第6話「汝覚める夢の様に移りゆかん」
少尉が入隊した二日目。
私は彼の事がそれとなく気になっていた。
昨日一日で色々とあった気がするが・・・。
とにかく、私と少尉は花屑で過ごす。
軍人として・・・。
私の手には銃を握っていた。拳銃と言うには大きめで、ライフルというには小さ過ぎる。
そんなコルトパイソンを構えて、目標に向かって・・・引き金を引く、引く、引く。
パン!パン!パン!
その銃弾は射撃用の的の中心を大きく外れ両肩の部分に数発掠めるように当たった。
これは私にとってはど真中だ。
「・・・・・・ふぅ」
防音用のヘッドギアを外して一息つく。 此処は基地の地下にある射撃場。人型のロボットに乗る私達には無用な物に見えるが、こういう距離感等を正確に把握するのは実際に自分の手で撃ってみる方がいい。 それに何らかの状況で白兵戦になった場合、最後に自分を守るのは自分しか居ないのだから必要な技術だ。
同じ隊の中では射撃は隊長と香具羅は上手い方だ。逆にちゃーこは苦手らしい。私と・・・魅夜は別格だったが・・・。
そういえば昨日入隊した少尉はどうだろう? 多分銃を触った事も無いのだろうが・・・。 訓練無しにこういう技術は無理かもしれない。
それにしても、彼には驚いた。 始めてみた時には声も中々出なかった。 何故か懐かしい感じがして・・・とても「父親」に似ていたから・・・。
だけど、それは正確には違う。 私には記憶の中に「父親」は居ない。 実際に見た事が無い。 だから、少尉を見た時に思ったのは気のせいだと思ったのだが・・・。
彼に・・・昨日の脱衣所で守ってもらった時、分かったのだ。
あの人は・・・私の大事な人なのだと。 世界にたった一人しか居ない運命の人なんだと・・・。
そう思ってしまったのだ。
彼はTAM格納庫で「相手を無力化して生かしてあげたい」と言った。 それは・・・私がいつも思っていた事だったから・・・不覚にも泣いてしまった。 あんな失態は生まれて初めてだった・・・。
彼は不思議と安心できる雰囲気があった。 だから・・・甘えてしまった。
知らず知らずに女を意識している自分が居て・・・それが堪らなく悔しかった。 私は女である以前に花屑の一員であり、軍人だ。 それを・・・。彼は女らしくいろと言う。
・・・・・そんな事できる訳が無い!
パン! ガチャ!
「あっ!」
我知らずに銃の引き金を引いていた。 ヘッドギアを外していたのでその音が鼓膜が痛いぐらいに響いて銃を取り落としてしまった。
何をやっているんだ私は・・・。
「お、おい!? 芽衣、大丈夫か?」
「・・・・・・少尉?」
私の肩を抱きながら、少尉が心配そうに顔を覗き込んできていた。 顔が・・・近い。
「・・・・・・大丈夫。 離して」
私はそう言って少尉から離れると、取り落とした銃を拾う。 幸い暴発しなかったようだ。 多分暴発していたら私の足は吹き飛んでいた。 ただの訓練でそんな事をしては他の隊員に申し訳ない。 ・・・本当にしっかりして欲しい・・・私。
「あ、いや、すまん。 ちょっと覗いたら丁度芽衣が見えたんでな」
「・・・・・・」
丁度見えたにしては、反応が早くなかったですか? そんな目を向けるのだけど、彼は分かっていない。 ただ愛想笑いをしている。 他人の敵意に鈍感なのかもしれない。
・・・・・敵意? 私は彼を疎ましく思っているのだろうか?
「あ〜そんな疑いの目で見るなよ。 確かに此処に居るって聞いてきたんだがな。 芽衣、昼はどうするんだ?」
「・・・・・・食べる」
そういえばそろそろそんな時間だ。 では、この少尉は食堂の場所を聞きに来たのだろうか? わざわざ私に? 理解できない。
「いや、そりゃそうだろうけど・・・あのな、そういうのじゃなくてだな・・・」
「・・・・・・」
なんだろう・・・。歯切れの悪い男だ。 言いたい事があるならハッキリと言えばいいのに・・・。 それは人に言えた義理では無いかもしれないが、人のを見ていると少しイライラしてくる。 近親憎悪かもしれない。
「今の所俺にはお前しか居ないんだ。一緒に食べるのは」
「・・・・・・そう」
多分魅夜辺りなら普通に一緒に行ってくれると思ったのだけど、それを口にせずに私は頷いていた。 彼の気持ちは少し分かる気がしたからだ。
私はこの「花屑」に入隊して1年経つ。 だけど、未だに香具羅や、せん、魅夜には慣れていない。隊長やちゃーこは昔から知っているのでそこまで気を使わないのだけど・・・。 それと同じという事なのだろう。
私はここの配属される前は「学校」に居た。 そのクラスメイトだったのが隊長とちゃーこだった。
隊長は年上だったので私より先に学校を卒業して、この部隊に配属された。 私とちゃーこはそれを追って入隊を希望した。
それだけの話だ。
だけど、少尉には、過去が無い。 正確には過去との接点が無い。
世界が変わる程の時間を少尉は飛んでしまったのだ。
彼が知っている者がこの世界でどれだけ生きているのかはわからないが、彼にとってはそれは孤独である事の以外の何物でもなく、彼の言った「私以外居ない」は彼にとって勇気の要る台詞だったハズだ。 それを言う事によって現実を認めてしまうのだから・・・。
「・・・・・・」
彼の手を取った。 彼はビックリしたように私を見ている。
「芽衣・・・・・・」
目を細めて私を呼び捨てる彼。 昨日から何度も言っているのに辞めてくれないのでもう諦めているが、昨日程そうされる事は嫌では無かった。
「・・・・・・食堂がある。 行こ」
「おう!」
彼は私に手を引かれて着いて来た。 射撃場の出口から階段になっているのでそれを駆け足で登る。 繋いだ手がブンブンと振れる。 だが、離さない。
「ピクニックピクニックやっほ〜やほ〜♪」
陽気に少尉が歌っている。 彼は…とても強い人のようだ。 こんな状況で歌いながら過ごせるなんて…少し見習いたいな。
「やほーぅやほぅ…」
私も少尉に合わせて出来るだけ聞こえない様に言ってみるが、何か違う。 何が違うんだろう…少尉は何故か楽しそうなのに、私は楽しくない…。
「芽衣……それマジか?」
「……? 何の事?」
少尉は私を丸い目で見ていた。 何かおかしかったのだろうかやっぱり…。
「……芽衣。 ど〜れ〜み〜って言ってみ」
「?? どぉれ、みぃ〜」
「…分かった。 芽衣軍曹は特別授業が必要だ」
「……?」
何を言っているのだろう少尉は…。私が少尉に教わる? 戦闘技術も機械技術もサバイバル術でさえ知らない男に?
「勿体無いんだよ。声は良いってのに…」
「あ…あの…」
「歌うには腹に何も入って無い方がいいからな! 頑張れば今日中にサクラぐらい歌えるようになるさ」
「……私は歌える」
「現実は厳しいな芽衣…。 お前はかなりの音痴だがすぐに歌姫になれる素質がある!俺が指導してやるんだから大丈夫だ」
少尉はとても失礼な事を言って来た。私が音痴? 仮にそうだとしてもそれがなんの不都合があるの?
「・・・それにさっきのは知らない歌だったから。 知っていれば歌える」
「ほう。 なら知っている歌を一つ歌って見せてくれよ?」
「うん。 ・・・・・・草原に〜一輪咲く花のように〜風に吹かれて〜揺らめいている私〜」
「・・・・・・」
歌いだした私を少尉は静かに聴いていた。
「貴方の〜言葉で紡いでくれた〜幻想譚に心躍らせて舞う〜ロンド〜」
「輝いてた〜今、そこにあるもの手の平にたし〜かめ〜て」
少尉が合わせてきた。 ・・・上手い。
「誘われてた〜月っ明かりに天にのぼ〜る〜 風と〜」
釣られないようにしながら私達はハモる。
『森の〜ロンド〜♪』
・・・・・・どうだろう?
「・・・芽衣。 それだけさっきと別人なんだが・・・」
素直に驚いているようで、何か気分が良かった。
「・・・・・・だから嘘じゃないと言った」
そう言うと、何故か少尉は顔を赤くして目を背けた。 ・・・?私の顔に何か付いてる?
少尉は「あー」と言いながら咳払いをして、どこか遠くを見ながら言った。
「あーその、なんだ。 ・・・芽衣は初見に弱いだけだって事だな」
「・・・・・・たぶんそう」
私自身そんなつもりは無いのだけど。 まぁ、彼がそう言うのだからそうなのかもしれない。
自分の事を一番知っているのは自分だというのは傲慢でしかないから・・・。
彼の言葉と行動を鏡にして、私は自分自身を見詰めてみた。
殆ど喋らずに、反応も鈍いだろう。 可愛い服も持っているわけが無いし、化粧などした事は無い。 得意な事と言えば銃の解体と組み立て。 それとTAMの操縦。 なんとも・・・面白みの無い女だと思う。
もっとも、今の時代に「女らしく」「男らしく」というのはナンセンスだ。 女だからといって家事が出来なければいけないという事は無い。 ただ、出来る者がやればいいのだ。
私達「花屑」の隊員は、一人を除いて大抵の料理等は出来る。
それも別に花嫁修業というわけでもなく、ただのサバイバルスキルの一環として身についているだけだ。
バリエーションは・・・私は少ない。
だから、食事当番の日はあまり好きでは無い。
基地には最低限の人員しか居らず、給仕隊員など居ない。 総勢11名ぽっちの小さな基地なので、食糧確保もそこまで大変では無いが、自給自足であるため、メニューが偏りがちだったりする。
そういえばちゃーこが「私の夢は大きい牧場を作る事!」と豪語していた。
彼女は動物が好きで、何処から連れてきたのか鶏や、牛等まで飼っていた。
・・・牛はそろそろ食べ頃だと思っているが、ちゃーこが泣くのでやめておこう。
だが・・・その日のメニューはステーキだった。
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食堂――
「しくしくしくしく・・・・」
「う・・・・・・」
「あぁ・・・・」
「・・・・・・・えっと・・・」
「いっただきま〜す♪」
「・・・・・・・」
「ん? なんだ豪勢だな〜。 中々良い肉じゃないか」
空気を読んでない人が約2名。
泣きながら料理を取り分けているちゃーこを悼まれない顔で手伝う隊長と、
いつも騒いでいるが流石に言葉を無くしている魅夜と、
何事も無いように出された端から食べ始めるセンと、
慰めの言葉を捜しながら考え込んでいる菊池女史と香具羅。
後、分かっていない少尉。
そんな8人が食堂の大きなテーブルを囲んでいた。
女ばかりで普段は騒がしい食堂も、今日だけは気まずい空気が流れていた。
「ん? どうしたんだ? 皆、食べないのか?」
そう言って少尉も皆が(一人を除いて)食べ始めないのを見て手をつけなかった。
「しょうい〜あのね〜。 この牛さんちゃーこちゃんが大事に育てたんだよぉ〜♪」
センがニコニコと笑いながらそう説明するのを聞いて、少尉は口元を押さえてちゃーこを見た。 見られたちゃーこはその視線から逃げるように後ろを向いてしまった。
「・・・そうか」
ちゃーこのその行動に少尉も気付いたようで、料理から一旦箸を置いた。
そこにセンが全員に聞こえるような大きな声で言った。
「うん。 だからとぉぉぉっても味わって食べなくちゃ駄目なんだよ〜♪ 美味しい美味しいって♪」
センは・・・分かっていてやっているのかもしれない。
それに少尉は頷いてからちゃーこの背中に語りかけた。
「そうだな。 ちゃーこ大尉。 君が大事に育てた牛なんだな?」
「・・・はい・・・少尉」
「そうか・・・。 亡くなってしまった理由は俺は知らないが・・・、まぁ、それを俺達の前に出したという事は供養も兼ねてるんだろ? せっかく育てたんだ。 さぁ、皆もそんな暗い顔になっていたら、せっかくのご馳走が勿体無いだろ? 最後の晩餐でもあるまいし、御相伴に預かろうじゃないか」
「少尉・・・」
ちゃーこは背中を向けながら肩を震わせていた。
「・・・・・・少尉。 その通りだと思う」
私もそれには同感だったのですぐに頷いた。 頷きながらも平気でそんな事を言える少尉に少し感心した。 セン以外誰もが口を紡いでしまっていたのに・・・。 それも、事情を知らないにしても、それを受け止めた上で言葉を選んで言っているようだった。
これがつい昨日までただの一般人で、入隊したばかりの者の発言か? 隊長のような落ち着きがある。 本当にただの高校生だったのだろうか・・・。
「流石少尉じゃ。 ワシの見込んだだけの事はあるのぉ〜。 ほらほら、菜乃、香具羅、魅夜。新参者に言われるまでも無いじゃろうが?」
「うん。 そうなの。 皆も食べましょうなの」
「・・・分かったわよ。 ちゃーこ、頂くわよ?」
「んっふふ〜♪ 好感度更にあっぷっぷぅ♪」
各々にそんな事を口にしながらフィークとナイフを手に持って、肉を切り分ける。
肉はとても柔らかく、丹念に焼かれていたが肉汁がたっぷり出ていてジューシーな香りが漂っていた。
そして、それをフォークで口に入れようとした―― その瞬間!
ドゴォォォーーーンッ!!!
オーンオーンオーン!
『緊急指令! 緊急指令! 基地敷地内に敵国の物と思われるTAMが来襲! TAM搭乗者は速やかにこれを殲滅してください! 繰り返す!基地敷地内に―』
「!?」
「皆!!」
『はい!』
爆発音と共に警報が鳴り響いた。 敵の攻撃が直接基地まで飛んできたようで、食堂内は激しい衝撃を受けてしまった。
すぐに隊長が皆に号令を掛ける。
「・・・・・・」
「少尉!? 何をしているなの! 早くTAMへ! 初出撃にしてもあの中の方が安全なの!」
「あ・・・あぁ、すぐ行く」
そう少尉は言ったが、椅子に座ったまま動こうとはしなかった。 彼の目の前には散乱したテーブル・・・。
「・・・・・分かったなの。 落ち着いたらすぐに来てね」
「分かった。 隊長ご武運を」
そう言った彼の目は・・・焦点が合っていなかった。 ・・・当たり前だ。 急に戦闘だというのだから錯乱しても仕方ない。
今回は、この食堂を守りながら戦わなくてはならないだろう。
・・・私達なら出来るハズだ。
少尉着任後の初出撃はそんな出撃だった。