったり、コース外を爆走していたが次第に慣れてレースらしくなってくる。士郎も平等にアドバイスしながら教え続けた。
操作する4人はそれぞれ自分のことで必死なので、他のプレイヤーやNPCの状況まで把握できない。
後ろから士郎が平等に情報提供していく。
「ノコノコが甲羅取ったぞ。ミーコさんの後ろにいる」
「うにゃー! 来るにゃー! 後ろに着くにゃー!」
「いやあああっ! 横からナツメが飛んできた!」
「ちょっとカヤちゃん。それ甲羅で私じゃないよ。ひどい!」
「……………………みんなどこ?」
キャーキャーワーワーと騒ぎながら、ゲームを楽しんだ。
午後四時、三人は帰らなくてはいけない時間になった。
妖怪界からここに来るまで時間がかかるらしく、帰宅する時間を考えるとあまり遅く遊べないのである。
それを聞いた士郎は、この三人は友達思いな妖怪なのだと少し感動した。わざわざ時間をかけて、ナツメと数時間を過ごすためだけに会いに来たのだ。
「――面白かったにゃ」
「またみんなで遊びたいですわ」
「……またレミが勝つ」
見送るのは玄関まででいいとナツメに言い、三人は玄関へと向かう。
士郎とナツメが玄関まで見送りにきたとき、ナツメはいきなり甲羅を展開した。
「こらナツメ。甲羅から出て来い。みんな帰れないだろ。挨拶くらいしろ」
『……』
「……ナツメ。また遊びにくるにゃ」
「そうよ。どんなに遠くにいたって、お嫁に行ったって、ちゃんとナツメに会いに来るから」
「……レミも……また来る」
『…………ひ、ひぃ~ん』
甲羅の中でナツメが泣いた。
会いに来てくれたこと。また来ると言ってくれたこと。
それがナツメの我慢を崩壊させた。
士郎が慌てていると、ミーコが士郎の肩にポンと手を置く。
「シロー君、ミーコさんたちは幼稚園からの付き合いにゃ。ずっと四人で一緒にいたにゃ。この子がこうにゃるのもミーコさんたちには分かってたにゃ」
「士郎さん、ナツメはドジで天然で甘えたでどうしようもない子だけど、とってもいい子だからよろしくお願いします」
「……ナツメのこと……頼む」
『うええええええええええええええん!』
「あとはシロー君に任せるにゃ。じゃあ、またにゃ」
ミーコたちは頭を深々と下げると家から出て言った。
士郎は甲羅をポンポンと叩いて、早口に言った。
「ナツメ! 今ならまだ間に合う。ちゃんと最後にみんなに顔を見せて挨拶するんだ。また来てねって」
『……!』
士郎の言葉にナツメは甲羅を解除して、裸足のまま玄関を飛び出す。
「みんなああああ!」
ナツメの大声に帰路へと足を進めていたミーコたちが振り向く。
「絶対、絶対、また遊びに来てねえええっ。私、待ってるからああああ」
三人は笑って、ナツメに答えるように大きく手を上げる。
それから手を振って、また帰路へと足を進めた。
ナツメは三人の姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けた。
三人の姿が見えなくなって、家の中へ戻ろうとしたとき、門のところで待っている士郎がいた。
ナツメを陰から見守っていた。
士郎は戻ってきたナツメの頭を撫でる。
「よくやった。ナツメはいい友達がいるね」
「はい。……はい。ありがとうございます」
また、ナツメは涙を流す。でも、その顔には笑顔があった。
☆
「リベンジにゃ」
「リベンジですわ」
「……今日も勝つ」
「…………」
玄関先に並ぶ三人の顔。二人は挑戦者の顔。一人は王者の顔をしていた。
「みんな。いらっしゃい。思ったよりも早く来たのね?」
「昨日よりも早くでたにゃ。今日もゲームするにゃ」
「…………勝負」
「士郎さん、何を惚けていらっしゃるの? さっさと案内してくださいまし」
あんな感動的な別れ方をしたのに、昨日の今日でまた来るとは士郎も思っていなかった。
士郎の反応に辛抱を切らした三人は家に上がり込むとナツメの手を取ってリビングへ乱入する。
「シロー君のお母さん。こんにちはにゃのにゃ。今日もお邪魔しますにゃ」
千里と鉢合わせしたミーコが元気よく挨拶。
「あら、いらっしゃい。言っとくけどこの家の真の王者は士郎じゃなくて私だから。修行を積んだら相手になってあげてもいいわよ」
「お母様はこの家で一番ゲームが上手なの。レースも格闘ゲームもパズルゲームも全部」
「真のラスボスだにゃっ!? ミーコさんはそういうの聞くと燃えるのにゃ!」
それからというもの、ナツメの友達が天上家をよく来訪するようになった。
特に千里に挑戦するミーコの姿を何度も見かけることになる。
次こそは甲羅スピンの活躍を!