第3話「SENSATIONに耐え忍べ記憶」
「花屑」の入隊を簡単に済ませ、疲れたので俺は風呂に行った。 そしたらとても変な隊員達に揉まれてしまう。香良洲 魅夜。醍蝉 千代。天宮印 香具羅。3人は俺と同じ隊員っぽいが・・・。詳しく聞けなかった。 そうやって混乱していると長髪の黒衣の美女が俺の前に現れた。 コイツは何者なんだ・・・。
『KIKUCHImedical affairs』
そんな看板が掛かっていた部屋に俺は通された。
めでぃかるおふぃす? ・・・あぁ、医務室か・・・。
部屋の中は医療関係特有の過酸化水素の匂いが充満していた。 オキシドール・・・消毒液だ。 俺はあんまり好きじゃないが、慣れたら大丈夫なものなのだろうか?
そう思って部屋のデスクの椅子に腰掛ける菊池女史を見ると、こちらの視線に気付いたようにニコリと微笑んだ。 ・・・この菊池という人、顔はいいんだが・・・。
「なんじゃ、そんなとこに突っ立っとらんで座ったらどうじゃ? そこに丸椅子があるじゃろ」
これである。
何故か分からないが菊池女史はこんな口調だった。見た目は若く知的な感じがするのに・・・。外見とのギャップに若干戸惑いながら、菊池女史が指差した丸椅子に座った。
改めて室内を見渡すと、簡易ベットが2つ、デスクが一つ。薬品などが入った戸棚が1つ。 それ以外にはドアがあって、もう一つ部屋があるようだ。 そっちは少し大掛かりな手術でもするような部屋なのか、ドアの上に赤いプレートがあった。
・・・一人で手術するのか?
「コホン。 あ〜・・・色々と聞きたいじゃろうが、まずこちらの質問に答えて貰おうか」
「質問? ・・・あぁ、了解」
色々と余所見していると菊池女史は一度咳払いをして注意を促し、話し出した。
「お前さんは世界を飛んだようじゃが、その前の記憶はあるんじゃな?」
「世界を・・・飛ぶ?」
「あぁ、深く考えんでいい。 今のこの世界とは違う所から来たという自覚があるんじゃろ?」
「あぁ・・・。 そういう意味なら肯定だ。 俺が知っている世界はこんなに寂れていない。 此処は何処なんだ? なんで廃墟ばっかりなんだ?」
「まだ、こちらが質問しとるんじゃせっかちじゃのぉ・・・。 まぁ、その様子だと思った通りのようじゃな。 最初は戸惑ったじゃろ〜?」
「まあな・・・」
この爺さん女、何か色々と知っているような口振りだな・・・。 ここは全部聞き出してやろう。
「菊池さん・・・でしたかね? 貴女は状況の説明が出来るような口振りだが、あんた一体・・・」
「うるさいのぉっ! こっちがしゃべっとると言っとるだろうが! 少しは黙っとかんかいっ!」
「はいっ!!」
・・・・・・
どうやら話の主導権は向こうにあるらしい。 ヒステリーな爺さん・・・いや、女は怖いな・・・。
「・・・お前さんが混乱しとるのはよう分かっとる。 ワシも世界を飛んだ一人じゃからな」
「・・・・・・」
この人も? 飛んだ? 違う世界から来たって事か・・・。
俺は絶句して何も言えないで居ると、菊池女史は何かガッカリしたような顔をしてみせた。
「なんじゃつまらんの。 もう少し驚くかと思うたのに・・・。 お前さん意外に肝がすわっとるな」
「どうも」
人を驚かす為に言ったんじゃないだろうな? そんな疑惑が浮かんできそうだった。
「まぁ、ワシから言える事は「元の世界」には戻れんよ。 それはワシが何度も試したからの」
「・・・・・」
「何故この世界に来てしまったのかまでは知らん。 ただ、ワシの時はこの世界に来て菊池女史と入れ替わってしまった」
「・・・なるほど。 たしか隊長もそんな事を言ってたな。 俺が此処へ来てしまったから○○少尉ってのが消えてしまったんだって・・・。 それじゃあ、元の人格は何処へ行ったんだ?」
「それはワシにも分からんよ。 ただ、言える事は元にあった人格は無くなってしまったんじゃから、その者へ敬う心は忘れてはならん。 過失だとしても殺したようなもんじゃからな」
「・・・・・・まだ戦ってもいないのに殺人者か。 最低だな」
「ワシは元々医院で働いとったんで菊池女史の技術をそのまま使えたんじゃがな。 運のめぐり合わせかこの体の主も軍医だったそうじゃ」
「ふむ・・・・・・」
「後、時間軸は多分未来じゃの。 ワシが居た時代は平成12年じゃが。 今はその29年後になるのぉ」
「平成12年!? ・・・俺は19年だ・・・。 29年って事は俺からしたら22年後って事か・・・」
「ほう? 計算速いのぉ。 まぁ、そういう事じゃ。 ちょっとややこしいが気にせん事じゃ。 そんな事をわかっとってもこの世界で何の特にもならんからのぉ」
何か話を聞くと余計に混乱してきそうだが、要はこういう事だ。
この世界と俺の知っている世界は違う。
菊池女史の言うには「時間を飛んだ」という事らしい。 それがパラレルワールドかどうか分からないが、つまりは時間旅行してしまったと言う事だと考えて間違い無いだろう。
だってさっきから聞いている言葉は「日本語」だし、菊池女史が言った年号は俺の知っている年号だったからだ。
だから、菊池女史が言っているように「○○年後」というのは「未来の日本」だと言っているのと同義であって、それがほんの数十年後の未来だと言うのだ。
どんだけファンタジーなんだくそったれ!
「本当に・・・元の世界に戻る方法は無いのか? ずっと俺はこの世界で生きていくのか?」
「それは現実的な意味かの? それとも哲学的な意味かのぉ?」
「?」
「あぁ・・・、頭が良いと思ったがそうでも無いんじゃな。 どっちにしろ答えは「知らん」じゃ。 ワシはもう諦めとる」
「!! アンタはこの世界で死んでもいいってのかよ!?」
「・・・いいか若いの。 お前さんがどう思っているか知らんが、どんな世界であっても死ぬ時は死ぬんじゃ。 それが自分の納得いく死に場所になる事など普通の世界でも稀じゃろうに」
「そうじゃない! 俺はそういう事を言っているじゃない!!」
「そう熱うなるな。 ワシが悪かった。 ちょっと意地悪したくなっただけじゃ。 混乱させてすまんのぉ。 いいか、良く聞けぇ。 お前さんさっきから元の世界がどうとか言っておったが・・・」
「な・・・なんだよ・・・」
菊池女史の眼鏡が光った様な気がした。 そこから何かブラスト的な者が放射されるのかと思ったが、女子は眼鏡を指で直しただけで、ただ、眼光を鋭くさせただけだった。
整った顔立ちの彼女がそういう顔をすると威圧感と同時に恐怖に近い感じがした。
「甘えるなっ! 男じゃろうが! お前さんは今この場に居る。 それが全てじゃろうが!」
「!!」
菊池女史がその姿では想像できない程の声量で怒声をあげる。 それは正直怖かったが、その恐怖よりも、その後に何か清々しい気持ちが溢れ出してきた。
そうだ。 何をウジウジ女々しい事を言っているんだ俺は・・・。
菊池女史に言われるまでも無く、俺はこの世界に来て混乱していた。 だが、それを悩んでも解決策は何も無いのだから意味が無い。 それより、これからどうやって生きていくか考える方がどれだけ建設的か・・・。 今までに知らない道になったからと言って逆走するレーサーのようなものだ。馬鹿馬鹿しい。
人は前にしか道が無い。
だから、進むしかないんだ。 しっかりと前を向いて・・・。
振り返ってみるのはもっと後でもいいだろう? 俺。
パーン!
俺は自分で両頬を思いっきり引っぱたいた。 その音が医務室に響く・・・。
「もう、大丈夫だ」
俺は痛む頬を押さえもせずに菊池女史に向き直った。
「おう! 男の顔になったのぉ♪ 惚れそうじゃぞ?」
菊池女史はそう言って本当に目を薄めて俺を見てくる。
俺はそうされて照れるわけでも、口説くわけでも無い。 ただ、菊池女史の瞳を見詰め、その視線に意思があるかのように語る。「俺は大丈夫です」と。
何か菊池女史と「男同士の友情」が芽生えた気がした。
俺が思うに、菊池女史の前の世界での姿は医院の院長爺さんか何かなのだと思った。
だから、それぐらいの高齢の爺さんにとって、俺のような若者は教え甲斐がある生徒みたいなものなのだろう。
俺はその教えに応えた。 そして、同時に菊池女史の信頼を得たんだと思う。 俺はなんだかそう思うと嬉しくなった。 菊池女史もその目を見ていると同じ気持ちなんだと思う。
そう思うと、菊池「女史」なんて言ったら失礼か? やはり此処はもっと違うような・・・男らしい呼び方をした方がいいんじゃないだろうか?
「それにしても、お前さん近頃の若いもんにしては中々見所があるのぉ」
「あ、いや、ありがとうございます」
つい敬語になってしまった。 まぁ、敬語というのは相手を敬う時に使うんだから正しい使い方か・・・。
「なんじゃ? 急にかしこまりおって? 別にそこまで気を張る事も無いんじゃぞ。 同じ同郷の仲間のようなもんじゃからのワシラは」
「ありがとうござ・・・いや、サンキュ」
「うんうん。 お前さんはワシの口調についても何も言わんかったしな。 他のヤツラはオカシイとか言うがの。 ワシは生まれも育ちも女じゃが、女じゃからと言って女言葉になる必要など無いじゃろうが?」
「え・・・・・・そ・・・あ、うん。 その通りだな!」
一瞬素頓狂な声を上げそうになったが、なんとか堪えた。 幸い怪しまれなかったようで、菊池女史は笑顔のままだった。
危ない・・・。 さっきは元は男だと思っていたが違うらしいな・・・。 しかもそれについてはポリシーがあるっぽいから「口調」については禁句だったらしい。 ・・・・・ナイス判断、俺。 ・・・もちろん成り行きだが。
「そうかそうか分かってくれるか! お前さんホントにいい男じゃのぅ♪ よしよし。 何でも聞くがいい。 先程までは話すつもりは無かったのじゃが何でも教えてやるぞ」
何か好感度が大幅にUPしたようだな・・・。 口は災いの元。 逆に喋りすぎなければ好転することもあるんだな・・・。
「あ、じゃあスリーサイズを」
盛り上がったのでつい冗談を言ってしまった。 もちろん本当に聞きたいわけじゃないが・・・。本当だぞ?
「なんじゃ? そんなものが知りたいのか? まったく若いのぉ〜」
・・・・・・
顔は笑っているが・・・目が笑ってないんだが・・・。 上げた好感度をまた一気に下げてしまったようだ。
・・・この際、そのまま押し切ろうか・・・。 よし、そうするか。
「いや、菊池女史があまりに美人でつい・・・」
・・・口説いてどうするよ俺!?
「ば・・・馬鹿もんが! 年上をからかうでないわっ!」
顔を赤くして怒る菊池女史。 ・・・爺さん女・・・ありかもしれない。 照れながら怒っているのが可愛らしい。
まぁ、とりあえずさっきのマイナスポイントは挽回しただろうからこれぐらいにしこう。
「あ〜・・・それでは菊池女史。 TAMとかについてなんだが・・・」
「ぅん!? あ、あぁ・・・。ん・・・「タム」の事じゃな。 まだ実物を見てないんじゃろ? それを見ながら説明しようかの」
急に話題を変えたのに驚いたのか一瞬妙に変な声を上げてなかったか今?
「あ、はい。お願いします」
なんだか分からないが、現物を見ながら説明しないと面倒な物なのかもしれない。TAM・・・その機乗者として選ばれた俺。
TAM−06。
その後、俺は医務室から近くにあるTAM格納庫に連れて行かれ、その「TAM」を眼下に確認した。
それが人型の兵器だとちらっと聞いたが・・・。
昔見た事のあるアニメとかで出てくるような物にしては小さい。
ああ・・・、そういえば、大体それぐらいの大きさの警察機構のロボットが出てくるアニメが昔あったな・・・。
「コイツはTAM−06オニユリ。 TAM−01ヒメユリの兄弟機じゃな。 まぁ、他のTAMも兄弟機みたいなもんじゃが、コイツは特別なんじゃ」
そのTAM−06オニユリの足をポンポンと叩きながら空いた方の手でTAM−01ヒメユリを指差す。 オニユリは黒を基調としたカラーリングで、ヒメユリは薄いピンク地のカラーリングだった。
形状はほぼ同じような形をしていたが、オニユリの方は機体の前方に8つぐらいの穴が開いていた。
「あの穴からビームでも出るんすか?」
「あぁ、胸の辺りから並んでいる穴じゃな? あれは・・・まぁ、そうじゃな。 ビームみたいなもんじゃ。 攻撃用じゃないがの」
「? 防御用シールドが展開?」
「ん・・・。 当たらずも遠からずじゃ。 その辺りの詳細については今度芽衣に聞くが良い。 彼奴の方が詳しいからの」
ふぅん。 芽衣が?
確かに何か勉強家っぽいイメージがあったが・・・
「芽衣は凄いんじゃぞ? あの年で銃の組み立ては勿論、TAMの基本設計までこなしたんじゃからな」
「へぇ〜凄いんだ」
なんとなく凄いんだというのは女史の言い方で分かるのだが、それがどれだけの物か今ひとつピンとこなかった。 ・・・車の設計するのと同じぐらいか?
「お、噂をすれば・・・じゃ。 後は芽衣に聞くといいじゃろ。 じゃあ頑張れよ若いの」
「え? あぁ、分かった。 期待に応えられるように出来る限りやるよ」
女史の言うとおり格納庫の入り口に芽衣が立っていた。 女史はそれを一瞥してから俺に向かって親指を立ててきた。 それに俺も親指を立てて応える。 すると女史はまた医務室の時と同じように嬉しそうな顔をしてくれた。
「後、85.61.83じゃ」
「は?」
そう言って女史は格納庫の入り口から振り返らずに出て行った。
・・・・・・
暗号か何かだろうか?
・・・と、とぼけてみる。 何故か知らないが血肉が踊りそうだった。
「お〜い芽衣〜〜!」
上気しだした「何か」を抑えるようにしながら俺は芽衣を大声で呼んだ。
それにコクンと頷いてトトトっと芽衣が駆けて来る。
・・・
その顔は何故かしかめっ面だった。
俺の前まで来ると、俺の目をじっと睨んでくる芽衣。
「・・・・・・なんだよ?」
「・・・・・・呼び捨てないでって言った」
「あ・・・すまん」
そういえばそんな事を言ってたな・・・。 すっかり忘れていたが・・・。
さっきの風呂場でちゃーこ(だったか?)が言ってた「気に入られている」は嘘じゃないか?
どうも距離感を感じてしまうんだが・・・。
「・・・・・・何?」
おっと。知らず知らず見詰めていたらしい。 小首を傾げて訝しがっている。
「いや、なんでもない。 ところで、このTAM・・・タムだったか? これってなんなんだ?」
「・・・・・・technical automata。 技術的自動からくり人形・・・」
・・・どっちかと言えばmechanical(機械的)じゃないのか? まぁ、そこの所の名称はどうでもいいが・・・。
「人を・・・殺す道具」
「・・・・・・」
兵器だから当たり前の事だ。
どんな武器でも、それは人を傷つける為に開発され、そして大量の血を吸いながらまたより人を「殺しやすく」するために技術を改革させていく。
俺の時代でも世界の何処かでずっと続けられていた事だ。 どんなエゴをもっていたとしても、その行為自体はいつの時代も変わらない。
兵器によって死ぬ人が居て、その兵器によっていき続ける人が居て・・・兵器によって滅んでいく。
そんな退廃的な物でしか無い物を何故人は求め続けるのだろう。
一番最初に兵器を作ろうと思った人はきっと狂っていたのかもしれない。
ただ、それを止める事が出来なくて、作り続けていたのかもしれない。
この世界が壊れてしまったのももしかしたら、そんな人を止める事が出来なかったからなのかもしれない。
だが・・・その兵器を使う者の大半はそんな事情は知ったこっちゃ無い。
ただ明日を生き延びるために・・・、こちらを傷つけようとする者達を倒すしかない。
それが自分の拳で殴っているわけでないこんな馬鹿げた兵器でも・・・その罪は同じであるハズなのに・・・。
「なぁ、芽衣」
「・・・・・・」
呼びかけるが答えない。 まぁ、また呼び捨てにしてしまったのだが、そんな事はどうでもいい。 それより聞いてみたかった。
「芽衣はこの兵器で・・・人を・・・殺してしまう事には抵抗は無いのか?」
「・・・・・・」
相手は軍人だ。 そんな事を聞かれても鼻で笑われてしまうのだと思った。
だが・・・芽衣は違った。
「・・・・・・嫌」
「・・・・・・そうか」
その短い一言で俺は安心した。
芽衣のような軍人でもちゃんと罪悪感があるらしい。 ただの殺戮人形じゃない。
それが分かっただけで十分だった。
「そう思っていても・・・やらないといけないんだよな?」
「・・・・・・」
芽衣は答えない。 頷きもしなかった。
だが、それが答えであるかのように・・・。
うん。 そうだな。 何も軍人だからって・・・・・・
「芽衣。 お願いがあるんだが・・・」
「・・・・・・・・・うん」
「・・・相手を傷付けずに・・・なんていうか無傷で撤退させる方法は無いか?」
「!!」
「ん? どうした芽衣?」
「・・・・・・」
「芽衣?」
「・・・・・・」
「芽衣?? め・・・うわっ!? なんで泣いんだよお前!? 俺何か悪い事言っちゃったか!? なぁおい!?」
その後、芽衣は何故か泣き止まなかった。
ずっと声を殺して泣き続けた・・・。
俺はなんとなく芽衣の頭を撫でてやりたくなった。
それから・・・・・・
「俺達」の日々が始まった。